007:指先 -1-


懐かしき風景の中に、それはあった。



「あんたら、いい時に来なすった。今日は祭りの日だ」

 門番である中年の男性はそう言って、門の先に続く真っ直ぐな道を指差した。
 村の中央へと伸びるその道の両側の家々にはささやかな装飾がなされ、先の広場 からは人々のかわす明るい声が聞こえてくる。
 ここまで来ると、ルフィでなくとも肉の焼けるいい匂いをかいで取れた。
 サンジはすかさず駆け出そうとするルフィの首根っこを掴み、ひょいと持ち上げた。
 ナミが手続きを済ませている間、ゾロはいささか所在なさげに突っ立っていた。あれ だけ「仲間とは認めない」と言われていた以上、自分だけ部外者扱いされている可能 性もある。考えてみれば、自分だってそれを望んでいたはずだ。だが、ナミにああ言わ れて、何故か腹が立ったのも事実である。ゾロの胸中は複雑であった。

 一方、ルフィは宙ぶらりんのまま空を蹴ると、サンジに掴まれた首根っこから上だけを その場に残し、体だけ村の中央目掛けて走り出そうとした。体が自在に伸びる故の事 だったが、傍目にはとんでもなく不気味である。始めて見る者なら、尚更に。
「うおぉお!?」
「肉ーっ!!!」
「わーっ! ルフィ、バカ!」

「ウソップハーッッグ!!!」
(説明しよう! ウソップハグとは、両腕にあらん限りの力を込めて、対象に飛びつき抱き締めるワザである! それだけだ! 良い子も真似して大丈夫だぜ☆ By ウソップ)

 重装備のウソップが横合いから飛びついて何とか止めたものの、ルフィの首は微妙 に伸びてしまっている。サンジは慌てて首の位置を調整した。
 幸い、門番の男性はナミと一緒にこちらに背を向けていたから良かったものの、ゾロ はそれをしっかりと見てしまった。
「の、伸びた?」
 噂では聞いていた。《麦わら》は悪魔と契約して、体がゴムになったのだと。しかし実 際に見ると聞くとでは大違いであった。何せ、生々しい。人間の皮膚がどこまでもどこ までも引き伸ばされていく様は、しばらく悪夢にうなされてもおかしくないほどシュール だった。
「ん、どうしたね、兄ちゃん?」
「…ちょっとルフィ、幾ら肉が食べたいからって急ぎすぎじゃない?」
 にこやかに笑みを浮かべた魔女が、ウソップを腰にぶらさげたルフィに歩み寄る。そ の背後にどす黒い怒りのオーラが見えるのは、気のせいではない。
 「はっはっは、兄ちゃん」何も見ていない門番の男性は、大口を開けて笑った。「そん に急がんでも、祭りも焼肉も逃げんで」
「そ、そうですよねぇ」
 冷や汗をダラダラ流しながら、ウソップは頷いた。その陰で、サンジはルフィが走り出 さないよう思い切り足を踏ん付けている。
「滞在は、今から明日の夕暮れまで。宿は一つしかないそうだから、そこに泊まるわ よ。あと、聞いてのとおり今お祭りの最中だそうだから、仕事をするわ。私は仕事の交 渉に行って来るから、ウソップは買出しお願い。サンジ君はルフィの見張りね」
「うーい」
「ん分っかりましたー!」
「おい。俺は」
 ナミはちらりとゾロを一瞥した。背後のどす黒いオーラが復活している。
「迷うといけないから宿で大人しくお留守番でもしてれば」
「…ぁんだと」
「アンタには私たちの《仕事》は無理だもの。せいぜい大人しくしててちょうだい」
「んなもんやってみなきゃ分からねぇだろ!?」
 声を荒げるゾロに、ウソップは「やれやれ」とばかりに肩をすくめた。
「はぁ〜…ゾロ、こればっかりはなぁ〜…」
「大体、てめぇらの《仕事》って何だ?」
「ふっふっふ、聞きたいかぁ、聞きたいかぁ〜?」
 にやにやしながらウソップはふんぞり返った。喋りたくてたまらないらしく、ちらちらと ナミとサンジを交互に見る。
「見れば分かるわよ」
 と、ナミはにべもない。
 すると同じくにやにやしながらサンジが言った。
「まあ見てなって、俺たちの《仕事》をよ。最前列でな」
「あーっ!!! それはオレが言いたかったのにぃぃ」
 がっくりと肩を落としたものの、その表情は楽しげだ。とにかく早く《仕事》がしたいの だろう、いそいそと歩き出す。
 また除け者か。不機嫌丸出しの表情で、ゾロが続く。 
 かくして《麦わら》の一味は小村ヴィウェルに足を踏み入れた。
 
「…そういやルフィはどこ行った?」
「あ!!!」
「サンジ君、GO!」
「了解ですナミすぁァん!!!」

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 聞けば、今日はこの村ができて80周年の祭りなのだという。
 田舎の村にはよくありがちだが、些細な事でも村を上げて祝うことが多かった。ささや かな、けれど心づくしの料理を並べ、音楽を奏で、輪になって踊る。時には寸劇が行な われ、遥か昔から変わらぬ筋の物語が演じられた。もちろん、祭りの最後には、神へ の祈りを忘れない。
 ――村を出て以来だな、こういうのは。
 「宿で留守番してろ」と言われたはずのゾロは、ウロウロと村の中を歩き回っていた。 幾ら方向音痴でも、防壁に囲まれた村から出なければ、迷子にはならないだろう…そ う思ったからだ。
 祭り特有の、浮かれた空気。
 ゾロも昔は大好きだった。
 

 神社に灯された、赤い提灯がやけに鮮やかだったこと。
 友達と、大人に混ざって酒を飲んでみたこと。
 


 幼馴染の少女と並んで見た花火の色。



 けれど今では祭りを楽しむ余裕もなく。
 ひたすら前だけを見てきたから、周りを見ていなかった。
  
 子供たちが、とっておきの砂糖菓子を抱えて笑いながら駆けていく。
 ――あの頃は、自分もあの中にいたんだ。
 懐かしさにかられて子どもたちを見ていると、数人が、腰の三本の刀を見て驚いたよ うな顔で近寄ってきた。
「兄ちゃん、狩人?」
「…いいや」
 どっちかってぇと《人狩》だな。そんなことを考えながら、無邪気な子供たちを見下ろ す。
「なんで3本も持ってんの?」
「それは…」
 ゾロは思わず絶句した。子どもと言うのは恐ろしい。人が触れて欲しくないところにも 平気で踏み込んでくる。
「かっこいいだろー!」
 降って沸いた能天気な声は、ルフィだった。
 両手に肉を引っつかみ、口の周りにぺったりとタレがついている。胸元に、服が汚れ ないよう布をたらしていた。そこらの子どもとまったく変わらない…むしろ、幼い。
「あと、目立つだろ。ゾロは目立ちたがりなんだ」
「んなっ・・・」
「へー!」
 あっさり納得する子どもたち。そのまま、再び歓声を上げながら走っていってしまう。
 ルフィはずかずかと歩み寄ってくると、ゾロに肉を突き出した。
「食うか?」
「いらん!」
「じゃおれが食う」
「何がしたいんだよ!」
「だってヒマなんだからしょーがねぇじゃん」
「《仕事》はどうしたんだよ」
「今、ナミがこーしょーに行ったとこだ」
「…交渉、か」
「ゾロは何してんだ?」
「さ…散歩だよ、サンポ」
 まさか感傷に浸っていたとは言えず、咄嗟に答える。
「ふーん…なあゾロ、一つ聞いていっか?」
「なんだよ」

「お前サンジのことどー思う?」

「なんだそりゃ?」
 深い意図があるのか、それとも単に印象を尋ねられているのか。太陽のような笑顔 からは読み取る事が出来ない。
 ゾロが返事に窮していると、ルフィは首を傾けた。

「おれは好きだ」
「は?」

「ナミも好きだって言ってた」

「ウソップも好きだってさ」

 で、ゾロはどうなのかなーと思って。
 無邪気な表情で言ってのける。
 ――好きなわけあるか!
 その好きがどの程度かは量りかねたが、いずれにせよゾロはサンジが「好き」ではな い。命を助けて貰った事には感謝はしているが、それで「好き」になれるわけではな かった。正直に答えようとしたところで、ゾロは咄嗟に口をつぐんだ。
 当の本人が走ってきたからだ。
「おいルフィ、ナミさんがお呼びだぞ」
「おぉ〜! 了解〜!!」
 マントを翻して走ってきたサンジは、微妙な表情を浮かべたゾロに気がついた。
「丁度良い所に!」
「…何が」



「舞台の最前列に陣取っとけ。思わずブルッちまうぐれぇイイもん見せてやる」



 そう捨て台詞を残して、サンジはルフィと一緒に走っていってしまった。
 1人取り残され、ゾロは深い溜息をついた。
( Photo by (c)Tomo.Yun URL: http://www.yunphoto.net)



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