いつもより1時間も早く会社に着いてしまった。駐車場にはまだまばらにしか車は無く、どこと無く淋しさを漂わせていた。
きゅるるるるる・・・・
適当な場所に車を停め車から降りようとしたときお腹が不満気に抗議した。そういえば今朝は朝食も取らずに出てきてしまった。
時計に目をやると針は7時10分を指している。まだ時間に余裕があることを確認した僕は社内のカフェテリアで朝食を取ることにした。

白を基調にまとめられたカフェテリアに入ると何人かの社員がコーヒーを啜りながら雑談に花を咲かせていた。
僕は券売機でカフェオレとクラブサンドのチケットを買いカウンターに差し出す。
そしてほどなくしてトレイに乗せられたカフェオレとクラブサンドを受け取ると窓寄りの席に腰を降ろした。
よく考えたら昨夜からろくな食事をしていない。酔いつぶれて理恵に家まで運ばれ、その後、僕が恵一であると告白した。
「ハァ・・・」
思わずため息が出た。
昨夜杉田さんが言ってくれた言葉を信じたいだけど、自分自身がそうだった様に理恵がこの異常な現実を受け止めてくれるとは思えなかった。
「ハァ・・・」
二度目のため息をついた時背後に気配を感じ、振り向くとそこにはトレイを持った理恵の姿があった。
「此処・・・いいかな?」
「え・・あ・・うん」
理恵の態度は昨日と変わらずごく自然なものであっけにとられた僕は間抜けな返事しか返すことができなかった。
「恵ちゃん、カフェオレ冷めちゃうよ」
当たり前のように理恵からかけられたその言葉は僕の心に深く突き刺さった。
"恵ちゃん"
そう呼ばれたことは・・・つまり・・・

ポツリ・・・ポツリ・・・と褐色の液面に波紋が立つ
「・・・?・・・恵ちゃん?」
うつむいた僕に理恵が優しく問い掛ける。だけどその優しさがかえって辛かった。
もちろん予測していたこととはいえ現実に突きつけられた言葉は重かった。
僕のただごとではない雰囲気を理恵も察してその表情は曇っていく。
「恵ちゃん・・・ここ出ようか?」
「ん・・・」
僕は黙って頷き理恵に手を引かれカフェテリアを後にした。

数分後・・・
理恵に手を引かれた先は2課のオフィスだった。
「ここなら誰にも聞かれないわ、どうしたの"恵一"?」
「やっぱり・・・受け入れてはくれないんだね」
「え? どうして? 私何か変な事言った? 恵一?」
「だって・・・理恵、僕の事"恵ちゃん"って・・・あれ? 今僕の事なんて呼んだ?」
突然理恵の顔に笑顔が戻り口からはわらいがこぼれた。
「プッ・・・あはははは・・・・恵一ってばそんな事気にしてたんだ。だって・・・他の人が居るところで"恵一"って呼ぶわけにはいかないじゃない」
「理恵・・・」
気がつくと僕の両手は理恵の背中に回されていた。抱きしめたその身体は温かく僕の目からはまた、涙がこぼれていた。
理恵の手もまた僕の背中に回されていた。
「馬鹿・・・私を見くびらないで・・・私は・・私はあなたの奥さんなんだから」
「ごめん・・・」
その後どのくらいの時間抱き合っていたか判らない。僕たちは言葉も無くただ抱き合っていた。
先に口を開いたのは理恵だった。
「ねぇ・・・」
「なに?」
「結婚式を挙げない?」
「えっ?」
「だって・・・私たち式挙げる前にあんな事になっちゃったじゃない、もう正式には結婚できないけど・・・私は恵一のお嫁さんになりたい」
理恵の手が更にきつく僕の身体を抱きしめる。それに答えるように僕もまたより強く理恵を抱きしめた。

2ヵ月後・・・
2023年6月18日 日曜日 大安

寝室に朝日が差し込む、待ちに待ったこの日がやってきた。僕は鏡の前に立ち髪を後ろでひとつに束ね仕立て直したタキシードに袖を通した。
自室からリビングへ一歩、また一歩と歩くたびに鼓動は今まで感じたことがないぐらい高まっていった。

リビングは優しい光に溢れ、純白のウエディングドレスに身を包んだ理恵の美しさを際立たせていた。
そっとその手をとり2人で歩みだす。その先には神父の格好をした杉田さんが居た。
「新郎鈴木恵一は・・・・」
杉田さんがたどたどしい口調で祝福の言葉を紡ぐ、だけど僕の頭は真っ白になってそんな言葉は何も覚えていなかった。
「それでは誓いのキスを」
理恵の顔にかけられたベールを外すと少し涙ぐんだ理恵の顔が現れた。僕は背伸びをして口付けを交わす。
誰に祝福されることもない、いや、誰にも知られることすらない3人だけの結婚式、だけどそれだけで僕は幸せだった。


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