眠れない・・・杉田と理恵が出て行ってからどのくらい時間がたっただろう僕はいまだ眠れずにいた。
気を紛らわす為にシャワーを浴びることにした。浴室に入ると鏡に映る今の自分の姿が嫌でも目に入る。
この身体になってすでに3カ月、見慣れたはずなのに理恵のことを考えると今の自分の姿に無性に悲しくなった。
シャワーを終え、浴室から出るとちょうど杉田が戻ってきた。
「おかえりなさい」
「まだ・・・寝てなかったのか、明日仕事だろ?もう遅いから寝なさい」
「あの・・・眠れないんだ」
「そうか・・・じゃあ少し話でもしないか」
さっきまで理恵が居たリビングに戻り二人で向かい合わせに座る。眠れるようにと杉田が入れてくれたハーブティ―の湯気がゆらゆらとゆれていた。
「杉田さん、理恵は何か言っていました?」
先に口を開いたのは僕のほうだった。
「ああ、君が今幸せかと聞かれたよ」
「それで・・・」
「残念ながら私はそれに答えられなかった。というより判らない、いや・・・私自身知るのが怖かったんだ」
僕の質問に杉田は少し顔を曇らせ答えた。そしてその心の内を更に僕に吐き出した。
「彼女にそう聞かれた時私はハッとしたよ。君に手術を施したときから私は怖かった。
娘に・・・娘の姿をした君に私のしたことを否定されるのが怖かったんだ」
いつも笑って、時にはくだらないジョークで女になって、不安に飲み込まれそうな僕を支えてくれた杉田・・・
だけど今目の前に座るのはただ不安に潰されそうな1人の人間"杉田一樹"だった。
「杉田さん・・・僕は今の自分を・・・少なくとも悲観はしていませんよ。
最初はショックで杉田さんに当り散らしたりもし、男でもない、かといって女にもなりきれない自分は一体何なのか悩むこともありますよ。
でもね・・・少なくとも僕は今生きていて理恵とも会うことができた。生きたくても生きられない人もいるのにこれ以上望むの
は贅沢ですよ」
気がつくと僕の手は杉田の手を握っていた。杉田は驚いたような顔で僕を見つめ、やがてその顔は涙で溢れた。
「すまない、君を元気付けるつもりだったのに逆に私が元気付けられるとは・・・恵一君、ありがとう」
「そんな・・・かしこまらないでください。今となっては僕にとって家族と呼べるのは杉田さんだけだから・・・
まだ・・・お父さんとは呼べないけど・・・これからもよろしく」
さっきよりも強く握られた手・・・その手は暖かかった。

この日僕は杉田さんと一緒の部屋で眠ることにした。
布団を並べ床について10分・・・20分・・・30分・・・
時計の針が時間を刻んでゆくが僕はまだ眠れずにいた。さっきは明るく振舞って見せたものの僕もまた怖かった。
「杉田さん・・・まだ起きてますか?」
「ああ・・・まだ起きているよ」
「理恵は・・・僕を受け入れてくれるんでしょうか」
「それは判らない・・・いや、答えられない。ただ、彼女は私と別れる瞬間まで君の事を気遣っていたよ。
だから君も彼女を信じろ、彼女は君が選んだ女性だろ?」
「杉田さん・・・ありがとう。でも・・・こうしていると本当の親子みたいです」
「はは・・それはありがとう。さあ、もう遅い、仕事に響くからもう寝よう・・・おやすみ、恵・・・」
「うん・・・おやすみ・・・"お父さん"・・・」
その言葉は僕なりのお礼だった。

(う・・・ん・・・・なんだ?妙に寝苦しい・・・)
東の空が白み始めた頃、僕はなぜか寝苦しさに襲われていた。
恐る恐る目を開けるとそこには信じがたい光景が目に飛び込んできた。
「う・・ん・・・恵・・・恵・・・」
状況が理解できるまでしばらく時間が掛かった。いま自分が寝ていたのが自分の布団、
そして杉田が寝言を言っているのも自分の布団・・・つまり・・・そのときだった杉田の腕が僕の身体を捕まえ僕の胸に顔を埋める格好となった。
「恵・・・恵・・・」
「や・・・ちょ・・・ちょっと・・・杉田さん」
次の瞬間部屋に鈍い音が響いた。
「いつつつ・・・なんだ?・・・おはよう恵・・・なんでそんな顔をしてる?」
杉田はまだ寝ぼけてはいたが自分の置かれている状況を理解すると飛び退くように僕から離れた。
「何か弁明は?・・・・ってなに考えているんですか」
「こ・・・これは朝だからしょうがないだろ、君も元男だからわかるだろ・・な?」
「もう知りません・・・僕は仕事に行くから」
「ま・・・待てって誤解だ・・・誤解だーーーー」

数分後杉田家のガレージからけたたましいタイヤのスキール音と杉田の悲痛な叫び声がこだました。


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