「まあ、悪かねーけどよ」
「…」
「18歳になった瞬間にこれは健康的すぎやしないか?」
毒々しいのれんをくぐったその時、よもや最悪の人物と出会うとは思ってもいなかった。
今、竜太の担任の教師は鬼の首を取った様な不敵な笑みを浮かべている。
現場を押さえられるとは、不名誉の極みである。
教え子の誕生日を覚えてくれる担任がいるというのも、なかなか辛い。
「先生、マジで親にチクるのだけは堪忍して下さいよ」
「そうだな、モノは相談だが、これ全部借りて俺にも見せるなら手を打とう」
「きったね!!先生自分で借りづらいからって」
「まあな、大人は大変なんですわ」
「子供みてェな癖して」

貧相な紫陽花の咲くアパートの階段を登る時、先生は鼻歌を歌っていた。
靴を脱いでいると、雨上がりの土の臭いが漂ってくる。
その中に、嗅ぎなれた匂い。
「先生、猫飼ってんの?」
「いんや、飯作ってるとたまに窓から入ってくるけど」
「あ、そう」
「猫の臭いでもするか?」
「猫の臭いじゃねーけど、なんか飼ってる家の臭い」
「それは要するに部屋が臭いってことか?」
「あ、や、そりゃ匂いはあるけど臭うってほどでは」
玉暖簾をくぐると無造作に本の束がまとめられた部屋に出る。無造作に散らばるビデオの横、色褪せた土壁にギターが立て掛けられていた。
「適当にその辺にかけろよ。何か飲むか?」
「ていうかさー、本気で野郎ふたりっきりで見ンの?」
「お前明日取りにくるんでも良いぞ」
「それは譲れませんよ。俺絶対今日見てぇもん」
「じゃあ今日は上映会だな」
「最悪…しょうもねぇ…」
露に濡れたサイダーのコップを受け取り、頭を冷やして目を閉じる。
大人しくデッキの前で借りてきたビデオを物色する。そこに「こういうのもあるぞ」と弘がパッケージ付きのを何本かを横ざしする。よく買う気になるよなぁ。
「そういちいち買ってらんねェよ。他のはあそこに積んである黒い奴」
「あ、なんだ」
弘の持っているビデオの中には日活ポルノなんかの年代物もあった。
服装や化粧が今と違うので、なかなか新鮮である。殆どがダビングしたもので、業の深い友達に頼んだらしい。深夜に地方局のテレビでやってたのを撮ったものもある。1本位分けてやろうかと笑いかけたのは、誕生祝いってことなんだろう。有り難迷惑だと言い切れないのが辛い。

休日だから今日は友達がつかまんなくて、プレゼントなんかも明日に持ち越しである。
気を利かして休み前に何か呉れてやろうと思った奴はいなかったらしい。
寧ろ、連中が覚えているのかも微妙な所である。
いっそバイトでも入れてしまおうかと思っていた。

「今日誕生日だって?」という担任の一言が、生徒の間では評判だった。
気を使ってくれるのは嬉しい。しかし今日の場合、かなり空しい。
「先生、あのう、俺今日は早めに帰りたいなーなんて」
「安心しろ、7時までには解放してやる」
先生はといえば、ほう、と真面目ぶった呟きをもらしてギャグとしか思えないタイトルのテープをデッキに嚥下させる。
扇風機のビラビラが揺れる蒸した部屋で、横目にそれを眺めていた。

非常に気怠い午後の四時。
長い一日になりそうだと思ってはいた。
本気でやりづれぇ。
昔の彼女と初めてラブホに行って時間に追われた時より余程やりづらい。
「てか、何見てんスか先生」
「いや、まあ、あれだぞ。必ず人間性は伸びて行く物だから、あまり気に病むこたないぞ」
「ハハハ、心配ご無用っすよ。俺はまだ余裕ありますから」
「そりゃそうだよなあ。まだまだ育ち盛りだもんなあ」
「僕みたいな奴は若さと体力が取り柄ですから、先生みたいにうまい具合にお年を召してスリムにコンパクトにまとまれると良いんすけどねー」
「ははははは、何を言うかなこのボーズは」

その内、冗談で間を埋める必要も無くなった。
ビデオは幸先良く当たりだった訳だが、隣に弘がいるのでどうしても集中力が削がれる。同性とはいっても、同じ部屋でするのはどうかと思うのだ。
実際、多少バイっ気なかったらウザいだろうが。
当然あったらあったで、困る。
つけっぱなしの扇風機の音の中に、笑えそうな程生々しい物音が重なっていた。


平然と浸っている弘を見ていると、どうにもむしゃくしゃしてきて、何となく茶化してやりたくなる。
腰を起こして、思いっきり近付いて弘の耳元に息を吹き掛けてやった。
「!」
びくっと首を竦めた弘が振り返る。
悲鳴が漏れたのと、弘の上半身が後ずさるのとは同時だった。
その拍子に壁に頭をぶつけてゴン、と音がした。
耐えきれなくて思わず吹き出してしまう。
いつも余裕の担任の慌てふためきぶりは、俺を満足させるのには十分だった。笑い転げる俺を初めてナマコを見た幼稚園児のような目で見ていた弘は、やがて憤怒か羞恥か、真っ赤になってにらみ付けて来た。

「おいコラ、何すんだこの馬鹿!」
「ギャハハハ!おもれー!!先生超浸ってんの!」
「テッメ、この変態!」
「俺ので超感じちゃってやんの!男二人で超キモイよおかしー、ねえ行きそう?行きそう?」
「ちげぇって、こ、の、ガ、キ、殴るぞ〜?」
「いや、体罰はね、止めた方がいいかなーなんて」
「4の字がためが好みか?」
「いや、マジで、堪忍」
「謝れば許さない事もない」
「先生、悪かったってーほんと」
「謝らなければ許す事もない」
「だからぁ、すいませんって」
「あのなぁ、おまえ、それが謝る態度か?」
「…すみません…」
「てめー、覚えてろよ…」

全然許してねーじゃん。
凄みを利かせながら俺を解放した弘は、舌打ちするとビデオを煙草を取り出した。ビデオを巻戻しながらも扱いてるのに少しウケたものの、苦虫を噛み潰した様な表情で一瞥されて目を逸らす。

笑い過ぎて萎えたのもつかの間の話で。汗ばんで光る腿を曝け出した女子高生(絶対20歳を越えている)が音声を取り戻すと、自然と元の流れが戻ってきた。
結局女子高生にも、目の前の先生にも多少興奮を覚えるものの、少々気分的に厳しい。

ただでさえ居心地が悪いのに、集中できやしない。
喉が鳴るだけでも所在が悪い。
せめて話し掛けてくれればいいのだが。
やっぱりノン気の野郎と見るのは苦手だな、と改めて思った。



赤くなってる顔とか、生々しい変化を遂げた下半身を俺がどんな風に見てるか。
なんも知らないんだな。

「ッ、ふっっ!」
く、と小さく声を洩らして、ティッシュを強くあてがう姿が可哀想に見えた。




part A
part B



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