part A
はだけた服の衣擦れと微かに声の混じる呼吸音と、弘の部屋の匂いと。
異常な位近くにいるけれども、残念ながら自分は冷めていた。
ふと、脱ぎ捨てられた服の下に埋もれているビデオが見えた。カラーのカバーがついているので、どうやら市販の物を購入したらしい。
「先生、このビデオ何?」
弘が浸っているのを横目に、何げなく手を伸ばす。
反応は一瞬だった。
驚いて目を丸くした竜太。
自分が咄嗟に竜太の腕を掴んでしまったのに気がつき、弘も驚いたようだった。
「あー、いや、何でもねえわ。それこういうビデオじゃねーから」
「え、見ちゃダメすか?」
「今別の見てんだろ。EカップだぞE」
「何、先生そんなヤバいの持ってんの?」
「ちげーよ」
そのやりとりの間にも汗ばんだ手は離れない。
「ごめん、誰でも見られたくないもの位あるよなー」
酷く憔悴している弘に対し、竜太が取ったのは強行突破の道だった。
手を放しかけた虚を突き、ビデオを手にしようとする瞬間。
「ちょ、待ったあ!いやそれ駄目だって、本当、」
今度伸びた手は利き手だった。竜太を引き倒した途端、弘の動きが止まる。
竜太の腕を掴んでいるのは体液で汚れたほうの手だった。
二人とも衣服を下げた状態なのに気づいてしまったせいもあるのだろう。
別に気にすることねーのに。
固まった弘を他所に、
竜太はやすやすとビデオのパッケージを読み取る事が出来た。
よせば良いのにカバーの中にレシートまで入っている。
誰が買ってきたのか、ビデオショップの住所は大阪になっていた。
「先生、痛いって」
「…、悪い」
その顔、叱られてしょげた新人かっての。
「スゲー。こういうの初めて見たよ俺」
「返せよ」
「いいじゃん、別に。面白そうじゃん」
「良かァねーよ」
「先生、こういうのも好きなんだ?」
「…興味はある」
「後でこれも見ない?」
「…」
「いいじゃん別に、こういうの嫌いじゃないよ俺」
「…」
掴まれて擦れた手首を少し舐めてみせると、先生は目を逸らした。
顔が目に見えて赤い。青くなれば誤摩化せるのにと思ったが、まあいい。
「ぶっちゃけ、バイかもとか思うし」
「…」
「ビデオ巻き戻ってるよ」
「…ああ」
「まだ起ってるんだけど、俺」
本当の所は、集中できない分俺は割と余裕があったのだが。弘の方はそうでもなかったようで。
「なあ、このビデオ見て、さっきと同じ事やってみない?抜けるかどうか」
「…」
「先生ってどっちが好きなの?」
ビデオテープをデッキに嚥下させても、先生はもう反応しなかった。
別に脅すつもりではなかった。テープに興味があったのと、AVの件の口止めが同時にできれば好都合だと思っただけだ。
だから半分は冗談で済むようにしておいたのだが。
ビデオが再生を開始して十数分は、先程と同じ平凡な観賞風景だった。
男女でノーマルのAV観賞をするのと同じ環境を自覚してしまった訳だが。
ふと、先生が俺を見ているのに気がついた。
「何見てんの?」
「、、気まずいもんだな」
「何今頃気付いてんすか」
「もうやめないか?」
「無理そう?」
「お前ももういいだろ、男のやってるのなんか」
笑いかけて来たから、笑顔で返す。
「別に…寧ろ、ちょっと見たい」
お互い誰を、とはあえて言わなかったが。
弘がまた手を動かしだすのを確認して、
「先生ってさ、何でこういうの持ってんの」
「さぁな」
「バイッ気あるとか」
「そうでもない」
「ふーん」
「お前は、こういうの好きなのか」
「割と。まぁ、行ける口」
そうか、と吐息混じりの声が応えた。
弘はビデオを少し巻き戻して、そこからもう一度見始める。
「俺も、そうなのかもな」
何かあったんだろうな、とは思ったが、それを聞く雰囲気でも無く。
増して、俺の事を話すつもりも無い。
暫く間があって、うつむいていた弘は顔を上げた。
「見てんじゃねーよ、気が散る」
「先生だってみただろ」
「…」
「見たい」
「見るなって」
「減るもんじゃなし」
「恥ずいから」
「あぁ。だろうね」
「悪い…、もう出るわ、俺」
「早くね?もっと我慢しろよ」
「年寄りに、無理言うなよ」
「もう出しちゃうんだ」
つまんねぇの、と一つ笑う。
「いいよ、行って」
「…負けた方って、なんかペナルティ、あったか?」
「勝ち負けとかなかったような」
「そうか」
「何なら、こっち向いてする?先生」
「ああ?お前、それ本気で言ってんの?」
「うん」
無言で肩に左手が置かれる。ゲンコツの1つも降るのを待っていたのだが。
聞き取れないほどの小さな溜息。
part A_a
part A_b