九月の末。
 顔を撫でてゆく風も、つい数日前とはまるで違う。
 秋が、やってきたのだ。
 今年の残暑は厳しかったが、それもようやく終わりを告げたようだ。
 アスファルトとコンクリートに囲まれた街にも、風は涼やかな秋の風情をもたらしてくれる。
道を行く人の顔も、どこか安堵したような表情が浮かんでいた。
 この時期の紫峯院女学園は、体育祭に秋桜祭と呼ばれる文化祭、
二年生は修学旅行、一年生と三年生は遠足と行事が目白押しだ。
 次の体育の授業のために着替えをしながら、少女達は今日も姦しい。
 最近の亜美は、紫峯院の「妹にしたい子」ランキング1位を獲得するなど、以前とは評価が様変りしている。
 亜美は明るくなったと、誰もが認めている。
 今まで敬遠されがちだった彼女が、輪の中に居る。
「なんか亜美ちゃん、変わったわね」
 布夕の疑問に、観久が答えた。
「きっと、恋をしているからだと思いますわ」
「うー。お姉さまに恋人だなんて〜! 女の子だったら嫌だけど、男だったらもっと嫌!」
 キャミソールの裾を握り締めながら布夕が口を尖らせて言う。
 さすがにお嬢様学校というべきか、誰もが皆、重武装の下着ぞろいだ。
美しい絹の光沢の下着を重ねた少女達の着替え光景は、マニアなら有り金をはたいてでも見たい、まさに垂涎の眺めだろう。
 紫峯院の体操服は、今時には珍しい、もはや希少種ともされる紺色のブルマーだった。
もっともほとんどの生徒は、その上からトレーナーを重ね着したり、
別の指定着であるスパッツだったりと、太腿を露出している生徒は限りなくゼロに等しい。
 さらに、“その手”のマニアにブルマで授業をしている学校と知れ渡り、
盗み撮り写真が投稿雑誌に載りそうになってから塀などの遮蔽物が強化されたという事実もあり、
ブルマの着用者の減少に拍車を掛けた。
 この光景を独占できる悦びに密かに浸っていた亜美は、自分が同級生達の着替えを、
いつの間にか男の視線で堪能していたことに気付き、まるで女に飢えた男みたいねと心の中で苦笑した。
 それで彼女はと言うと、ブルマをはいている。
 正直な所、彼女が着ると、あまりにも女らしい体つきなのでAV女優のような感じになってしまうので似合わないのだが、
心の中の男の部分が羞恥を感じるのが快感なのだ。
男だったら絶対に着ない服を着ているというだけで、体が疼いてしまう。
 亜美は鏡に映った自分の姿を、あらためて見直してみた。
 やはり、胸が大きいのが邪魔だ。
亜美ほどの大きさになると、フルカップのブラジャーでちゃんと固定していても、
走ると大きく揺れるし、胸の重さが肩にかかって、肩こりのような状態になることもある。
 巨乳も端から見るほど楽ではないのだ。もう少し小さいと楽なのにと思っていると、
「なーに鏡見て笑ってるの?」
「きゃっ!」
 絢が背後から亜美の胸を鷲づかみにして言った。
「うわー。亜美の胸ってやわらか〜い! あー、気持ちいいなあ」
 水泳部の彼女は、自分よりも3カップほども大きいバストを背後から抱きしめて揉む。
しっかりと乳房を支えている柔らかな絹製のフルカップのブラジャーと、
柔らかでありながら張りのある芸術的な極上の感触を楽しんだ。
亜美の下着は飾り気は少ないが、手の込んだ刺繍とレースが施されている完全オーダーメイドの逸品だ。
色気の無いスポーツブラとショーツしか身に着けない絢とは大違いだった。
「羨ましいなー。ボク、こんなにおっきくないからさ。ねえ、どうしたらこんなに大きくなるのかな?」
「ちょっと、絢……やめてちょうだい。ね?」
 ブラの上からではなく、カップの脇から指を差し入れて直に乳首を触ってこようとする絢の悪戯を軽く手で叩いて制し、
体操服を上から着る。
「ちぇっ、出し惜しみですかぁ。ふーんだ!」
 台詞とは裏腹に、嬉しそうな口調で絢が離れる。
「あーっ! あーや、ずるい〜。抜け駆けして、何やってたのよぉ!」
 布夕が絢を追いかけて、更衣室から駆け出してゆく。
 亜美は時計を見て、体操服の上を羽織ると口元に笑みを浮かべ、布夕に続いて更衣室から出ていった。

 ***

 体育は二クラスの合同授業だ。今日はソフトボールで、試合は変則スタイルだ。
毎回選手交代で全員が出るようになっているが、選手を固定してもいいことになっている。
 相手チームにはなんと、一年生にしてソフトボール部の準エースピッチャーがいる。
あきらかに手加減して投げているのだが、それでもこちら側のバッターはボールにかすりもしない。
野球など一度もしたことがない少女達ばかりなのだから、無理も無いだろう。
「私、やってみる」
「亜美さんが?」
「テニスの要領で打てばいいのよね」
「違うと思いますけれど……」
 観久の言葉に無言の笑顔でこたえながら、亜美は金属バットを持って軽く素振りをしてみる。
 頭の中のイメージと体の動きがほぼ一致する。亜美には初めての野球だけれど、悠司は以前、野球をしていたことがある。
バットを握るのは久し振りだけれど、なんとかなりそうだ。
 バッターボックスに入ってバットを構えた亜美の姿を見て、ピッチャーの少女、野川流姫の目の色が変わった。
明らかに経験者の、しっかりとした構えだった。流姫はキャッチャーに向かって言った。
「ちゃんと真ん中に構えててね!」
「え?」
 キャッチャーが問い返すのも待たずに、今までとは打って変わったダイナミックなフォームからボールを繰り出す。
 ひょう! と風を切って、ボールはミットの中に大きな音を立てておさまる。
「ちょ、ちょっと流姫ちゃん!」
 今までとは倍ほども違うような見事な快速球に、キャッチャーの少女が立ち上がり、
ふらつきながらピッチャーの方へ駆け寄って抗議をする。
レガースが板に付いていない様子なのも無理はない。本来は合気道部員なのだ。
「あんな球投げないでよ」
「だいじょうぶ。真ん中に構えていてくれれば、そこに投げるから。それともあたしのコントロールが信頼できない?」
「そんなことないけど……」
 言いよどむキャッチャーの少女の肩をばんばんと叩いて、ホームベースの方へ押しやる。
「ちょっとはあたしにも楽しませてよ。適当に投げるのって、けっこうめんどくさいんだから」
 そして2球目も目の醒める素晴らしいスピードでボールがミットに飛び込んだ。
亜美はやや遅れてバットを振ったが、他の少女とはまるで違う、しっかりとしたスイングだ。
授業そっち退けでおしゃべりに夢中だった待機メンバーも、二人の対決に注目し始めた。
「ツーストライク、ノーボール。あとストライクひとつで三振、交代よ」
 審判の体育教師が、亜美に言う。
 亜美は金属バットを短く持って、水平に構えた。
「ねえ、なんであんな構え方するの?」
「速い球に対応できるようにするためですわ。亜美さん、本気ですわね」
 布夕の質問に観久が答えた。ちなみに観久は隣のクラス、布夕は亜美と一緒のクラスだ。
 ピッチャーは切れ味のあるフォームから、三たび同じコースにボールを投げてきた。
 鋭いスイングと共に鈍い音がして、見学している少女達の方にボールが飛んでくる。
幸いボールは外れたが、当たれば腫れそうなくらい、勢いのある打球だった。
 流姫は代わりのボールを受け取り、マウンドを足で何度か削って構える。
 彼女は、珍しく熱くなっていた。授業なんて退屈だと思っていたけれど、こんな子がいるなんて、今まで気がつかなかった。
 まるで好敵手(ライバル)を相手にするような高まりを感じながら、彼女は最高の球を放り投げた。
全日本代表クラスの快速球だ。
 亜美はいつの間にか長く持ち直していたバットを、鋭く振り抜く。

 キンッ!

 涼しげな金属音と共に、ボールはピッチャーの頭の上を弧を描いて飛んでゆく。
センターの頭さえ大きく越えて、校舎の方まで転がっていった。誰もが言葉を失い、しんと静まる。
「ホ、ホームラン!」
 審判役の教師がまず真っ先に我に返り、次いできゃあきゃあと悲鳴が飛び交う。
亜美はバットに手を添えて地面に置くと、一塁ベースに向かって走り始めた。
 呆然としていた流姫は、三塁を回ってホームベース付近でクラスメートにもみくちゃにされている亜美の方へ、
人をかき分けて詰め寄った。
「瀬野木さん! ソフトボール部に入ってくれない? あなたなら、絶対四番が打てるわ」
「ダメよ。お姉さまはテニス部に入っているんだから!」
 布夕が亜美の首に手を回して、流姫から奪い取る。
「それなら、試合の時だけでもいいから助っ人に入ってよ。ね?」
 亜美は困ったような顔をして、頭を下げた。
「ごめんなさい。私、テニス部で精一杯ですから。それに、打てたのもまぐれですよ。
だって、ボールは真ん中にくるってわかってましたから。だから私は、思い切って振ればいいだけだったの。
コースを突かれたら、きっと打てなかったと思うわ」
「そ……そっか。うん、そうだよね。うーん、でも残念だなあ。あなたなら、絶対にいい選手になれると思うんだけどなあ」
 まぐれにしてはボールが飛んだよなあ。あんなに飛ぶはずないんだけどと思いながら、試合を再開する。
 亜美は下を向いて、誰にもわからないようにこっそりと舌を出して肩をすくめた。

 ***

 その日の午後。
 クラブ活動が休みなので、亜美は友達と連れだって瑞洋軒でお茶を楽しむことになった。
迎えに来た東雲に後で迎えに来るようにと言いつけ、みんなで店へと向かう。
全員が乗れる車ではなかったので、一緒に乗って行くわけにはいかなかったからだ。
 バスに乗り、ファッションやテレビ番組、流行のアイテムなどの話をしながら、
レンガ造りの懐古調に作られた瑞洋軒へと着く。
この店は熱い“かふぇおーれ”と冷たい“あいすくりん”の組み合わせが人気だ。
 亜美は、以前は時に好きでもなかった甘い物が、この頃、美味しく感じられてたまらない。
そのかわりに、ジャンクフードやスナック菓子への興味は激減した。
悠司や亜美の嗜好に影響されたのではない。“女の子”の亜美も、甘い物はつきあいで食べる程度だったのだ。
 席に着き、注文を取りに来たウェイトレスの女性に、かふぇおーれとあいすくりんを人数分注文し、
食欲旺盛な絢は、ぱんけーき二枚を追加注文する。
 店内は紫峯院の他、他校の女生徒も含めて女性が大半を占めているが、
その中でも亜美達がいるテーブルはひときわ輝いて見えた。
何しろ、学内でも指折りの美少女ばかりが揃っているのだ。周囲の目を引かない方がおかしい。
 近隣の学生の視線が、こちらに向けられているのを悠然と受け流し、亜美達はおしゃべりに熱中している。
「それで、亜美って彼氏とはどんなことしてるの?」
 水泳部の絢が珍しくお茶会に参加しているのは、プールやコートなど学内施設の整備で
クラブ活動が3日間お休みとなっているからだ。もちろん、亜美達のテニス部も休みだ。
「言うことなんて無いわよ? だって、ずぅっとエッチばかりしているんですもの」
「うわっ! 普通言うかな〜、この人!」
 絢が両手で呆れたようなポーズを取り、おおげさに天井を仰ぐ。
「それで、それで? 夏の旅行の後、その先生と熱ぅーい日々を過ごしたとか?」
「あのね……信州の別荘で、先生にお料理を作ってあげたりして……」
 亜美が真っ赤になってうつむきながら照れているのを見て、少女達は顔を見合わせた。
「お姉さま、かわいい〜!」
 真っ先に布夕が抱きつく。周囲の人目もはばからず、亜美のほっぺたに顔をつけて、頬擦りをする。
「本当に亜美さんはお変わりになりましたわ」
「すっごい可愛いよね。守ってあげたいというか」
「やっぱり、恋人ができると人は変わるのね」
「うー!」
 布夕が亜美の首に手を回して抱きつきながら唸った。
「罰として、お姉さまが恋人にしてもらったこと、ぜぇんぶ告白してもらいますからねっ!」
「バツってなにさ」
 絢がすかさずつっこみを入れる。
 周囲の視線が集まるのを感じて亜美はこのテーブルを取り囲む一部分を、店にいる人間の意識から少し、『ずらし』た。
これでこのテーブルで交わされる会話は誰の耳にも意味の無い音になり、内容を聞きとがめられることはない。
一種の結界だ。
 これが瀬野木の家に伝わる力の一端であり、政財界に隠然たる影響力を持つ瀬野木家を、瀬野木たらしめている異能だった。
今は周囲の人の意識に干渉しているだけだが、短い間であれば空間にも干渉でき、
そうなると機械のカメラなどにさえ映らなくなるのだ。
 何事も用心が大切だ。降りかかる火の粉を払いのけるのは容易いが、わざわざ火を起こすことも無い。
それに、こういう場で秘密の話をするのは背徳的で、悠司が友人としていた猥談を思い起こさせる。
 シルクの下着の底がしっとりと湿りを帯びているのを感じて、亜美は頬を赤く染めた。

(また、濡れてきてる……)

 恥じらい、うつむく亜美は、とても愛らしかった。
 今の自分は、すっかり悠司好みの女の子になってしまっている。どんなにセックスをしても恥じらいを無くすことはない。
以前は自分を好きになることなどできなかったが、今では何もかもが愛しい。
それは悠司の心であり、亜美に欠けていたものだった。
「あーやは黙っててよ。お姉さま、それでそれで?」
 布夕に続きを促されて、亜美は言った。
「先生にね、お料理ができませんから離れていてくださいって頼んだら、今は亜美ちゃんが食べたいんだ……って」
「うっわー、オヤジ臭ぁ〜」
 絢がツッコミを入れるが、どこか羨ましげな顔をしている。
「それで別荘にいる間は、お腹が空いたら食べるくらいで、ずっと先生とエッチをしていたんです。
だって……先生ったら、私を放して下さらないんですもの」
 だんだんと小声になってゆく亜美に、興味津々といった瑠璃。
言葉が途切れがちの亜美を肘でつついて先をせがむ絢。
布夕は唇を尖らせ、膨れっ面で、それでも亜美の告白に耳をそばだてて一言も聞き漏らさない姿勢だ。
「素肌に直接エプロンをつけて、台所でバックから入れてもらうんです。
胸を触ってもらいながら先生の暖かさを感じるのが素敵だったわ。
そして、先生と繋がったまま外に出て……思いっきり大きな声を出して……」
「出して?」
 絢が亜美の額に自分のおでこをくっつけて小声で囁く。
「気持ちよすぎて、お、おしっこ……漏らしちゃったの……」
「で、出ちゃうもんなの?」
「お姉さまの舌は素敵よぉ、あーや。
あたしなんか、お姉さまのおくちで、何度おしっこ漏らしちゃったか、覚えてないくらいだしぃ……」
 布夕が亜美に抱きついて、ほっぺたを寄せる。
「布夕ちゃん。お漏らしは自慢にならないわよ?」
「えへへ」
 瑠璃の言葉にも、布夕はにこにこと笑っているだけだ。
「布夕さんには、ちょっと躾(しつけ)をする必要があるかしら」
 観久が眉を軽くひそめて言うと、布夕の体がびくっと跳ねた。
「あううっ……」
 なにしろ観久の『躾』は、縄で縛るわ、絶頂に達しそうでいかせない快楽責めはするわ、
浣腸や鞭にボンデージ、フェラチオやクンニリングスの強要、挙げ句の果には何十人もの男に精液をブッ掛けさせるなど、
とても普通の少女では耐えられそうも無い過激なプレイのオンパレードだったりする。
 はっきり言えば、『調教』だ。
 脅えた布夕を抱きしめながら、亜美が言う。
「観久ちゃん。布夕をいじめないでね」
「お姉さま……」
 うるんだ瞳から涙がひとしずくこぼれ落ちるが、続いて亜美の口から飛び出した言葉に思わず引きつってしまう。
「布夕を壊したら、観久ちゃんも子供が産めない体にしちゃうから」
「亜美さんって、怖いわ」
 くすくすと笑う観久。呆然とした表情で凍りついている絢。素知らぬ顔でカップの中身を上品に飲み干す瑠璃。
 一見和やかな無言の闘争が繰り広げられる中、亜美は過ぎ去った、あの夏の夜の事を思い出していた……。

 ***

「ああ……亜美ちゃん、気持ちいいよぉ……」
 悠司の精液でどろどろになった蜜壷を指でまさぐられながら、由阿里は体をぴくぴくと震わせて悶えた。
「由阿里さんのおま○こ、すっかり開いちゃって。悠司さんのザーメンがとろとろってこぼれてますよ?」
「あひ、らめぇ……おま○こいぢっちゃ、らめ……」
 全裸の由阿里と亜美は、悠司の部屋へ行くために夜の街を歩いていた。
二人は寄り添うようにしながら、互いの体を歩きながら愛撫してる。
「由阿里さん。私のおま○こもいじって……」
 すかさず由阿里が亜美の股間に指をやり、人差し指と中指を突っ込むと、くいっと中でくの字型に折り曲げる。
「つぐみちゃんのおま○こも、とろとろぉ……」
 鮮やかなサーモンピンクの亜美と比べると、由阿里は赤みが強い。
 肉感的な亜美と、背も比較的高くスレンダーな由阿里という対比もまた、いい。
「俺は、どうすればいいんだよ……」
 股間にテントを張りながら、悠司は両手に食料品や彼女達の服を詰め込んだコンビニ袋を持ち、
周囲をきょろきょろと見回しながら、二人の後について歩いている。
「それに、亜美ちゃん、絶対まずいって。誰かに見つかったらどうするんだよ。やばいって! 由阿里も何やってんだよ」
「何って……えっちをしてるんですよぉ。ね、亜美ちゃん?」
「はぁい、お姉さまっ♪」
「こいつら、聞いちゃいねぇし……」
 実の所、亜美もいけないとは思っている。何よりも、猛烈に恥ずかしい。さすがに公道での全裸の散歩は初体験だ。
いや、それはあくまでも前の亜美の記憶であって、今は何もかもが新鮮で初めての体験づくしだった。
 亜美は悠司と由阿里が交わっている時に、彼が感じている快感を感じ取ることができたのに気がついた。
忘れ去っていたペニスの快感を感じて、亜美は蕩けた。
 やっぱり、悠司と離れるわけにはいかない。彼以外に、この快感を彼女に伝えてくれる者など居るはずもない。
 そして亜美と悠司、そして由阿里の三人は、公園で、そしてアパートでと、睡眠を忘れて互いを貪りあった。
最初は外でするセックスにためらいを感じていた由阿里も、二人の愛撫で蕩けてゆき、公園で何度も声を上げて達した。
 悠司が疲れ果て眠ってしまった後も、亜美は由阿里と夜を徹して淫らな愛交に耽った。
未開発だった性感帯を掘り起こし、感じるように変えてゆく。同じ女の体だからこそ、反応が読める。
男との、性急で味気の無い射精をするだけの交わりとは比べ物にならない、濃厚で終ることのないセックスは、
由阿里が知らない性の世界だった。
 亜美は由阿里をじらし、二人の初体験からどうして再会したかなどを問い詰めた。
 最初は口ごもっていた由阿里も、亜美の容赦の無い快楽責めに耐えきれず、全てを白状するはめになった。
 二人が再会したのは、悠司が亜美へと変化してしまった日から間もない頃で、
それまでも由阿里は何度も悠司のアパートの前まで来て、彼の家を眺めていたという。
たまたま時間帯があわなかっただけで、悠司が由阿里をいつ発見してもおかしくなかったのだ。
 由阿里はしばらく見ないうちに、見違えるような美人になっていた。
しかも、わずか一年の付き合いだったにも関らず、彼女は悠司を想い続けていた。
 もし、ちゃんと彼女の想いに応えていれば、今頃自分はどうなっていだろうか。
 インターネットに明け暮れる毎日ということもなかっただろう。
そうなれば、自分が亜美という少女に変わってしまうこともなかっただろう。
 だがそれは一方で、亜美と悠司が出会うこともないということになる。
 今となってはどこまでが悠司で、どこからが亜美なのかわからないほど心身共に混じりきってしまった亜美だが、
失ってしまったものの大きさを考えると胸が苦しくなる。
 悠司と数年振りに再会した由阿里は、彼を誘惑し、その日のうちに抱かれた。
 それから毎週のように彼女は悠司のアパートに通い、
泊まり掛けで彼の世話をしてはセックスをするという生活を送っていたという。
言われてみれば、東雲が寄越した悠司の身辺調査書にも由阿里の名前があったかもしれない。
何かが許せなくて、調査書の個人名を無意識に記憶から弾いていたのだ。
 つまり、自分は由阿里に嫉妬しているのだ。
 同時に愛してもいる。悠司が好きな相手なのだから、自分が好きなのも当たり前だと亜美は思う。
 だが、由阿里の心をいじるまでもなかった。
由阿里は悠司から離れるつもりは無かったし、悠司も亜美と由阿里のどちらかと別れるつもりも無かった。
もちろん、亜美も同じだ。
 それからも亜美は由阿里と何度も逢い、彼女を深い官能の世界へと誘った。
 最初は女同士のセックスに戸惑っていた彼女も、次第に快楽に目覚め、今では本当の姉妹のように仲が良くなっている。
 ただし、亜美が“姉”で、由阿里が“妹”なのだが。
 悠司と二人きりでいると、どうしてもセックスに雪崩込んでしまう事が多いが、
由阿里がいるといい歯止めになるので、最近は彼女と一緒に二人で家庭教師をしてもらっている。
 もちろん、勉強が終わった後は三人で夜通し互いを求めあうのだ。
 悠司は心の奥底で由阿里に未練を残していたし、悠司でもある亜美は、
彼の想いを受け継いでいるから、当然のように由阿里が好きだった。
 家庭教師をしてもらうには、理由があった。
 亜美は決して学力が低いわけではないのだが、男から女へと変わってしまい、
その上に人格と記憶まで融合してしまった亜美の記憶は混乱しており、
記憶の再統合のためにはそれなりの手間をかけなければならないのだ。
 様々な教科の知識も繋がりの無い断片的な物になってしまい、
返却されたテストの結果は、いつもの亜美からすれば惨澹たる状態だった。
それでも赤点は一つも取っていないというのは、さすがと言うべきだろうか。
 不思議と、プログラムや大学の専門科目に関する知識は亜美の脳裏からほとんど消えていた。
精神が融合する際に、必要が無いものとして切り捨てられたのだろう。
 こうして亜美を取り巻く環境が大きく変わりながら、学校は夏休みに突入した。
 ところが、恒例の半月間のハワイ旅行と、ついでのアメリカ西海岸旅行で
四週間も海外にやってしまうことに、父親が珍しく反対した。
中学生になってからは恒例の旅行だというのに、珍しいことだった。
 しかし、父親の心配は実は見事に的中していた。
 実は海外旅行は二週間だけで、残りの二週間は悠司と日本の別荘で、新婚さながらの日々を送っていたのである。
 母の叡美には知らせてはいるが、父には秘密だ。
 知られたら、どのような騒ぎが起こるか容易に想像がつく。
 男ができたというのは間違いではない。
 実際には、娘が男を『喰ってしまった』という表現が一番正しいのだが。
しかも、男の精神が娘に入り込んでいると知ったらどうするだろう。
 悠司と付き合っているというのは、父親には秘密のままだった。
 三流とまで酷くはないが、いいところ二流程度の大学生と瀬野木家の娘では、
とても釣り合いがとれるようなものではないからだ。
実際の話、父親のもとには百に余る縁談の申し込みが集まっているのだが、娘にはまだ早いと跳ね退けているのだ。
 でも、亜美は悠司と離れるつもりはない。
 自分自身という、世の中で嫌おうとしても嫌いきれない存在である彼以外に、誰が自分に相応しいと言えるだろう?
 思い出すだけで濡れてくる淫らな体にも慣れた。
 悠司とセックスをすれば、男の快感も同時に味わう事ができる。
確かに男に戻るということにはまだ未練は残っているが、その思いも行動を縛るほど強くはない。
 それに、なんといっても毎日が新鮮で楽しい。
 亜美は穏やかな笑みを浮かべつつ、これからの楽しみについて思索を巡らすのだった。

 ***

「で、さあ。亜美の先生って、いつもどんなことすんの?」
 絢の声で淫らな思索から舞い戻った亜美は、近くを通りかかった店員を呼びとめて、かふぇおーれのおかわりを注文した。
結界を解いたので、店員もこのテーブルを認識できるようになっている。
 店員が去ってから、亜美は小さな声で言った。
「どんなことって、セックスのこと?」
「はう……亜美っち、ヤバすぎ」
 顔に手の平を当ててがっくりとうなだれる絢に、亜美は止めを刺す。
「最初に聞いてきたのは、絢の方だったと思うけど?」
「わかった。もう聞きません。好きにしてください」
 絢は完全にテーブルに突っ伏してしまう。
「だったら今度、先生と一緒にしているところを見にくる? きっと勉強になるわよ」
「べべべべべ、べんきょうって……」
 顔を真っ赤にして絢は慌てる。
「そうね。絢だったらまず、舐めるのからおぼえたらどう?
手と舌だけで、いろいろなことができるわよ。指だけじゃなくて、手の平とかも使うとプレイの幅が広がるわ」
「うーん。舐められるのって気持ちいい……かなあ? ボクは、ちょっとイヤだな。涎でべとべとする気がするし」
「じゃあ、自分から舐めるのはどうかしら? フェラチオとか」
 観久が店員の方に手を上げながら言う。絢はもう、言葉の乱打に打ちのめされてノックアウト寸前だ。
 注文をする間、テーブルはしばし沈黙におおわれたが、
袴にエプロンを着けた給仕の女性が立ち去ると同時に、会話が再開される。
「あ……そっちって? それは……えっと……」
「絢さんのフェラはとてもお上手ね。高遠コーチにして差し上げているのを見たことがありますわ」
「はうっ……」
 絢は観久の言葉で完璧に打ちのめされた。
どこで情報を入手しているかはわからないが、彼女達……少なくとも観久に対しては隠し事はできないようだ。
 テーブルに突っ伏しながら絢は、初恋の人のことをぼんやりと思い出していた。
 もともとボクは男だったんだけどな、と心の中で考える。
仮性半陰陽で、中学二年で女性になった絢は、男の心をまだ強く残している。
外見的には男だったので、それまではずっと男として育ってきた。
 それなのに今は、男性に恋するようになっている。
 フェラチオは、中学時代のコーチに教えられた。
女の子の方が気持ち良くなれると教えてくれたのも彼だけれど、
他の女の子に手を出しているところを見とがめられ、水泳教室を辞めさせられて以来、会ったことはない。
 今にして思えば、それが絢の女の子としての初恋だった。
 そんな絢を横目に、亜美は皆にそそのかされ、いつもどんなことをしているかを告白していた。
「先生とセックスをする時は、最低でも半日は欲しいの」
「そんなに一杯するの?」
 珍しく瑠璃が体を乗り出して興味津々の体だ。
 亜美は頬を染め、こくんとうなずいた。
「いつも一杯精液を注いでもらってるわ。先生、少なくとも2回は中に出すまで放してくださらないし」
 声を潜めて話すだけで心臓が軽快なマーチのリズムで脈打ち始め、乳首が膨らんでゆくのがわかる。
「そんなに膣内射精っていいの?」
 ようやく起き上がり、興奮で少し高くなった絢の声も、この程度では周囲が適度に騒がしいので他の客の耳に届くことは無い。
ただ、顔を突き合わせるようにして話をしている少女達に時折、視線が向けられる程度だ。
「うふっ。そうねぇ……愛する人のだったら、やっぱり何も無いのが一番だと思うわ」
「そっかぁ……」
 絢はすっかり冷めてしまったかふぇおーれのカップを傾け、一気に残りを飲み干した。
「あーやも、コーチにしてもらえば?」
「んー、だめだめ。高遠コーチって意外に堅物でさ。中でなんか一度も出してもらったことないもん」
「じゃあ、いつもスキンを着けてらっしゃるのね?」
「あう」
 自分とコーチのセックスを自ら暴露してしまって、絢がまた沈没する。
「うう、いやだぁ……みんな、どうしてボクをいじめるんだよぉ……」
「それはもちろん、絢ちゃんのその反応が可愛いからですわ」
 観久が笑みを浮かべて、さらりと言う。
「でも亜美ちゃん、それでいいの?」
 瑠璃が言うと、亜美はうっとしとした表情で答える。
「ピルを飲んでいるんだけど、先生のだったら赤ちゃんができても……いいの」
 自分が受精して子を宿すと思うだけでぞくぞくする。
 どちらかというとサディスティンだと思っていた亜美にとって、
悠司との融合は自分自身に思いもかけない変化をもたらしたようだ。
 女でありながら男の心を内に宿し、サディストでありながらマゾヒスト。
相矛盾する要素を内包した亜美は、実に魅力的だった。
「先週の土曜日も、素肌の上に体操服とブルマーを着てバックから三回もえっちしちゃったわ。
先生ったら、私が前からお願いしますって頼んでいるのに、
バックからじゃないとブルマーを履いたお尻が良く見えないって、お願いをきいてくれないんですよ。
……酷いと思いませんか?」
 亜美がのろけ九割、憤り一割の声で、すねたような響きを込めて言う。
「オヤジ趣味……」
 絢がぽつりと言う。
 実の所、これは自分の中にある悠司の趣向を亜美なりにアレンジしたものだ。
悠司だけの責任ではない。恥かしいと思えば思うほど、燃え上がってしまうのだ。
「あーやだって、年上趣味じゃない」
 布夕がすかさず言うと、絢はボッと顔を火照らせてうつむいてしまった。
「ぼ、ぼくはその……あの、うん……コーチが、好きだけど……コーチはどうかな」
「はいはい。ごちそうさま」
「絢ちゃん、お幸せにね」
 照れ隠しに、ぱんけーきの残りをフォークでぐずぐずに突き崩している絢を見ながら、みんなが絢を祝福(?)する。
「絢の方が押し倒せばいいんじゃないかしら。コーチだって、絢が好きなんでしょう?」
 亜美の一撃に、絢はフォークで空中に丸を描きながら反論する。
「で、でもさ。やっぱり、ほら。あっちは単なるコーチと教え子だって思っているんじゃないかな……とか、ね」
「私だって家庭教師と教え子よ? だけれど、本当に好きなら拘束されるのも快感だし……」
 ここで亜美が少し言いよどんで、うつむき加減になって呟いた。
「あの、でもね? ボンデージとかが好きなわけじゃないのよ? 先生にキチキチに絞られて苦しいのも捨て難いけれど……」
「おいおい。亜美っち、趣味広すぎ。SMまでするの?」
「時々……ね」
 どちらかというと亜美は、布夕やメイドのかおり用にボンデージや貞操帯を特注し、
使わせたこともあるからSの方なのだが、今は“される”方もいいものだということを知っている。
Mの気持ちも理解できるようになったことで、責めにも深みが加わったと思っている。
「えっちと違って、精神的な満足があるかしら。絢も、どう?」
「却下!」
 ここで絢は店員を呼んで、かふぇおーれのおかわりと“さくらけーき”、そして“ばななぱふぇ”を注文する。
布夕や瑠璃もついでに注文をして、しばし、おしゃべりは中断となる。
 注文した品が全て届いてから、再び艶談が再開された。
「一度亜美ちゃんのボンデージ姿を拝見したいわ。よろしいかしら?」
 観久に亜美はうなずいて答える。
「ええ、どうぞ。新しいスーツは、瑠璃のデザインなのよ」
「あら。それは素敵ね」
「スーツって、えっちぃやつ?」
 絢が尋ねると亜美は、ええ、と首を縦に振った。
「ベルトがたくさんあってね。全部絞られると身動きできなくなっちゃうのだけれど、シルエットがとても素敵なの。
瑠璃のセンスは最高よ」
 首を傾け、瑠璃に向かって微笑む亜美に彼女が言う。
「亜美ちゃんには、是非、私がデザインしたパーティードレスを着て欲しいんだけれど……」
「それはまた、今度ね」
「いつもそればかりよ、亜美ちゃん。今週の日曜は、絶対に仮縫いに付き合ってもらいますからね!」
 いつもは人形のように静かでおとなしい瑠璃が、感情を剥き出しにして主張する。
「わかったわ。瑠璃のお父様やお母様にもしばらくご挨拶してないし、お邪魔させていただくわね」
 口ではこう言ったものの、亜美は人前に出ることが恥ずかしくてならない。
 もしかしたら自分が亜美であって亜美ではないと看破されるのではないかという恐れもあるのだが、
やはりドレス姿で大勢の目の前に出るという行為そのものが、男であった時には一度も経験したことがないからか、
思い切りあがってしまうのだ。
 幸い、掌中の珠である娘を父親は表に出したがらないのでパーティーに出る機会は少ないが、
外部の人と出会う機会はこの年頃の少女にしてはかなり多い。
フォーマルな装いで行動することには慣れたが、どうにも女装をしてるような感覚が抜けない。
それが亜美に年相応の可愛らしさをもたらしていることに、彼女は気付いていなかった。
「あーあ! みんないい人がいて、いいな。私のお姉さまは男に走っちゃうし、
瑠璃ぴーも観久も、あーやだって決まった人がいるのに、私だけ取り残されちゃったなぁ」
 惚気られっぱなしの布夕が、ついに暴発してしまった。
「ぼ、ボクはコーチとそんな関係だなんてことは……」
 顔を赤く染めながら絢が反論するが、布夕は無視の姿勢だ。
「ふーんだ。彼氏持ちが何よっ」
「だから彼氏じゃないって……その、そうなればいいかな、とか思っちゃったりなんかすることも……
あの、いや、でもさ……やっぱり……うふぅ……」
 一人で身悶えする絢の背後に、一人の詰め襟姿の少年が立った。
「あの……すみません。ちょっとよろしいですか?」
 それはカラオケボックスで一緒だった、中学生の少年だった。亜美が童貞を奪った少年である。
 彼の背後には、 何人かの同じ制服姿の男子生徒が、 戻ってこい、やめろ!
などのゼスチャーで彼を引き戻そうとしている。
「ええ。何の御用かしら?」
 観久が代表して返事をする。
「あの……えっと、そのぉ……」
 と、その少年を見ていた布夕がおもむろに立ち上がり、彼の首根っこに手を回して彼の背中から前に手を回して抱きつくと、
片手を上げて元気よく言った。
「はいはーい、御注目! 今日からこの子が、私の彼氏でーす!」
「え?」
 抱きつかれ、更にとんでもないことを言われて動揺した少年が後を振り向こうとするのを、
布夕はきつく抱きつくことでやめさせる。
「私ね、光源氏になるの。今日からこの子を、私好みのイイ男に教育しちゃうんだから!」
「でもその子、瞳先輩の弟さんよ?」
「……え?」
 亜美の言葉に、布夕の目が点になる。
「はいっ! 姉がいつもお世話になっています。僕は、長狭透と言いますっ!」
 布夕に抱きつかれたまま、頭を下げる透少年に、布夕は現状を把握できずに目を白黒させていた。
「瞳先輩で、長狭って……ふ、副部長の弟さん?」
「は、はい……この前はどうも。その、ありがとうございましたって言うのか、その……」
 顔を真っ赤にして口ごもる少年を布夕は、さらにぎゅっと抱きしめた。
「かわいい〜! 先輩の弟さんでもいいわ。ねえ、私と付き合って」
 背後から少年の耳たぶを甘噛みする。
「くっ、苦しいです」
「どう? つきあってくれるでしょう?」
 店内であきらかに浮いていた詰め襟姿の学生がいる席が、にわかに騒がしくなる。
 ちくしょう、うらやましい! とか、何で? とか呻き声に近い声に、
あ奴、羨ましすぎる、ブッ殺すなどと物騒なことを言っている者もいる。
詰め襟に付いている校章が少し違う所からすると、どうやら高等部の上級生も一緒らしい。
「あの……はい。お願いします」
「あら、布夕。脅迫なんかしたらだめよ?」
 観久が優雅な手付きでカップを口元まで持ってゆき、涼しい顔をして言う。
所作が高校生離れしているのも当たり前で、彼女の家は茶道の家元なのである。
「脅迫だなんて、そんなことしてないわよね」
「ああ……はいぃっ!」
 背中に感じる柔らかい胸の感触と女性の甘い体臭に、透は前屈みになって必死に股間の強ばりを隠そうとする。
「でも布夕。透君が何の用でここに来たのか、私達はまだ何も聞いてないわ」
「あ」
 思わず布夕が声を上げる。すると透が、小さな声で言った。
「あの……」
「あの、なんて言わない!」
「はひぃぃっ!」
「男だったら、もっとシャンとする!」
「はいっ! お姉さん、ぼ、僕とお付き合いしてください。お願いします!」
 透が布夕に向かって頭を下げた。
「私は“お姉さん”という名前じゃないわ。水月(みづき)布夕よ」
「はい、お姉さん!」
「だからぁ!」
「ああ、やだやだ。もう夫婦喧嘩?」
 絢が小悪魔的な笑みを浮かべて突っ込むと、
「そんなんじゃないわよっ!」
「あのっ、すっ、すみませんっ!」
 布夕と透が同時に叫び、次の瞬間、布夕が透の頭をこつんと叩いた。
「男の子がぺこぺこ頭を下げちゃダメ!」
「はい、すみませんっ!」
「ん……もうっ!」
 店内は爆笑に包まれた。

 ***

 その日の夜。いつも通り亜美がかおりを給仕に一人で夕食をとろうと食堂に入ると、普段はめったに顔を出さない東雲がいた。
 珍しい事ね、と亜美は思う。
「どうしました? 東雲」
 亜美は、何事かと訊いてみた。用も無いのに出てくるような男ではないからだ。
「明日、観夜様がお出でになられます」
 穏やかな口調で、東雲拳志郎が答える。
「姉様が?」
 確かもう、妊娠6か月だかになっているはずだ。出歩くのもおっくうだろうのに、どうしてこの時期に実家を訪れるのだろう。
 ここまで考えて、亜美に閃きが訪れた。
 最後の記憶の扉が開かれ、全てが……そう。
今まで頭の中にかかっていた靄(もや)がすっきりと晴れ、疑問のほとんどが自然に理解できるようになった。
 姉はその仕上げにきたのだ。
 亜美は微笑み、明日の晩餐後に私の部屋までおいでくださいなと東雲に伝えた。
「それでは」
 東雲は一礼し、部屋を辞する。
 珍しい。
 亜美は、辞去する際の東雲の笑みを思い浮かべ、考え込む。
 ここのところ、こころなしか東雲の表情が柔らかだ。
 それ以上に、亜美の父である瀬野木柾彦氏の顔は土砂崩れ状態だった。
目に入れても痛くない、掌中の珠で目に入れても痛くないほど溺愛している愛娘が、
ここ一月でまるで花が開くように美しく変ってきたのを知ったからだ。
 それまで一月に一度程度だった亜美との会食も、都合が許す限り毎日一緒にとるようになった。
お影で、スケジュール調整が大変と父の秘書から聞いたことがある。
 亜美としてはわずらわしくもあったが、自分の中にある悠司の部分が、彼女に優しさと人間らしさをもたらした。
 今までの自分が、父親を単なる遺伝子提供者としかみなしていなかったことに、亜美はひそかに震えた。
 悠司と融合するまでの自分は、なんと冷たい人間だったのだろう。
 自分は、確かに『人間』ではなかった。お人形さんという陰口は、ある意味正鵠を得ていたのだ。
今までの亜美という存在は、家族に叩きこまれた条件反射の賜物だったのだ。
 そういえば、そんなマンガがあったわね。でも、あれは神様でしたけど。と亜美は心の中で思う。
 人としての暖かさを持たない少女に、母や姉は、どれだけ自分に愛情を注いでくれたか。
兄の順彌が亜美を避けていたのは、彼女の内面を見透かしていたからなのだろう。
 無理もない。亜美が無意識に放つ人の心を操る力を、兄妹であるからこそ感じる事ができたのだろう。
そうと知りながら、化け物じみた者に好き好んで近寄りたがる人など、いない。
 人の心を射貫く冷たい視線。
 だが、今の亜美は違う。
 彼女の笑みは、人を捉らえて離さない。
 心を操る技を使わなくても、人としての暖かさを備えた今の彼女は、光り輝いている。
 そして亜美は、食前酒をかおりに注いでもらいながら、過ぎ去った夏のめくるめく日々を思い出していた。
「かおりさん? 食事が済んだら、私の部屋に来てください」
 かおりは一瞬戸惑い、そして顔をほのかに赤く染めて、
「はい。かしこまりました」
 と小さな声で言った。
「シャワーなんか浴びてきたらダメよ。そのままのかおりさんがいいんだから」
 食前酒のフルーティーな芳香を楽しみながら、亜美は言う。
 まずは目の前の食事だ。
 その後は、久し振りにかおりを可愛がってやろう。
指と手のひらで愛撫し尽くして、挿入をじらして悶えるかおりの顔が見たい。
彼女は苦悶の顔が、最高に魅力的だった。
 亜美は明日やってくる姉の真意に想いを馳せつつ、今は美味な食事に没頭することにした。

 ***

 翌日。
 亜美は部活動を終え、いつものようにシャワーを浴びてから校内の送迎ターミナルで車を待っていた。
 この学校には大勢の資産家の子女が通っているが、車での送迎を許されているのは十人ほどにすぎない。
もちろん、亜美はその中の一人だ。 家路に就く生徒の何人かは亜美に気づき、挨拶をしてくる。
「じゃあねー!」
「ごきげんよう」
「さようなら」
 まちまちの別れの言葉をかけられ、その度に亜美はていねいな挨拶を返す。
なかには露骨に秋波を送ってくる少女もいたが、にこやかに微笑んでさらりと受け流す。
 さすがにこれ以上、校内の“恋人”を増やすつもりはなかった。
 やはりディルドゥではなく生身の淫柱でないと、貫いているという充実感に欠ける。
かといって悠司に抱かせるのも考えものだ。
 なにしろ、口を酸っぱくして言っても、いまだに何人もの女性と関係を続けているようなのだ。
由阿里も何度か彼女達と鉢合わせになって、喧嘩をしたこともあるという。

(明日の晩にでも、一週間分ほど絞り尽くして立てないようにしておこうかしら)

 悠司は優しいというか、優柔不断にも程がある。『自分自身』であるとは言え、彼の行動には強い嫉妬を感じて仕方が無い。
かつての自分は実際に女性にあまり興味を示さなかったとはいえ、何人もの女性と関係を持っている人を許せるはずもない。
 だが、その嫉妬の感情がなんとも楽しくて仕方がない。今までの自分には無かった感情だからだ。
瀬野木家の影響力をもってすれば悠司の周りから女を消し去ってしまうのは簡単だが、それではおもしろくない。
 西遊記のお釈迦様が孫悟空を手の平の中で遊ばせているような気分だ。

(せいぜい、他の子と楽しんでいるがいいわ。でも、私からは絶対に逃げられないんだから。ううん。逃がさないわ……)

 家に戻っても、亜美はどこか落ち着かなかった。
 今日は姉の観夜が実家にやってくる日だ。
 悠司と亜美が混じり合って、初めての姉との対面だ。
確かに亜美の記憶にはあるのだが、『血の繋がった見知らぬ人』というありえない状況が、彼女の心を乱れさせている。
 そして夕食後、両親と兄を交えた晩餐を済ませた観夜が、亜美の住む離れへとやって来た。
亜美はいつものように、一人だけの夕食だった。弟の那岐(なぎ)も、別の食堂で夕食をとったことだろう。
いつものことだが、今の亜美はどこか寂しさを感じている。
 久し振りに会った姉は、亜美が変わったのとは対照的に、目立つお腹以外何も変っていなかった。
「お久し振りです、姉様」
 リビングに通し、中国茶でもてなす。今日は東雲もかおりも、他のメイド達もこの離れから遠ざけている。
だから夕食も簡素なものだった。とは言っても、悠司にしてみれば簡素どころではない豪勢なディナーなのだが――。
 観夜は亜美の顔を見て、小首をかしげた。
「あなた、“憑魅(つくみ)”ね。それとも、都築悠司さん……と呼んだ方がいいのかしら」
 彼女の言葉に亜美は一瞬戸惑う表情を見せたが、続いて見せた表情は、
どこかふてぶてしささえ見て取れる、今までにない不敵なものに変わっていた。
「ええ。もっとも、今は亜美……“憑魅”と完全に混じってしまっていますけれど」
 声のトーンが少し低くなる。部屋の気温までが下がったようだった。
 そう。
 新しい亜美は、“憑魅”という新しい人格となっているのだ。
 悠司でもありながら亜美でもある“憑魅”は、“せのき”の血が産み出した、飛び抜けた能力を持つ人間以上の存在であった。
悠司の射精をコントロールできるのも、人並外れた運動能力を得たのも、この“せのき”の血に目覚めたからだった。
「あら怖い。そんな目で見ないで下さいな」
 微笑んで答える観夜も、目は笑っていない。寒気がするほどの冷たい瞳。
視線で人の懐まで探り当ててしまうような、鋭い視線だ。
 しばし目線で牽制しあった二人だが、最初に亜美の方が折れた。
「やめましょう、観夜“姉様”。姉妹で殺し合いをしても仕方ありませんもの」
 言葉を返せば、二人は人を簡単に殺せるということでもある。
「すっかり“背之鬼”の血に染まったようね」
「そうでもありませんよ、“魅夜”さん。
まだ、心のどこかでは、明日の朝目が覚めたら今までの事が夢で、男に戻っているんじゃないかって思っていますから」
 胸に手を当て、亜美が言う。
「あら、そう? いろいろと楽しんでいるようだけれど」
「全部御存知のくせに……」
 観夜が口元に手を当て、ほほほと小さな声を上げて笑う。
 今ならわかる。全てはこの姉が仕掛けたことなのだ。
「あの晩、突然私の離れにいらした時は驚きましたわ」
「思い出したようね」
「……」
 亜美は目をつむり、しばらくの沈黙の後に再び口を開いた。
「姉様、“背之鬼”のことについて話してくださるのでしょう?」
「憑魅には隠せないわね。いいえ。背之鬼の血に目覚めたあなたには、話しておかなければならないことだわ」

 そして観夜は、瀬野木の家のことを語り始めた……。


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