「朔ちゃん起きて〜」
 布団を剥ぎ取られる。4月も終盤に差し掛かってはいるものの、朝は寒いものである。
仕方ないので体を起こす。胸にある重みが、昨日の出来事が嘘でないことを実感させた。
「とりあえず、出来た分の薬持ってきたから飲んで」
 時間がかかるとか言いつつ、すぐにできてるじゃないか。
「なんだ…もうできてたのか…」
 いつもの朝と感覚が違う。男の時は、スパッと起きることができたんだけど……。
「ちゃんと起きて飲まないとこぼすよ。ほら、私が飲ませてあげるから」
「いいって……自分で飲めるか……!!!!」
 柔らかい何かに口を塞がれ、と同時にぬるい液体が口の中に浸入してくる。ドロッとした粘液が口の中に溜まって、たまらず飲み込んでしまった。
さらに、とどめとばかりに動く何かが舌に絡んでくる。体に染み込むような感覚の後、カッと体温が上がった気がした。
(口移し!?)
「ん…あめ……や…んあ…っ……くるしっ………」
 状況はつかめてきた。だが、払い除けようとしても、体に力がはいらない。
それどころか、徐々に火照ってきて、思考も浅く同じことを何度も考えてしまう。
気持ち良いと。
「……っん……もっ…と………ぷはぁっ………はあ…はあ……」
 解放され、呼吸が苦しいことに気づく。自分はいったい何をしてたんだろう。
「体…熱い……紅葉…なんとかして……」

(ふむふむ…これはもしかすると……)
 トロンとした目つきで、懇願する朔太郎。明らかに様子がおかしい朔太郎を見て、紅葉はひとつの仮説をたてる。
「知らないわよそんなこと。私は薬を持ってきただけだから。そんなにしたいなら一人でオナニーでもしてれば?じゃね〜」
「あっ…」
 冷たくつき放し部屋を出て行く。朔が切なそうな目で見ていたが、これから起こるであろう出来事に比べたら、振り切ることは簡単だった。
「行っちゃった…」
(いつもなら必要以上にかまってくるのに…)
「紅葉…なんで……」
 紅葉が去り際に残した一言、『一人でしてろ。』という言葉。火照った体と快感を欲する朔太郎には、とても魅力的な言葉だった。
「一人で…する……」
 理性など荒れ狂う本能の前には、砂上の楼閣のごとき脆さだった。意識の根底に残っていた男としての理性が、意地が、矜持が、何もかもが崩れていく。
「…ふぁっ……っん…はっ……あぁ…」
 溢れだした欲望の奔流が、愛液となって秘裂から流れてくる。
「あっ…きもち……いっ…い……」
 すでに男だったということも忘れ、女としての快楽を貪る朔太郎。ドアの隙間から覗く視線にも気づかずに。

(やってるやってる…あ〜もうかわいいな〜…もうちょっと意地悪しちゃおうかな?)
「あぁん…いいっ……イクっ……あっ……イっちゃ」
(よし、今だ!)
ドアの向こうでチャンスを窺っていた影、紅葉はドアノブに手をかけた。
「はい! そこで終わり〜!」

「うわぁ!! な…なな…なんで……」
 あと少しでイくところで、突然の乱入者に思わず手が止まる。
「いやらしいわね〜朔ちゃん。まさか朝からオナニーだなんて…」
 ニヤニヤと楽しそうに言う紅葉。まるで、そうなることがわかっていたかのような言い回しも(実際わかっていたわけだが)今の朔太郎には理解できなかっ た。

「なんで……そんな…見られた…?」
 先ほどまで自分という存在を押し流していた快楽も、今はもうどこにもなかった。最初からなかったかのように消えている。
「驚いてるところ悪いんだけどこれ、何かわかる?」
 手に持った黒い物体、俗に言うビデオカメラを操作しながら問いかける。
「まさかっ……撮って…たのか?」
「正解〜。これは後でじっくり使わせてもらうね?」
 最悪だ。オナニーを見られただけじゃなく、ビデオにも撮られたなんて。
「………」
 もうおしまいだ。あれをネタに一生遊ばれ続けるんだろう。
「………うっ……消して…お願いだから……」
 何故だか涙が出てきた。普段ならこれくらいでは絶対泣かないのに。
「あれっ? うそっ、泣いちゃった?」
 まさか泣くとは思ってなかった紅葉は、あわてて傍にかけよった。
「消して…お願いだから……消して…」
 泣きながら同じ言葉を繰り返す朔太郎を見て、紅葉はやりすぎたか…と反省する。だけどただ消すには惜しい。
「わかった、消してあげるから泣くのやめなさい」
「ひっく……ほんと?」
 ああもうかわいすぎっていうか反則だ。これが元男っていうんだから世の中絶対間違ってる。まあ男のときからかわいいのは変わってないが。
「ただし!ひとつだけ条件がある。朔ちゃんはこれから朔羅に改名ね」
「はっ?」
 さすがに唐突すぎたか。そりゃそうか…。
「だから、改名するの、か・い・め・い。朔はそのままで、悪鬼羅刹の羅ね。女の子が太郎っておかしいもんね」
「ちょっと待ってよ! 無理に決まってるだろ! それに例えが嫌過ぎるよ」
「大丈夫よ。あなたはもう女の子なんだから。経緯はどうであれ、ね」
 オナニーまでしちゃったしね…という言葉は飲み込んでおく。また泣いてしまうかもしれない。
「それに、パパたちに頼めば何とかしてくれるだろうし」
「わかったよ…。もう好きにしてくれ。だから早くそれを…」
「もう消したわよ。なんなら確かめてもいいわよ。気が済んだら返しにきてね」
 ビデオを放り投げて部屋を出て行く紅葉。振り返った顔がニヤリと笑ったことに朔太郎…もとい朔羅は気づかない。
(ま、知らないほうがいいこともあるってことね。)

その日の午後、朔羅の体質についての会議が行われた。
紅葉が気づいたその体質とは、「呪薬を飲むと発情する」ということ。
何がどう影響してこうなったかは不明だが、とにかくそういうことらしい。
どうやら朔羅の受難はまだまだ続きそうだった。


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