1人で学校に行く準備をする。翔はもう家にはいない。
今日も一応何時も通り7時に起こしにいったのだが、すでにベッドは蛻の殻で、
鞄や制服もなくなっていたところを見るとすでに学校に行ったのだろう。
まだ、こんな早い時間だというのに…
朝練とかがあるのならこの時間でも不思議じゃないけど、なにも部活とかに入っていない生徒が登校するには早すぎる時間だ。
それに、翔が俺に起こされることなく起きる、なんてことは初めてだった。
『やっぱり、まだ怒ってるんだろうな…』
当然か…1日2日で機嫌が治る怒り方じゃなかったもんな…
俺も昨日、寝る前に翔が怒った原因をかなり長い時間考えてみたが、結局分からなかった。
やっぱり俺ってニブいんだろうか…いろんな事に。
『謝るタイミング…逃しちゃったな…』
今日帰ってきてから…では遅すぎる。そもそも今日翔が何時に帰ってくるかどうかも分からないのに…
と、なるとやっぱり学校で謝るしかないか。
普段、学校で出会うことはあまりないから、教室まで行ってきちんと謝るしかない。
『それで許してくれるかどうかは別として…』
なんにしろ俺が悪いのは間違いないのだから。翔は理由もなしに怒ったりしない、と思う。
『しかし今日はいろいろあるな…』
翔に謝らなくちゃならないこと、前田さんと2人っきりで掃除。
いろいろって言っても2つだけだけど。普段何もないせいかな…

教室に着く。教室も、クラスの連中も俺の心中とは関係なしに何時も通りだった。
そりゃそうだ。俺がどうであろうと周りの人間がどうこうなるものではない。
自分を中心に世界が動いていると思うなよ、シャア!とかレコアさんに言われてしまいそうだ。
今の私はクワトロ・バジーナだ。それ以上でもそれ以下でもない。
…はぁ。何くだらないこと考えてるんだ俺…
『よっす! おっはよー! 聞いてくれYO。俺昨日すげえいいことあったんだぜ』
そしてこいつも何時も通りだった。朝っぱらから元気な奴だ。
『なんだ…いいことって?』
とりあえず訊いてみた。訊かなくても勝手に喋るだろうが、コミュニケーションは大事だからな。
『実はさあ、コンビニで出会った綺麗なお姉さんに「君、かっこいいね」って言われたんだよ。どうだ羨ましいだろ?』
幸せな奴。その楽観的というか何というかな考えを俺にも少し分けて欲しい。
『そりゃ良かったな…』
『へっへー。そうだろ、そうだろ?』
嬉しそうだ。たかだが声をかけられたくらいなのに…
まあ、でも俺も前田さんと一緒に帰ったぐらいであれだけ浮かれてたんだから、そうそう人のことは言えないか…
『馬鹿にされてることに気づけよ稔』
順次もやってきて、いつものメンバーが揃った。
本当にいつも通りだな、外の世界は…
『ん? つうか貴志何かあったのか? えらく浮かない顔してるけど…』
俺の顔を見て順次が言う。やっぱり顔に出てたか…
『いや、ちょっとな…』
言っていいものか、悪いものか…でも、誰かに相談にのってほしいという気持ちもある。
『「ちょっと」どうしたんだよ?』
まあ、少しぐらいなら話してもいいか…
『実はさ…昨日翔とケンカしちまってな』
ケンカというよりは翔が一方的に怒っているようなものんだが。
まあ、俺が悪いんだし、それもケンカと言えばケンカかな…
『ケンカ…? 何が原因なんだよ?』
順次が訊いてくる。でも、それは…
『俺にも分からない』
『なんだよそりゃ…?』
分からないものはしょうがない。俺が悪いことは確かなようだが、俺にも何が悪かったのか…
『はあ…ま、元気だせよ。兄弟ゲンカなんて良くある話じゃねえか』
『そうだぜ。だいたいあんな可愛い子と一緒に住んでるんだから、それぐらいのバッドイベントはねえとな。割に合わないからな』
励ましてくれる順次。
稔も一応気遣ってくれてるみたいだ、文面からはそうは見えないが…案外、本心だったりしてな…
確かにくよくよしててもしかたないか。とりあえずは謝ってから、だな。

昼休みになった。さて、やるべきことは1つだ。
『4組行くか…』
そして翔に謝るか。許して貰えるかどうかは分からないが、いや許して貰うまで謝り続けるつもりだ。
『あれ? どっか行くのか?』
教室から出て行こうとすると順次に声をかけられた。
『あ、ちょっと翔に謝りに4組までな』
『そっか。ま、頑張れよ』
そう言って送り出してくれる順次。そうだな、頑張らなくちゃな。

4組の教室の前まで来た。さて、翔はどこにいるんだろう?
ドアを開けて中を覗く。教室内は生徒達でガヤガヤと賑やかだ。
『ん〜?』
目をこらして翔の姿を探す…おかしいな、見あたらない。しかたない。誰かに訊いてみるか。
とは言ったものの、4組に翔以外知り合いなんていないし、誰に訊いたらいいんだろう?
そんなことを考えて、4組の教室の前でうろうろしてたら、誰かが教室の外に出てきた。
あれは…
『吉永さん…?』
『え?』
教室から出てきたのは順次の彼女の吉永茜さんだった。そう言えばこの人も4組だったな。
いや、でもちょうどよかった。
『あ、なんだ小山くんじゃん。久しぶり〜』
吉永さんに訊いてみるか。たぶん知ってるだろう。
『あのさ…訊きたいことがあるんだけど?』
『ん? 何?』
『しょ…上村がどこにいるか知らないかな?』
あぶない、あぶない。危うく翔って言うところだった。
ここで名前なんかで呼んだら変な詮索されるかもしれないからな。とりあえず兄弟ってことは秘密にしておかないと。
『上村って…翔ちゃんのこと?』
へ? 翔ちゃん…?
『ま、まあそうだけど…』
『あたしにかすみんって何組?って訊いてたから会いに行ってるんじゃないかな?
あ、かすみんってのは香澄のことね。前田香澄、知ってるでしょう?』
かすみんとはまた中々アレなニックネームだな。いや、けっこう似合ってるけど。
吉永さんって前田さんと友達だったんだ…確かに吉永さんってカラっとした性格だから友好関係広そうだしな。
それにしても翔が前田さんにいったい何の用があって…つうか前田さんと知り合いだったのか?
まあ、それもあるが…
『上村のこと翔ちゃんって呼んでるんだ…』
これはけっこう意外だった。翔の奴こんな呼び方されたら怒るだろうに…
『あはは。まあね。こう呼んだら翔ちゃん怒るけど、それがまた中々からかいがいがあって楽しいのよ。
なんて言うかちょっと前の翔ちゃんにこんなこと言ったらそれこそキレてただろうけど、
最近は丸くなったというか落ち着いたというか、なんせ可愛いわけですよ。
だからうちの女子はみんなこう呼んでるよ』
なるほどね。昨日前田さんも言ってたけど丸くなった、か。確かにそうかもしれないな。
半年前、出会ったときは本当に荒れてたからな。その時のことを思うと最近は大人しくなったのかもしれない。
他校の不良とかともあまり遊ばなくなったし。
『分かった。ありがとう』
『ん、じゃね。順次の奴のこと浮気しないようにしっかり見ててよ』
『あいつは浮気なんかしないよ』
あはは。そうだね、と言って吉永さんと別れた。
しかし、翔が前田さんと、ね。もしかして昨日怒ってたのはそれと何か関係あるのか?
まさか、実は翔と前田さんが付き合っていて、その彼女と俺が一緒に帰ったことに怒ってたり……は、ないな。
寝子神の言うことが本当なら翔は本気で女の子を好きになったことがないはず。
だからわざわざ女に変えて、その親しい男と付き合わせようとしたわけだからな。
でも、だとしたら何で……ん〜分からん。
とにもかくにも2人を探さないとな。

その後2組に行ったが翔も前田さんもいなかった。
しかたなく校舎中を探したのだが、結局昼休みが終わるまでに2人を見つけることは出来なかった。


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