翔を起こして、先に朝食を食べ終わる。それにしても遅いな翔。7時にきっちり起こした
のに、もう7時30分をまわっている。
寝子神から真相を聞いて、俺は複雑な気持ちになっていた。まさかあんな事情があったとは。
しかし翔も可哀想だ…あんな勝手な都合で女に変えられるなんて…
『(それにしても翔に気になる男がいるのか…)』
どんな奴だろう。
悪い奴じゃないといいけど…あ、でもあのキツイ性格の翔が気になるっていうぐらいだからけっこういい奴なんだろう。
そう、信じたい。寝子神そのへんのことは何も言わなかったからな…
少しどんな奴か見たい気もするが…一応、翔の兄貴として。
でも、そっか。翔に好きな男がいるのか…ちょっと残念なような…
ん? 残念って、何がだ?
“ガチャ”
次の瞬間、そんな思考をいっきに吹き飛ばすモノが目の前に現れた。
『うおっ!!』
台所のドアを開けて入ってきたのは翔だ。紛れもなく翔なのだがその姿は、なんというか…
茶色のブレザーを着ており胸元には真っ赤なリボンの花が咲いている。
少し視線を落とすと赤のチェック模様のスカートがブレザーの下から出ている。
ミニスカートと言うほどでもないが、太股を少し隠すほどの長さだ。
スカートからはまったく太くはないが肉付きのいい白い足がスラっと伸びており、膝から下は黒いニーソックスで覆われている。
この娘はどこのアイドルですか?というほど可愛い。お世辞ではなく本当に可愛い。
しばらくその姿を凝視していると、翔が俺の方にツカツカと寄ってきた。
“ゴンッ!”
俺の目も前まで寄ってきたと思った次の瞬間、頭をげんこつで殴られた。慣れてはいるがそれでも痛いことには変わりない。
『ジロジロ見んじゃねーよ。キモいんだよボケ!』
“ゴン! ゴン!”
怒鳴って俺の頭を2度3度殴る翔。よっぽど恥ずかしいのか顔が真っ赤だ。
つうかそんなにポンポン殴らないでくれ。俺の貴重な脳細胞がどんどん死滅していっていまう…
『待った! 待った翔! もう見てない、もう見てないからやめてお願い』
これ以上殴られると悪い頭が更に悪くなってしまう。そうなると死活問題だ。
『…ったく殴られたくないんだったら見んなっつーの。そんな下品な目で見られた俺の体が腐ったらどうしてくれんだよ!』
そんな無茶苦茶な。神話の怪物じゃあるまいし、見ただけで人が腐ったりするものか。
俺はそんな汚らしいモノなのか?……翔の中じゃたぶんそうなんだろうな…はぁ。
しかし見るなっていうのは無理がある。正常な男ならしかたのないことだ。
『そうだよ。翔があんまり可愛いもんだからついつい見ちまったんだよ! これは俺だけでなく全ての男に共通するぞ!』
そう。俺だけではない。こんなに可愛いんだから…
『かっ、可愛い……?…くっ!んなこと言うんじゃねーよ。可愛いとかマジキモいんだよ! このホモ野郎! ゲイ! オカマ!』
そう言って手を振り上げる翔。さすがに俺ももう殴られたくはないので、かまわず続ける。
『ホモじゃないしゲイでもオカマでもない! たとえ元男でもこんなに可愛い女の子になったんじゃ思わず視線がいってしまうのはしかたがないって!
いや、翔は言われるのは嫌だろうけどホント可愛いんだって!』
褒めちぎる。あながち嘘ではない。というか全て真実だ。もっとも翔には逆効果かもしれないが…
『…ち、だからこんなモン着るのは嫌だったんだよ!…心にもねえこと言いやがってよ!
どうせ元男がこんなモン着るなんてキモいとか思ってんだろ? 分かってんだよそのくらい。俺もキモいと思うしよ…』
そんなこと思ってたのか。でもそれは…
『違う! 絶対違う! 全然キモくなんかない。マジで嘘偽り無く可愛い』
ここまできたらヤケだ。かなり恥ずかしいこと言ってる気がするが、翔にも自分がどれだけ可愛いのか分かってもらいたい。
でないと危険だ。何が危険なのか分からないが危険だ。
…何言ってるんだ? 俺。
『…だ、だから世辞なんか言うなって言ってんだろうがクズ! ま、まあお前がそこまで言うのなら…もう、この話はなしにしてやんよ…
そ、その…お、お前があんましつこいから、俺ももう疲れたしよ…』
そう言って自分のパンを焼き始める翔。どうやら納得とまではいかないが、収めてくれたようだ。
こっちもまだ納得いってないんだが…これ以上言うのはまた口論になるだけだから、止めておこう。
『あんまりゆっくり食べてると学校遅れるぞ。俺、先に行って…』
と、言いかけて玄関に向かおうとすると翔が俺のズボンの裾を掴んだ。何だ…?
『どうした? 何かあるのか?』
ズボンの裾を掴んだまま無言で俺を見つめる翔。何かあるなら早く言って欲しい。
『…そ、その、よ。きょ、今日は俺と一緒に学校に行け』
なんと。珍しいこともあったものだ。翔から一緒に登校しようなんて言われるなんて。
『い、言っとくけどな!こんなカッコして1人で行くのが嫌なだけだからな!
べ、別に恥ずかしいからついてきて欲しいとか、お前と一緒に行きたいとか、そ、そんなの…ち、ちっとも考えてねーからな! 勘違いすんなよクズ』
まあ、確かにいきなり女子の制服で1人で行くのは辛いモノがあるな。
知らない人にならともかく、学校の生徒、翔を知ってる人間に見られたら何言われるか分かったもんじゃないし。
いや、だいたい分かるけど…
『分かった。そういうことなら一緒に行こう』

なんとか教室にたどり着いた。
登校中つねに翔は俺の影に隠れ、出来るだけ目立たないように目立たないようにと歩いていたのだが、それが逆にマズかったりする。
俺の後ろに誰かいるのか?と思った生徒がチラチラと見ていたのだが、ある1人の生徒が翔のことを発見して大声をあげたのが皮切りだった。
次々と翔の周りに登校中の生徒達が集まってきて口々に『きゃー!すごい可愛い。ホント可愛い』『すげえ…可愛すぎ。お前ほんと上村か…?』
『え、上村くん?なになに可愛すぎー!』『上村くん…その、僕と付き合って…』
とか連発してそのたびに翔は顔を赤くして怒っていたのだが、学校内に入るとどんどんどんネズミ講式に生徒達が集まってきて、
さすがの翔もあまりに多勢に無勢だったらしくただ俯いて顔を真っ赤にしているだけだった。
ちなみにその間、俺は翔にケツを蹴られ続けてとばっちりをうけるハメになってしまった。
尻だいぶ腫れてるだろうな。イタタタ…
『おはようさん。あれ、稔は?』
いつも俺よりも早く学校に来ている順次と稔。でも、今日は順次しかいない。
『あいつならさっき4組の教室にお前の妹見にいったぞ…なんか今日は女子の制服着てきてるらしいじゃないか』
あの馬鹿。また性懲りもなく…
よく見ると稔だけでなく妙に人が少ない。みんな翔を見に行ってるのか。
まあ、確かに可愛いからな。一目見たいという気持ちは分かる。
しかしこの調子では家に帰ったらまた翔に……今は考えないでおこう。
『そっか。ま、馬鹿だからしょうがないか』
『つうか何で女子の制服なんて着てるんだ。そっち系の趣味でもあったのか?』
別に翔にそんな趣味はない。まあ、制服は俺が無理矢理着せたようなものか…でも、しょうがない。規則なんだからな。
『いや、趣味とかじゃなくて、着なきゃ学校通えないんだ。翔はすごく嫌がってたけど俺がなんとか説得した』
『は〜なるほねえ。大変だな上村も…ちょっと気の毒だな』
確かに気の毒だ。でも俺は少し嬉しかったり…って変な意味じゃなくて。
単純に弟よりも可愛い妹の方が嬉しいと思うのは男として至極当然ってことで。
『いや〜目の保養だった。やっぱ美少女は美少女らしいカッコしないとな』
しばらくして稔が帰ってきた。ものすごく満足そうな顔をしている。
『でもいいよな〜貴志は。あんな可愛い子と1つ屋根の下だろ。俺もあんな子と一緒に住みたいよ〜』
『何いってんだ。お前にも妹はいるだろうが』
順次がはぁ、とため息をついて稔に話しかける。そうだった。稔にも妹はいる。名前は確か…
『美野里か…確かに妹だけどよ〜』
そうだった。美野里ちゃんだ。一度会ったことはあるがかわいらしい子だった。今は中学生ぐらいだったかな。
『だって俺のことを稔って呼ぶんだぜ。非道い時にはアレとかソレとか俺は物かっつーの。しかも俺に対してめっちゃ偉そうだしよ。
俺はお兄ちゃんとかお兄ちゃまとかあにぃとかおにいたまとかお兄様ってのが好きなんだよ!
兄者とか兄貴とか兄ちゃんとかは駄目なんだよぉぉぉぉぉ!』
変なトコでこだわりもってるやつだな。
それにお兄ちゃんとかはあってもお兄ちゃまとかおにいたまってのは絶対無いだろ。なんのギャルゲだよそれ。
『それなら俺も同じだ。俺なんか名前ですら滅多に呼ばれない。たいていはオイとかで済まされる。それに偉そうというかすでに俺は下僕レベルだ』
ホントにそう。まあ、翔がお兄ちゃんとかいいだしたら逆にどうしていいか困る。
あ、でも今の翔になら呼ばれてみたいかも…
『おお、そうだたのか心の友よ。ついでにお前の妹を俺にくれ!』
お前、話聞いてなかったのかよ!
『稔のことはほっとけ。それよりそろそろホームルーム始まるぞ』
順次の言葉通りその後すぐに先生が入ってきて、俺たちは席に戻っていった。

『今日はいつもに増して大変だったな』
『まったくだぜ。それもこれも全部てめえのせいなんだからな。帰ったら覚悟しとけよ』
学校からの帰り道、翔と距離を置いて歩く。何故帰りまで翔と一緒だったかというと…
「てめえのせいでこんな目にあったんだからな。今日は最後までつきあえボケ!」と翔に言われたからだ。
それにしても翔と一緒に帰るなんて初めてだな。今まで邪険に扱われてきた分兄としてなんとなく嬉しかったりする。
まあ、別に翔も俺と一緒に帰りたいってワケではないだろうが…
『そう言うけどな翔。別にそれは俺のせいじゃ…』
“バン!!”
『うっせえ!全部てめえにせいだっての! 口答えすんじゃねえよウゼえな。つうか俺の方寄ってくるんじゃねえ! キモいんだからよ』
鞄で俺を殴り飛ばした後、フン、と鼻をならして先行する翔。さっきの訂正。
「今まで」じゃなくて「今でも」邪険に扱われてます。
『だいたいよー。なんで俺があんなキャーキャー騒がれなきゃなんねんだよ!
女だけならともかく男どももいっぱい寄ってくるしよ…ウザいにも程があるぜ』
今日もたくさんの人間に付きまとわれてうんざりしてるようだ。
今まで翔はいくら美少年だったとはいえあんまりうちの学校で友達いなかったからな…
他校の不良とかとはよく遊んでいたみたいだけど。
『しかたないよ、可愛いんだから…』
『だ、だから可愛いとか言うんじゃねーよ! 何度言や分かるんだよ大ボケ野郎!』
“バン! バン!”
『ごほっ…!?』
連続して鞄で腹を殴られる。本当のことを言っただけだって…
『つつつ……ごめんごめん悪かった。もう言わないよ』
言うたびに殴られるのは嫌だからな。
『もう言わない、って何簡単に意見変えてんだよ!だからヘタレなんだよてめえは!』
“ガス!”
俺の右足を思い切り蹴る翔。ジーンときた。ジーンと…
…ったく。じゃあどうしろって言うんだよ…
『ち、オラとっとと帰るぞ!こんなことしてたら日が暮れちまうからな』
そう言って足を蹴られてしゃがみ込んで悶えている俺をほって走りだす翔。
『っと、翔、待ってくれ!』
走っていく翔の後ろ姿を追う。あ、ちょっとパンツ見えた。今日は白か…


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