トボトボと帰路を歩く。稔のせいで俺に対するクラスの女子の好感度が暴落したのはほぼ間違いなし。
恐慌ってのは前触れもなしに起こるものだ。デフレでもなかったのに。
『石仮面被って人間やめようかな…』
冗談言える元気はまだあるみたいだ。まあ、こんなことで落ち込んでもしかたない。
うちのクラスあんまり可愛い子いないしな。
『ただいまー』
そんなこと考えてる間に家に到着。ふと見ると翔の靴がある。俺より早く帰ってるなんて珍しいな。
『翔、帰ってるのか?』
台所のドアを開ける。そこには案の定翔がいた。ここにいるってことはさっき帰ってきたばかりみたいだな。
『げっ…』
俺を見て声を漏らす翔。おかえりなさい、なんて到底望んでないが、別に「げっ」なんて言わなくてもいいじゃないか。
ん? よく見ると翔は鞄以外にも大きな紙袋を持っている。何だろう?
『なあ、翔。その紙袋なにが入って…』
“ゴン!”
『いてっ!』
言い切る前に翔に頭をどつかれた。何だ?俺まだなにもしてないぞ。反抗期?反抗期か?
いや、そんなこと言ったらずっと反抗期だが。
『あたた…別に殴ることはないだろう。俺が何かしたか?』
『うっせえ! ついやっちまったんだよ』
つい、で殴られては俺の頭が保たないんですけど…
『それでその袋何が入ってるんだよ?』
もう1回聞いてみる。
『……制服だ』
そうか制服か…なぬ!? 制服ってことはブレザーか。
『そういえば今日届くんだったな』
女性の制服は今時珍しいブレザーだ。
スカートは赤のチェックでリボンも赤。また黒いニーソックスも付属している。そのため男子には大変人気がある。
まあ、うちの学校は今だに体育の時間女子はブルマという伝説を誇っているので、他県からわざわざ入学する勇者もいるぐらいだ。
東南高校は神の庭、エデンの園と言われたこともあるくらい。
『ああ、今日の放課後西尾から貰った。つうか俺にマジでこれを着ろっていうのかよあいつらは…』
翔は明らかに嫌そうだ。その気持ちはよくわかるが、学校の規則だから守らなければ駄目だろう。
翔は今までさんざん規則を破ってはいるけども。
それに、なんだ。今の翔がこの制服きたらすごい可愛いだろうな。男として見てみたいという気持ちはないことはない。
『そりゃ着なくちゃ駄目だろ。一応今の翔は立派な女の子なんだからな』
『だ れ が立派な女の子だと…!』
見ると翔は怒りの形相。あ、立派な女の子はマズかったか…
“ガス!”
『ぐほぉ!』
ナイスキック、ナイスキックだ。すごく痛いですけど…
『…ご、ごめん。でもやっぱり着たほうがいいと思う。規則だし、それに翔も何時までも学生服で周りから変な目で見られるのは嫌だろ?』
翔が女になって初めて登校した時のことを思い出す。あの時翔が学生服だったために行き交う人達の視線を集めていた。
まあ、それだけでの理由ではないけど。
『チッ。ウザいけど我慢してやっか。確かにお前の言うことも一理からな。素直に納得したくはねえけど』
『そうか、ありがとう』
どうやら分かってくれたようだ。
『べ、別に褒めたわけじゃねーっての! 調子にのんなよ! しかたなく、だからな』
『はい、ごめんなさい』
また蹴られそうになったので早めに謝る。しかし、そうか。明日から翔はブレザー着ていくのか…楽しみだな。
…はあ、楽しみってまた俺馬鹿なこと考えてしまった。翔は男だ(今は女だけど)しかも俺の弟だ(義理だけど)。
変に意識するな俺。

『さて、いよいよか』
1日が終わり、携帯を枕元に置いて俺もベッドに潜り込む。ついに翔が女になった原因が明かされる時が来た。
ドキドキを抑えて早く眠れるようにイギーを数える。
イギーが1匹、イギーが2匹、イギーが3匹、イギーが4匹、イギーが5匹……
……イギーが25匹、イギーが26匹、イギーが27匹、イギーが28匹、イギーが29匹、イギーが45匹…あれ、なんでいきなり45匹に

“キング・クリムゾン!!”
「時間を15秒ほどスッとばした…『帝王』はこのディアボロだッ!!依然変わりなくッ!」
イギーが45匹、イギーが44匹、イギーが43匹…イギーが30匹
“ドドドドドドドドド”
「なにィ! まさかッ! これはッ! 消し飛ばした時間が『逆行』しているのかッ!?」
“ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム!!”
「オッ…オレはッ!初めから何も数えていないッ!! オ…オレのこの『予知』は絶対にこれから起こる『真実』なんだッ!
オレの無敵の『キング・クリムゾン』はイギーを500匹まで数えるはずなんだ!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄アァァァッ!!!」
イギーが31匹、イギーが32匹…あ、だんだん…眠く…なって、きた…

気がつくと昨晩と同じ花畑に立っていた。どうやら眠ることができたらしい。
さてとりあえず寝子神は…
『神様ですにゃ』
目の前に浮いてた。そう、フヨフヨと。相変わらずなんで座禅くんでいるんだ?
いや、そんなことどうでもいいけど。
『こんばんわ。昨日の続きをお願いします』
一応敬語で頼む。いくら変な格好をしているとはいえ、相手は神様だからな。失礼のないようにしとくのが当然だ。
『了解ですにゃ』
そう言うとまた寝子神は俺に○スのブルーマウンテンを渡した。相変わらずぬるいけど我慢しよう。
『どこから話そうかにゃ…そうだにゃ、まずは私が受けた恩から話すにゃ
あれは花も香る9年前の4月、まだ小学生1年生だったお前の弟が私の神社に来たんだにゃ…』
…どうも話によると「受けた恩」というのは、近所の子供がイタズラで寝子神の御神体を持ち出して外の置きっぱなしにしていたのを、
翔が元の場所に戻してやったということらしい。
『別に人間が作った御神体に本当に我々神が宿るわけではにゃいが、一応私のために善行を行ってくれたのだから立派に恩を受けたことになるにゃ』
なるほどな。やっぱり翔もなかなかいいとこあるじゃないか。
まあ、当時はまだお母さんが亡くなっていなかったとは思うけど。
『そのことは分かりました。でも、なんでそれで翔が女になるんです?』
確かに恩の話は分かったが、全然翔が女になったことと関わりはないような気がする。
『まあまあ焦るにゃ。恩を返すって言っても我々神とはいえ万能ではないにゃ。
私は縁結びの神。私に叶えられる願いは色恋沙汰、恋愛関係のみにゃ』
はあ、まあそりゃしかたないな。縁結びの神様だもんな。でも…
『だからって翔が女になることとは関係ないでしょ!』
さっきの話だと、ようするに好きな女の子と仲良くなれるとかそういうことじゃないか。
『落ち着け。今から話すにゃ。当然私も上村翔が恋愛に興味を持つまで待って、好きになった娘と恋人にしてやろうと思っていたにゃ。
だがあの少年は母親が亡くなったせいか心を少し閉ざしてしまい。誰かを本当に好きになるってことがなくなってしまったのにゃ』
確かに母親がなくなったらショックだろう。俺はまだ小さい頃に父が死んだからあまり悲しいとかそういうことはなかったが。
育ち盛りの時に母を亡くしたら…俺も…
『上村翔は何人かの娘とも付き合っていたようだが、どの娘もおよそ好きなどとは思っていなかったのにゃ。
そこで上村翔が1番信頼…というか親愛の情を持っている男に目をつけたのにゃ。
もっとも上村翔はその、いわゆる同性愛者ではなくごく普通の男だったため、その感情が恋愛にまでいくことはない。
そこでしかたなく上村翔を女に変えたのにゃ。
まあ、別に女に変えるのは相手の男でもよかったのだが、さすがに少々気の毒だから本人を女に変えたのにゃ』
な…ッ!!?
『そ、そういうことだったのが…でも、それはおかしいぞ!
別に今好きな女の子がいなくても後々出来るかもしれないじゃないか! いや、きっと出来ると思うけど』
『確かにそうだが…時間がなかったのにゃ。我々神の間には受けた恩は10年以内に返さなければいけないという掟がある。
あと半年ほどで上村翔が好きな女を作るなど不可能と思ったのにゃ』
そんな…そんな勝手な。まるで人権無視じゃないか。
『そんなそっちの身勝手な理由で女にされた男のことを考えてみろ!! 何が神様だ!!』
気がつくと相手が神様であることも忘れて怒鳴っていた。
でも、当然だ。あまりに理不尽過ぎる。人権もクソもあったもんじゃない。
『お前の気持ちも分かるが…これも我々の掟なんだにゃ。許してくれ』
『許せるか!!……はぁ、でもアンタにこれ以上言ってもどうにかなるもんじゃない。
許すことは出来ないけど…もう俺も怒鳴ってもしょうがないからな』
神様相手にこれ以上啖呵を切っても無駄だろう。俺って情けないな…ホント。
『すまないにゃ。…しかし思った通り中々よい男だにゃ、お前は。少し情けないところもあるが…まあ、安心したにゃ』
安心って…何のことだ…?
『とりあえず話はここまでにゃ。何か聞きたいことは…?』
『一応訊いておく。翔を男には戻せないのか?』
それが出来るのなら、なんら問題はない。まあ、おそらくは…
『悪いがそれは無理にゃ。掟のことだけではなく。本来人を結ぶことしか出来ない私が恋愛関係ということで無理矢理女に変えたのにゃ。
もう1度性別を変える力は私にはないにゃ』
やっぱりな。期待はしていなかったが。
『これでいいかにゃ…?』
いや、最後にもう1つ。
『なんで猫なんだ?』
ずっと疑問に思っていたことを口にする。
翔の話の方が遙かに大事だったので忘れていたが、真相を聞いた後はまた気になってきた。
仏さまの格好とか地蔵の格好とか天使とかだったら分かる。が、何故猫?
『簡単にゃ。私は神になる前、もうずっと昔の話だが生前は猫だったのにゃ。
お前達人間は神は人の姿をしているとか人でしかなれないとかいう勘違いをしているが、
本来神になれるものはあらゆる生物の中から選ばれるにゃ。
人間だけ特別扱いのはずがなかろう。だから私は猫の姿をしているのにゃ。
もっとも誰かに猫と思わせるられるのならどんな姿にもなれるけどにゃ。ネコミミ巨乳美女にもなれるにゃ』
『是非尾お願いします』
人間の欲望というのは強いものだ。俺はさっきまでの怒りを忘れ頭を下げて頼んでいた。
出来ればB90以上、Gカップ以上でお願いしたい。
『にゃるほど。だが断る!』
なにィィ!?
『この岸辺r…寝子神が最も好きなことの1つはくだらん頼み事をする奴に「NO」と断ってやることだ!』
クソッ! こいつもジョジョ好きか! 猫なのにジョジョとはストレイ・キャットめ!
『ではそろそろ朝にゃ。もう会うことはないかもしれないが達者でな。上村翔のことヨロシク頼むにゃ』
『ああ、不本意だけど…翔とその翔が好きな男が幸せになれるようにする』
しかし、翔に好きな男がいるのか…悪い奴じゃないといいけど…
『このニブチンがァー!』
なんか寝子神がわけの分からないことを言って消えていく。心配しなくてもなんとか頑張るさ。
お、携帯のアラームの音が聞こえる…もう、朝か…


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