4月1日、遂にその日が訪れた。やっと・・・理恵に、先輩に逢える。そう思うとうれしさがこみ上げ昨夜は眠れなかった。
心配していた免許証も杉田のところの所長さんのゴルフ仲間のおかげで何とか手に入れることが出来た。
それにしてもその所長さんは何者なんだ?その気になればゴルフ仲間で国が動くんじゃ・・・まあ深く考えるのはやめておこう。
なんにせよこんな短期間で免許を手にすることが出来たのだから。
そして肝心の車は・・・杉田が楽しみにしておけというので今日まで特に車を探していなかった。
スーツに身を包み、髪を整える。鏡の中ではスーツ姿のOLが微笑んでいた。・・・22歳にしては幼すぎる顔立ちではあるが。
身支度を済ませ杉田と共に朝食をとっていると杉田は笑みを隠せない様子で食事もそこそこにこちらを見て常に笑っていた。
そして食事が終わるとに僕に声を掛けた。
「恵・・・渡したいものがある。こっちに来てくれ」
そう言うと杉田はガレージに僕を連れ出しそこでポケットから鍵を取り出した。
「これは・・・ん? 車の鍵?」
「そうだ、そしてこれが入社祝いだ」
杉田がカバーを取り払うとそこには目もさめるようなブルーの車があった。
「これは・・・マツダロードスター・・・しかも初期型!本当にいいですか」
「ああ、どうせ私は乗らないし、乗ってくれた方がこいつのためだ。さあ、乗ってみてくれ」
運転席に座り渡されたキーをまわす。セルスターターが回り、エンジンが目を覚ます。
燃料電池車が主流の今の車社会ではそのガソリンエンジン独特のエキゾーストは異彩を放っていた。
「すごい・・・30年も前の車がこんな完璧な状態で残っているなんて」
「いや、私の趣味で車道楽をしていたんでね。ほかに金を使う趣味も無いし。・・・まあ細かいところは気にするな。
もとから恵が免許を取ったらあげようと思っていたんだ。むさいおっさんより可愛い娘に乗ってもらった方がこいつも喜ぶ」
車のことを話す杉田の目はいつにも増して輝いていた。本当に車が好きなんだな。
「じゃあ・・・本当に貰っちゃいますよ」
杉田はただ嬉しそうに頷いた。
「ありがとう・・・大事に乗るよ」
僕はリビングからバッグを持ってくると早速車に乗り込み、人生で二度目の入社式に出かけた。
車で走ること30分、アトラスエレクトロニクスに到着した。
自動車メーカーなのに社名に"エレクトロニクス"とつくのはこの会社がもともと家電メーカーから出発した為だ。
2010年代後半から主流に成りつつあった燃料電池車のマーケットに参入し今や国内2位にまで登りつめるまでになった。
会社に着き駐車場に車を停め、車を降りる。すると無数の視線がこちらを向いていた。その理由は明らかだった。
ここは自動車メーカーだ、当然車好きの社員も多い。
こんな30年も前の車で出勤し、それが恵のような新入社員では無理も無い。少しだけ杉田を恨んだ。
受付を済ませると会場である大会議場へと案内された。そこでは既に多くの新社会人達が緊張した面持ちで式が始まるのを待っていた。
すると背後から僕を・・・正確に言うと恵を呼ぶ声がした。
「あれー久しぶり、覚えてる?」
「えっと・・・・どちら様でしたっけ?」
「覚えてない?高校1年で一緒だった松崎高志だよ。もっとも杉田さん夏休み中に転校しちゃったから1学期しか一緒にいなかったけどね」
やばい、あまり細かいところに突っ込まれるとぼろが出る。適当に切り上げなくちゃ。その僕の願いとは裏腹に松崎はなおも話を続けた。
「杉田さんのこと好きだったんだよ。俺」
「そ、そう?」
「大学はどこに行ったの? 俺は慶応。杉田さんは?」
「それにしても杉田さんあの頃から変わらないね。ほんと、今度高校の制服着てみない。」
松崎はひたすら話し続けた。僕はぼろが出ないよう細心の注意を払い一言一言言葉を選びながら返事を返した。
だがそれでいつまでも持つわけも無い、ぼろが出る前になにか理由をつけてこの場から立ち去らないと。
そうだ、トイレに行こう。さすがに女子トイレまでは入れないとふんで僕はトイレに逃げ込むことにした。
「ごめんなさい、ちょっとお手洗いに・・・」
「そう、じゃあまたあとでね」
それだけ告げると僕は足早にトイレに逃げ込んだ。
トイレから戻りしばらくすると式が始まった。3年前のあの日とほとんど変わらない内容だった。
だが僕にとって社長の訓示も何もかもが懐かしく、この場に戻ってきたんだと実感した。
式が終わり新入社員たちは人事の社員の案内で所属部署へと案内されていった。やっと先輩に・・・そして理恵に逢える。
そう思うと僕の胸は緊張と喜びで高鳴っていた。