***

 天も地も前後左右すらわからない空間に、“それ”はいた。
 ここがどこなのか、いや、そもそも自分が何者なのかもわからない。それなのに、不安は無かった。
 溶けていきそうな解放感に身を任せ、空間に感覚を溶かしこんでゆく。やがて、無数の存在が感じ取れるようになってきた。
 “それ”は、近くにある存在の一つを覗いてみた。
 幸せそうな家族がいた。穏やかな顔をした夫婦が間に女の子と男の子をはさんで、道を歩いている。
 突然膨れ上がった感情に驚き、“それ”は急いでその存在から身を離した。
 あの男性は、悠司だった。
 女性は高校の時の後輩、九条由阿里(ゆあり)……かつて悠司の恋人であった少女が成長した姿だった。
 今の感情は何だったのだろう。恐怖か、それとも嫉妬なのか。
 周りを見渡すと、無数の輝きが存在するのがわかった。
「あれは、私の可能性……なんだ」
 “それ”……亜美の記憶と個性が完全に融合した悠司は、
今のショックで悠司としての自我を取り戻し、輝きの中を次々と見てまわった。
 大学の同級生、浅川純と結婚して優秀なプログラマー、そしてソフト会社経営者として世界に名を知られ財を成す人生。
大学の女性講師と同棲した後に子供ができて結婚し、やがて自分も教育者として名を成すという人生。
高校時代の友人の妹と結婚して政治家になり、歴史に名を残す名宰相となる人生。
アルバイト先の年上の女性と結婚し、一大飲食チェーンを築くことになる人生……。
 他にも見たこともない女性、顔くらいしか知らない女性、良く知っている女性、年増の女性、
ほとんど犯罪に近い年齢の年下の少女など、無数の女性達の姿がそこにあった。
 数え切れないほどの可能性、未来の選択肢が悠司の周りに溢れていた。
そのほとんどが、幸せな一生を生涯の伴侶と共に過ごすであろう、
幸福で穏やかで、成功を約束されたも同然の人生だということがわかった。
「そうか。私って、女の人次第でこんなに恵まれた人生が送れるんだ……」
 だが、足りないものがある。悠司はもう一度、輝きを見渡した。
 あった。
 一番小さいが、もっとも強く輝いている物がある。
 悠司が手を伸ばすと、それはすっと近付いて悠司の手の平に乗ってきた。
 これは、亜美と結婚した時の可能性だ。中は……見なくてもいい。
 決めた。いや、これは最初から運命として定まっていたのかもしれない。
 後悔はしないか?
 もちろん、後悔している。
あのパソコンの前で起こったできごとさえなければ、自分には洋々たる未来が広がっていたというのに……。
 でも、いい。
 彼女はこんなに自分のことを、強く想ってくれている。それで十分だ。
 手の中の輝きが悠司の心を癒す。それに、彼にはわかってしまったのだ。
これらの可能性は、もはや自分の物ではない事を。
女の心が芽生えてしまった彼は、もはや男として暮すことなどできないのだ。
 涙がこぼれた。
 その涙に魅せられたように、無数の可能性の輝きが雫へと吸い込まれてゆく。
光の粒は次第に渦になり、悠司をも飲み込んで光の渦巻きへと変わっていった。
 やがて何も無い空間に、二つの存在だけが残った。あとはどちらかに吸収されてしまったようだった。
 片方は、まだ男の子と女の子の差を自覚していない、性が未分化だった4、5歳くらいの姿をした悠司だった。
 もう片方は、今よりも少し幼い頃、中学生くらいの姿をした亜美だった。
 彼女は体を胎児のように縮こまらせ、泣いていた。悠司は少女を見て、義兄と初めてのセックスをする前の亜美だと思った。
 亜美に人の心が無いなんて、嘘だ。どうしてだかはわからないが、強く強く心の奥底に感情を沈めていただけなのだ。
 今なら、姉がセックスの手ほどきをした理由も理解できる。
彼女の奥底に縛り付けられている人間性を引きずり出すための荒療治だったのだ。
 亜美は顔を上げ、涙を指でぬぐって、不安に溢れたか細い声で悠司に向かっておずおずと言った。

(ねえ、ボク……お姉ちゃんと、ずっと一緒に、いてくれる?)
(うん!)

 やさしいお姉ちゃん。でも、とってもさみしがりやのお姉ちゃん。素直じゃないお姉ちゃん……。
 幼い頃に戻ってしまった悠司は、彼女の本質を直感的に見抜いていた。

(ありがとう……)

 自分に向かって広げられた両手の中に、悠司は飛び込んだ。
 そこに、光が生まれた。
 光の中で、幼い悠司は、一筋の涙を流した。

 それが――都築悠司としての、最後の意識だった。


 ***



「ああ……亜美ちゃんのオマンコ、とろけそうだぁ……」
 呑気にだらしない言葉を呟きながら、悠司は腰を突き入れた。
「ひぃんっ!」
 何かが弾けた。
 悠司の肉体が動きを止め、最も奥深い部分に己の遺伝子を注ぎこむために、腰を押しつける。
 何かが弾ける気配がし、子宮底に突き当たった先端から、
何億もの精虫を含んだ白くこってりとした大量の液体が亜美の膣内に溢れ、子宮を目指してゆくのがわかった。
「ああ……嫌ぁぁっ!!」
 全てが染め尽される恐怖に、亜美は本能的に悲鳴を上げた。
 精液と共に、別の凶悪なまでに異質な物が亜美の中に潜り込み、征服の雄叫びを上げる。
同時に彼女の中からも、熱い何かが彼の中へ移動していった。
 悠司の肉体が一層深く腰を突き入れた。子宮口が内臓の方まで押され、異様な感覚が下腹を襲う。
射精は、何度も何度も彼女の奥底を叩いた。
 精液が、精神を溶かしていくようだった。亜美と同化した悠司は最後の抵抗をしたが、もはや何もかもが遅きに過ぎた。
 溶岩が注がれたような熱さを感じて、亜美は思わず悠司を力一杯抱きしめる。
彼女の中にある男の部分が男らしからぬ悲鳴を上げるが、抵抗などできなかった。
それどころか、暖かな感情が彼女を満たしてゆく。
「はぁー……」
 悠司はぐったりとなって亜美にのしかかった。
 亜美の肉体にいる悠司は射精を受け止めていた。
 心の全てがどろどろに溶け、崩れてゆく。
 いや。もう恐怖は感じない。
悠司の感覚を受取り、肉体的にも精神的にも虚脱感に包まれた亜美は、
散らばった悠司と亜美の記憶を、物凄い早さで再構築していった。
中には亜美が乱暴に剥がしたおかげで再利用できなくなってしまったものもあったが、それは捨てることにした。
 二人分の記憶をきれいに整理し終わると、亜美は改めて自分の心と向き直る。
 大丈夫。
 落ち着いている。
 悲しみが満ちているのは、女性に精神をレイプされ、もう二度と元に戻れないことを知ってしまった悠司の部分だ。
 一方の亜美は、彼に倍する喜びにあふれている。
もちろん、今の二人は一心同体となったのだから、悲しみも喜びも共有していることになる。
そして次第に、歓喜の感情が彼女を覆い尽くしてゆく。
 幸せ。
 とっても幸せ。
 私は、この時のために生きていたんだ。
 細い細い運命の糸が偶然に絡み合い、二人は一緒になった。
 万に一つ、いや、億兆に一つの奇跡に等しい確立を乗り越え、悠司と亜美はパートナーを得た。
 もはや死さえも二人を分かつことはできない――永遠に。
 そう。永遠に二人は一人なのだ。
 人としては異質な亜美の心が完全に溶け、悠司の人間性が亜美を支配する。
しかし、そこにいるのは男性ではなく、完全に女性の精神にされてしまった悠司だった。
 それでいて“彼女”は亜美であり、悠司ではない。
 自分自身に精を注がれる事によって、悠司の“男”は打ち砕かれ、“女性”を受け入れざるをえなくなってしまったのだ。
 悠司に女の快感を覚えこませた上で男の体と再会させ、自分から抱かれるように仕向ける。そして魂まで一つになる。
 これこそが瀬野木亜美の望みであり、目的だった。
 記憶と魂が交わり、そして今、悠司と亜美は真の意味で一つの存在へと変化を遂げた。
記憶ばかりではなく人格までも全てが完全に融合してしまった。
 自分が亜美である以上、それに反する行動はできないのがわかった。亜美が悠司である部分を縛り、コントロールしている。
 まだ固いペニスが亜美の中でひくひくと蠢いている。会陰の方に、ぬるりとぬめる感触がする。
 たっぷりと出された精液が溢れ、シーツに垂れているのだ。
 半端ではない量の精を注がれてしまった。通常の数倍はあるだろうか。
時折どちらかがみじろぎをすると、くちゅくちゅという音がする。その淫靡な響きを耳にする度に、亜美の芯が疼く。
「奥ぅ……奥に、先生の……精子が、いっぱぁい……」
 膣がまるでしゃっくりでもするようにひくひくと痙攣するたびに、悠司もまた体を震わせる。
あまりの気持ちよさに声も出ない。
 決して強ばりでは埋められない膣壁の一枚一枚まで、悠司のペニスと、ザーメンで埋め尽くされている。
 圧倒的な充足感。
 体の芯はまだ疼いているが、征服される悦びに亜美の心は酔いしれた。
 上に乗っかっている悠司の締まりの無い顔さえ愛しい。
 彼が感じている快感が亜美にも伝わってくる。
 体が活性化してゆくのがわかる。指先から内臓にいたるまで、全てに神経が行き渡る。
血液の流れまでが手に取るようにわかる。

(もっと、気持ちよくしてあげたい。ううん、一緒に気持ちよくなりたい)

 亜美が心の底から思ったと同時に、ヴァギナが蠢動を始める。うねり、そして締め付ける運動が悠司のペニスを襲った。
「亜美ちゃんのココ、すごく……気持ちがいいよ。ぷりぷりしてて、俺のチンポが削り取られそうだ」
 悠司の感覚を感じることができる。
 ペニスだけではなく、腹の奥までずしんと響くような快感を味わっているはずだ。
「気持ちいい? ねえ、気持ちいいですか?」
「ああ、気持ちいいよ」
 “自分”に貫かれているのがわかっていながら、亜美=悠司は腰を大胆に押しつける。
 誰にもサディズムの傾向があり、マゾヒズムの一面をも併せ持っている。
 今の亜美は、それらを無意識に抑えこんでいる精神のストッパーが無い、暴走した機関車のようなものだった。
だから、サディストであると同時に、瞬時にしてマゾヒストにもなってしまえるのだ。
「先生、中で出したの、初めてでしょう?」
 足を悠司の腰にからめたまま、亜美はぽつりと言った。
「赤ちゃん……欲しいな」
「いいよ。俺も、亜美ちゃんに俺の子供を産んで欲しいな」

 きゅん!

 亜美の心が甘い痛みに痺れる。
 男の、寝間の睦言ほどあてにならないものは無い。亜美には、悠司が嘘を言っていることがわかってしまう。
それに、今の自分は経口避妊薬を飲んでいる。妊娠の確立は1%にも満たない。
 それでもいい。
 彼の望みは、私の望み。
 私の願いは、彼の願い。
「ねえ、先生。もっと、もっとセックスしましょう……」
 悠司は返事の代わりに亜美の唇に、自分のそれを重ねた。葛湯のようにとろりと柔らかく蕩けた唾液が交換される。
 あまい……とても甘い空気が、二人の間に満ちてゆく。
 汗にまみれた悠司の肌が、ひんやりと冷たい亜美のさらさらとした肌と密着し、なんとも心地好い。
体温の交換すら、今の二人にはセックスと同様だ。
 やがて二人の舌が相手の体を這い始める。
 体液にまみれた部位すら避けることはない。
 粘液で濁った眼鏡もそのままに、亜美は悠司の前で膝立ちになり、腰を突き出すようにして見せる。
発情しきったコーラルピンクの淫裂から、彼が注いだ情欲の証が指を伝って床に垂れ落ちてゆく。
 亜美は脚を広げ、股間の桜の園を指で割り開いて言った。
「ほら、私のここから、こんなにたくさんのザーメンが流れ出しちゃって……せんせぇのザーメンが、
私の中一杯にあふれてまぁす」
 見られている、ただそれだけで亜美はエクスタシーを感じていた。
 尾てい骨のあたりから、熱い物が背中を這い上がってくる感覚だけで、絶頂に達しそうだった。
 悠司の体の一部が軽く当たるだけで、飛沫をほとばらせてしまう。どこもかしこも敏感になってしまっている。
 触れる、撫でる、揉む、ねじる、咬むといった行為ですら、挿入をされているのと同じような快感が得られる。
彼の体はすべてペニスで、自分の体はどこもかしこもがヴァギナになってしまったようだった。
「今度は私が上で……んっ……」
 亜美は仰向きに寝そべった悠司の上にまたがった。
 あれだけ放出したにも関らず、まだ天を向いていきり立っているペニスに照準を合わせ、亜美は腰を下ろす。
悠司が突き上げる。絶妙のタイミング。
「ああっ……ン!」
 背中をのけぞらせ、痺れるような快楽を味わう。
 悠司の、ペニスに集中した快楽信号も亜美は同時に感じることができる。
頭の中で、オトコとオンナの快感がミックスされ、脳髄を揺さぶる。たまらない、最高だ。
でも、まだまだ気持ちよくなりたい……。
 亜美は何百人もの男達とセックスをしてきた。最初は姉に誘われるまま。次第にあてもなく男を貪るようになった。
感情が恐ろしく希薄な亜美にとって、セックスは唯一、楽しいという感情を心に生じさせる事ができる行為だった。

 そう……。
 見つけた。やっと、見つけた。
 私の、大事な人。

 亜美は悠司の上で激しく腰をはね上げた。
「あん! あんっ! ああんっ! 奥ぅっ、奥まで来てるぅっ!」
 重力に従って腰を落下させる度に、奥を突くペニスが腸や胃を突き抜けて口から飛び出そうになる感覚がたまらなく良かった。
本来鈍感なはずの子宮口なのに、悠司の確かな強ばりの手応えを感じることができる。
 快感が精神を激しくシェイクし、まるで泡になってしまったようだ。
 頭の中が真っ白になってゆく。
 心だけではなく、体の芯までが圧倒的な快楽に蕩けてゆく。
 キモチイイ。
 下から悠司の手が伸び、胸をつかんで揉まれると、亜美は顔をのけぞらせ、
「はぁっ……」
 と、色っぽいため息をつく。
 長い髪を振り乱すさまを下から眺めながら、悠司も腰を使う。
 激しく、時には抱き合うような姿勢で互いの唇を貪ったりしているうちに、再び悠司に射精感が込み上げてくる。
「きてっ! 先生、来てっ!」
 再び騎乗位にして、悠司はラストスパートをかける。
亜美の上半身がひねられた拍子に新たな刺激が加わり、二度目の膣内射精が始まる。
痛いほど激しい射精に、悠司の表情が歪む。熱湯が尿道を駆け抜けて行くようだ。
 奥深くで精を受け止めた瞬間、亜美は身体中の力が抜けて、軟体動物のように悠司の上に崩れ落ちた。
 それでも悠司は、まったく固さを失っていない。
亜美を抱き寄せる手にも、もっと交わりたいという強い意志が感じられる。
「先生、今度は私の……つぐみのお尻にも……先生のを、下……さい」
 実はこのアパートに来る前に浣腸をして洗浄し、オイルを塗りこんである。
前と後、どちらでも受け入れられるようにと無意識のうちにそうしていたのだ。
いや、むしろこのようになると確信していたのかもしれない。
 悠司は黙って亜美をひっくり返し、一度ペニスを引き抜いた。
湿った、どこか間抜けな音と共に剛直が引き抜かれ、亜美は小さな喪失感に胸を焦がす。
彼女の心情を察してか、悠司はすぐに狙いを定め、ゆるゆると強ばりを小さなすぼまりへと進めていった。
 尻を左右に広げ、ひくついているアヌスに亀頭を当て、悠司は一気に貫いた。
「!!」
 あまりの絶妙な締めつけに、悠司は一瞬のうちに射精していた。それでもペニスは固さを全く失わない。
亜美は排泄器官であるアヌスすらも名器だった。これを味わってしまうと、他の女性とのセックスなどできそうにもない。
「凄いよ……亜美ちゃんのお尻、最高だよ」
「うふっ。ねえ、せんせぇ? もっと……奥まで、何度でも私の中に射精してください。もっとドロドロで一杯にしてください」
 お尻を突き上げるようにして、悠司に媚びてみせる。直腸の中に入っている快楽器官が、びくりと反応した。
 彼の心の中に確実に楔を打ち込んだのを、亜美は確信した。
 これで悠司は逃げられない。
 悠司が腰を動かし始めた。
 突きこまれる卑虐の悦びと、昏い満足感で胸を一杯にし、亜美はアナルセックスの快感にしばしの間、酔いしれた。

 ***

 夏の強い陽射しもようやくやわらぎ、空は赤く染まっている。
 セミの声もヒグラシの静かな響きへと変わり、昼間の熱気の余韻の中にも、
どこかひんやりとした夜の香りが混じってきているようだ。
 だが、悠司の部屋の様子は昼間とまるで変わっていなかった。
 飽きもせず、男と女が体を交えている。いや、「貪(むさぼ)る」と表現するのが正しいだろう。
 これまでに亜美は口の中に3回、膣に4回、アヌスで3回、それぞれ精液を注ぎこまれている。
彼女は、今まではそれほどいいとは思えなかった中出しの快感に目覚めてしまった。
「亜美ちゃん、そろそろ夕飯だし……家にも帰らないといけないだろう?」
「抜いちゃ、ヤですぅ……」
 上に乗ったまま、亜美は甘える。
「それに、先生のおちんちんは、そう言ってないみたいですよ?」
 上から腰を回転させるようにすると、ぐちゅぐちゅという粘液質の小さな音が部屋に満ちてゆく。
「私も先生のおちんちんと離れたくないです」
 亜美は自分に目覚めた力を使って悠司を萎えさせなかった。
 悠司と繋がっている間は、彼の感覚を共有することができる。
それは亜美の中の悠司にとって、男の感覚を取り戻せる時間でもある。
 いや、もはやそんなことなどどうでも良かった。
 好きだ。
 私はどうしようもなく、この人の全てが欲しくてたまらない。
 起き上がろうとする悠司を亜美は優しく、しかし力のこもった手で押し倒し、口づける。
 魂のほとんどを奪い取ってしまったとはいえ、人並以上の魂の持ち主だった悠司は、普通の人と変わらない反応を返す。
 もっと吸い取ってしまった方がよかったかしら。
 悠司の乳首に吸いつきながら、亜美は考えた。
 自分の中に溶けこんでいる悠司だけでは足りない。
 精液を枯れ果てるまで吸い、生命の源泉である睾丸を喰い、唾液の一滴、毛髪の一本、排泄物さえも残すこと無く、
骨から肉から血液まで全てを貪欲に喰らい尽くし、飲み干したいという欲望を抑えるのが難しいほどだ。
 目の前には温かい心臓が脈打っている。
 指でひっかけば、ほら。
「……つっ!」
 悠司が痛みで苦痛の声を漏らす。
 亜美は一筋の引っ掻き傷から浮かび上がる赤い粒を舌で舐め取り、口に含んだ。

(美味しい……)

 鉄錆臭い味が口の中に広がる。
 精液の苦さとは違う、生命の味だ。
「亜美ちゃん、ダメだよ」
 悠司の抗議にもかまわず、亜美は子猫のように胸の傷を舐め続ける。
 だって、あなたは私なんですもの。
 自分が自分に抗議するなんて、おかしいと思いませんか?
 なにやら哲学めいた考えが自分でもおかしくて、亜美は舌を引っ込めてくすくすと声を上げて笑った。
 亜美の突飛な行動に戸惑っていた悠司も、やがて彼女が上半身のあちこちを舐め始めたので、
むずがゆさに耐えるのに必死になり、頭に生じた疑問も忘れてしまう。
 悠司が亜美を舐め尽くすよりも早く、亜美は悠司の体の隅から隅まで舐め尽くしてしまっていた。
尻の穴どころか髪の毛すらしゃぶる亜美に悠司は寒気をおぼえたが、圧倒的な快感の前に声も出なかった。
 魂の大部分を亜美に吸われてしまった今の悠司には抵抗する事ができない。
そればかりか、亜美は悠司の感覚を共に味わう事ができる。どこが気持ちいいのか、隠す事ができないのだ。
 亜美は悠司の胸に舌を這わせながら考える。
 自分はもう男には戻れないのに、分身である彼は男であることに疑問も抱かず、男の身分を享受している。
 彼を殺してしまいたいほど、愛しい。愛しくてたまらない。
 今、彼の喉笛を掻き切ってほとばしる鮮血を飲み干せたら、
腹を断ち割って生命に溢れる臓腑を貪り喰うことができたらどんなに嬉しいだろう。
 だが、それでは彼を殺してしまう。
 でも、食べてしまいたい気持ちを抑えるのが本当に難しいほど……好き。
 これは私の考え?
 いや。
 彼女は心の中でくすりと笑った。
 これは悠司だ。自分の中に残った、小さな男の部分だ。
決して男には戻れないのならば、自分の体なんか見たくないと駄々をこねているのだ。
 食べて、自分の物にしたい。
 自分の血肉として、またひとつになりたい……と。

 だめですよ、悠司さん。
 私とあなたは、もはや一心同体。やけを起こしたってむだですよ。
 あなたの考えることは、みぃんな私には筒抜けなんですからね? あなたの記憶や考えは、私には隠せないんですから。
 もっとも、私の考えも悠司さんに筒抜けなんですけれども。
 だって、私とあなたは、同じ人になってしまったんですから。
 わかるでしょう? 私が何を考えているか。
 悠司さんも私と一緒でいたいって思っているのがわかります。
 そうでしょう?
 あなたが、好き。大好き。
 でも、許してあげませんからね。
 男の体に戻りたいだなんて、考えたらだめです。
 だって私の体が滅んでも、永遠に一緒なんですから。
 もっとも、悠司さんの体の方も離す気はありませんけれど。

 そして、最後に残っていた亜美の精神は、悠司と完全に融合した。
 もはや二人は、一つの人格に統合されていた。嫉妬という感情を知り、絶望を知った。
心から人を愛しく思うと共に、激しく憎悪した。
 人とは、身の内に矛盾を抱えた生き物だ。
 今こそ彼女は、本当の人間として目覚めたのだ。

 でも、女の子のセックスって気持ちがいい……。
 ほら。おまんこをおちんちんでぐりぐりされるだけで、とろけちゃう。
 男って射精をしたら終わっちゃうけど、女の子っていつまでも感じていられる。
どこまでも、どこまでも昇りつめて行くよう……。

 完全に亜美と溶け合った悠司は、女性としての快感に溺れた。
いや、もはや悠司や亜美と呼ぶのはふさわしくない。彼は彼女であり、彼女は彼だった。
 しかし“彼女”は、男性としての矜持を完璧に打ち砕かれているくせに、
いまだにどこかで、自分は男性だと思い込もうとしている。

(むだなのに)

 心の片隅に残った小さなかけらに向かって亜美は呟く。
 最後に残った、男としての矜持。
 握り潰してしまうのは簡単だけれど、これもまた自分なのだ。

 私、あなたの理想の女の子なんですよ。
 おっぱいが大きくて、淫乱で……。
 あなたに会うために、何百人もの男に抱かれたんですから。
 もしかしたら、次にセックスをする人が私の運命の人かもしれないって思うだけで、
エクスタシーを感じてしまうほどだったの。
 だからわかるでしょう? 私が悠司さんと一緒になることができて、どれほど嬉しいか。
 心も体も、何もかもすべてを独占できるなんて、他の人には絶対にできないんですから。
 独占したいの。身も心も。過去も未来も、現在も――何もかも。
 そして、たくさん、たくさん、ネズミのように、悠司さんの遺伝子を持った赤ちゃんを産みたいの。
 子宮いっぱいに、羊水のようにあなたの精液を溜めておきたいくらい……。

 好き。
 あなたが好き。
 だぁい好き。

 離しませんよ。
 離れませんよ。
 永遠に。
 そう――永遠に。

 くすっ……くすくす……………………………………。


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