トンネルをぬけると、そこは不思議の街でした(BGM いつも何度でも)、じゃなくて花畑だった。
色とりどりの花が咲いている。今は十月なのだが、夏の花まで咲いているのはどういうことだ?
っと思って気づく。
そうか、これ夢か…しかし自分で夢を夢だと認識できるなんて珍しいな。
普通は気が付かないものなんだが…
『つぁ! 眩しい…』
トボトボと花畑を歩いていたら突然目の前がカッっと光った。何かが強力な光を放っている。何だ…?
徐々に光が収まっていき目の前が見えるようになってきた。光を放っていた物体が姿を見せる。
そこには…
『神様ですにゃ』
…変なのが浮いてた。
『…何だ?』
『だから、神様ですにゃ』
自称神様なその変なのは猫、というか猫のヌイグルミのような格好をしている。
しかもかなり不細工だ。変に眼はデカイし…あと何で座禅くんで浮いてるんだ…変な新興宗教の教祖じゃあるまいし。
『すいません。起きてもいいですか』
いかに自分の夢とはいえ、こんな変なのに関わるんだったら起きた方がいいかもしれない。
『ちょっと待つにゃ。お前に話があるのにゃ』
俺を引き留めようとする猫。やっぱり夢ってのは自分の思い通りにはいかないものだ。
『はいはい何でしょうか?』
起きられないのなら、話に付き合うのもまた一興か…
それにしても夢ってのは自分の体験や印象に残ったことが出てくるって聞いていたが、こんなの見たことあったかな?
『ふむ、素直でよろしいにゃ。じゃあ、まずは自己紹介からいこうかにゃ。
私は寝子叉神社の神をやってるものにゃ。本名は長いから寝子神と呼んでくれにゃ』
寝子叉神社と言えば此処の町はずれにある小さな神社だ。
滅多に人が訪れることはなく、たまに近所のお婆さんが掃除に行ってるみたいだが俺にはほとんど関わり合いのない場所
だな。
小学生か幼稚園の時に1回行ったきりだったと思う。確か、一応縁結びの神様が祭ってあったはずだが…
にしてもなんでそんなところの名前が俺の夢に出てくるんだ? どうせ出てくるなら巨乳アイドルの風花ちゃんがよかった。
『その通り。私は縁結びの神様にゃ』
なに!?
『なんで俺の考えてることを?……あ、そうか。俺の夢だから当然か』
『今はそういうことでもいいにゃ。しかしお前は巨乳好きか…私はひんぬーの方が好きにゃのだがな…』
そうか貧乳好きか…俺とは馬が合わないな。俺はやっぱり胸は豊かな方がいいと思う。
『そんな事はどうでもいいにゃ。それよりも今日はお主に大事な話があってにゃ。まあ、これでも飲んで聞いてくれにゃ』
そう言って寝子神は地面に着地して俺に缶コーヒーを渡した。
お、ボ○のブルーマウンテンか。俺の好みが分かってるじゃないか。
それにしてもコレ微妙にぬるい。体温じゃないだろうな…
『ではしばらく話を聞いてくれにゃ。まずは率直に言うと、お前の弟の上村翔を女に変えたのは私だにゃ』
『な、なんだって――――!?』
と、驚いてみたがこれ夢だ。別に驚くことでもない。つうか神様が女に変えたのか…そりゃしかたないな。
『正確に言えば「女に変えた」と言うよりも「女として生まれてきた場合の姿」にしたっと言ったところにゃ。どちらでも大した違いはないがにゃ』
『で、何で翔を女に変えたんだ? 翔が何か悪いことをしたのか?』
缶コーヒーを啜りながら訊ねる。
翔はけっこう悪いことをしていたと思うが、女に変えられるほどのことをしたとは思えない。
『逆にゃ。むしろあ奴はいいことをしたんだにゃ。女に変えたのはそれの恩返しだにゃ』
なんで女に変えるのが恩返しなんだ?
恩返しって言ったら相手を少なからず幸せにすることだろう?
翔が女になって幸せになったとは思えない。
『そのへんも説明したいところだがそろそろ朝だにゃ。続きはまた夜にしてやるにゃ。ではさらばにゃ少年! また会おう』
そう言って花を巻き上げながら天高く舞い上がっていく寝子神。神様だけあって派手な退場だな。花は大切にしましょう。
それとさっきから「ピピピピ」って音が聞こえ………

『うう……』
携帯のアラームが止まり、時計を見るとジャスト7時。何時も通りの朝だ。
『…妙な夢見たな〜』
体を起こす。しかしここまではっきりと夢の内容を覚えているとは珍しい。
そうして立ち上がろうとすると自分が右手に何か握っていることに気が付いた。
『…こ、これは!?』
ボ○のブルーマウンテン。夢の中で寝子神から貰ったものだ…
こんなもの昨日は部屋の中にはなかった。寝ぼけて握ったのではない。
『まさか…あれ、夢じゃなくて…そんな馬鹿な』
そんな…まさか、ありえない。なんで…猫なんだよ

朝食を1人で黙々と食べる。翔はさっさと食べて出て行ってしまったので、今、家には俺しかいない。
俺はパンをかじりながら缶コーヒーを見つめていた。
『アレが夢じゃないとすると…寝子神が言っていたことも本当ってことになるんだよな…』
そう「翔を女に変えたのは寝子神」ということになる。
しかし何で? 何で翔が女に変えられなくちゃならない?
いや、確かに突然男が女に変わるなんてまず説明できることじゃないから、神様が変えたというなら納得できる。
それでも充分というか1番非現実的だが…
『寝子神は恩返しだって言っていたけど…』
前も思ったが恩返しで女に変えるなんて…それは恩返しじゃないだろ。
まあ、俺がこれ以上考えてもしかたがない事なんだが。とりあえずその理由は今日の夜にははっきりするハズだし。
そう思うと、夜が待ち遠しいような、恐いような…
『どちらにしろ、このことは翔には黙っておいた方がいいな』
女になった理由が分かったのに当人に黙っておくのは非道い気がするが、信じてはもらえないだろう。
それに神様に女に変えられた、なんて言われたらショックだろうしな。
『まあ、全ては夜わかることだ』
そうだ。ウジウジ考えてもしかたない。
警官の人も言っていたじゃないか「大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている」と!
俺はパンを平たいらげ家を後にする。
とりあえずは今出来ること、しいては学校に行くことをしないとな。

『やっと昼休みか…』
午前の授業が終わり、ホッとして机に倒れ込む。
4組からは今日もまだ翔の怒鳴り声が何回か響いていた。
さすがにピークを過ぎたとはいえ、まだたくさんの人が翔のことを見に来てるようだ。
こう言うと翔の兄である俺のところにもかなりの人間が事情を聞きに来る、と思うだろうが生憎俺のところには誰も来てない。
何故かというと俺と翔が兄弟だと知っている人間は生徒では2人しかいないからだ。その2人とは稔と順次のことだが。
俺の母さんと翔の父さんである良夫さんが結婚したのが半年前だが、正確にはきちんと夫婦になったわけではない。
籍を入れていないし、苗字も違うままだ。
母さんも良夫さんもあまりその辺は気にしないアバウトな人達なので、まあ、ようするにめんどくさかったのだろう。
そのため翔の苗字は良夫さん方の上村だが、俺の苗字は母さん方の小山だ。
ごくごく普通の学生の俺と、けっこう問題児の翔に関わり合いがあると思っている人間などいるはずもなく。
別に誰も俺のことを気にしてない。
順次には俺から話し、稔にはまだ翔が男だった時、同じ家から出て行くのを目撃され、このことを話したというワケだ。
だから世間、つうかこの学校の生徒間では俺も翔も一人っ子という扱いになっている。
『やっと終わったな…貴志メシにしようぜ』
弁当箱を持った稔が俺の席までやってくる。順次もパンを持ってこっちにやって来るのが見える。
『ああ、そうだな』
うちの学校は基本的に昼食は何処で食べてもいいのだが、みんないちいち移動するのがめんどくさいのか、大半は自分の教室で食べている。
かく言う俺もその1人だ。
『しかし相変わらず4組はすごいな…今日もかなり人が来てたぞ』
パンを食べながら順次が切り出す。どうやら休み時間に確認してきたようだ。
『しゃあーねーじゃん。元男があんなに可愛い子になっちまうんだからよ。あ、そう言えば貴志、昨日のメール見てくれた?』
『昨日のメールって…?』
昨日お前からメールなんてもらったっけ?
『ほら、「妹さんと付き合わせてくれ」ってやつだよ。どうなんだ? OKなのか?』
ああ、そういえばそんなのあったな。昨日からいろいろあってすっかり忘れてた。
つうか故意に忘れようとしてた。こいつが馬鹿なのを…
『お前…まだ、そんなこといってたのか…』
順次が呆れた目で稔を見ている。俺ももう呆れかえっている。こいつはホントしょうがない。
『いいじゃんかよー。順次は彼女いるからいいかもしれないけどよー。俺ら彼女なしにとっては可愛い子は全部ターゲットなんだぜ』
『つうかお前、5組の女子と付き合ってたんじゃなかったのか』
確か…3日前に嬉しそうにそんなこと言ってたぞ。
『ああ。フラれた』
なはは、と笑いながら答える稔。そうか、まあ当然だわな。これで一体何回フラれたんだ?
ちょっと不憫な気もするが自業自得なのでしょうがない。
『で、で、どうなんだ? いいのか翔ちゃんと付き合っても?』
『お前には無理だ』
いろんな意味で。だいたい翔がお前、つうか男なんか相手にするわけねえだろ。
『あのなあ、お前。上村がお前なんか相手にするわけないだろ。だいたいいくら今は女になってるっていっても心は男のままだろ。
そんな奴が男と付き合うわけねえだろ。別にお前じゃなくてもよ』
順次が俺の気持ちを代弁してくれた。その通りだ。
翔は心は男なんだから男なんかと付き合うはずもない。仮に心が女でも稔とは絶対に付き合わない。
『別に俺はかまわないぞ』
『いや、お前がかまう、かまわないの問題じゃないだろ!』
さっきの順次の話聞いてなかったのかよ?
『つうか上村ってヤンキーだろ。あんなのと付き合っても全然楽しくねーだろ? 確かに顔は可愛いけどよ』
なあ?と俺に同意を求める順次。俺も少し声を潜めて翔のことを話す。一応周りに兄弟だってバレたら駄目だからな。
『そうそう。翔の奴かなりキレやすいし、俺のことすぐ殴るし、言葉遣いは悪いし。昨日だってミスって風呂覗いたら危うく殺されかけた…』
最近はそこそこマシになったような気もするけどな。
まあ、あいつはあいつでいいとこあるけど、わざわざ稔に話すことでもない。
ん?なんか気づいたら2人が固まってた…どうしたんだ?
『な、なにィィィィィ! お、お前!風呂覗いただって――――!!!!』
うおっ!!
『馬鹿! 声でかすぎだ!』
クラスの連中の視線がいっきに俺たちの方に集まる。
女子はなんか俺の方見てヒソヒソと話している。がはっ!
稔、なんてこと言うんだ…この野郎。
『何だそのフラグ!!? 何様のつもりだこの野郎! 俺にも覗かせろ!!
ちくしょォォォォ! 1人だけオイシイ思いしやがてー! 俺にもなんかイベントくれよォォォォ!』
『声でかいって! 意味分かんないよ!』
どさくさに紛れて自爆する稔。今度は稔の方に視線が集まる。順次はそそくさと席から離れていく。
『和姦 無い、だってぇぇぇぇぇ! 強姦したのかよこのヤロー! レイプは犯罪だぞちくしょォォォォ!』
頼むからもう黙れ。黙ってくれ!
『あー! もう、怒った!お前になんか「巨乳ナース淫乱病棟24時」貸してやらねーもんね!』
何ッ?
俺の大好きな巨乳AV女優「富華井そら」ちゃんが出てるAV。
貸してくれるって言ってたのに…それどころじゃないが。

結局昼のこのやりとりのせいで午後からも俺はずっと女子に白い目で見られるハメになった。
少しだけ翔の気持ちが分かった気がした。
クソ。
稔の奴め…まあ、元は俺が発端だが。


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