今日は夕飯が美味しい。いつもと変わらないはずのコンビニの弁当も、今日は何故か格段と美味しい。
何事も気の持ちようと言うけれども、幸せなことがあるとこうもご飯が美味しくなるものなのか…幸せ万歳。
『なにニタニタしてんだよ…きめえな』
テーブルを挟んで俺の斜め向かい座っていた翔が、俺の顔を見て怪訝な顔で言う。
どうやらそうとう表情が緩んでしまっていたようだ。
『いや、なんというか今日はとってもいいことがあったんで、つい…』
簡単に言うと綺麗な女の子と一緒に帰っただけだ。
それだけ言うと格段ここまで浮かれることのないような話に聞こえるが、
女の子とあまり縁がなかった俺にしてみればまさに世紀の一大イベントだった。
しかも相手は校内1の美少女と誉れ高い前田さん。どんな男でも俺を羨ましがるに違いない。
『へ〜。とことんツいてなくて鈍くさいお前にいいことね〜。ま、どんな事か知らねえが、どうせくだらねえことなんだろ?』
む。それは思い違いだ。全然くだらないことじゃない。翔にとってはくだらないことかもしれないが…
『聞きたいか?』
『別に聞きたくなんかねーよ』
くだらない、とまで言われたら逆に俺の方が話したくなる。自分が嬉しかったことは他人に言いたくなるものだ。
まあ、つまりは自慢ってやつだな。
『聞かせてあげよう』
『だから聞きたくねーって言ってんだろボケが!』
“ドス!”
翔が身を乗り出して俺を殴る。なんかますます聞かせたくなったので、俺はかまわず続ける。
『前田さんって知ってるか? 2組の前田香澄さん』
『あ?…ああ、なんか学校で1番号美人だ、とか言われてる女だろ? それがどうした?』
うん。一応翔も知ってるみたいだな。だったら説明する手間が省けて済む。
『その前田さんと…今日一緒に帰っちゃいました』
『な!!?』
翔も驚いたみたいだ。まあ、俺みたいなのが前田さんと一緒に帰るなんてことは想像できないだろうからな。
なにしろ何の取り柄もない男と容姿端麗成績優秀の美少女とじゃ、まず接点がない、と思うのは当然のことだ。
『いや、実は同じ美化委員なんだけど、今日明日のクリーン活動のための委員会があってな。
それが終わって帰ろうとしたら前田さんが一緒に帰ろうって言ってくれてさ』
『…………』
『まあ、向こうはたぶん友達が部活とかで帰る相手がいないから俺を誘ってくれたんだと思うけど。で
も、俺としては他に誘う相手がいたんじゃないかなって…もしかして俺に気があったりなんて思ったり…ははは』
まあ、俺に気があるなんて100%あり得ないだろうけど…
少しぐらい夢を見る権利は誰にだってあるんじゃないかな。今だけでも。
それに明日は2人っきりで掃除もするわけだ。これは途轍もなく素晴らしいイベントだ。
生涯つうか学校生活ではおそらくもうないだろう。
『なあ、どう思う翔?』
『…………』
『やっぱり、俺に少し気があったり…するかな?』
『…………』
『…翔?』
“グシャァ!”
翔の食べていた弁当が俺の顔に箱ごと見事に命中。
まだ、オカズやらご飯やらが残っていたせいで、いろいろなものが俺の顔にものの見事に張り付いていた…
…何だ?いったい何が起きたのですか? 宇宙からの攻撃? 宇宙戦争?
“ダダダダダ”
と、翔が席を立って走っていく音が聞こえたところで我に返る。どうやら翔に弁当をぶつけられたようだ。
何故かは分からないが翔の機嫌を大幅に損ねてしまったらしい。
『ちょ、待ってくれ翔!』
俺の制止を聞かないでそのまま台所のドアを開けて出て行く翔。俺も慌てて追いかける。
何で怒っている(?)のかは分からないが、どうやら責任は俺にあるみたいだからな…
『いったいどうしたんだよ!』
そのまま自分の部屋に入っていってしまう翔。俺はドアの前から翔に問いかける。
俺が何かしたのか?そんなつもりはまったくなかったんだけれど…
“ドン、ドン”
『何だ? 俺が何か気に障ることでも言ったのか? だったら謝るから』
ドアをノックして話しかける。
この部屋は鍵をかけても、俺が合い鍵を持っているから開けることは出来るのだが、さすがに今、それをしては駄目だろう。
『なあ、翔! なんだ、理由を言ってくれないと俺もどうしていいか分からない』
出来るだけ優しい口調で話しかける。が、依然ドアの向こうから反応はなし。
いつもなら「うるせえ、クズ!話かけんじゃねえ!」とか「黙れ!きめえな」とか返ってくるのだが、今日はそれすらない。
こんなことは初めてなので、俺もかなり焦る。
『ごめん。何か分からないけどホントにごめん。だから何が悪かったのか教えてくれ』
俺もなんで怒られてるのか分からないとどうしようもない。それに、ここまで翔怒っているのは初めてだから…
『なあ、翔…』
『……いい』
『…え?』
『もう“いい”って言ってんだよ!!!!』
今まで聞いたことのないような大声で俺を怒鳴る翔。気のせいかもしれないが涙声のように聞こえた。
『翔……』
それっきりもうドアの向こうからは何も聞こえなくなった。俺はしばらくドアの前に立っていたが、
『…ごめん』
そう言って自分の部屋に戻った。

『…分からない』
ベッドに潜り込んで考える。どうして翔があんなに怒っていたのか…
あの後、とりあえず台所にブチ撒けられた弁当を掃除して、俺も顔を洗い、風呂に入った。
翔はあのまま部屋から出てきてはいない。どうやら風呂にも入っていないようだ。
『何が…悪かったんだろう…』
正直見当がつかない。分からないことがあるってのは本当にモヤモヤとした気持ちになる。
今日の夕方からの浮かれた気持ちはどこかに飛んでいってしまったようだ…
幸せと不幸せは表裏一体ってか…
『嫌われちゃったかな…』
もともとあまり好かれている方ではないと思うが滅茶苦茶嫌われているってこともなかったはずだ。
嫌われるのは嫌だ、と素直に思った。兄として家族として…そして…
そして…何だ?
とにもかくにも嫌われるのマズイ。今までコツコツと積み上げてきた俺の努力が水の泡になる。
まあ、元々あまり効果のあったものではなかったような気がするが…
『とりあえず、明日もう1回きちんと謝ってみよう』
それで許してもらえなくても、とりあえずは謝るしかない。
『明日か…』
前田さんと2人っきりで掃除も出来るけど、やっぱり厄日かな…


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