part B
「なあ、竜太」
「何」
「何でお前、さっきから首触ってんの」
「あー、別に…癖」
「そうか」
浅い呼吸で壁に凭れている弘は、何時にも増して気怠げな物言いだった。
竜太も流石に首を触られるのが好きだから、とは答えない。
「腹さわんのも癖か?」
「汗かいて気持ち悪かったから」
胸を本当は触りたかったのだが、弘の様に浸れる度胸がなかったのだ。
ようやく背筋を汗が伝う程になって、そろそろティッシュを取ろうとした所で、組みつかれて変な声を上げてしまった。
「うぇ!?」
思いっきりくすぐられた。
まるで容赦のない、暴力にも似た徹底振りである。
「、ちょっ、タンマ、何!セクハラ!?」
「いや、単なるスキンシップ」
ガキ大将のしてやったりという笑み。
「ぎゃ、いぃー…っ!まだ、怒ってんのかよ!」
「何を?」
「思いっきり、仕返しじゃんかよ!」
悲鳴を二、三度、上げた気もする。
しかし声になったかどうか覚えてない。
その後は、海老ぞりになって正しく抱腹絶倒となる。
倍返しを忘れないやり方は男らしい反面、ともすれば陰険でさえある。
汗まみれになって情けない声で笑っている時、無理矢理払った手が腋から胸を擦った。
その時にはまともな感覚も抵抗力も麻痺していた。そのまま声が漏れる。
即座に弘の指が止まったのに気がついて、笑いが一気に引っこんだ。
怪訝そうな表情が、自分の荒い呼吸がいたたまれない。
思わず逃げようとしたが、思いの他両脇からしっかり抱き込まれていて無理だった。
「お前、今の何?コラ逃げんなって」
「いや、マジで止めて、笑い死にってやだから。俺敏感だし」
「ふーん」
にい、と一つ笑って。俺も苦笑いで返したら、暴れた所為でベストから丸出しになった腹に、無遠慮に手が入り込んだ。
今度は胸を直にくすぐられる。
唇を噛んでも痙攣は隠せなかった。
「!だから、ごめんってば!」
流石に目がマジに成りそうになる。
「何?お前、胸弱い?」
弘の目が笑っている。良い事聞いた、と言わんばかりの顔。
「イタ、あイタタ!くすぐったいって、ヤメテ」
「痛いのかこそばいのかどっちなんだよ」
そう言いながらも、節くれだった指は始終腕の抵抗に逆らって動く。
大の男が二人、半裸でこれって、どうよ。
絶望的な馬鹿騒ぎに、引きつった笑いが張りついた。
そういう方面ではもう随分していない事になる。
痛いやらくすぐったいやらだけでも沢山なのに、呼び戻された習慣性に声を我慢するのにも限界がある。ともすれば背筋が反りそうになるのを、背を丸め込んで耐えた。
温かな、胸を動き回る指の感触。
息が、漏れる。
「お前、ほんと弱いのな」
「本当、マジ勘弁、純潔奪わないで」
言いながら、起ちそうになってた。
弘が悪いのに、何でこんな必死になってんだ俺。
セクハラまがいの事してるって先生に気付かせたら気の毒だからか?
「な、先生、頼むってホント」
その気になりそうだ。
これ以上はまずいから。本当、起ちそうだから。
先生の悪戯っぽい笑顔は崩れない。
駄目だ。全然解ってない、この人。
悪ふざけの報復に耳元に息を吹き掛けられたのを感じた。
胸を摘まれて、もう我慢が利かなかった。
「ン、!」
さすがに開き直れなかった。
失態に身体が強張る。
先生に組みしかれて、直に手の平に撫ぜられて。つい浸ってしまった。
「あっ、あ、ァ…っ!」
弘にとっては、それはまだ只の悲鳴みたいなものに聞こえていたんだろう。
しかし、堰を切ってしまった部分はもう収集がつかなかった。
鳩尾の辺りが苦しくなって、思わず手を伸ばして弘の首を抱え込んだ。
感慨は無くただ恥ずかしかった。半分泣きながら、何度も首を振った。
「ダメ、先生、ダメ…っ!」
俺の言った意味はようやく伝わったらしい。
弘はシャツの中から手を抜いた。
もう下半身の強張りは隠しようがなかった。
バイっ気あるのがばれるの自体は構やしねーけど。
「…ビデオのせいだから」
「わかってる」
先生が退いてくれない。俺を、ずっと見てる。
男もOKって事だけじゃなくて。
先生に対しても多少性的な興味があるのを、知られるようで抵抗があった。
抱きつく様な真似までしたのが恥ずかしかったのもある。
俺の方は早く離れたかった。
随分後になって気付いた。
暫く絶句していた弘の方も結局、下半身が萎えてた訳でも無くて、俺も、つっぱねるのがもう恥ずかしくて億劫だったから、顔を伏せた。
確かめる様に、酷くゆっくりと弘の手が近付いて、頬の近くで止まる。
俺が目を閉じると、そのまま額に厚みのある手の平が当てられた。
「おい」
「…何」
「続き、見ないか?」
ビデオの。
「どうだろ…」
他人事の様な台詞を言ってしまった事に気がついて、見ようかな、とつけ加えた。
何となく、『帰って欲しくない』という先生の気分を読み取ってしまったから。流してくれる分には馬鹿騒ぎにつきあっても良いかな、と思っただけの話だ。
どういう流れであれ、このまま帰るよりは俺にとってましな結果になるだろう。残りの高校生活をこの人と楽しんでいたかった。
「ここからでいいか?」
「うん、そのへん」
異議を唱えるまでもない。別に話に筋あるのじゃないし。
西日に目が眩んで、竜太は目元を微かに歪めた。
部屋の様子はさっきと変わらない。扇風機の音も、弘の横顔も。
流した汗がすっかり冷え、蒸す中に微かな寒気を覚えた。
「先生、痛くねェ?それ」
「痛かねーよ」
「ふぅん」
「皆やるこた似た様なもんだろ」
「そんなんやんないよ」
「お前はどうやるんだ?」
「ふつーに」
「普通か?変だろ。お前こそ痛いんじゃねぇの」
「変?気持ち良いよ」
「あんま、気持ち良くないんだが」
「そうじゃないよ、これを、こうやって重ねんの」
「は?こうじゃねぇの?」
「あー、自分だと解んねぇかな。違ぇって」
「…」
「何、そんなにやりたいのコレ」
「やりかけたのに途中でやめたら気持ち悪いだろ」
「手ぇ、貸そうか?」
「おう」
「だから、ここ摘んで、違ぇよ、こう」
「…」
手の甲に指を添えると、弘の強張っていた指が柔らかくなったのを感じた。
目を伏せて下腹を見つめる、相変わらず表情の読めない貌。
厭がる風でも、興味津々といった訳でもない。
「解る?」
「ま、大体」
「割と良くない?俺、いつもこう」
「割とな」
間を持たせるのが面倒になり、弘は目を閉じて息をつく。
竜太に触られた時にはもう、汗ばんだ膚にあからさまな反応が現れていた。
その反った喉が小さく鳴る音を聞いた。
程なく音が立つ程になって、竜太は手を放すタイミングを逃してしまった事を覚る。
「先生はどうなの」
「俺?こう」
弘はやる気のない顔で、竜太の方に手を伸ばす。
思いっきり胸を掴まれて、流石にげんなりして手を止める。
「またそれかよ」
「俺の勝手だろ」
「自分で胸とか乳首とか触ってんの?マニアックじゃね?」
「俺の勝手だっての」
「どうやってんの?ちゃんと自分でやってみせろよ」
「…」
手を添えられて腰を突き出したまま、弘はのろのろとシャツの前を開いた。
自分で胸肌を揉み解している内に、声どころか息も噛み殺す事が困難になってきていた弘。片手で促しながら、不安気に息を荒げている弘の内腿をさすってやる。
時折顔を綻ばせてみる。
熱に浮かされた様な声が、心無しか甘えた喘ぎに代わる。
予告から幾分遅れて、体液が弧を描いて滴った。
「先生も充分弱ェよ」
「…」
「胸って限界ないから、抜いた後触ると良いんだって」
「…」
「触れって、ほら、さっきみたいに、自分で。気持ち良いだろ?」
「う…、、ん!」
「なぁ、先生、俺にもしてよこれ、胸にさ」
「、ぅ、ンッ!」
つい調子に乗って、射精したての先生の身体に悪戯する。
「な、先生ばっかり気持ち良くて狡くねー?」
「、ふっ…、ぅ…ぅ」
「余裕ねぇの?」
「…、」
「後ろで自分でした事、ある?」
「、」
「ちょ、え?先生、何してんだよ」
「…うるせーな。厭なら片して、帰れ」
「そうじゃねーって。そこまでしなくてもいいって。やりたいなら俺が代わっても良いから」
「五月蝿い死ね阿呆」
膝に乗り上げた先生の額が肩にある。
髪が鼻先に当たり、微かな他人の汗の匂いに息を小さくつく。仕方なく胸ポケットの小銭入れに押し込んであったコンドームを取り出した。なんだかんだ言っても、自分の担任だ。一瞬だけそれを見咎められて、それでも何も言われないので複雑な心境になる。
「…良いのかよ」
「誰にも言うな」
「…ベッド行かないの?」
「ぜってぇだそ」
「言いやしねーよ」
竜太は呆れて目を逸らし、そのまま目蓋を閉じる。
昨日の授業はきつかったけど、宿題は出さないでいてくれたし。
今日は、家に上がり込んで、一緒にサイダー飲んで、AVを見て。まがりなりとも誕生日も祝ってもらった。
そんな先生に、学校の奴らに知れたら困る様な事してんのは、こっちじゃんか。
微かな音に目を開いて、自分でオイルを塗りこんでいる先生を見ていられなくなって、手を差し出した。
「いいよ、それ。貸して」
「おい…、まだ触んなって、」
「痛い?」
「入れてもないだろ」
「これは?」
「…別に」
「動かしてるけど、痛くない?」
「…慣らした事になんのか?」
「だってどの位慣れてんのか知らねーし。じゃあ追加な」
「…」
「痛い?」
「痛くない」
「ゆっくりの方が良い?」
「…そうだな」
「…」
「もういいんじゃないか」
「そう?」
「大丈夫だから」
「3本入れてみる?」
「そうだな…」
「もっとゆっくりの方が良い?」
「遅すぎてのらねー」
「ひっでー。これは?」
「だから、速くしろって…」
「こう?」
「だから、態と、やってんだろ…!」
「柔らかくなっちゃうと入れらんないから、触っててよ」
しがみついてきた先生の顔があんまり近くにあったから、口端を軽く舐めてみる。舌が差し出されたので、最後に唇ごと小さく舐め上げてやった。
歯列をはんで、眼を閉じて、指に任せて腰をゆさぶってる相手。
何度か先のやり取りを慎重に繰り返して、浮いていた腰が、腿の上に体重を預けた。
「痛て、て…」
「まだ駄目?」
「まだ、動くな」
「じゃあ先生、後で動かして」
「、硬…」
「大丈夫?」
「ん」
首元に鼻先を埋めて、呟いた。
「やっぱ、先生ん家の匂いがする」
「汗っぽいだろ、よせって」
「動いてみ。ゆっくり」
俺も手伝うから、と腰に手が添えられた。波を打つ様にゆるりと伝わって来る下からの振動。
「は…ぁうっ!あ、」
「上手」
「ん、行くっ、行くッ…!」
「もうちょっと待てるだろ」
「無理、だって、駄目だ…っ」
「俺ので行っちゃうんだ、先生?」
「、」
「我慢できないんだ?」
「早く、しろよ…っ!!」
上下左右に身体を振り立ててもなかなかそれは速くならなかった。ようやくゆすり上げてきた頃にはバテていたから、頭がぼやけるし視界まで滲んでダブって見えた。
2回目はしけった布団の方に行って続けることになった。
髪を振り乱して、竜太の身体についていくだけで精一杯だった。
「あのー、」
「あ?」
「先生、もう一回、いいですか」
「何でそこだけ敬語なんだよ」
「したい」
「俺が上なら」
「ふぅん。乗るの好きなんだ」
「俺が、タチな」
「まぁ…、わかってるけど」
「何」
「何でもないんです」
「お前な、誕生日にこんな時間まで」
「帰るよ。7時半になったら」
「…それが、いいだろ」
「このビデオ、ほんとに貰って良いの?」
「適当に好きな奴1本持ってけ」
正直、明日から会ってどんな顔をしたら良いのかなんて、もうどうでも良いと感じ始めていた。
どちらが振り回されているのか解らない。
その後で見送られて、アパートの階段を下りた。
先生は何となく不服そうだった。
俺が選んだビデオがお気に入りのものだったのか、別の理由からかは知らない。
妙な興奮は醒めなくて、しかも変に無感動で。
頭の中に1枚布が被せられているような、奇妙な感覚がした。
未だ残照の残る土手を通り、学校前のコンビニと近所のケーキ屋に寄って、帰路に着いた。