ANOTHER SIDE

「まあ、向こうはたぶん友達が部活とかで帰る相手がいないから俺を誘ってくれたんだと思うけど。
でも、俺としては他に誘う相手がいたんじゃないかなって…もしかして俺に気があったりなんて思ったり…ははは」

「やっぱり、俺に少し気があったり…するかな?」

『何だよ…何だよ…それ』
目を閉じてもあの時のあいつの顔が浮かんでくる。
嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに前田香澄のことを話すあいつの顔が…
何故かは分からない。何故かは分からないが俺は逃げ出した。たまらなくなってあの場所から逃げ出した。
いや、理由は分かってるんだ。今まで分かろうとしなかっただけで本当は理由は分かっている。
『つまり、俺は、あいつを、貴志を好きになっちまったってことか…』
好きになったってのは正しくはない。本当は女になった時からずっと好きだったんだ…
だから、だからあいつが嬉しそうに他の女のことを話しているのを聞いて我慢できなくなった。
嫌になった。悔しかった。
『結局、俺のひとり相撲かよ…』
あの口調からして、誰が見てもあいつは、その前田香澄に惚れている。まず間違いなく好意を持っているのだろう…
馬鹿らしい。結局、俺は1人で浮かれたり悲しんだりしてるだけじゃねえか…
あいつに「可愛い」って言われたり、「一緒に学校行こう」って言われたりして嬉しがって、
もしかしたら、もしかしたらあいつも俺に気があるんじゃねえか、なんて馬鹿な勘違いしてよ…ホント、きめえな…
あいつにしてみたら俺のことなんか何とも思っていなかった、
いや、思ってはいただろうがあくまでも兄弟、もしくは男としてってことだけで、異性としては見てなかったってことなんだろう…
『バッカみてえ…』
知らず涙が零れていた。目尻が熱くなっているのが自分でも分かる。雫が頬を伝う。
『…うっ…ひっく…ん…クソッ!…止まれ! 止まれよ! 泣くんじゃねよ!』
泣くな! 泣くなよ! 女々しいじゃんかよ! なんだよ俺! こんな弱くねえだろ俺!
でも涙は止まらない。止まってくれない。
ここまで悲しくなるってことは俺はあいつのことがそうとう好きだったんだろう…
しばらく泣き続けた。どのくらい泣いただろう…少し気持ちも落ち着いてきた。
『……待てよ』
冷静になって考えてみたら、あくまでも貴志が前田のことを好きだってだけで、前田がどう思っているかは分からねえんだよな?
確かに一緒に帰ってくるぐらいだから、なんとも思ってねえってことはないと思うけど、だからってイコール好きってことにはなんねえだろう…
『だったら、まだ手はあるじゃねえか』
そうだ。まだ充分手はある。貴志の片思いってことならそれほど問題じゃない。
まだ、俺に振り向かせるなんてことは簡単ってことはないだろうが、出来ないことじゃない。
なに悲観してたんだ俺は…らしくねえ。まだまだ全然大丈夫じゃねえか。
『って言っても…』
前田が貴志のことをどう思っているかはまだはっきりしてない。
こればっかりは俺がいくら考えてみたところで、どうにかなるもんでもねえ。
『訊くしかねえか…』
訊いてみるしない、前田香澄から直接。貴志が好きなのかどうかを…
善は急げだ。さっそく明日訊いてみよう。
『でも……』
でも、もしこれで前田が貴志のこと好きだったら俺はどうしたらいい。
2人が両思いだったら俺はどうすれば…
『なんて、今考えてもしょうがねえか…』
とりあえずは明日だ。全部明日はっきりすることだ。

時計を見ると1時過ぎ。あれから随分時間がたったもんだな。
『よし!気合いはいった』
パン、と頬を叩く。ウジウジ考えててもしょうがねえ。やることはやる!
やって駄目だったなんてことは今、考えることじゃない。
『とりあえず、風呂はいっか』
今は風呂入って寝て、明日に備える。これでOK。
明日は貴志に起こされるより早く学校行って気合い入れるか。
目覚ましを6時30分にセットする。起きれるかな…いや、起きてみせる!

ANOTHER SIDE OUT


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