それから。
間違いなく童心に帰った母さんによって、ぼくという人格は完璧に無視され、着せ替え人形の境遇を味わうことになった。
何着試着しただろう……。
30までは数えていたけど、そこからは数があいまいだ。
店員さんとタッグを組んだ母さんに「これもいいわね」とか「あっちもいいかも」とか言われながら、
着たり脱いだり着たり脱いだりを繰り返していたら、いつのまにか昼食どころかおやつの時間まで過ぎてしまっていた。
一段落がついたのがその頃で、売り場を出たときのぼくの格好は、当初のTシャツとデニムとは材質が布であること以外、
まるで共通項のない純白のワンピースになっていた。
軽いうえに服と身体のあいだに隙間ができすぎて頼りなく感じる。スカートの部分もちょっとした風でめくり上がってしまいそうだ。
機能性を捨てデザインに特化した見本を着せられ、ぼくは縮こまって俯いて、なるべく自分の存在を小さくするように努めていた。
本当はそんなことはなく自意識過剰なんだろうけど、常に誰かに見られているような気がしたのだ。
(光学迷彩か消え去り草が欲しい……)
いま進路志望を聞かれたら『イリュージョニスト』と即答する。
できることなら今すぐこの場からカッパーフィールドのように消えてしまいたい。
両手いっぱいの手提げ袋を抱え、やっぱりこんなところに来るんじゃなかったと、ぼくは今更ながら後悔した。

家に帰ってからも、また大変だった。
父さんにはまた叱責されたし、雪には付きまとわれるし。
説明することにはしたけど、にわかに信じられるようなことでもないので最初から最後まで猜疑心の塊だった父さんを完全に説得することはできなかった。
ただ母さんが『そういうこと』として無理やりに納得させたことによって、それ以上の追及はなくなり、以後この話題を出すことはタブーになった。
父さんと母さんの絶対的な力関係を見せ付けられ、父さんがなんで女になったぼくを認めたがらないか、なんとなくわかった気がする……。

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ベッドに寝転び、今日あったことを回想する。
今日の一大事は、女が進行したこと。
「なんか毎日一大事が起こっているような…」
16年生きてきたなかで、ここまで密度の高い一日を送っていたことは記憶にない。連続となればなおさらだ。激動ともいえる人生の中の幕末。
ちらと視線を落とす。たゆんだシャツの胸元から体重に押しつぶされてできた谷間が見えた。
その先には変に寝返りをうったせいでめくれあがったスカートが。
「はぁ……」
何回ため息をついたことか。男のときなら嬉しいシチュエーションのはずなのに、何故かそうは思えない。
それどころかせっかく前向きに考えていこうという気風だったのに、今回の一件で一気にマイナスに傾いてしまった。
(こうやって穿きたくもないスカートをはいているのもそうだけどね)
着せ替え人形にされて疲れ果てて帰ってきたところにまたプチファッションショーをさせられたのだからたまらない。疲労度倍化。
足は棒のようだったので締め付けられるようなパンツルックは無理。かといって今回買ってきたもののなかにあるパジャマを着るにはまだ早い。
部屋着にすればいいのだろうけど、何故か男のときに着ていたものは一切合財なくなっていた。
……もしかしたら母さんはイリュージョニストかもしれない。
そういうわけで妥協と折衷の結果、身体に優しいノースリーブのシャツに薄手のスカートという格好になった。
夏ではあるし本当ならショーツだけでも良かったけど、それは口に出すまでもなくNG。
ぼくは全然気にしてないのに、他の人が気にするからダメとはおかしな話だ。
なんとなく手持ち無沙汰になって、イースト菌で発酵したパン生地ような胸をちょんと突いてみる。
高い弾力で指を押し返された。
自分のものなのに自分のものだとは思えない変な感覚。
「はぁ……」
ため息の回数も増えようものだ。

『そんなにため息ついてたら幸せが逃げちゃうよ』

「逃げるだけの幸せもない気がするけどね」
窓のほうから聞こえてきた声に応える。ごろりと寝返ってベッドに腰掛ける形で起き上がる。
『ぼく』がいた。
「格好もそうだけど、ずいぶん女の子らしくなったね。見違えたよ」
「そういう君だってかなり変わったよ」
『ぼく』は変身といっていいいほどに形が変わっていた。
端的に言えば『男らしい』。
ぼくが女性側に傾いたのとは逆に、『ぼく』は男性側に傾いた──そんな感じだ。
目だった筋肉はついていないものの、顔の輪郭、立ち振る舞い、雰囲気は完全に男のものになっている。
まるでぼくから男の部分を吸い取ったみたいだ。

──吸い取った?

「自分自身すごく荒唐無稽だと思うんだけどさ。……ぼくから『何か』を取った……よね?」
思い至ったぼくの予想は、理屈の上では簡単そうに見えて、でも実現は絶対に不可能なものだった。
けど、ぼくが女になったこと自体実現不可能なことである以上、現実を考慮する必要はまったくない。
だからこそ何が原因でもありえる。
「ご名答だよ、陽ちゃん。たしかにぼく──いや俺は、お前から『男』を吸い取り、『女』を押し付けた。だからこうなった。
これ以上の説明もいらないくらいに簡単な話だね」
「君は……誰?」
「最初に会ったときに言わなかった? 俺は半田陽──つまりお前自身だ、って」
そんなことは最初からわかっていた。だからこそ『ぼく』という呼び方をしていたのだ。
「双子、じゃないよね」
「似たようなもんさ。──陰陽って知ってる?」
「安倍清明?」
「いや、もっと古いほう。まだ日本に伝わってない頃の。あー、なんて言ったっけ? ……そうそう、太極図。そっちのほうがわかりやすい」
「あの勾玉みたいなのが二つくっついたの?」
「そう。ぶっちゃけた話、俺たちは『それそのもの』さ。本来ひとつだったものがわかれてできたもの。
片割れといってもいいかもね。陰陽だからこそ、お前が『陽』で俺が『陰』…………だった」
最後の「だった」を強調した。つまりは、過去形。
「陰陽では、『陽』は男、『陰』は女を表す。だからお前は『陽』だったけど……今の姿は、一目瞭然だよね?」
……なんだかとんでもない話になってきた。鵜呑みにはできそうもないけど、まるっきり嘘とも思えない。
なんといっても、この状況自体嘘みたいな話だし。
それを差し引いたところで、偶然にも自分の名前が『陽』というのは、できすぎている気がとんでもなくしていた。
納得のいかない点も挙げればいくつかある。
「でも、なんでぼくなの? ぼくじゃいけない理由なんてないと思うんだけど」
一番わからないのがこれだった。何故ぼくなのか。人間なんてたくさんいるというのに。
「思い出してみたらわかると思うけど『どっちつかず』な感じだったでしょ?
言い換えれば不安定ということなんだけど、だからこそ俺みたいなのがうまれる余地があったってことさ」
思い返してみれば、確かにぼくは男にも女にも見られていた。
ただそれだけで終わればよかったのに──まるでぼくが悪いみたいな言い方をされると余計にそう思ってしまう。
「で、何がやりたいの? ぼくが女になって、君が男になって」
「決まってるでしょ、それは。乗っ取るんだよ──お前を、俺が」
「でもそれじゃぼくが女になる理由にならないよ」
「それはもちろん──」
『ぼく』が顔を近づけてくる。
「そうする必要があるからだよ」
両肩を掴まれ、押し倒された。
「な、なにを……!」
「男と女がやることっていったら、ひとつでしょ?」
「ひとつって…………んっ!」
あまりに突然のことで、胸を触られ掴まれているとわかるのにちょっとしたタイムラグがあった。
「揉みごたえがあるね、成長させた甲斐があったよ」
ない部分を掴まれるというのは不思議な気分だった。しかもすぐ近くに自分の顔があるというのは。
「成長、させた…?」
聞きなれない単語に、ぼくは眉をひそめる。
「『男を吸い取り女を押し付けた』ってさっき言ったよね。でも、それだけじゃ面白くないから、ついでに俺好みのにオーダーメイドさせてもらったよ」
「人をそんな人形みたいに…」
「人? いまのお前は俺にはただの人形にしか見えないよ。それにわかってるでしょ。お前のその姿はお前自身の好みでもあるってことをね」
思い当たる節はあった。鏡を見るたび、心に何かが引っかかっていた。その何かの正体は結局わからなかったけど、言われてみれば……そういえなくもない。
「嬉しいでしょ? 理想の女になれたんだから」
「違う! ぼくはそんなことなんて望んでない!」
勝手にそういうのにならされて嬉しいわけがない。たとえそれが理想の姿であっても。
「こうされても?」
「──ひゃう!」
『ぼく』の手がシャツをまくりあげ、あらわになったブラジャーの下にするすると潜り込んだ。
たったそれだけのことなのに、じんじんとした甘い刺激が突き抜ける。
「こうやって刺激に敏感に反応する女が欲しかったくせに。実の弟の幼稚な愛撫でさえ感じてしまう、ね」
「ぼくは、ぼくは……!」
否定したいはずなのに、口からは『違う』と出なかった。
「あうぅっ!」
先端を摘まれ、さらにも増して刺激が衝撃となって脳内を駆け巡る。
いますぐやめないと、取り返しのつかないことになってしまう──そう直感的に感じた。
「もう……やめて……」
「やめて? なに言ってんの。まだ始めたばっかりの序の口だってのに。それにこれは『儀式』なんだから、途中でやめられるわけないよ」
「ぎし、き…?」
「さっきも言ったでしょ、そうする必要があるって──これはお前を俺のものにし、俺がお前になる儀式」
ブラジャーが胸の上に押し上げられる。現れたふたつの山はほんのりと紅潮していた。
「そ……んな、吸っちゃ……!」
胸を先端ごと強く吸われ、舌先で舐められ……声が抑えきれない。快感の強さが胸の小さかったときの比ではなかった。
『ぼく』は唇だけでなく、頬や首筋や耳や鎖骨や胸にまで口付けの雨を降らせた。そしてそのどれもが気持ちよさに変換されて身体に伝わった。
「さて、次はこっち、と」
「そっ、そこは……! 触らないで!」
夢と現実の狭間にいるようにぼーっとしていた脳に冷水を浴びせられたみたいに意識が現実に引き戻される。
「こんなにとろけさせて、……むしろ触ってもらいたいんじゃないの?」
「そんなこと……ない」
精一杯の強がり。実際には疼いてしょうがないところまできていた。
どうしてもっと触ってくれないの、とどこかで望んでいた。アソコを触られる快感を身体が覚えているのだ。
もう一度味わいたい──欲望が勢力を広げようとしている。
「強情だね。まあそうやって顔を赤らめて必死に耐えてる姿はそそるものがあるけど。……でも、それだけじゃ済まないよ?」
何の前触れもなくスカートの中に手を差し込まれたと思ったら──
くちゅりと湿った布が立てる音よりも早く快感の奔流がぼくのすべてを真っ白にさせた。
遅れて全身が一度大きく震え、強張り、弛緩する。
「あっ、あっ……! も、もう……やめっ…!」
指が割れ目をショーツ越しになぞりあげる。そのたびに認めたくない水音がはっきりと聞こえた。
「否定していてもこんなになってたら説得力ないよ。『身体は正直だな』って、本当に言うときがくるとは思わなかった」
そんな嘲りも、ぼくの耳にはどこか遠い。
「はあっ、はあっ、うんっ……はぁぁ…」
自分の乱れた呼吸だけがやけにはっきりと耳に入り込んできた。
「だいぶよくなってきたようだね」
「──やあぁっ!!」
反応を確かめるように、時折強い刺激を与えてきた。胸を文字通り鷲?みにされ、先端を摘み上げられ、ショーツ越しに指を浅く入れられ──
身体が、熱い。
主に下腹部から生まれた熱はじわじわと、でも確実に末端まで行き届こうとしていた。
「もう洪水だね。たったこれだけのことなのに涎を垂らすほど感じて……。俺がそうしたとはいっても、さすがにやりすぎたかな」
そう言いながら顔は愉悦にゆがんでいた。どこかで見たことのあるような表情。
「ま、いいや。……じゃ、そろそろ本番に行こうか」
本番。
その言葉はぼくの全身を凍りつかせた。
「い、いや……それだけは……!」
ぼくが『男』であるための最後の一線。そこを踏み越えてしまったら、もう戻れない──そんな気がする。
.「残念だけど、いくらお願いされたってこれだけはやめられない」
ショーツを剥ぎ取られた。暑いくらいの室温のはずなのに、ひんやりとした空気が下半身を撫でた。
でもすぐに見られていることを自覚して熱を取り戻す。
割れ目に何かがあてがわれる──硬いような軟らかいような、生暖かくも熱い、何かが。
(これは…!)
思い出した。
さっきの嗜虐心に満ちた『ぼく』の顔もこの感触も、覚えている。
(今朝見た夢と同じ、だ)
だとすれば偶然や考えすぎではなく、あの夢すらも『ぼく』の差し金ということになる。
何を意味するかはわからないけど、少なくとも『それ』に沿って事を進めようとしていることだけはわかった
けど、それを止める手段は、ぼくは持ち合わせていなかった。
ただ弱々しく首を左右に振るくらいで、
拒絶の言葉を薄く吐くだけで、
「もう観念したのかな?」
突っぱねるほどの動きは、できない。
身体が先に諦めてしまったせいか、反抗しようとか抵抗しようとか思っているのに、身体がそれに従わなかった。

──みしり

聞こえないはずの音が、激痛と一緒に一瞬にして脳髄にまで達した。


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