校舎裏で待つ。誰を待つかと聞かれたら当然前田さんだ。
周りに人がいないことは確認済み。
この時間はほぼみんな部活しているし、俺みたいな帰宅部はすでに帰り始めているか、まだ教室にいるかで、
ここに人が来ること自体がないのだが…
もし誰かに見られたら(特に男)恥ずかしい以前に俺は殺されるかもしれない。
前田さんと2人で校舎裏にいるなんてシチュエーションは誤解を招く。
いや、案外それほど誤解でもないのだけれど。兎にも角にも誰かに見られるのは美味しくはないという話。
『もう少しかな』
前田さんのクラスの2組は毎回ホームルームが終わるのが遅い。よって来るのに時間がかかるのはしかたがないことだ。
前田さんが来るまでの間、少し哲学的な思考でもしてみるか。
「人を好きになること」それ自体は正直言ってはっきりとは分からない。
一目惚れした、などという話を聞くが、そんなものは嘘だと、俺は思う。
1回出会った程度、見かけた程度、目があった程度、話した程度でその人を好きになることなんかまず有り得ない、と俺は思う。
無論、その人が可愛いだとか、美人だとか、気さくだとか、それぐらいは分かると思う。
ただそれで=好きになる、感情は俺には分からない。
あくまでもある程度付き合ってからこそその人の良さが分かるものだ、好きになるのはそれからだろう、と思う。
だから一目惚れなんてのは認めない。
いや、俺が認める認めないの問題ではないのだが…
それに実際、本当に誰かに一目惚れした人には失礼な話だ。
『ん?』
気がつくと真下の草を見るくらいに視線を落としていた。いかんいかん、端から見たら怪しい男だ。
そう思って視線を正面に戻す。すると誰かがこっちに向かってきてるのが見えた。
『ごめんなさい。遅くなってちゃって…』
誰かは前田さんだった。当然だ。
長い黒髪が風に揺れていて相変わらず綺麗だ。走ってきてくれたのか頬がほんのりと上気していて息も少し荒い。
俺のために急いできてくれたのかと思うと申し訳ない。
『ごめん、前田さん。突然呼び出したりして』
『うんうん、全然かまわないよ。今日は何も用事なかったし…それで、話ってなにかな?』
ついに来た、この時が。覚悟を決めていたはずなのだが、胸が非常に痛くなってくる。
心臓の鼓動に合わせて体全体が大きく脈打つ。
『あの、ですね…』
何故か敬語になる。
『驚かないで聞いて欲しいんですが、いや驚くとは思いますけど…』
前田さんもなんとなく雰囲気で俺が何を言おうとしているのかを察したのか、真剣な表情になる。
『その翔から…弟、いや妹から聞いたんですけど、前田さんは俺のことを、その…』
さすがに「好きなんですか?」なんて本人の前で口に出すのは抵抗がある。
『う、うん…言いたいことは分かるよ。そ、その…そのことで呼び出してくれたんだね…』
言葉に詰まって視線を宙に泳がしている俺を前田さんがフォローしてくれた。
前田さんも頬が朱色に染まっている。前を見るのも辛いのか、目線は下に向きっぱなしだ。
『…そ、そうなんです。いや、翔のことを悪く思わないでくださいね。あいつは俺のことを考えて話してくれたわけでして…』
『あ、別にいいですよ。私も何時かは話さなくちゃいけないことだと、思ってたし…』
お互いに言葉もつっかえ気味だ。何してるんだ俺、ちゃんとはっきり言う覚悟をしただろう。
『それで…その返事になるんでしょうか…これは…』
ちゃんと、ちゃんと言わなくては…
『は、はい。こ、小山くんは…私のこと、ど、どう思っているんでしょうか…?』
前田さんも顔を上げ、真っ直ぐに俺を見てくれている。向こうも覚悟を決めてくれている。
俺もちゃんと、やるべきこと、言うべきことを言わないといけない。
『その…俺は、ですね…』
息が詰まる。言葉を紡ぎ出すのが辛い。

それは重い。

それは思い。

それは想い。

『俺は――――――


『ただいま』
帰宅。家の鍵は開いていた。つまり翔はもう帰ってきている。
とりあえず靴を脱いで上がる。
普段は洗面所で手洗いうがいをしたら自分の部屋に直送するのだが、今日は翔の所に行くのが第一だ。
他のことは全部後回し。
『翔ー。いるかー?』
台所に入る。ここにはいない。と、なると…
『翔、いるのか?』
翔の部屋の前で声をかけてみる。台所以外だとするとまずここしかないだろう。
トイレに行っている場合は除く。
『翔ー?』
返事がないのでトントンとドアをノックしてみる。たぶん部屋にいると思うのだが、違うのかな?
『だー。うっせー! 何の用だよ!』
やっぱりいるじゃないか。いるんだったら返事ぐらいしてくれてもいいと思うのだが。
『話したいことがあるんだ。入ってもいいかな?』
とは言いつつも、返事を待たずにドアノブを捻る。おそらく「入っていい」とは言ってくれないと思うからな。
よし、幸いにも鍵はかかっていないようだ。
『ちょ、なに勝手に入ってきてんだよ! 誰も入ってきていいとは言ってねえだろうが!』
やっぱりね。でも今の俺はそれであっさりと引き下がるようなことはしない。
『悪い。でも、どうしても今話したいことなんだ』
翔の部屋の中は以前よりも遙かに整然としていた。床にはゴミも落ちておらず、ベッドもきちんと整っている。
机を上や棚も少々散らかっているものの以前よりはマシだ。
やっぱり女の子になってからちょっと感覚が変わったのかな。
前は夢の島状態だったもんな…今はそんなことどうでもいいが…
『だからって勝手に入ってくんじゃねえよタコ! プライバシーの侵害だぞ』
翔は制服を着たままベッドに寝転がっていた。さっき帰ってきたばかりなのかもしれない、
ベッドの下の床には鞄から飛び出した教科書類が散乱している。
『今日、前田さんと会ってきた』
翔の言い分を無視して勝手に話を進める。あんまり無益な言い争いをしてもしかたないからな。
『そ、そうかよ…』
起き上がってベッドに腰掛けている翔が少し辛そうな表情になる。
とりあえずは順を追って説明しないといけない。
『…それでちゃんとコクったのかよ? 会っただけじゃ意味ねえからよ…』
『俺の気持ちはちゃんと伝えてきた』
そう、俺の気持ちはちゃんと伝えた。正真正銘、俺の気持ちは。
『お、おう…やったじゃねえか。ヘタレのお前にしては良くやったよ…良かったな。これで、あの前田の彼氏になれたんだからよ。すげえじゃんかよ…』
翔の声が震えている。俯いていて表情は見えない。けど…
ああ、もう…いいや。翔にも悪いし、まどろっこしいのは嫌いだ。
“ぎゅ”
『…え??』
翔の表情は見えない。けどきっと目を丸くしているに違いない。
『翔…好きだ』
なんの躊躇いもなく、この小さな体を抱きしめることが出来た。体が自然に動いた。
なんの躊躇いもなく、この言葉を口にすることが出来た。もう心は決まっていた。
『え?え?ええ??』
翔が疑問の声を連発する。うまく状況が理解できてないらしい。
まあ、今までの流れからしていきなり抱きしめられるとは思っていなかっただろうからな。
『お、おおお、お前は何を、何をしやがる!』
我に返ったのか手で俺を突き放す。
『何って? 抱きしめてたんだけど』
以前の俺からは考えられないほど冷静に言葉を口にする。
前田さんとの一件でもう覚悟が完全に決まったせいか、何故かあまり恥ずかしいとかいう感情はない。
『そ、それに…さっき、さっきなんていいやがった!?』
『好きだ』
やっぱりこの言葉も抵抗なく口に出来る。俺って人間的に成長したのかもしれない。
『す、好きって…お前…』
『翔は俺のこと嫌いか?』
『え?…き、嫌いなわけないけど…』
打って変わって、消え入りそうな声で呟く翔。嫌いじゃないか、それは良かった。
『で、でもさっきお前、前田にコクったって言ったじゃねえか! な、なんでこんないきなり…』
『気持ちは伝えたけど、コクってはないよ。ちゃんと俺は翔が好きだってことを伝えて、断った。
悪いことをしたと思うけど、やっぱり自分の気持ちに嘘はつけない』

【『俺は他に好きな人がいるんです。だから、ごめんなさい』】

あの時、俺は嘘偽りのない気持ちを前田さんに言った。そうじゃないと失礼だと思った。
真剣な気持ちには真剣な気持ちで返さないといけない。

【『…そ、そうなん、ですか…』】

【『はい。ゴチャゴチャ言い訳をしても失礼なだけだと思うから…俺がハッキリ言えるのはこれだけです。
そいつのこと最初は好きだ、なんて考えたこともなかったんです。
でもちょっとした事があって自分の気持ちに気付きました。いや、気付かされました。だから…』】

【『…ありがとう。真剣に答えてくれて…やっぱり優しいね。
…私は大丈夫。こう見えてもけっこう神経図太いですから、また新しい恋を見つけます』】

【『前田さん……ありがとう。ごめんなさい』】

彼女には悪いことをした。それなのに何も言わずに俺の気持ちを受け入れてくれた前田さんはやっぱりすごくいい人だ。
俺にはもったいないくらい。でも…

『お前…なんてもったいないことしやがるんだ。相手はあの前田だぞ』
そう言われても、自分の気持ちに嘘はつけない。俺は翔のことが好きだ。
翔が女の子になって一緒に暮らしていくうちに好きになってしまたようだ。
『でも、俺は翔のことが好きなんだ』
いや、正直言って好きなのかどうかははっきりとは分からない。
ただはっきりしていることは翔のことが何より、誰より大事だってことだ。
失いたくはないってことだ。手放したくはない。
これは俺のワガママだ。人の気持ちを考えない自己中心的な答え。
それによって前田さんを少なからず傷つけたと思う。前田さんには心から謝りたい。
けど、それでも、自分の気持ちにだけは、自分の気持ちにだけは嘘はつけない。
『そんな好き好き言うんじゃねえよ…は、恥ずかしいだろうが…』
『でも、好きなもんはしょうがない。翔が俺のことどう思っていようと俺は翔のことが好きだ。翔も俺のこと好きだとすごく嬉しいんだが…どうかな?』
分かっていて訊いてみる。しかしさっきから自分でも恥ずかしいセリフ連発してると思う。
恥ずかしいセリフ禁止です、とか言われてしまいそうだ。誰にかは分からないが…
『「どうかな?」って…んなこと訊くなよボケ…』
翔は顔を真っ赤に染めて、蚊の鳴くような声で呟く。
可愛い。改めて見ると翔はものすごく可愛い。これ以上ないくらいに可愛い。
俺は何で今までこんな可愛い子を放って置いたままだったんだ…どこまで奥手なんだ俺。
『なあ、翔…その、キスしてもいいかな…?』
思わず訊いてみた。キスしたい、ものすごく。これはどうしようもない衝動だ。
『え?キスって…?』
『俺からもキスしたいんだが…翔がしたみたいに』
『あぅ…』
自分が以前俺にキスしたことを思い出したのか思い出したのか、翔の今でも充分真っ赤な顔が更に赤くなる。
『あー。もう待てない。キスするぞ!』
さすがに我慢の限界が来た。もう、駄目だ。これ以上待てない。
『あ! ちょ、ちょっと待て!』
無理矢理近づけようとする俺の顔を翔が手で止める。何だ。
『わ、分かったよ。いいぞ…』
翔も覚悟を決めたのか目を閉じる。では…
『ん……』
『んっ……』
口を合わせた瞬間、胸がドクンと大きく鼓動する。柔らかい唇の感覚が全身に染み渡るような感じがする。
翔もピクっと震えた。
唇が離れる。ドキドキはまだまったく収まらない。
『な、なあ翔?』
『な、何だよ…』
名残惜しい。1回じゃ全然足らない。
『もう一回してもいいか』
『お、おう…』
今度はすんなりOKを貰えた。翔の肩を優しく掴み、再び唇を近づける。
『ん……』
『ちゅ……』
さっきよりも長い時間唇を重ねる。翔の体温が唇から伝わってくる。心が温まる。
『んん〜』
いかん。これでは全然満足できない。もっとしたい。
『もう一回いいか?』
『うん…』
それは翔も同じのようで。ではもう1回…
『…んんっ!?…ん…ちゅ…んむ…』
さすがに何度も唇を合わせるだけではあれなので、舌を入れてみた。
翔は少し驚いたようだったがすぐに自分の舌を俺の舌に絡ませてくれた。翔の腕も俺の首にまわる。
正直今までディープキスなどしたことがない。
いや、キスでさえ翔にされたあの時が初めてだったのだが、どうやら俺はそれほど下手ではなかったようだ。安心した。
舌を通じて翔の唾液が俺の口の中に流れ込んでくる。不快ではない。むしろすごく嬉しい。
ちゅぷちゅぷという卑猥な音が耳に突き刺さる。
『ふぅ…はぁぁ〜』
長い長いキスが終わり、至近距離で翔が俺を見つめてくる。
潤んだ目がまるで宝石のように綺麗だ。ものすごく可愛い。
ここまで来れば、最早最後まで行くしかないだろ俺!
据え膳食わぬは男の恥。いや、意味が違うけど…
『…あ!』
軽い放心に陥っている翔を肩を掴んだままゆっくりとベッドに押し倒す。
『ま、待った!』
翔は我に返ったのか声を上げて俺を制止する。
『やっぱ、ここまでいったら駄目か?』
ちょっと不安になる。俺もう抑えが効かないんですけど…やっぱりいきなり最後までいったらマズイか。
『駄目じゃ、ないけどさ。本当にお前はいいのかよ。俺、元々男だし……そんな俺にこんなことして気持ち悪くないか…?』
何だ。そんなことか…
『今の翔は正真正銘立派な可愛い女の子だ。俺はなんの不都合もない! 翔が嫌なら止めるけど、俺はものすごくしたい!すごくしたい!』
『そ、それならいいけどよ…その、俺もしたいし…』
横を向いて恥ずかしそうに言葉を紡ぐ翔。ああ、もう可愛いな。反則的に可愛いよ。
『じゃ、じゃあ行きます』
『お、おう…ただ、その、優しくしてくれ、よな…女の体でするのは初めて、だからよ…』
そんなこと言ったら俺も初めてだって。
まあ、でも翔を不安にさせちゃいけないし、やっぱここは俺がリードしないとな。
『…分かった。できるだけ努力してみる』
今すぐ服をはぎ取って襲いかかりたいのを我慢して、ゆっくり、ゆっくりと翔の制服に手をかける。
綺麗で、可愛らしくて、小さな少女に手をかける。


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