二人は、蛇の交尾のように艶めかしく、ぬらりと光る体で絡み合っていた。
 悠司が上から押さえ込むようにして、互いの顔を見ながら交わる、技巧も何も関係ない基本的な体位だ。
どうやらこの格好が一番お互いにとって居心地のいい体位のようだ。
 腰を突き入れたまま、悠司はゆっくりと渦巻を描くように回転させ、時々体位を少し変えるが、
すぐに正面から抱き合うような姿勢に戻ってしまう。
 もう、かれこれ二十分も突いているというのに、悠司のペニスは一向に萎える気配が無い。
対して亜美の方はと言えば息も絶え絶えで、体中の力がすっかり抜けてしまっているようだ。
赤ん坊のように拳を握り締め、体の脇に手を折り曲げて震えている。
「ん……んふっ……あぅ、ふぅんっ!」
 亜美の押し殺した声が出るほかは、二人とも今は言葉を口にすることも無く、まさに快感を貪っていると表現するしかない。
 時折、カリが外に出そうなほど腰を引くと、まるで逃がすまいと、
紅に染まった媚肉がペニスにまとわりついているのがわかる。
激しいピストン運動ではなく、長く楽しもうという無言の協定が二人の間で成立しているようだった。
 亜美は小さな喘ぎ声を上げつつ、そのくせ何かを嫌悪しているような、眉間にしわを寄せた複雑な表情をしている。
それが悠司にとっては好ましいものに思えるのか、挿入したまま彼女の顔を撫で、キスの雨を降らせる。
 どちらにしても気持ち良さそうだ。

(羨ましい……)

 自分の目の前で、自分が自分に犯されている……そんな異常なシチュエーションをぼんやりと眺めている第三者がここにいる。

 たぶん今の自分を端から見れば腰を落して踵にお尻を乗せ、ぽかんと口を開けたまま股を大きく開き、
両腕を前に垂らしてだらしなく座っているのだろう。
 しかし、どうも実体であるという気がしない。
下を見ても体は見えないし、手で体を触ろうとしてもスカスカ通り抜けてしまうのに、
胸や腕の重みや髪の毛の存在を感じることができるのは、なんとも不思議な気分だった。
 いつの間にか、意識だけが亜美の体の中から出てしまったようだ。
 こういうのが幽体離脱と言うのかな? と悠司は呟く。
「こうしてお話するのは初めて……になるのかしら?」
 不意に声をかけられ、悠司は振り向こうとして感覚が混乱した。瞬間的に視界が真後ろに変わったのだ。
首から上だけが180度うしろを振り向くことなど人間には不可能だから、混乱するのも無理はない。
「ずいぶんと来るのが遅かったんですのね。そろそろ学校も夏休みのはずですけれど」
 背後は1メートルほどで壁になっている。悠司は気配を探った。だが、目の前に誰かが見えるはずなのに誰もいない。
まるで夢の中にいるように頼りないのに、目の前の光景は恐ろしいほどのリアリティーをもって彼に迫ってくる。
「誰?」
 悠司は返事をしようとして、自分が女性の体であることに戸惑いをおぼえた。
今の今まで疑問に思っていなかったが、体は見えないけれど、柔らかい女性の肉体が感じ取れるのだ。
なにより、胸の重みと股間の寂しさが、自分が男ではないと否応なく分からせてくれる。
 自分は、都築悠司だ。しかし、瀬野木亜美でもある。
 ではこの目に見えない――自分もそうなのだが――女性はいったい誰なのだろう。
「悠司さんの方は、うまく体と馴染めたようね。私の方はあまりうまくいかなかったのに。ちょっと不公平ですね」
 どこかおかしそうな様子が声なき声から伝わってくる。
「あなたは亜美なの?」
「私? ふふっ……私はあなた。あなたは、私」
 おかしそうな声が悠司の心の中に響く。
「悠司さんは、もうほとんど女の子ですのね。可愛らしいですわ」
 人の気配が悠司のすぐ右横にやってくる。
「どうしてこんな事になったのか、説明して!」
「うふふ。声を荒げるなんてレディ失格ですわよ?」
 確かに今の悠司の声も言葉も、女の子……亜美そのままだ。
 もう一方の彼女は、声の質は亜美そっくりだが、口調にどこか冷たい響きがある。
悠司は自分が女の子の声でしゃべっていることに気がつき、愕然とした。
「私……男なのに。どうして……?」
「悠司さんは私の体と記憶に引っ張られてしまって、女の子寄りの精神になってしまわれたのですわ」
 どちらも亜美の声をしているのに、確かに二人は別人だとわかる。
頭の中というより、全身が耳になっているような不思議な感覚だ。
「ねえ、先生……って言うのも変ですね。だって一度も勉強を教わっていませんもの。
でも私にとってあなたは、やっぱり“先生”なんです。先生は私……亜美の体になりましたよね。
だとしたら、私はどうなったと思います?」
 目の前の男に悠司の視界が向く。
 まさか。
「私、というか、あの“悠司”はあなたなの? あなたの体が、私、いや俺になったの? でも、どうしてこんなことに……」
「私にはわかりません。だって、今度はいつもとは様子が違うんです」
「だったら」
 質問をしようとする悠司の言葉をさえぎるようにして亜美が言った。
「私には特殊な力があるんです。人の体に私の心を移すという力が」
 悠司は息を飲んだ。この異常な事態の原因が初めてわかったような気がした。
「もしかして、私の時もそうなるはずだったの?」
「そうです。わずかでも直接的な繋がりがあれば、私は人の心に自分の意思を宿すことができるんです」
 なるほど、全てが変わってしまった夜に、確かに謎のメッセージが送られてきた。
あのくらいでも繋がりになるとすれば、これを原因とするべきだろう。
「あの時、あなたがメッセージを送ってきたの?」
「……ごめんなさい。私、入れ代わってから一週間ほどの記憶が無いんです」
 残念ながら、原因の究明から一気に解決とまではいかないようだ。悠司は落胆した。
そして亜美からは、微妙な戸惑いの感情が伝わってきた。
「本当に、こんなことは初めてなんです。
いつもは、私の心を自分の体に残したまま、心の一部だけが他の人に乗り移っていたのに……」
 彼女の言葉に嘘はないようだった。少なくとも悠司は、そう感じた。
 つまり、自分の体が変化して亜美という少女の体になったのと同じように、
彼女もまた都築悠司という男性の肉体に変化してしまったということのようだ。
だが、自分の中には確かに亜美としての心があるのがわかる。
 では、“彼女”はいったい、誰なのだろう? 自分の中にある亜美が偽物とは思えない以上、彼女の存在は謎だ。
「あなたは、もう一人の私、いえ、亜美? それとも、もしかして……」
 この世に生まれて来なかった、亜美の姉妹の霊魂か? とも悠司は思ったが、彼女からは否定の波動が伝わってきた。
「いいえ、私は亜美です。先生の中にあるのは、私の記憶と心の一部。でも、今までの私には、大事なものが欠けていたんです」
「大事な、もの?」
 突然話が飛んで悠司は戸惑ったが、亜美と思われる相手は、さらに言葉を続けた。
「あなたと一緒になって、私は初めて本当の“私”になることができるんです。
私は、あなたを……悠司さんをずっと探し続けていたんです」

 何がなんだかよくわからないが、悠司には彼女もまた亜美であることだけは彼女の言葉から理解できた。
そして、自分の中にある亜美の心が、彼女の渇望が事実であることを裏付けている。
 だが、彼女からどことなく嬉しそうな気配がするのは気のせいだろうか?
「気のせいじゃないわ。楽しいんです。それに、これからもっと楽しくなりますから」
 亜美が悠司の、実体の無い首に手を回すのが感じ取れた。
 ちょっと待って。どうして彼女は自分が口にしていないのに私の考えていることがわかるのだろう。
それに、なぜ彼女は自分に触れる事ができるのだ?
「それは私達の心が同調しているから。魂が一つになろうとしているから……」
 顔が近づいてくる。
 それは。
 すっかりお馴染みになった、自分の――亜美の顔だった。
 亜美、いや悠司は息を飲もうとしたが彼女の唇が被さってきて、彼の口の中を亜美の太いペニスが犯した。
喉奥を突く怒張に驚いて亜美を突き飛ばそうとしたが、まるで手応えが無い。
 息が苦しい。
「それは苦しいと思っているから。もっと……私を受け入れてください」
 亜美の思考が悠司の全身に染み渡ってゆく。
 悠司の力が抜けたのを知って、亜美は再び彼の口の中をひとしきり舐め回し、舌を抜いた。
 ペニスだと感じていたのは、さっきのフェラチオの感覚が蘇ったからだったようだ。
たちまち、爆発的な屈辱の感情がわき上がって亜美を振り払おうとする。
 だが、振りまわした手は宙を薙ぐだけで一向に亜美に当たる気配が無い。
悠司はパニックを起こして暴れまわるが、体はがっちりとホールドされたまま、全く抵抗できない。
不条理な現象に怒りがこみあげるが、どうにもならない。
 亜美と触れ合っている場所が全て性器になってしまったように、休むことのない快楽信号の嵐が悠司をさいなむ。
そして徐々に、触れる事ができないのに触られているという不条理を感じる余裕も無くなってきた。
「あら。おしっこなんか漏らしちゃって。可愛らしいんですのね」
「ううっ……」
 実体は無いのに、確かに彼は小便を漏らしてしまった感覚を感じていた。
 あまりの恥ずかしさに顔が熱くなる。
快感を感じて失禁してしまったのと、無理矢理体を開かされているという恥ずかしさ、
そして思うようにならない自分の体と心に、悠司は混乱してしまう。
 少女の体の中にいた悠司の魂は、亜美の記憶と体によって強烈な刷り込みをされ、行き場の無い欲求を感じていた。
「もっと欲しいんですか?」
 悠司は目をきつくつぶって、顔を横に振った。
 気配が自分から離れたのを感じて、彼はほっとしたと同時に不安を感じた。
だが、亜美は悠司のそんな気持ちを知ってか知らずか、別の事を話し始めた。
「私は、とても感情の起伏が乏しかったんです。それは“せのき”の血の濃さがもたらす宿命なのです」
「“せのき”?」
 微妙なニュアンスの差を感じて、悠司は問い返す。
「わからなければそれでいいですよ。いつか、わかりますから」
 相変わらず亜美は謎めかして答えようとしない。
 姉の観夜は、白子(アルビノ)とまではいかないが、肌が日光に対して非常に敏感で、野外で長く過ごす事ができない。
弟の那岐(なぎ)も虚弱体質気味で、喘息など様々な薬が手放せない。
 人並の体力を持っているのは、長兄の洵彌(じゅんや)と亜美だけだ。
「私は他の人の記憶を取り込みながら成長したの。
でも、喜びも悲しみも私にとっては本で読む知識のようなものでしかなかったわ。
“せのき”の濃い血が普通の人であることを許してくれなかった……」
 亜美は再び悠司の側に寄ってきて、彼の肩に手を回す。
「でも、悠司さんを知って私は本当に人になることができるの」
「人に?」
「そう。私は中途半端だったわ……。私の半身を埋めてくれる人を、私はずっと探し続けていたの」
「それが、わた……俺?」
 苦労して男の心を引き出して返事を返す。
「そう。ああ……なんて素敵な魂なのかしら。この光の前では、私なんかろうそくの灯火に過ぎないわ」
 うっとりとした雰囲気の中に、かすかに畏怖の念も感じられる。
 彼女が見ているのは、あの性行をしている男女ではない。実体のない、この自分を差しているのだということがわかる。
「あの悠司さんは、普通の人にすぎないわ。悠司さんの本質は、あなた。
いいえ、可能性と言い替えてもいいわ。私にはわかるんです。
悠司さんこそが、私が求めていた私の半身……いいえ、魂の伴侶となる男性だってことを」
 可能性? いや、それよりも伴侶だと!?
「ちょっ、ちょっと待ってちょうだい! なんのことだか、さっぱりわからないわ……いや。わからない、ぜ」
 言葉尻を繕ってみても無駄だ。今の自分は、かなりの部分が女性に侵食されてしまっている。
パニックに陥っている悠司をよそに、亜美は言葉を続ける。
「先生にとって私は大勢の一人でしかないけれど、私にとっての先生……悠司さんは、たった一人の運命の人。
絶対に離したくないの。きっと、こんな事になってしまったのは、私のせいですね」
「あなたのせい、なのか?」
 どうしても言葉がちぐはぐになってしまうが、仕方がない。
悠司は腹をくくって、変な言葉になってしまうのを我慢することにした。
「あなたを縛りたい。永遠に一つになりたい。愛してるなんて言葉じゃ言い表せない。言葉にできないほど好き。大好きです」

(だったら私(オレ)は、この人(オンナ)を殺したい。私をむりやり女にして、
心をズタズタにしたあなた(お前)を……この手で、微塵にまで引き裂きたい!)

 悠司の心の中に、殺意よりも昏(くら)い精神の染みが生じた。
 だが亜美は、悠司のそんな感情を感じ取っているはずなのに、さらに強い感情を込めて彼に言葉をぶつけてくる。
「私は悠司さんの全てを奪いたい。私の全てを与えたい。あなたの何もかもを知りたい。私の全てをあなたに知って欲しい……」
 真摯な言葉が悠司を突き刺す。それは、途方もない感情――総てを、世界中をも焼き尽くさんばかりの恐ろしいほどの情熱だ。
 悠司は耐えた。だが、それだけだ。打ちのめされ、ノックアウト寸前だ。
「悠司さんの心に触れて、私の心は荒れ狂っているの……静められないの」
 亜美は再び彼を抱きしめた。
 背骨が折れるほどの強烈な、そして羽毛で包まれるような柔らかな抱擁だった。
触れ合った場所から亜美の感情が流れ込み、悠司の心を嵐のように揺さぶった。
「私はあなたと交わり、あなたは私になるの。
完全に溶けて、交わって……新しいあなたに生まれ変わる。新しい私になる……それが――私の望み」
 悠司はあとずさろうとした。しかし、動けない。
がっちりと抱きしめられているだけではなく、何かが彼の心を縛っているのだ。
「い、や……」
「もう遅いわ。ほら、もう射精するわよ。その時、あなたは私になるの。
私は“私”になる。全てが終わり、新しいことが始まるわ」
 肉体の方の悠司が、腰の動きを早めている。
 一秒でも長く快感を味わっていたいからか、口を半開きにし、だらしない顔で必死に射精をこらえている。
揺さぶられている亜美の胸が大きく震え、突かれる度に、
「ぁンッ! あふっ! ひゃんっ!」
 と声をあげ、こちらは貪欲に快感を貪っている。
 亜美の肉体から聞こえてくる声だけで、“悠司の”子宮が疼く。
「うふふ……もう男言葉なんて使えないでしょう? だって、先生は私と心が混じっちゃっているんですもの。
ねえ、先生。もう自分が男だという自覚も、ほとんど無いのでしょう?」
「違う! わ、俺……は男だ!」
 言ってから驚く。意識を強く集中しないと、男言葉さえ口に出せなくなっていた。
そればかりか、早くペニスで貫かれたいとすら考えている。
 射精したいではなく、受精したいという気持ちになってしまっている。
 悠司は混乱した。
「すっかり女の子に引きずられてしまっているのね。でもそちらの方が好都合だわ。私も楽に先生と一緒になれる……」
 亜美が尻の方に手を伸ばす。悠司は反射的に退こうとするが、逃げられない。
「ひいっ!」
 いきなりの挿入感に、悠司は身をすくめた。尻の双方の頂きから子宮に向かって何本ものペニスが突き立てられたのだ。
もちろん、そんな場所から挿入できるはずが無いのに、確かに快楽を感じる。
十本のペニスを受け入れた下腹部の双球は、まるで涙を流すように愛液を垂れ流し始めた。
「どうかしら。精神体でのセックスはまた格別でしょう?」
 まるで身体中にヴァギナが生じているように、亜美が触れる箇所全てからペニスを突き入れられる疼きがわきあがる。
いや、実際に挿入されているのだ。
 とても我慢できるようなものではなかった。たちまち悠司は、甘く淫らな声を上げ始めた。
 亜美の愛撫によって、悠司の男性としての最後の自覚が崩れ去ろうとしている。まさに魂のレイプだ。
悲鳴を上げているつもりなのに、出る声は、
「ああん、だめぇ……もっと、奥までいっぱい突っ込んでぇっ! とろとろにしてぇ……」
 と、ペニスを突きこまれた女の淫声にしかならなかった。
 この少女は、心の全てを女性に染めてしまおうとしているのだ!
「うふふ……悠司さん、やっとわかってくださったのね」
 口に出していないのになんでわかるのだろう。
いや、もともと肉体などないのだから、心の中で考えていることがダイレクトに伝わるのだろう。
「私は、本当の人間になるために悠司さんが必要なの。
悠司さんは、私を人間にしてくれる先生。人として大切なこと、全てを……私に、下さい」
 熱っぽい、情感が込められた思念が悠司を縛る。
 心が痺れて抵抗できない。
「嫌だ! わた……俺を元に、男に戻してっ!」
「先生は嘘つきなんですね。だって、こんなに濡れているのに」
 ヴァギナにつるりと入ってくる冷たい指の感触に、背中がぞくりとした。
次の瞬間、性器から脊髄を通って脳髄へとダイレクトに亜美の精神が悠司の性感を刺激する。
「あ゛あ゛ぎなぁひるぅりぃぁぁあっ!」
 抑えようとしても抑えきれない、意味をなさない声が口から漏れてしまう。
神経節の一本、脳細胞の一個に至るまで、細心で乱暴で圧倒的な亜美の愛撫が悠司を狂わせてゆく。
 論理的な思考など軽く吹き飛ばしてしまうほどの快楽パルスの中、悠司はただひたすら、同じ言葉を繰り返し続けた。

(怖い。怖い怖い怖い、怖い……っ!)

 まるで強姦されているようだった。いや、これはまさしく精神の強姦だ。
亜美の記憶にすっかり染まってしまった悠司でさえ、今の亜美に恐怖を感じる。
いや、女性になりかけているからこそ怖いのだろうか。
 身をすくめている悠司の様子を見て少し亜美の愛撫が緩み、彼女の声が脳にダイレクトに伝わってくる。
「どうです? 女の子の快感って凄いでしょう?
でも、これだけじゃ足りませんね……先生が身も心も私に捧げてくれるようになるまで、もっと気持ち良くしてさしあげます」

(そうか。この亜美という女の子は――人間じゃないんだ!)

 その閃きは強力な爆弾が破裂したように悠司を圧倒し、一時的に意識を取り戻させた。
その間も亜美の愛撫は、悠司を体の内側から凌辱し、彼に生身では決して味わえない純粋な快感を味わせ続けている。
 普通ではない、男性から女性への肉体の変容。記憶と人格の融合。
 誰に言っても、冗談でしょうと笑い飛ばされるのが落ちだ。下手をすれば精神科へと送り込まれかねない荒唐無稽な話だ。
 だが、恐らく彼女の真の狙いは、自分と魂すらも一つになってしまうことだ。
これに比べたら、女になってしまったことなんて大したことはない。
男であったことさえ忘れてしまえば、今の意識を持ったまま生きてゆける。
 だが、彼女と一緒になってしまえば、自我が保てるかどうかもわからない。
 それは、『精神的な死』なのだ。
 悠司は最後の抵抗を試みた。
「いやっ、ダメぇっ! や、やめろ。放せっ! 俺を……俺を元に戻せぇっ!」
 だが、もう遅い。勝負は既に決していた。
 もう一つの原始的な欲求が悠司を突き動かしている。心の中は、口にしたものとは相反する言葉ではちきれそうだった。

(早く、早く、はやく、はやくはやくハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクッ!)

 頭の中が真っ白になってゆく。
脳味噌の襞の一枚一枚にまでペニスが侵入し、何万何億という悦楽器官が直接脳を凌辱して悠司を狂わせる。
肉体の限界から解き放たれた限度の無い快楽は、彼の精神を容易く女性へと書き換えてしまったようだった。
 自分の精神は亜美の記憶と融合し、さらに度重なるセックスによって
女性としての快感を自然に求めるようになってしまっている。
 一言……たった一言で楽になれる。
 そうだ。
 言ってしまえ。
 楽になろう。そうしたら、もっと気持ちよくなれる……。

「イヤ……は、早く――早く、チンポを私にブチこんでぇっっ!!!」

 ついに――心が、堕ちた。

 悠司の鋭利なナイフのような思考を突き立てられた亜美は、その声に後押しをされるように体を重ね、彼を一気に貫いた。
「はぐぅうっ!」
 宇宙が爆発したようだった。
 物理的な処女膜があるわけではないのに、ぶちぶちと何かを引き裂くような感触がして悠司はのけぞった。
 悠司の男性としての人格を、亜美が引き裂いているのだ。
 魂がバラバラに砕け散ってゆくようだった。
 圧倒的な快楽が悠司の心を押し倒し、心のあらゆる部分をしゃぶり尽くす。
何もかもがことごとく亜美という凌辱者によって徹底的に犯され、塗りかえられてゆく。
男としての気構えやプライドなどは、あっさりと亜美に剥がし取られてしまった。
 心まで女に染まりきってしまった悠司には、もはや抗う術は残されていなかった。
隠しておきたいことも忘れたいことも、全てが亜美の前にさらけ出されてしまう。
決して逃げられない、地獄のごとき責め苦が悠司をさいなむ。
何もかもが亜美によってあばかれ、悠司の虚飾が剥ぎ取られてゆく。
 だが、亜美に凌辱されてゆくのを、悠司はなぜか歓喜をもって迎えた。心の虚飾が剥がれ落ちてゆく。
細胞の一つ一つが女性器になり、無限の男性器に犯されながら、自分はどこかでこうなるのを望んでいたのを確信した。
 気持ちいい。
 素直に声が出る。
 さらに気持ちが良くなる。どんどん高ぶってゆく。
 いつの間にか、亜美が犯しているのではなく、悠司が亜美を組み敷いて犯していた。
 亜美も素直に、気持ちがいいと声を上げる。
 心と心が繋がってゆく。
 そうか。さっきから私は、心が共鳴していたんだ。
 だから女と男の両方の感覚を感じることができたんだ。
 決して普通の人には味わえない、魂と魂の交わりによる絶対的なエクスタシーを感じながら、二人は相手を貪った。
亜美は悠司の睾丸を喰らい、悠司は亜美の子宮に舌鼓を打った。
肉を、骨を、血を、そして精神を喰らいあって、どちらがどちらだかわからなくなるまで精神の顎でお互いを貪り喰った。
 肉体の概念はとっくに失われ、何もかもが砕かれ、混じりあってゆく。
 溶けあい、思考さえもが交わってゆく。
 どちらがどちらなのか、もはや二人にはわからなくなっていた……。


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