昨日は結局一睡も出来なかった。いろんな事が頭の中をぐるぐると廻ってパンクしそうだ。
時刻はすでに夕方の5時。翔はまだ起きてこない。いや、起きているのかもしれないが部屋からはでてこない。
かく言う俺も今日は朝食も昼食もとらずに部屋に引き籠もっている。
折角の日曜なのだが、今日はもう何もやる気がしない。外に出るつもりも、勉強をするつもりもない。
明日の朝は小テストがあったと思うが、そんなことは今はどうでもいい。

前田さんは俺のことが好き……あの場面で翔が冗談や嘘ついたりするわけがないから本当なんだろうな。
あの前田さんが……俺のことを、好き。信じられないと言えば信じられない。
当たり前だ。学年1の美少女で性格も良い前田さんが俺のことを好きだなんて…
俺なんて正直、なんの取り柄もない平々凡々な男。運動もそんなに出来る方じゃないし、頭もそれほど良くない。
ましてや顔の造りも極々普通だ。
いったい俺の何処に魅力なんてものがあったんだろうな…?
『俺って以外とモテるのか? 実は超色男?』
自分で言っておいてアレだがそんなわけがない。なんせ今まで女の子に異性として好かれたことなんかなかったからな。
まあ、でも嬉しい。嬉しいのは確かだ。すごく嬉しい。
なんと言っても、あんな美少女と付き合うことなんて一生に二度とないチャンスだろう。
奇跡としか表現のしようがない。あまりに奇跡。
『それで…』
翔もおそらくは俺のことが好き。はっきりとしたことは何も聞いてはいないが、いくらニブい俺でも態度を見ていれば分かる。
そういえば今までも翔はそれらしい素振りを見せていたような気がする。今の今まで気がつかなかった俺も俺だな。
寝子神が言っていた「信用を寄せている男」ってのは俺のことだったのか…はは、今頃気がついたよ。
『…でも、あの翔がな』
これも信じられない。
翔は元々男、けど今は女の子。しかも前田さんに負けず劣らずの美少女。そして俺の弟、今は妹。
今まで俺は翔に散々邪険にされて(と、思っていた)事あるたびに殴られた。
罵声も浴びせられたし、一度も兄と呼ばれたこともない。
俺のことなんか道端に落ちているゴミ程度に見ていないと思っていたが、俺の一方的な勘違いみたいだった。
まあ、あれだけ世話を焼いた努力が報われたと思えばものすごく嬉しい。
『今はそれでころじゃないけど』
そう、それどころじゃない。何度も言うが、女の子に好かれるのは非常に嬉しい、これ以上ないくら、最高に嬉しい。
けど、嬉しいことばかりでもない。俺は選ばなくてはならないから…
『翔か、前田さんか…』
どちらかを選ばなくてはならない。どっちもは不可。2人ともは無理。二股は男として最低の行為、だと俺は思っている。
でも、どちらか片方を選べばもう一方は選ばれないことになる。当たり前だが…
では選ばれなかった方はどうなるのか?
『ショックだよな〜』
当然ある程度のショックは受けるだろう。それがどの程度のものか分からない。
一瞬だけかもしれないし、一日だけかもしれないし、一週間かもしれないし、一年かもしれないし、まず無いと思うけど一生かもしれない。
男としてはそりゃ、深く想って貰っていたほうが嬉しいのは当然だが、そのせいで選ばれなかった相手が傷つくのは可哀想だ。
自分のせいで傷つくのは…
『つうか、俺は結局どっちが好きなんだ…?』
自問してみた。答えは返ってこなかった。
気がつくと、どこかで見たことがある場所に立っていた。
花畑。日差しの強さは真夏なのに、秋の花と春の花が一緒に咲いている。
ここは、確か…
『神様ですにゃ』
…そうだ。夢の中だ。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
俺は寝子神の声のした方を振り向く。
『寝子神…』
そこには相変わらず不細工な猫のヌイグルミの様な姿をした寝子神が座禅を組んで宙に浮いていた。
昨日出会った時のネコミミ少女の姿ではない、本来(?)の姿だった。
『答えは出たかにゃ?』
その言葉を聞いてハッとなる。
『アンタ…翔が俺のこと好きなの知っていたんだよな!
何で教えてくれなかったんだ!』
寝子神は全て知っていたはずだ。いや、当然知っていたのだ。何せ翔を女に変えたのは寝子神なんだから。
『やっと気付きおったか。教えるの何も、私はお前に何度もそれらしい事を言ってきた。ニブいお前が悪いにゃ』
俺がニブいのは認める。認めるが、寝子神の言葉に些かの苛立ちを覚えた。
『でも俺が気付いてないと知ってのなら、教えてくれてもいいじゃないか!』
もっと早く翔が俺のことを好きだということを知っていたら……
知っていたら、何がどうなっていたんだ…?
『そうだにゃ。仮に知っていたところで、お前は何が出来た。女になった弟が自分のことが好きだ、などと言われてお前はどう思う?』
それは……
『おそらくは今の状態と変わるまい。「俺はお前のことなんてどうも思っていない」と拒絶するのか?
それとも「俺もお前のことが好き」だと受け入れるのか? なんの後悔もせずに、なんの疑問も持たずに…』
『………』
言葉を失った。確かに寝子神の言うとおりだ。俺には結局、決めることは出来なかったと思う。
今のように思い悩み、翔にはっきりとした答えは出せなかっただろう。
『上村翔本人が自分の気持ちを伝える覚悟が決まるまで待っておく必要があったのにゃ。
その間、お前は女になった上村翔と普段と変わらぬ生活することが重要だったのにゃ。
そうした生活の中で、お前が上村翔のことをどう思うのか、それを見極める為に…
まあ、あの堀田とかいう男が起こした事件のせいで、私が予想していたよりもずっと早く、
上村翔がお前に間接的ながらも気持ちを伝えてしまったのだがにゃ』
なるほどな。日常生活の中で俺が異性として翔に興味を持つかどうかを試していた訳か…
『しかしまさか、こんなタイミングで恋敵が現れるとは思っていなかったにゃ。
だからまあ、ある意味、私にとっては堀田がやったことは都合が良かったとも言えなくもないにゃ。
あれが一種の区切りになっておったからな、お前に気持ちを伝える…』
それは絶対に違うと思う。翔にあんな怖い想いをさせた堀田達の事件は初めからなかった方が良かったのは当たり前だ。
それに前田さんが俺を好きだと翔から聞かなかったら、おそらく俺は前田さんの気持ちにも気付かなかっただろう。
まさか向こうから俺に告白するなんてことは有り得ないだろうし…
『都合のいい話かもしれないが、当然私としてはお前に上村翔を選んで欲しい。
上村翔が女になったのもお前のことを異性として好きになったのも全て私の責任だからにゃ。
それに上村翔に恩を返せなかったら、私にもペナルティはあるのにゃ。
とは言ってもお前に強制することは出来ない。神もそこまで傲慢にはなれないにゃ。
だからお主が前田香澄を選ぶのであっても私は何も言うことはない』
『強制は出来ない、って…翔を強制的に女に変えといてよく言うよ!』
『…本当にそれはすまなかったと思っているにゃ』
『謝るのは俺じゃなくて翔にだろう!』
『それは無理なのにゃ。私は直接本人に出会うことは出来ない。これも掟でにゃ…』
掟、掟と、神様のくせに…
まあ、でも俺に寝子神をあまり責めることは出来ない…何故なら…
『実を言うと、もう答えは決まってるんだ』
『にゃに?』
そう、もう答えは決まっている。眠りに落ちる前に決めたんだ。
『そうか…にゃらば最早私が語ることは何もないにゃ。もうそろそろ朝だし…ここらでお別れだにゃ。
お主がどちらを選んでも、もう会うことはあるまい』
もう会うことはない、か…
それはそれで少し寂しい様な気もするな…
『じゃあ、さよならだな』
『うむ、さよならにゃ』
周りの景色が眩い光に包まれていく。徐々に視界が狭まっていく。
夢の終わり、枯れることがない花の楽園に別れを告げる。
―――もう、ここに来ることはない。


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