青年は溜息とともに、
「とにかく、お前が生き返って、人形そっくりな女の子になったことは分かった。問題はこれからどうするかだ。
どうして生き返ったとか、どうして女の子になってるのかとか、いまはこの際どうでもいい。そのうち思い出すのかもしれんし」
目前の少女にいった。
「どうでもいいとは何ですか、この野郎。貴様には友の苦悩を思いやる気持ちというものがないのですか人でなしめ」
内容の割に静かな口調で、少女は青年を罵りはじめた。
表情にも怒ったようなところは見受けられないので、なんだか妙な感じを受ける。
青年――九十九谷 健史(つづらや たけし)は困惑していた。
困惑の原因はもちろん、目前の女の子にある。
女の子の名は、御御蔵 鞠生(おみくら まりお)という。
「……俺を罵ったところで、分からんものは分からんだろう」
「それもそうじゃよー。だが、貴様の態度が気に入らんのですー」
鞠生の言葉遣いはころころ変化して一定しないが、口調そのものはずっと穏やかなままで、怒っているのか冗談なのかさっぱり分からない。
変な女の子だ。
変な女の子ではあるが、しかし、類まれな美貌の持ち主である。
透けるような白い肌につややかな黒髪。二つの要素は見事な対照を成し、お互いを引き立たせている。
薄桃色の唇が、愛らしさと色気を、すんなりと一つにまとめている。
何よりも特徴的なのは、美しく輝くその瞳であった。
海の青よりも軽やかで、空の青よりも深い――どこか神秘的なものを感じさせる、透き通った『青』の瞳であった。
少女は10代前半ほどに見え、小柄で細い身体つきをしている。
そのくせ胸やお尻のあたりはけっこうな肉置きをしており、服の布地を中から押し上げているという有様だ。
身に着けているのは、地味な色のスウェット生地のトレーナーである。
どうやら目の前にいる青年のものを借りたらしく、サイズがまったく合っていない。
上着だけで、すっぽりと太ももまで覆われてしまうくらいにぶかぶかだ。
それが身体にまとわりついて、艶かしく身体の線を浮き立たせており、裾から細くて白い肢が二本つきだしている。
そのぶかぶかの服を貸した健史を見れば、なるほど、大男である。
短く刈り込んだ坊主頭が妙にすっきりと決まった、目が線のように細い、優しげな風貌をした大男だ。
健史の言葉にもあったとおり、鞠生は『生き返った』のだ。
およそ半月ほど前まで、鞠生は男性であった。
それが突然、命を失ったのである。
事故――であったとされているが、詳しいことは不明だ。
とにかく、鞠生は一度いきなり死んで、いきなり生き返った。
生き返った鞠生は可愛らしい少女になっていて、何故か親友であった健史のもとに現れたのであった。
その姿は、生前の鞠生がつくった人形に良く似ていた。
――と、いうわけで。なにも分からないのと同じである。
「そろそろ貴様に、誰がボスなのか、はっきり分からせてやるですー」
なぜか鞠生は衣服に手をかけ、脱ぎ捨てようとするそぶりをみせる。
「お前な……いい加減にしろよ? 面白がってるだろう?」
「貴様ぁー、上官に向かってその口の利き方はなんだー」
ちっとも怖くない顔で凄んでみせる鞠生であったが、
「誰が、誰の、上官だ……。いいぞ、脱いでも。もう俺は驚かん」
憮然とした顔で、健史に切り返された。
「ふん。吠え面かいて後悔するがいいですぞ」
言いながら、よいしょよいしょとスウェットを脱ぐ鞠生。
「さあ覚悟はできたか坊主ー?」
鞠生は長袖のTシャツ一枚となった。
「鞠生、よーく考えろよ? 裸を見られて後悔するのはお前の方じゃないのか?」
「ハァ? なんで?」
溜息とともに健史にたしなめられるが、鞠生は不敵な笑みを浮かべるだけだ。
「それに俺が目を閉じちまえば脱いでも無駄だ。分からんのか?」
言いながら、健史は目を閉じた。
「バカめー。その程度で防げるような攻撃を、このわたくしが仕掛けると思ってかー」
トタトタと鞠生が近づいてくる気配を感じ、健史は薄目を開けるが、目の前でシャツを捲り上げる鞠生が見え、慌ててきつく目を閉じなおす。
「喰らうがいい。そして喚け、命乞いをしろー」
ぽふん。
「うおっ?!」
「ほーれほれ、ほれほれほれー」
「ふっ! ふぐっ! ふぐぉ!」
ぷにゅぷにゅ、たぷたぷしたやわらかいものが顔面に押し付けられて――ほとんど顔が埋まっている状態だ。
健史は、鞠生の胸に抱きしめられている。
「ほぉれほれほれ!」
何が楽しいのか、鞠生は笑いながら健史の頭をぎゅうっと抱きしめ、そのやわらかな胸の谷間に挟み込んでぐりぐり押し付ける。
「ほれほれどうです? まいったかこの童貞! 童貞め! ドゥティめー!」
鞠生の頬はほのかに上気しており、何やら興奮しているように見えぬこともなかったり。
「あは、はははっ! ほれ、ほれ、ほれー」
しっとりきめ細かな肌につつまれて、やわらかい乳肉の感触を堪能できるという、普通に考えれば非常に『いい塩梅』である。
無理やりこの状態にされていることを差し引いても、大概の男は喜んでしまうだろう。
「ほれほれー、ほーれい。我が力を思い知るがよいのじゃ!」
「ふっふんっ! ぬおおっ!」
「ぬ? 手向かうか、こわっぱめー」
威勢だけは良いものの、しょせん力では今の鞠生が健史に敵うわけもなく、腕は簡単に外された。
「このっ……誰が童貞だ!!」
健史の顔は真っ赤で息も荒い。
鼻も口もふさがれて息ができず窒息しかかったせいか、それとも怒っているせいか、照れているせいか――たぶん全部だ。
健史はひょいと鞠生を抱き上げてしまう。
「何するかー、放しやがれー」
「もう許さん……少しは考えて行動しろ馬鹿!」
「何ですとー! 誰に向かって言いおるかー!」
「お前だ」
「……」
真顔で見つめられて、ようやく鞠生は少し怯んだ様子を見せる。
「いいか、俺はさっきから何度も言ったぞ? 少しはいまの自分というものを考えろ」
健史は鞠生をベッドに座らせ、肩を押さえ真正面から目を見据える。
「いまのお前は何だ? ――女の子だ。あんな真似するのはおかしいだろう。違うか?」
「違う……違う! 私は男ですぞ!」
「ああ、分かってる。鞠生は男だ――でもな、いまのお前は身体だけとはいえ女の子だ」
「違う! 違う違う違う違うちがうちがぁーう!」
鞠生は『いやいや』するように激しくかぶりをふる。
「落ち着いてくれ。お前が混乱してることは、無理もないと思う。俺だってショックだ。
お前が死んじまって、いきなり女の子になって――。でもだからって、こんな馬鹿なことしてどうするんだ?」
「ちがうちがうちがうー! 私は男だ! 私はおとこだぁ!」
「鞠生」
「胸なんか、身体なんか見られても平気だー」
「本当か? 本当にそうか? なら、試してみるか?」
「やってみろー!」
「本当にいいんだな? どうなっても知らんぞ……俺は知らんからな」
静かな声でそういうと、健史は鞠生をベッドに押し倒す。
鞠生のシャツに手をかけて脱がしていくが、完全には脱がさずに両肘のあたりで止めて、
余った生地で両手を包むようにまとめて縛ってしまう。
健史は、鞠生がTシャツの下には何も身に着けていないのではないか、と思っていたが、
鞠生はタオルをちょうど腰巻のような感じで巻きつけて下半身を隠していたのだった。
器用なもので、簡単には捲くれ上がってしまわぬように工夫もされている。
これは、鞠生がまっとうな羞恥を感じている証拠だ、と健史には思われた。
「何をするー」
縛られた腕をふって、鞠生は健史を睨み付けた。
「恥ずかしがって手で隠さないように、だ。それに、もしお前が暴れたら危ないからな。お前、すぐに見境無くすし」
後先考えず、本当に『目潰し』さえ狙いかねないようなところが鞠生にはある。
鞠生の『おバカさん』ぶりをよく分かっているから、健史はこんなことまで気をつけねばならない。
「隠さない。暴れない。解けー!」
「嫌だ。恥ずかしくないんだよな? なら別にいいだろ。お前はじっとしてればいいんだから不都合はないと思うぞ?
それとも、やっぱり恥ずかしいか? なら、すぐ止める」
「恥ずかしくない!」
「じゃあ、いいんだな?」
「……ふん!」
健史は鞠生の答えを待たず、すでに鞠生の胸のあたりを注視している。
「真っ白だな」
仰向けに寝ていて何の支えもないせいか、鞠生の乳房はほんの少しだけつぶれているが、
それでもほとんど元のかたちを保ったまま胸のうえに乗っかっている。
見た目で推測するにまだ十代前半くらいであろう鞠生の、少女らしい『張り』を残した弾力あふれるやわらかい乳肉が、
呼吸にあわせて「ふるん、ふるん」と揺れているさまは、みずみずしくなまめかしい。
「先、きれいなピンク色してるな。鞠生、お前……自分で自分の身体、よく見たか?」
「うるせー!」
今日の健史は常に無く饒舌で、しかも生意気だ――鞠生はそう感じていた。
この坊主頭の大男は――鞠生にとっては生涯に、ただの一人きりと言いきってしまえる親友は、
変人であるはずの鞠生よりもさらにずっと寡黙で、しかも無表情で、感情を表すことが滅多に無い。
本当に必要なことしか話さないので、周りからは無口で無愛想としか思われておらず、
また実際ほぼそのとおりの人間なのだ。
それでいて、身長およそ2メートル、体重は140キログラムを裕に超える巨体のために、
ただ突っ立っているだけでもやたらと目立ってしまう。
がっしりと広い肩に分厚い胸板、腕も脚も丸太のように太く、その姿は動く大木か巨大な岩石か、といった風情である。
さらにこの巨漢が、体操選手並みの身のこなしで『動く』のだ。
2メートルの筋肉の塊が鮮やかに、前転後転側転を自在にきめる様は『スゴイ』を通り越して気味が悪い。
一体、どれほどの身体能力を有しているのか――鞠生はある一時期、わりと本気で健史を研究観察の対象にしていたことがある。
『国の誇り』になれるかもしれない――というのが、鞠生による最終的な評価であった。
……なんのことやら。
これで健史が、その顔までもが強面であったなら、威圧感がありすぎて誰も近寄ろうとすらしないであろうが、
幸か不幸か、存在感ばつぐんの肉体に比べると、その上に乗っかっている顔はとてもあっさりした優しげなものだ。
いつも開いているのか閉じているのか分からない、線のように細い目。
目尻が下がっているから、常に笑っているようにも見える。眉は太いが薄めで、やはり少し下がっている。
口は大きいが、唇が薄くて少々上品な感じもする。
顔の造作のなかで唯一、鼻だけが太やかに高くそびえたっており、男らしさを漂わせている。
まるで幼い子供が描いた『お地蔵様』か『大仏様』みたいな――そんな顔だ。
対して、男だった頃の鞠生はといえば、身長180センチ代後半で健史には及ばぬものの一般的には十分な長身、
痩せ型の引き締まった体型に顔立ちも整っており、モデルとしても通用しそうな外見であった。
黙っていれば――あくまで大人しくしてさえいれば、『見た目だけ』はモテる部類だったのだ。
だが今や、鞠生は小柄な美少女になってしまっていて、あろうことか親友であるはずの大男に組み敷かれている。
しかも、裸同然の姿で。
「タケスィ、鼻息荒いですー」
さっきは自分から、乳房を健史に見せつけたくせに。健史の顔面にそれを押し付けて、からかうことまでしたくせに。
じっと見つめられては流石に恥ずかしいらしく、鞠生の顔や首筋は朱に染まっている。
「くすぐったいのか?」
「……ん」
鞠生がうなずくと、乳房はひときわ大きく「ぷるーん」と揺れる。
それが健史にはまるで「おっぱいが返事をした」みたいに見えたのだ。
『おっぱい』。
大多数の男にとって、それは女性の『象徴』だ。
健史は、目の前の人物が身体のみとはいえ間違いなく女の子であると改めて認識した。
こんなに『か弱い』女の子相手に、自分は何と酷いことをしているのか――。
「すまん。鞠生、すまなかった」
「え?」
急に我に帰り、健史は頭を下げた。
「ごめんな」
鞠生の腕を拘束するシャツを解こうとするが、きつく縛ってしまったらしく手間取っている。
「きついな――苦しいか? ごめん。痛くないか?」
優しげな声をかける健史に、
「気持ち悪いですー。いいからはやくほどけー!」
罵倒で返す鞠生。
「痛くはないんだな?」
「痛くねー!」
「そうか。それならよかった。いや、よくないよな。すまない。俺、どうかしてたな」
健史は真剣な表情だ。
「いいわきゃねーのですよ! さっさとどけー! スキン野郎ー!」
罵りながら、鞠生は小さなかかとで健史の脇腹に蹴りを入れた。
脇腹に、鳩尾に。鞠生は無言で、さらに蹴りを入れ続ける。
健史はシャツを解く手を止める。
「やっぱり駄目だな――むしろ嫌だ。何つうか、いま嫌んなった。駄目だ。放さない」
「おフェラ豚めー! ぶっ殺されたいかー!?」
「まったく、お前ってやつは……。駄目じゃないか鞠生、いまのお前は女の子なんだぞ。
いや、女の子だから女の子らしい言葉遣いをしろ、なんてこたー言わん。
でもな、ほんの少しでいいから大人しくしてくれ。普通に。できるだろ? 落ち着いてくれ」
「いーやーでーすー」
鞠生は小さな身体をたわませ、全身で跳ね上がるように、健史の顔を狙い蹴りを放つ。
健史は首を傾けるだけで、これをあっさりとかわしてみせた。
生前の鞠生は変人だったが、それでも一応、常識的なマナーや礼儀をわきまえてはいる『大人』であった。
時と場合に基づいた態度・行動くらいはとれるはずなのだ。
不必要に肌をさらさぬことなど、性別に関係の無い、ある意味で当然のマナーといえるわけでもあるし、
女の子になっていることを分かっているのだから、それなりに注意を払った行動くらいはこなせるはず――なのである。
しかしまた一方で、鞠生は以前から、健史を含めてごく一部の人間に対しては、非常にくだけた態度で接することも多かった。
特に健史に対するそれは気の置けぬ友であることの証明のようなものと言えなくもなかったが、
いくらなんでも今日の、さきほどからの態度はひど過ぎる。
一見なんでもないように見えたが、実は、鞠生は混乱しているのだ。
普段があまりにも『おバカさん』過ぎるから、気づくのが遅れてしまった――と、健史は考えていた。
このまま放っておくと、どんな馬鹿なまねをするか分かったものではない。
今のうちに、きちんと女の子としての自覚を持たせておかないと、鞠生自身が傷つくようなことになりかねない。
後悔させないためにも、いま俺がやらなくては――などという考えも同時に、健史の脳内をぐるぐる巡っていた。
何のことはない。
要するに、二人とも混乱しているのである。
バカがそろってバカをやっているのだ。
「鞠生、お前はいま混乱してるんだ。無理もないことだけど、でも落ち着いてくれ」
「たわけー。トチ狂っておるのは貴様なんじゃよー? うーじーむーしー!」
鞠生は細い脚をパタパタふって、健史に蹴りを入れながら罵りの言葉を続ける。
蹴られたところで肉体的には大したダメージを受けない健史であるが、
「はー……」
深い溜息をつき、悲しげに鞠生を見ている。
「なあ、鞠生。どうしても、いまのお前が女の子だって、身体だけでも女の子だって認めてくれないか?
身体が女の子になってるんだから、一応それなりに気をつけてくれよ……頼む。俺の身にもなってくれ」
「うるせー! 我輩、男でありますー!」
「分かってる。分かってるんだよ。だけどな、今の身体は女の子だ。
だから気をつけてくれないと、こっちが困る。ほら、その、色々と危ないだろ?」
「むー……。分かったです」
「そうか、分かってくれるか」
「貴様が変態なのは、よーく分かったです。男相手に欲情しやがるとは……友とおもって信じた私が馬鹿でしたー。
臆病マラめー! 貴様はチンポを吸うんだろー?!」
「鞠生ぉ……」
健史は情け無い声で、がくりと肩を落とした。
とおもいきや、
「は、ははは……はははは」
急に笑い出した。
「その通りだ、どチクショー! 俺は変態だ。お前に欲情しちまってるぞ!」
叫びつつ、鞠生の胸に手を伸ばす。
「痛ぁっ!」
きゅっと乳首を抓られて、鞠生はおもわず声をあげる。
「何しやがる汚れスキンがー!」
「痛いか?」
「当たり前です、くそ坊主ー」
「どこだ? どこが痛いんだ? 言ってみろ」
あいかわらず閉じているのか開いているのかさっぱり分からない糸の様な目だ。
だがしかし、確かに、健史の顔には意地悪そうな笑みが浮かんでいた。
鞠生が、はじめて見る健史の表情であった。
「むーねーでーすー! ムネー! 貴様がぁーつねってるチクビーですー!」
「そうか……胸か。胸が痛いか。こんなに大きくなってるもんな」
健史は乳首をつねるのを止め、大きな掌で乳房を包み込むように触れる。
やわやわと、乳房をふるわすようにして、
「すごいな。こいつ、俺の手でも余るくらいだぞ」
感嘆の溜息をもらす。
「このっ! マスカキやめっ! パンツ上げ!」
「はは……こいつは凄いぞ鞠生。これは何だ? この有様は。こんな立派なモンを二つもぷるんぷるんさせておいて、男だってか?」
「うるせー! 男にだって胸はあるのですー!! これは脂肪だー!
我輩ちょっと最近、肥満気味なんでありまーす! 運動不足、栄養過多なのじゃよー!」
ムキになって言う鞠生だが、
「あ、なるほど、脂肪ね。肥満か、ふーん。単に太ったと」
「左様ー!」
「あのな。こういうの肥満とは言わないだろ? 確かにコイツは脂肪かもしれんが、普通太ったとは言わんし。
こいつは胸だが男物じゃない。立派な『おっぱい』だ」
健史は涼しい顔で聞き流し、乳房をたぷたぷ揺するのを止めない。
「ぐぐぅ……ギ、ギギギぃ……貴様ぁ、シゴウしたるぅ!」
唸り声で威嚇する鞠生の目尻には、いつの間にか光るものが滲んでいる――本人は気がついていないかもしれないが、
健史はそれに気づいており、罪悪感を感じていた。
鞠生の感情の抑制が利きにくくなり、表にあらわれやすくなったのは、
ひょっとすると女の子に生まれ変わった影響なのかもしれない――などと一方で、冷静に『観察』をしているという、
酷いところも健史にはあるのだが。
「こんなに立派なおっぱいして、男のつもりでいたら危ないんだ。分かってくれ」
先端部の桃色に、健史は口付けた。
「ひっ!?」
初めて受けるタイプの『攻撃』に、鞠生は固まってしまう。
目を見開いたまま、健史を罵倒することも忘れていた。
健史はそのまま乳首を口に含み、舌ではじき、ねぶりはじめている。
弱めの力加減で吸い付きながら、健史は顔を乳房に押し付けぐりぐりする。
この動き、感触を楽しんでいるようにしか見えない。
さらにもう片方の乳首まで人差し指で「くりくり」といじりだしている。
「……な、なに、なにをするー。やめろ、ばかー」
鞠生は思考停止状態のまま、弱弱しい抗議の声をあげる。
左右の乳首に、「ぢゅぱぢゅぱ」音を立てて交互にむしゃぶり付き、舐め回してみたり、
甘噛みして引っ張ったり、指でつまんでこするようにいじったり――。
健史は目の前の果実を愛でることに夢中で、鞠生の抗議がまったく届いていない様子。
「男に、こんな! 男同士で、こんなぁ……貴様は、変態ですー。やめやがれぇ」
先端部を重点的にいじめながら、乳房本体も大きな手で包み込むようにして、
やさしく撫でさすり、ぶるぶる振動を加え震わせる。
力を入れて揉みこむようなまねはせずに、鞠生に『おっぱい』の存在を意識させようとしている――そんな愛撫が続く。
「たわけぇ……いい加減に、しやがれ……気持ちわりぃのですー」
上気した顔に、乱れた呼吸――鞠生が肉体的にも精神的にも大きく動揺しているのは、まず間違いないようだ。
何かを感じていることには違いないが、それが嫌悪なのか怒りなのか或いはもっと別のものであるのか、
鞠生本人にも分かっていないのかもしれない。
「鞠生……ごめんな。でも、かわいいぞ。お前、すごく可愛いぞ」
健史はようやく乳房から口を離した。
しかし両の手はまだ止まることなく、指の間に桃色の乳首を挟んで円を描くように弄び、執拗に乳を揉み続けている。
「お前は今、女の子になってるんだ。しかも、すごく可愛い。外見だけ、身体だけのことかもしれない。
けどな、それだけでもう気をつけなきゃいけない立場になってるんだよ、こんな風に」
唾液にまみれた乳首を指ではじきながら、優しい声でいう健史。
「うるせぇー。貴様は、目障りだ。消えろー」
真っ赤な顔をして涙を滲ませ、精一杯の抗議をする鞠生。
そんな姿があまりにも可愛くて、健史は誘われるように鞠生の黒髪を、頭を撫でた。
「んぅ……にー」
変化は劇的に訪れた。
鞠生の四肢から力が抜けて、赤く染まった頬もそのままに、潤んだ瞳で健史を見上げている。
抵抗する意思のようなものが、ほとんど感じ取れない。
かすかに、『イヤイヤ』するみたいに顔を横に振るだけで、不安げな色を、潤んだ瞳に滲ませるだけになってしまった。
「おい?! 鞠生……?」
あまりの変化にかえって健史の方が驚いてしまい、撫でるの止めると、
「きっ貴様ぁー!! 何をしやがるかぁー! なにを、何をしたー!」
途端に、鞠生は頭を撫でられる前の状態に戻った。
「む?」
もしやと思い、健史はもう一度、鞠生の頭をさらにやさしく『なでなで』する。
「……うゃー」
仔猫のような、声ともいえぬ微かな吐息をもらし、鞠生はふたたび大人しくなる。
「ほー? これは」
なめらかな肌触りのする美しい黒髪を、手ぐしで整えるように撫でてやる。
それだけで鞠生は、親猫に毛繕いを受ける仔猫の如く無抵抗になってしまうのだった。
「なるほど。撫でられると弱いのか」
どういう理屈かはさっぱり分からないが、とにかく今の鞠生はそうであるらしい。
心地よさそうな、それでいて恥ずかしげな――なんとも『そそる』表情で、微かに身をよじり震えながら健史の『なでなで』に身を任せている。
「気持ちいいか?」
「……ん、ぅん」
弱弱しく首を横に振ろうとした鞠生であったが途中から軌道が変わり、こくんと肯いてしまう。
自分でも思ってもみなかったことであったらしく、鞠生の表情は「どうして?」とでも言いたげな驚きと焦りを滲ませていた。
「そうかそうか……よしよし」
健史は、鞠生をすっかり子供扱いし、膝の上に座らせて『なでなで』を続けた。
それにしても、いまの鞠生の、なんと美しいことか――今更のように健史は思う。
現在の鞠生の外見は、生前の鞠生が作った人形・マリアが原型になっているらしい。
元が作り物なのだから美しいのはある意味で当然だろうし、さらにいえば男性であった鞠生の感性によって作り上げられた形態は、
男のもつ『女性への憧れ』が集約されたものともいえる。
男を惹きつける魅力をもつことは、『狙い通り』なのかもしれない。
しかし健史には、ただの人形であったマリアと、いまの鞠生とは、当たり前のことかもしれないがまったくの別物であると感じられるのだった。
圧倒的に、鞠生として在る今のほうが、この『かたち』は魅力的に思える。
少なくとも、健史にとってはそうなのだ。
目の前に存在する少女が、親友の鞠生だと――もと男だとわかっていても健史は、
己の中に噴出してくる劣情を抑えきる自信が、もはや全く無い。
鞠生の美しさに『魅入られた』健史は、平静さを失くしている。しかも、そのことを自覚している。
自覚していながらも己を抑えようとしないことこそ、『魅入られた』証拠であろう。