「神をみたー」
 向かいあって食後のお茶をすすりながら、健史は鞠生の話を聞いている。
「まばゆく輝く、女の子の姿をしておられたんじゃよー。そう、女神様です。白い女神様をみたのですぞー」
 食事の最中から健史はほとんど無言のまま稀に相槌を打つだけで、しゃべっているのはもっぱら鞠生だが、
その鞠生も多弁というには程遠いため、二人はゆったりと静かな時間を過ごしていた。
 彼らに起こっているのは、どう考えても異常事態であるはずなのに、さほど慌てた様子が見えないのはどうしてなのか。
 突拍子も無さ過ぎて、かえって腹が据わったとでもいうのだろうか。
 鞠生の話は、彼が死んだ後、ここで気がつくまでしばらくいたという『どこか』のことに及んでいた。
 鞠生はそこで神様にあったというのだが……。

「で?」
 健史がひさびさに声を発した。
「むー?」
「死んでから色々あったのは分かったよ。まあ、それでだ。こういう状況になった原因に、心当たりとか何かないのか?」
「ないですなー」
 即答する鞠生に、
「そうか」
 はじめから期待していなかったらしく、健史は相変わらずの無表情だ。
「だが、いまのワシの姿にかんしてはワシなりに考察してみたんじゃよー」
 鞠生は現在の、その愛らしい面に、花が咲いたような笑みを浮かべた。
 思わず撫でてしまいたくなるような、とびきり可愛い笑顔だ。
「ほう? それで、何か分かったのか?」
「……ふっ」
 なぜか鞠生は鼻で笑うと、
「貴様はつくづくバカです。貴様の目はフシアナです。脳はプリンかゼリーにちがいないのです。お茶おかわりです。とっととしろです、グズー」
 平板な口調で一息にまくしたて、湯飲み茶碗を差し出した。
「ですですうるさい。ほれ。それで何がわかった?」
 鞠生が調子にのっているようだが煩いだけで実害はないので、健史はお茶を注いでやりながら先を促す。
「まずはー、拙者のこの姿についてじゃよー? よーく見てくれ。こいつをどう思う?」
 鞠生は自分の顔を指差しながら、真顔で健史を見つめてくる。
「うーん……」
 いささか病的なほどに白い、しかしきめ細やかな肌。つやのある黒髪との対照は見事だ。
 目鼻立ちが整いすぎて、つくりものじみている。細く高い鼻に桃色の唇、そして明るく透き通った青い瞳と、何から何まで出来過ぎだ。
 黒髪と明るい青の瞳は不釣合いなようでいて、そのじつ、これ以上ないくらい調和しているのだった。
 はっきりいえば、とても可愛い。
 その顔立ちは本来ならどちらかというと美しいと表現されるべきものであり、いわゆる『美人さん』なのだが、
小柄な体格や鞠生の『おバカ』な言動のせいで幼さが際立って、それはもう小憎らしいくらいに『可愛い』のだ。
 当然ながら、生前の鞠生の姿とは違っている。
 男だった時の鞠生の外見は確かに、秀麗に整ってはいたが、ここまで浮世離れした存在ではなかった。
単なる男女の違いでは片付かないほど、明らかに違う。
 しかし同時に、健史はこの少女をどこかで見たような気もするのだった。
「まだ分かりませんか? 君は本当におバカさんですねー」
「待て……待て待て、だがしかし、いや……」
 何やら思い当たることでもあるのか、健史は考え込む。
「気がついたか坊主ー。ついては確認したいことがあるのじゃが、我輩の荷物はー?」
「――確認か、なるほど。少し待て」
 言い置いてから健史は立ち上がり、鞠生の家族から引き受けた、『遺品』の入った箱をクローゼットから取り出す。
「この中だ」
「ふむー。なんか少ないんじゃよー?」
 鞠生はさっそく箱を開け、中身の物色をはじめた。
「さすがに全部は引き取れんし、高価なものも多かったからな。どうしてもってやつだけ引き受けてきた」
 さらにもう一つ箱を取り出しながら、健史は答えた。
「これとー、これとー、これー」
 大きな箱の中から、その4分の1くらいの小さな箱を三つ取り出して並べる鞠生。
「それから、こいつもだな?」
 もう一つの箱からも、鞠生が並べたものと同じような箱が、健史によって取り出された。
「まずはこいつ」
 四つ並べた箱の一つを開ける健史。
 中から現れたのは人形だ。
 黄金色の髪に琥珀色の瞳をして和服を着た人形は、ちぐはぐなようでいて絶妙な調和のとれた美しさをもっている。
「つぎはこっちじゃよー」
 鞠生が開けた箱からもやはり人形が出てきた。こちらは黒髪に緑の瞳をして、金髪琥珀眼の人形とは若干顔立ちも異なっている。
「つぎー」
 さらにもう一つの箱からは、黒髪に極めて薄いグレーの瞳をした人形がでてきた。
「これで最後だな」
 残った箱を健史が開ける。
 二人は顔を見合わせた。
「空……だな」
「うむー。まさか無くなっちゃっているとはおもわなかったですよ? でもこれでよけいはっきりしたです」
 うんうんと頷きつつ鞠生は言った。
「なあ鞠生。この中に入ってたのは黒髪で青い瞳だったんだよな? 間違いないな?」
「そうじゃよー」
「つまりだ、お前はいま、無くなった人形の姿をしてるんだな?」
「おう。とりあえず見た目については間違いないのじゃよー。我輩はいまマリアの姿をしているもようですー」

 そもそもは、おばあちゃんの趣味だったという。
 鞠生のおばあちゃんは様々な人形を集めることを趣味にしていて、自分でも人形の着物を縫ったりしていたということだ。
 幼い頃いつもおばあちゃんと一緒だった鞠生は、いつのまにか人形に愛着を抱くようになっていた。
人形だけでなくヌイグルミも好きでたくさん集め、人形の衣服を縫ったり、
ヌイグルミを作ったりするようになり、ついには人形そのものを作るようになった。
 少々、珍しい部類に入る趣味だったかもしれない。
 健史が引き取った4体の人形は、その鞠生が作った作品――娘とも呼べるものだった。
 黒髪に緑の瞳の人形はマリィ。
 黒髪に薄いグレーの瞳の人形はマリエ。
 そして、黒髪に青い瞳の人形がマリアと名付けられていた。このマリアが、いまの鞠生の姿の原型(もと)になっていると思われる人形だ。
 ちなみに黄金色の髪に琥珀色の瞳の人形には、まだ名前がない。

「で? どうして人形そっくりの女の子になってるんだ?」
「ワシは知らんのじゃよ君ぃ」
 鞠生はなぜか偉そうにふんぞり返っている。
「結局、何も分からんのと一緒だ……」
「ふむー」
「大体な、お前、普通もう少し驚くもんじゃないか? 死んだと思ったらいきなり女の子になっちゃったんだぞ?」
「それは……すごく、驚いた、です」
 鞠生はうるうるした瞳で健史を見つめる。見つめられた健史は急にばつの悪さを覚えて、
「ああ、そうか、そりゃあそうだよな……すまん」
「お茶」
 鞠生はすぐさま平然とした顔で湯飲みを差し出し、おかわりを要求する。
「お前ね……」
 健史はあきれつつもどこか安堵したような表情で、急須の茶葉を新しいものに換える。
 お湯を注ごうとして、ふと何かを思いついた顔つきとなり、
「――鞠生、お前本当に女か?」
「質問の意味がわかりません」
 可愛らしく小首をかしげて、鞠生は健史を見る。
「いや、だからな、お前はいま人形そっくりになってるわけだ。で、その人形は女の子の人形だったと。
でも女の子の人形そっくりだからって女の子とは限らんわけだ。そっくりなのは顔だけで、じつは男の子なのかもしれないだろう?」
「やっぱりバカですねタケスィ。私は最初にいったですよ、気がついたときのこと。男か女かぐらい見れば分かるのですー」
「ああ、裸だったんだよな」
 お茶を注いだ湯飲みを手渡しつつ、健史は相槌を打つ。
「でも、女の子みたいな男の子かもしれん。それにお前のことだから俺をかついでいるのかもしれん」
 途端に鞠生はむっとした顔になり、
「貴様は友の言葉を信じられんというですか! このロクデナシめー!」
「お前も少しは自分を省みてものを言ってくれ……」
 対抗して語気を強めるどころか、むしろ寂しげな声でいう健史に、
「むー……」
 さすがの鞠生も言葉につまってしまう。と思いきや、
「これならどうですー?」
 借りて身に着けていた健史のスウェットとシャツを捲り上げた。
 真っ白くて丸いカタマリが二つ、ぽよんぽよんとやわらかそうに、重たげに震えている。
 つんととんがった先端は唇と同じ綺麗な桃色をしていて、全体は砲弾というか釣り鐘というか、
紡錘がぐんと丸みを帯びて球に近いほどに膨らんだ形をしている。
 小柄な体格からは想像もつかない、あまりに立派な乳房であった。
 健史は何が起こったか分からず、しばらくそれをぽかんと見つめていたが、
「ばっ! バカ、はやくしまえ!」
 大慌てで鞠生の衣服を直させた。
「何を騒いでおるか? 貴様が証拠をみせろといったから見せてやったまで」
「おっ俺は何も証拠見せろとかそんなことを言ったわけじゃなくてだな……ああ、もう、分かったよ。お前は女の子だ」
「何をぬかすですか、このクソ坊主。我輩を誰とおもっとるですか。
かつてはそのあまりの男っぷりに、男師匠とまで称えられた伝説をもつ、紳士の中の紳士。
宇宙紳士たるこの我輩が、女の子であるわけがなかろー!」
 鞠生は何が気に食わないのか、訳の分からないことをわめくと服を脱ぎ捨てた。
 ふんっ――と偉そうに、両手を腰に当てて仁王立ちだ。
 巨乳と言い切ってしまえるほどの大きさではないが、それでも十分に発達している『おっぱい』が、ぷるんぷるん震えて自己主張している。
「だから! お前は少し自分というものを省みてくれ!」
 健史は急いで衣服を拾い、鞠生にかぶせてしまう。
「何しやがるですかー。ええい、前が見えぬ」
 スウェットから顔を出そうと、ふらふらしながらがんばる鞠生。
 しばらくもがいて、どうにか頭を出したが同時にコテンとひっくり返ってしまった。
「見える。すべてが」
「自分が見えてねぇえええ!」
 叫びつつ、頭を抱える健史であった。


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