「う、ああ……あああぁぁぁぁぁぁ……っ!!」
身体が、軋む。何かが、物凄い、圧力、で、ぼく、押し潰し、て、
「さすがにキツイね。でも、そんなに力入れていると痛いばっかりだよ」
痛い。痛い。嫌。痛い。
「やめて…! 抜いて……抜いてぇっ!」
首を絞められてもいないのに窒息しそうだった。痛みが呼吸をすることを妨害して、半ば叫びのように搾り出した声は、喉に引っかかってかすれた。
身体が完全に拒絶しているのに、『ぼく』はさらに奥へ進めようとしていた。
試行錯誤するように、右に左に『それ』が規則性もなく動く。そのたびに下半身に殴られたような鈍痛が走り、神経を滅茶苦茶に引っ掻き回す。
一際大きな力が加わって、その衝撃は肺から空気を搾り取った。
「全部入ったよ。おめでとう……破瓜だ。これでお前も『大人の女』の仲間入りだね」
太ももの内側をなぞられ、その指についたものを見せられた。
血。
喪失してしまった。なくしてはならないものを。
ぼくは呆然と天井を見上げる。どうしてこんなに視界がぼやけているのだろう。涙があふれて止まらない。
痛みに燃え滾っていた胸の内は、いつの間にか冷たく空虚なものでいっぱいになっていた。
「なんて顔してるの。一生に一度しか味わえないことなんだから、もっと喜んだら? ただ入れるほうから入れられるほうになったってだけでしょ」
ぼくの応えを待つこともなく、ぼくにめり込んだモノが動き始める。傷口を抉られたみたいに激痛がぼくを襲った。
削り取られている──物理的にも精神的にも。
『ぼく』のモノが前後に動くたび、痛みと一緒にぼくの中の『男』の部分がなくなっていくのを感じた。
波打ち際に作られた砂の城みたいに、少しの抵抗もなく確実に。
「もう、あぅっ……やめてぇ……」
これ以上されたらきっともう戻れない。痛みをこらえ、涙声混じりに懇願する。喉が渇き熱くなっていた。
「痛いからそう思うだけだよ。気持ちよくさせてあげようか?」
「え──」
刹那、目の前が真っ白になった。
何か叫んだような気がしたけど、そんな実感がないほどに強烈な衝撃が感覚全てを塗りつぶした。
「どう、クリストリスよかったでしょ?」
ぼくは応えない。応えられない。
入れられている痛みも苦しみも、どこか別の人が受けているのではと思うくらいに感覚が一時的になくなっていた。
次第に代わりとばかりに別の感覚がやってきて、居座る。
それはわずかばかりの快感だった。
まだ圧倒的な割合で痛みが身体に充満している。その中にあって、すぐ消えてしまいそうなほど弱々しい快感が確かにぼくの中に存在していた。
「あ、いい具合に力が抜けたね。じゃ、また動くよ」
──ずちゅり
「あんっ! あっ! はうぅっ!」
これまで理性による自制で声を出さないように歯を食いしばって耐えてきた。痛みならそれもできた。
けど、このわずかな快感には適わなかった。ほんのわずかだったのに。そのほんのわずかをまた得ようと身体が求める。
もう身体に理性の支配は及ばない。
すでに受け入れようとしていた──スムーズに出し入れができるように愛液を分泌し、気持ちいいところを探り当てるように腰を動かす。
痛いより快感のほうがいい。当たり前だ。誰も痛みなんか望まない。この2択があれば絶対に後者を選ぶ。
「だいぶよくなったようだね、陽ちゃん。でも、初めてなのにちょっと感じすぎじゃない?」
「感じて、なんか……!」
受ける刺激がだんだんと曖昧になってゆく。
出し入れのたびに発生するいやらしい音と、ぼくのであってぼくのでない高い嬌声が、そのもやもやを晴らし、ひとつの形に収束させる。
「そろそろ認めちゃえば? もし気持ちがいいって認めたら、もっとよくしてあげるよ」
「もっと……よく……?」
「そう、もっと。比べ物にならないくらい」
だったら、もっと、よく、なりたい。もっと、もっと。
「気持ちよく…………して」
負けてしまった。
惨敗といってもいい。
ぼくは、負けていけないものに負けてしまったのだ。
その答を聞いて『ぼく』が満面の笑みを浮かべる。
「お前の望むとおりにしてあげるよ」
止まっていた挿入が再開される。凪いだ水面に石を投げ入れたみたいに快感の波紋が全身に広がった。
「ん……んむっ……んんん……」
濃厚なディープキス。嫌悪しか感じなかったはずのそれも、舌を絡め吸われ口の中の隅々まで舐められて唾液を交換して、それだけで高まっていくように感じ
た。
唇が離れると、勢いよく腰を打ち付けられた。回数が増えるにつれ、痛みと気持ちよさの比率が変わっていった。
いまは快感が痛みを逆転し、さらにその領域を拡大しようとしている。
「あ、はっ、んっ、あっ、あうっ」
口はぼくの意思とは無関係に、感じたものそのままを発する。
もし何も声を出せなかったら身体が中から爆発してしまいそうだった。
溜め込むことなんてできないのに、男のときとは比べ物にならないほどの多量の快感がぼくなかに入り込んでくる。
「はじめてでそこまで感じるなんてね。陽ちゃんってすごい淫乱なんだね」
「ち、ちがっ……! 君が…あっ……そうした、って……あふっ、だから…!」
突き上げられ、途切れ途切れになりながらも否定する。
「そう? だったらやめちゃおうかな」
言って『ぼく』が動きを止めた。そして、ぼくから抜こうとする。
感じていた快楽の波が突然やみ、ぼくはすぐに物足りなくなっていた。ぼくのアソコが『ぼく』のモノを逃すまいと締め付ける。
ぼくがどう思おうと、身体がどうしようもなく求めていた。
抜いてほしくない。もっと突いてほしい。
身体に引きずられるように、思考もそれ色に染まっていく。
「抜いちゃ……いやだ」
恥ずかしさのあまり、顔をそむける。伝わったかどうかはわからない。でも伝わっていることを願って『ぼく』の反応を待つ。
「おねだりしてくれたら、またやってもいいよ。『自分は淫乱で、もっと気持ちよくさせてほしいです』ってね」
ぼくは男だ。
なのに女の自分を完全に認めてしまうようなセリフを言えるわけがない。
──でも。
気持ちよくなるには、言うしかない。
ふたつの思いがせめぎあう。
戻れるかどうかわからない『男』にしがみつくか。
圧倒的なまでの気持ちよさを求めて『女』になるか。
「ぼくは、淫…乱です。だから……だからもっと突いて、気持ちよくして!」
認めてしまった。
『女』である自分を認めてしまった。
でも、もうどうでもいい。この気持ちよささえ続けば、もっとよくなれば──そのことに比べたらどうだっていい。
きっと男にだって戻れない。だったら、もういい。
「ああっ! いいっ……あはっ、いい、それぇ…!」
激しく出し入れされ、腰と腰とがぶつかる音と、さっきまで以上の水音がぼくの鼓膜を震わせた。
ぼくは何も考えず、ただ快感だけを貪るように受け入れる。
ぶつかるたびにクリトリスが刺激され、落雷ほどの電気が身体の中を走る。
胸を形が変わるほどに掴まれ、先端を摘まれても、痛みはまるでなく、むしろそれすら気持ちよさに変換された。
腰を持たれ、出し入れのスピードが上がる。絶頂が近いのだろう。『ぼく』の顔から余裕が薄れる。
そういうぼくも限りなく高まっていた。何かのきっかけがあれば絶頂に達しそうだった。
「そろそろイきそうだ。中に出すよ」
「──! だめぇっ! 中に、中に出さないで!」
『ぼく』の一言に一抹の理性が蘇る。あるかどうかはわからないけど、まだ生理は始まっていない。でも、最悪の結果はないとも限らない。
「ダメだよ、陽ちゃん。こういうのは最後までしないとね」
さらにペースが上がる。衝撃がぼくに口を開かせることを許さない。否定も肯定も、言葉にすることができなかった。
「や、やめっ──い、いやあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!!」
下腹部にじんわりと熱が広がって──それが引き金になって──ぼくも絶頂に達した。