「キス」「口吻」「接吻」
等々、言い方は様々だが基本的には「相手に自分の愛情や尊敬の気持ちを表す」行為だと俺は思っている。
おそらくは世間でもそう思われているはずだ。
しかも「キス」した場所が「唇」ならば、そのキスの意味はほぼ「愛情」に限定される。
愛しい人に自分の気持ちを「キス」という形で伝えるわけだ。
ちなみに俺は今までに異性に「キス」をされたことはなかった。
もしかしたら幼い頃に母さんに「キス」されたことがあったかもしれないが、
おそらくそれは「頬」や「おでこ」にであって「唇」ではないと思う。
俺が言っている「キス」と言うのは「異性として愛している」場合の「キス」であるため、
そもそも仮に母さんが俺の「唇」にキスをしていてもそれはカウントされないわけだが…

ここで本題に戻ろう。問題はつまり「翔」が「俺」に「キス」をした、ということだ、しかも「唇」に。
翔は俺に助けられたお返しだと言っていたが、それだけで済む問題ではないことぐらい俺にも分かる。
もし「キス」された場所が「頬」や「おでこ」ならただのお礼、ないし冗談で片づいたかもしれない。
そこなら男が男に対しても冗談でしたりすることもある。
実際、俺は以前に酔った稔に頬にキスされたことがある。
あの時は自分でも信じられないほどの速度の連続攻撃で稔を半日再起不能にしたが…
翔は「男」だ。いや、今は「女」なのだが(しかもとびっきり可愛い)。
いくらなんでも「男」が冗談で、俺つまり「男」の唇にキスしたりするだろうか…?
俺だったら天地がひっくり返ってもしない。仮に相手が外見は美少女でもしない。だって男だから…
ホモやゲイでもないかぎりそんなことはしない…そして翔はホモやゲイではない。
いや、でも今の翔は女の子だ。頭の中は男だが、身体的には混じりっけなしの女の子だ。
手術をして切り落としたわけでも永久脱毛したわけでもなく、初めから女の子。
…いや、初めからではないのだが…
だったら逆に「女の子」がお礼や冗談で唇にキスしたりするだろうか…?
アメリカとかだったら「キスは挨拶代わりだ」とか聞いたことがあるが、生憎ここは日本だ。
日本の女の子にそんな風習はない。しかも翔だ。
翔の性格からしてそんなことが有り得るはずがない。絶対にない。100%ない。
じゃあ、なんで翔が俺にキスしたかと言うとそれはつまり…

『う〜ん…』
俺は玄関前で何分ぐらいフリーズしていたか分からない。頭の中はこれ以上ないくらいヒートだったがフリーズしていた。
本当に俺の中で時が止まっていたのだと思う。間違いなく世界は停止していた。
スタープラチナ・ザ・ワールド。
しばらくしてやっと頭がヒートからホットに戻った(まだクールではなかった)俺はまず唇に手を触れてみた。
翔の柔らかい唇の感覚がまだ残っていて、なんとも言えない気分になったわけだが…それも束の間、一気に現実に戻る。
何者かのスタンド攻撃かと思ったが、どうやらそうでもないらしく、しばらく翔のことを見つめること十数秒、
翔はトマトのごとく真っ赤になって先に家の中に駆けだしてしまった。
そして部屋に飛び込んだ翔を、合い鍵で部屋を開けてを捕まえて今に至る。
ちなみに翔は抵抗らしい抵抗をすることもなく大人しく俺に捕まった。顔は真っ赤なままだ。
俺の顔もそうとう赤いと思うけど…
で、現在台所のテーブルに向かい合って座ってるわけです。無言で…
『『あ、あの』』
いかん、声をかけようとしたらハモってしまった…
『どうぞ…』
『いや、お前から言えよ』
『『……………』』
双方再び無言になる。さっきからこれの繰り返しだ。
お互い何かしら言いたいことはあるのだが、うまく言葉に出来ないというか切り出すタイミングが見つからないというか…
翔は膝の上で手を組んでモジモジして、たまに俺の顔を伺っている。なかなか可愛い仕草だ。
どうやらこれは本当に…
寝子神の言葉が思い出される。
「親愛の感情を愛に変えるために上村翔を女に変えた」
俺は今まで女になった翔が誰が好きなのかとかイマイチよく考えたことがなかった。
おそらくは翔の友達の誰かだと思っていたのだが…もしかして、もしかしてだが…
『あ、あのさ…!』
そんなことを考えていると翔が意を決したように声をかけてきた。まっすぐな視線で俺を見つめている。
『な、なんですか!?』
思わず敬語になる。
『そ、その…い、今から俺が言うことは全部冗談とかじゃなくてホントのことだからな!
お前も変なチャチャとか入れねえで聞いてくれると嬉しい。つうか俺が喋ってる間は一言も喋らねえでくれ!
すげえビビると思うけど…なんとか何も言わず我慢してくれ!!』
『は、はい!』
翔はものすごく真面目な表情だ。相変わらず顔は真っ赤だけど…
俺もゴクリと唾を飲みこむ。妙に大きい音が耳に響く。うわ、やべ…すげえドキドキする。
『え、あ…あの、だな。その…なんだ…えっと…うん』
翔も俺と同じ、いやそれ以上の状態らしく、うまく言葉が出てきていない。
『う…その、…ああっと…え……あぅ!』
俺と目があった瞬間、ボシュウ(本当に聞こえた)というような音を立てて、翔の顔だけでなく耳から首筋から、とにかく全てが真っ赤に染まった。
仮に今までの経緯を見ていない人なら病気だと思うくらいに…
『…翔!?』
『あ、ああ…や、やっぱなし!! 今のなし! じゃ、じゃあな!』
椅子からすごい勢いで立ち上がり、ダッと逃げようする翔の腕を思わず掴む。
『ちょ、ちょっと待った! いくら何でもそこで止めないでくれ!』
こればっかりはここで止められるわけにはいかない。
『あ、明日! 明日言うからさ!今 日はお互い疲れてるみてえだし、も、もう寝ようぜ!』
『今、ここで、お願いします!』
グッと翔の体を抑えて再び椅子に座らせる。肩が小刻みに震えていて、息も荒い。
『ど、どうしても明日じゃ駄目か…?』
『駄目です!』
うう、と唸る翔。
いや、俺だってすげえ緊張しているけど、いくら何でも今日こんな気持ちを抱えたままで眠ることなんて出来ない。
『前田香澄が…』
へ? 前田さん…? なんでここで前田さんの名前が出てくるんだ…?
『…お前のことが好きだって』

「ACT3 FREEZE!!射程距離5メートルに到達しました。S・H・I・T!」
「……………な!?
このクソカスどもがァ――――――ッ!!」
「“スタープラチナ・ザ・ワールド”!!」
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァッ!!

「そして“時”は動き出す」

『は、はい――――!!!???』
今、なんと仰いましたか!? 前田さんが…俺のことを…好き? スキ? suki?
『本人から直接聞いたから間違いねえ。良かったな。月曜にでも告白してやれ。じゃあな…』
それだけ言うと再び椅子から立ち上がり、台所から去っていこうとする翔。
『ま、待ってくれ! お前が言いたかったのは本当にそのことなのか!?』
そうじゃないだろう!
いや、俺にもはっきりとは分からないけど、言ってみれば他人のことであそこまで言い淀む必要はないからな。
『そ、それだけだっての!』
『本当に…?』
『ったりめえだ!』
そのわりにはものすごく満足してなさそうな顔だ。
『じゃあ、なんで俺にキスしたりなんかしたんだ…?』
『う!…そ、それは…その…』
『…翔は俺のことどう思っているんだ!』
言ってしまった。あまりに気になったもので…つい、言ってしまった。たぶん俺も今、顔が真っ赤だと思う。
『…ど、どう思うもクソも……男のことなんてどうも思わねえよ!俺男なんだからよ…お前は兄貴、俺は弟。それだけだっての!』
『…今は妹だろ』
『と、 とにかく! 月曜にはきちんと前田に告白すんだぞ!! 絶対だからな! あと、俺、明日は一日寝とくから起こすなよ!じゃあな』
そう言って今度こそ台所から去っていく翔。心なしか目が潤んでいたような気がする。
…気のせいかもしれないが…
『………嘘つくなよ』
呟いてみた。翔はもうここにはいない。


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