今日の朝も翔の周りには相変わらず人だかりが出来ていた。
翔はすごく可愛い、すごく可愛いのだが、いつまでもワラワラと群がってくるうちの学校の生徒はよっぽど暇なんだろうな。
別に翔の友達とかならかまわないが、知り合いですらない連中は…ちなみに今日も翔と一緒に登校した。
別に今日は頼まれてはいない。翔がまだ恥ずかしそうだったので俺から一緒に行こう、と言ったのだ。
キモいとかウザいとか言われたけど結局OKしてくれた。
あとやっぱり1人では恥ずかしかったのか少し嬉しそうだったので、俺としても殴られながらでもついて行ってよかった。

『いやー。翔ちゃんやっぱ可愛いわ。今日は4組体育あるんだろう? 翔ちゃんのブルマ姿見られるじゃん。やっほーい』
1時間目が終わり、順次と稔と3人で話してたら、また稔がそんなことを言い出した。
今日は4組体育があるのか…そういや翔は男、女どっちの体育に参加するんだろうな?
『確かに4組体育あるけど。なんでお前が喜ぶんだ?うちのクラスは普通の授業だろ?』
大喜びしている稔に順次が冷静に言う。
何時間目に体育があるか知らないが、確かにうちのクラスは今日は全部教室での授業だ。
『別に教室からも見えるじゃん』
『お前、窓際じゃないだろ…』
稔の席は1番廊下側だ。よっぽど目がよくないと窓から外を見ることなんか出来ない。
順次の言うとおりだ。何浮かれてるんだコイツ?
『大丈夫! 席変わって貰うから! な、川上?』
そう俺らから少し離れたところで何人かと話している川上に声をかける稔。
なるほど。席変わって貰うのか…
『え? 何が…?』
突然声をかけられて意味がよく分かっていない川上。
『何がって。4組が体育の時間席代わってくれよな?』
代わってくれ、よな?
『は? 何言ってんだお前。何で代わらなくちゃなんねーんだよ?』
…コイツ、もしかして確認もとらずにそんなことを…
『いや、だって俺、翔ちゃんのブルマ姿見たいし』
『そんなの俺も見たいっつーの。誰か他の奴に代わって貰え』
まあ、当然だな。相変わらず馬鹿だな稔。
『そ、そんなー。じゃあ他に誰か!』
窓際の奴(男)にところかまわず訊きまくる稔。当然誰1人として了解なんてしてくれない。
『マジかよー。神は我を見捨てたもうた…』
がっくりと項垂れる稔。順次はため息を漏らす。
俺は少しだけ、ほんの少しだけ稔が可哀想だと思ったので、他の奴らに聞こえないよう声を小さくして言ってやった。
『安心しろ。翔はブルマじゃない。制服は貰ってたけどブルマは貰ってなかったから』
『ほ、ホントか!?』
『ああ』
それを聞いて嬉しそうな顔をする稔。
『よっしゃー。ざまあみやがれ窓際の奴ら。へっへー』
が、すぐに悲しそうな顔になる。どうしたんだ?
『でも…翔ちゃんのブルマ見られないのか…なんてこった。今は嬉しいが結局悲しい…』
はあ、まあ、好きにしろ。

やっと6時間目が終わった。ああ、4組の体育の時間は案の定、翔はブルマではなく男の体操着だった。
そのため、うちのクラスはその時間、数学だったのだが、
窓際の男子ほぼ全員が「なんでブルマじゃねーんだ!」と叫んだせいで授業の半分以上は説教で終わった。
なんつうかうちのクラスの男は女日照りの奴が多いんだろうか?
俺もその1人なのかもしれないが…

俺が教室を出て行こうとすると教室のドアの所に1人の女の子が立っているのが分かった。あの子は…
『あ、小山くん。よかった、まだ帰ってなかったんだ』
女の子は前田香澄さんだった。
『え〜と、前田さん。俺になにか用かな?』
前田さんは今の翔に負けず劣らずの美少女だ。長い黒髪にまったく化粧っけがないのに綺麗な肌。
清楚な感じの美少女で実際清楚らしい。可愛くても裏表のある女の子が多い今の世の中で非常に珍しいタイプだ。
また、誰にでも優しいため男女問わず人気が高い。
特に男の間ではひそかに想いを寄せている連中の多く、そうでなくてもお近づきになるたいと思っている奴はいっぱいいる。
それと東南高校7大巨乳のうち1人だ(稔調べ)。
そういえば翔もかなり大きいからメンバーチェンジもあるかもしれない。まあ、男の間で勝手に言ってるだけだが…
『あ、あの明日クリーン活動があるじゃない。それで今から委員会があるんだけど…何も用事がないんだったら参加してもらいたいと思って…』
そう言えばそんなことを聞いてたな。ヤバイすっかり忘れてた。危うく普通に帰ってしまうところだった…
ちなみにクリーン活動とは1ヶ月に1回ある校舎内、外の清掃活動、主に草引き。
あと俺は美化委員だ。
前田さんは美化委員長のため、クラスで委員を選ぶとき男の間では凄まじい死闘があった。
俺はそれに勝ち残ったというわけだ。
そのためその日1日は男子からシカトされていた。
稔の奴もその日は俺らと昼食を食べなかったくらいだ。薄情な奴め。
『あ、ああ。そうだったね。ごめんすっかり忘れてた。用事もないし今からいくよ』
わざわざ前田さんに来てもらったわけだし。
『そう、よかった。じゃあ私先に行ってるね』
にっこりと微笑んで先に歩いていく前田さん。相変わらず可愛いな…

やっと委員会が終わった。思ったより説明が長くなり、けっこう時間がかかったな。
まあ、でも別にかまわないか。
それにいいこともあった。明日のクリーン活動で前田さんと一緒に三階校舎の廊下のワックスがけをすることになったのだ。
2人っきりで何話したらいいのか分からないという不安もあるが、それでも非常に嬉しい。
俺ってけっこう運強いな。ありがとう俺。
『小山くん。明日は頑張ろうね』
席をたって帰ろうとすると前田さんが声をかけてきてくれた。
『あ、ああ。出来るだけ頑張るよ』
前田さんに苦労させるわけにはいかないからな。男として。
これで俺に対する前田さんの好感度が上がったらいいな、という下心もあるけど。
うん、よくみると前田さんはまだ何か言いたそうにモジモジしてる。何だろう?
『何か俺に言いたいことでもあるの?』
一応訊いてみた。明日のことで何か大事なことでもあるのかもしれない。
『あ、あのね。も、もしよかったらでいいけど…その、途中まで一緒に帰らないかな?』
何ィィィ!?
『え?その…俺と?』
『うん』
なんだコレ? なんの奇跡? まさか夢か? いや、夢じゃないな。何者かのスタンド攻撃か?
本体はどこだ? まさか遠距離自動操縦か? 俺、矢でうたれるのか? それとも爆弾で死ぬ?

「レロ〜レロレロレロレロレロレロ。どうしたの小山くぅん?」

しまった! 偽物かぁ!! このイエローテンパランスがぁ!
ってそんなワケねえ! 落ち着け。落ち着け俺…

『その、あのね。まだみんな部活してるし…1人で帰るのもちょっとアレかな、と思って…』
『いや、全然かまわないけど…いや、むしろ喜んで!』
そりゃ願ってもないことです、はい。これを断る奴はモグリだぜ! モグリってどういう意味?
そんなワケで前田さんと一緒に帰ることになった。奇跡だ…

適当に世間話をしながら2人で歩く。
今まであまり女の子と話したことがなかったので緊張したが、前
田さんも話を振ってくれるなどの気遣いをしてくれたおかげでごくごく普通にいろいろと話すことが出来た。
しかし前田さんって案外うちの近くに住んでたんだな。ここまで帰り道が一緒だとは思わなかった。
『弟さん…大変だったね』
『え?』
先ほどまで話ていた話題に一区切りがついたとき、前田さんはそんなことを口にした。
弟…弟って翔のこと、なのか…? なんで、なんで前田さんがそのことを知っているんだ!?
俺と翔が義理の兄弟だって知ってるのは学校では教師を除くと稔と順次だけのはずだぞ!?
『その、なんで私が知ってるのか不思議に思うと思うだろうけど…』
俺はよっぽど驚いた顔をしていたらしく、前田さんは何故、俺と翔が兄弟だと知っているのかという理由を話してくれた。
『偶然だったんだけど、私が担任の先生の所に宿題のプリントをとりに行ったときにね、
小山くんが上村くんのことで先生に謝っているのを見たの。
それで不思議に思って担任の先生に訊いたら、小山くんと上村くんは血は繋がってないけど兄弟だ、って教えてくれてね。
あ、でもこのことは誰にも話してないから安心して。先生にも他の人に話すなって言われたし、2人とも隠してるみたいだから』
なるほど。そういうことか。しかし先生たちにはあれほど秘密にしといてくれって頼み込んだのに…
まあ、話した相手が前田さんでよかった、と言うべきかな…
『その、ごめんね。秘密にしてることなのに…』
申し訳なさそうな顔をする前田さん。いや、別に前田さんが気に病む必要はない。
『かまわないよ。前田さんも他の人には話してくれてないみたいだし。そう、無理に隠すほどのことでもないからね』
別に隠すほどのことでもない。知れたとしても…今は少し不都合か…
『だったらよかった。…でも本当に弟さん大変だったね。突然女の子になっちゃって…』
『うん、確かに本人は大変だったみたいだ。俺も本人ほどじゃないけど少なからず被害を被ったよ』
周りからではなく翔から。
『うちのクラスでもみんなビックリしてたよ。まあ、あんな可愛い子になったんだから当然だよね。
男の子も女の子もみんな可愛いって言ってるし、私もそう思う』
確かにすごく可愛い。だがその点では前田さんも同じだ。
『まあ、確かに俺から見ても可愛いとは思うけど、乱暴な性格は変わってないからな〜』
もう少し女の子らしく、と言ったら男女差別かも知れないが…なったらいいと思う。
あ、でも翔が女の子らしかったら逆に変な気もするけど…
『乱暴って、そんなことないと思うよ。茜ちゃ…友達が「最近の翔くんは性格も可愛くなった」って言ってたよ』
性格も可愛くなったってどこらへんが?
ま〜前よりマシになったようななってないような。俺は相変わらずポンポン殴られるからよく分からない…
『そうかな〜?』
『そうだよ』
そんなことを言っていると俺の家のまえの十字路までたどり着いた。
このまま真っ直ぐいったら俺の家だからここでお別れだろう。しかし本当に前田さんの家って俺の家の近くだったんだな。
『あ、じゃあ私こっちだから。その、今日は付き合わせちゃってごめんね』
『いや、そんな全然…むしろ俺の方こそごめん。…あ、明日は頑張ろうな』
『うん。それじゃあ』
『ああ。また』
別れの挨拶をすると十字路を曲がっていく前田さん。いや、今日はホント得したな。
前田さんともわりと普通に話せたし。今日は人生最良の日かも知れない。
明日が厄日だったら嫌だな…
なんてことを考えながら俺も自分の家までの道を歩いていった。


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