目覚ましは鳴らないが起きることは出来た。時刻は6時。本来の起床時間より1時間早い。
でも、ちょうど良かった。昨日は風呂にも入らずに寝てしまったから、今から朝風呂にしよう。
少し寒いのが嫌だが、汚い体のままで学校に行くよりはマシだな。
それに今日は俺にとっては大事な日だ。身も心も綺麗にしておかないと。
タンスからパンツとカッターシャツを取り出し、ハンガーから制服とズボンを取る。
衣服類を手に持ってタオルを頭の上に乗せ、準備完了。
『ランラララ〜ラ、ヘイヘイヘイ〜♪』
鼻歌交じりで階段を降りる。朝風呂なんてするのは久しぶりだな。
重大なことを決心したおかげか、なんとなく今日は心が晴れやかだ。
洗面所に到着する。ふと見ると翔の衣服類が籠の中に入れてあった。やっぱり翔は昨日風呂に入ったみたいだな。
まあ、翔もけっこう汚れてたみたいだし、あのまま学校に行くのはマズいと思ったんだろう。
『さて、とっととシャワー浴びるか』
タオルで前を隠してバスルームのドアを開ける。
誰もいないと分かっていても、ついついくせで前を隠してしまうのだが、今回はそれが幸いしたようだ。
『…へ?』
ドアを開けたその先でシャワーがお湯を出していた。
独りでにシャワーが動くはずがないので、正しくはシャワーを使ってお湯を出していた、となる。
では当然シャワーを使っている人間がいるわけであって…
『てめえは…っ! 何度同じことすりゃあ…』
いたのは翔でした。うちには2人しかいないから、他の誰かだったらそれはそれで大変だけど…
白く透き通った肌に雫が垂れてものすごく綺麗だ。
大事な部分はうまいこと見えていないが、それでも俺の息子が一瞬にして反応してしまった。
『あれ? まだ俺夢の中…?』
なんとなく現実逃避してみる。
目の前の少女の顔が、みるみるうちに怒りと恥辱で真っ赤に染まっていくのを見ないように目をつぶっていたいところだが、
残念ながら目の前の美しい体を凝視したまま動かない。
『勘弁して?』
出来るだけ可愛く言ってみる。端から見たらキモいだけ。火に油を注いでしまったかもしれない。
『死ね!』
引きつった笑顔で答えるくれるお嬢さん。嗚呼、さよなら人類。
“メキィィッ!”

『…ったく、てめえはどうしてこう抜けてやがるんだ』
『面目ない…』
さっきから文句の絶えない翔を前にしてパンを囓る。口を開けば俺に対する不満が滝のように流れ出てきている。
まあ、俺が悪い訳なんですけどね。
『ホントに目が腐ってやがるのかお前は? 台の上に俺の着替えが置いてあったろうが…それすら見えなかったのかクズ』
『すいません…』
確かに言われてみれば制服とかが置いてあったような、なかったような…
何で気がつかなかったんだ俺は…やっぱり起きたばっかりだったから、まだ寝ぼけていたのか?
いやいや、そんなことないと思うが…じゃあ、何で?
『だいたい普通シャワーの音がしてるんだから誰か入ってるってことぐらい分かるだろうが。
なんだ? 耳まで聞こえなくなったのか? 耳クソたまりすぎなんじゃねえの?』
『ごめんなさい…』
そういえば音もしてたな。つうか人の気配あったもんな。
でも、女の子が耳クソなんて言うのはいかがなものか…
『1回だけなら間違いで済むかもしれねえが、まさか2回もやるとは思ってなかったぜ。男の裸見て何が嬉しいんだ? この変態』
『ごめんn…』
ん? 男の裸見て嬉しい、だって?
それは違う。それは多大なる間違いだ。安○高知と安○なつみくらい違う。ヤ○ジュンと一緒にしたらあまりに失礼。
アレ初めに見たときは笑い以前に吐き気を催したからな…今はそんなことどうでもいいが。
『ちょっと待った。変態とは失礼な。いくら俺でも男の裸見て喜ぶ趣味はない!
それにそっちこそ「男」なんだったら、裸見られても怒る必要なんてないんじゃないか?』
ちょっと反撃してみた。反撃の狼煙を上げてみた。
しかし自分で言っておいてなんだが「いくら俺でも」って発言は自分で自分が変態だと言っているようで少しマズかったと今更思う。
『う…うぐ、そ、それは、いきなりだったからよ…』
『いきなりでも何でも、男だったら別に裸見られても平気なんじゃないのか?』
『うう〜〜〜』
頬をフグみたいに膨らまして可愛らしく唸る翔。ほら、その仕草からして女の子だし。
男がそんな仕草したら気持ち悪くてしょうがない。
『そ、そんなことは今はどうでもいいんだよ!』
翔は旗色が悪いと思ったのか、話を切り替えようとする。
「どうでもいい」と仰いましても、始めたのはそっちからなんだけどな。
『どうでもよくない』
『いいの!』
光の速さで却下された。俺に発言権はないのかもしれない。
『じゃあ、他になにか話があるんですかね?』
あ…
発言してから自分の愚かさに気がついた。その話題を出さないようにしていたというのに…
正直な話、翔の朝風呂を偶然にも覗いてしまったことは吉だと思っていた。
誤解ないように言っておくが別に単純に裸が見れて嬉しいとかではなく(いや、嬉しかったけど)、
そのことによってしばらくはその話題で持ちきりになると思ったからだ。
実際さっきまではそうだった。
『ああ…』
翔がやや暗い表情で言葉を紡ぐ。やっぱりあの話題か…
『一昨日も言ったよな。前田香澄がお前のことが好きだって…』
『ああ、聞いた』
『だから善は急げだ。今日きっちり告白しとけよ。絶対OK貰えるからよ』
『…翔はそれでいいのか?』
翔が俺のことを好きなのは間違いない。俺の思い上がりや勘違いなどではない。
当事者である寝子神から事実を聞いたときにその可能性はなくなった。
自分から身を引き、前田さんに俺を譲ろうとしている。翔……
『なんで俺にんなこと聞くんだよ。なんか俺に都合の悪いことでもあるってのか?』
そんな震えた声で言われても、まるで言葉に説得力がない。
『変なこと気にしてねえで、お前は前田に自分の気持ちを伝えりゃそれでいいんだよ!』
『…うん、確かに今日、前田さんに自分の気持ちははっきりと伝えるつもりだ』
自分の気持ちは伝える。そう心に決めた。決心した。迷いは、ない。
たとえそれが誰かを傷つけることになろうとも、自分にだけは嘘をついてはいけないと思うから。
『だ、だったらいいんだ。…俺、もう学校行くからよ。お前はちゃんとやれよ…』
そう言い残して駆け足で家を出て行く翔。自分で訊いといて自分で傷つくなんて…本当に不器用だな。
『…俺も行かなくちゃな』

矢のような速さで授業が終わった。今までこれほど学校での時間を短く感じたことはなかった。
残すところはホームルームだけだ。担任が教室に入ってくるのをじっと待つ。
もっとも今日はこれからが勝負なのだ。すでに昼休みに前田さんに「放課後、校舎裏まで来て欲しい」と伝えてある。
校舎裏とはまたベタな場所だが、気の利いた場所を思いつかなかったのでしょうがない。
『それで明日はあっちの女子呼んでくれるってことになってよ〜。ラッキーだよな』
稔が浮かれた声で話している。明日の予定のことらしい。
明日は火曜日なのだが学校は創立記念日で休みだ。だからか、なんとなくクラスの雰囲気が明るい。
『それでさ〜。お前らも行かない?』
『悪い。俺パス。部活あるからな』
『じゃあ…しゃあねえな。んで貴志は?』
『………』
『貴志?』
『…へ?…ああ、悪い。何だっけ?』
いかんいかん。ついつい自己に埋没しすぎていた。まあ、要するにぼうっとしていただけだけど…
『明日のカラオケだよ。なんか女子も呼んでくれるってことになってよ。軽い合コンみたいなもんだ。で、お前はどうする?』
『明日か……分からん』
今日のことでいっぱいいっぱいで明日がどうなるかなんて今の俺にはさっぱり分からない。
『分からんって何だよ?』
『分からんもんは分からん。はっきりと予定分かったらメールするわ』
『ああ、出来るだけ早くしてくれよ』
今は合コンとかそれどころではない。だいたい俺には合コンなんてする必要もない、と思う。
まあ、まだ何とも言えないけど。
『つうかさ、今日お前変だぜ。なんかあったのか?』
稔が怪訝な顔して訊いてくる。
それほど変だっただろうか?
今日はイマイチ記憶がないので分からない。いや、すでにその時点で変か…
『確かに俺もそう思う。変というかぼうっとしているというか…その割には顔はしゃっきりしてるけど』
順次も珍しく稔と同意見だ。微妙な表現だが、やっぱり俺、変だったのかな?
『なんか悩みでもあるのか?』
悩み…悩みはもう解消されたんだけどな。あとは実行に移すのみ、というか…
『もしかして女の悩みですかな旦那?』
ニシシシと笑いながら俺に話しかける稔。
お前は冗談のつもりだろうが、ずばりビンゴ、その通りだ。
『まあ、そんなところだ…』
『『なにィィィィィ!!??』』
ジョジョばりのリアクションをとってくれる2人。あれ? なんか俺変なこと言ったか?
『お前が…女のことで悩んでる、なんて…』
『嘘だろ…』
『え? なんで? そんなに変か?』
『変に決まってるだろうが!《レディースディ導入、ただし女子禁制》みたいなっ!』
『『は?』』
今度は俺と順次が2人で稔を見つめる。
『何訳の分からんこと言ってるんだお前…』
『なんだ、お前ら。巫女子ちゃんも知らねーのか?』
知らねーよ。誰だよ、その無駄にファンシーな名前の人物は?
巫女子なんて名前が現実にあってたまるか。病院坂黒猫なみに有り得ない名前だ。
『ってそんなことはどうでもいい。それよりお前が女の悩みだと…』
『悪いか?』
『いや、別に悪くはねーけど。てっきりお前、あんま女に興味ねーのかと思ってたから…』
失礼な。人をまるでホモかなにか見たいにいいやがって。女に興味ないわけないだろ。
『だよな。お前が彼女欲しいとか言ったの聞いたことねーもんな…』
『俺も人並みには女に興味はある! つうか無いわけ無いだろ!』
『いや、そりゃ悪かった』
『面目ない』
まったく人を何だと思ってるんだこいつらは…


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