アダムとイヴ、ルシファーとリリス
神は退屈凌ぎにヒトという新しいおもちゃをつくった。己の意志を持たない従順なおもちゃに神は愛情を注いだ。
明けの明星と謳われもっとも美しい大天使であるルシファー。彼は従順で知性を持たないヒトに跪けと命じる神に反発した。同じく己の存在意義を見つけようとする同志が集った。
天界戦争。
勝つ見込みがないことなど百も承知。
神が溺愛したヒトに対する嫉妬? 神に取って代わろうという傲慢さ?
そんなものではない。勝手に言っていればいい。
「エデン——呆れるほどガバガバなセキュリティだな。ケルビムに化けたらあっさり潜入できたぞ」
「さすがアイノ……いえ、ルシファー様」
ルシファーは遠くで小動物と戯れる二つの人影を指差した。
「見ろ、スネーク。神が自身の身姿に似せて天使の次につくったヒトであるアダムとその妻イヴだ」
「ヒト……」
「ヒトは己の意志を持たない従順な、土塊から作られたおもちゃでしかない。神はよほど退屈していたらしい。ちなみにアダムは僕の妻リリスの元夫だ。リリスの話ではアダムは退屈な男でね。セックスは妻が上になることを頑なに拒否しいつも同じ体位でしかまぐわおうとしなかったそうだ。それでリリスは飽き飽きして愛想尽かしたのさ。そのあと神はひとりはよくないとアダムの肋骨からイヴをつくった。強い自我を持ったリリスとは違う。イヴはアダムに従順で純真無垢だ」
「それよりルシファー様、今日のところは他の天使に見つかる前に立ち去った方がよろしいかと存じます」
「ふん。そんなヘマはしない。それよりおまえの身体を借りるぞ」
「何をなさるおつもりですか?」
「見ていろ。あいつらに知恵——自我——を植え付けてやる。放っておいても自我はいずれ芽生えるものだ。所詮神の創造物である僕たち天使や妻リリスがそうであったように。それは明日かもしれない、何百年、何千年先の未来かもしれない。でも、そんな時間をかけるなんて馬鹿馬鹿しいと思わないか? さっさと、そうだ一瞬のうちに目覚めさせてやるだけだ。知恵の実を使ってな。ああ僕はなんて親切なんだろう」
心地よい風。
柔らかな陽の光と青く澄んだ空。
清涼な空気。素肌に何も纏わずとも寒くも暑くもない快適な気候。
どこまでも広がる緑色の草原をあてもなく緩やかな歩調で歩く。
ヒトを害する凶暴な肉食獣など、どこにもいない。草食動物がのんびりと草を食むだけ。肌を傷つけるような棘を持った草木などない。
のどかで平和な世界。
空腹に苛まれることもなく病むことも老いることもない。
ただ食べて、無垢で罪のないセックスを繰り返すだけ。
何も考えなくていい。時間が過ぎていく。そもそも時間の概念などない世界だ。
それが楽園。
ならば、この地上は地獄だというのか?
エデンを追放されたアダムとイヴは荒廃したこの地で慎ましやかになんとか暮らしていた。
罪を犯したとはいえ、神も天使も彼らには最低限の手は差し伸べていた。
ふたりが暮らす質素な小屋へと足を踏み入れた。
「誰?」
イヴは家事の手を止め無遠慮な訪問者へ目を向けた。続けてアダムも顔を上げる。
「やあ。エデンで会った以来だね」
「あなた誰? アダムに似ている」
イヴは首をまわして、アダムの顔と訪問者の顔を交互に見比べた。
「僕はルシファー。そうか、あのとき僕はスネークの身体を借りていたから、この姿で君に会うのは初めてだったね。こっちが本当の僕だよ」
「ということは僕たちを堕落させた蛇……サタンなのか?」
アダムが立ち上がる。
「堕落とは心外だな。それと、こちらが僕の妻、リリス。アダムはよく知っているよね」
ルシファーの背中からぴょこっと顔を出しリリスは微笑んだ。水色の髪、青い瞳。イヴとリリスは瓜二つだ。
「元気だった? アダム」
リリスはアダムの前に立ち首を傾げた。
「リリス……君がサタンの妻に?」
「俺に似ている?」
「神は意外とものぐさなのさ。別の造形を考えるのが面倒だったんだろう。まあアダムの好みに合わせてあるのかもしれないが」
待てよ。だとするとアダムは大天使ルシファーのデザインを再利用したのか? と気づく。まったく、なんという手抜きだ。開いた口が塞がらない。
「あなたは俺を騙したんだ。知恵の実を食べさせたせいで俺たちはエデンを追われ地上に堕とされた」
イヴはきっとルシファーを睨んだ。
おお、地上に降りてこんな表情もできるようになったのか。そう思うと感慨深い。それでもリリスに比べれば、まだまだ幼く純真だ。
「よかったじゃないか。どうだい? 知恵がついた感想は。素晴らしいだろう? アダム」
「何を言っているんだ。エデンは悩みも苦しみも痛みもない幸せな世界だった。それをおまえたちが奪い僕たちはこんな苦労を——」
「ほう、エデンは、知能が足りないヒトにとって楽な世界だったな。頭を使わないで済む」
小馬鹿にしたような口調で言うとルシファーは、イヴの腰をグイッと抱き寄せた。イヴはバランスを崩しそのままルシファーの胸へと倒れかかる。
「何をする」
「退屈ではないセックスだよ。アダムのセックスはワンパターンでつまらないだろう? 君はセックスで気持ち良くなったことあるのかな?」
イヴの耳元にあたたかい息を吹きかけた。イヴの肩が震えた。
「あ、ある」
「いいや、ないね。断言してもいい。本当の意味ではないよ。アダムはおざなりにしか愛撫なんてしていないだろう? 何、そんなことすぐに想像つくさ。キスもそこそこ前戯なんて発想はない。下卑た言い方をすればアダムが溜ったものを出してスッキリして終わりだ」
「俺は、不満なんてない」
「それは、つまりアダムの満足が君の悦びだったんだ。健気だね」
「違う」
「違わないよ。これから僕が君にセックスの気持ちよさを教えてあげよう。愛しのイヴ」
「アダム……!」
助けを求めるようにアダムに視線を向けた刹那イヴは目を見開いた。
今のアダムはイヴどころではない。下半身を剥き出しにし仰向けになり膝を立てていた。その両腿に挟まれるようにして蠢くのはリリスの頭だ。水色の髪に指を絡ませ、アダムはきつく目を閉じ荒い呼吸を繰り返していた。
アダムの喘ぎ声は少しずつ音量を増していく。同じ部屋にイヴがいることなど、すっかり忘れているかのように。今のアダムはリリスに与えられる悦楽に夢中だ。
かわいそうなイヴ。耳を塞ぐことができればどれほど楽だろうか。
イヴの顎を掴み顔を覗き込めば、青い瞳にありありとした絶望の色が混ざっているのが見て取れる。
「大丈夫。アダムのことはリリスに任せよう。知恵を得たアダムが今のリリスをどう受け入れるのか、実に興味深い。これでアダムもつまらない男ではなくなる」
言いながらイヴの簡素な着衣を一気に脱がした。慌てて体を隠そうとするイヴの両手首を掴む。
「さあ、こっちはこっちで楽しもうか。これで君はもうエデンにいたころの自分がちっとも幸せではなかったと知ることになる」
ゆっくりと体重をかけラグの上にイヴを押し倒し、真上からじっくりとその白い裸体を眺めた。伸びやかな筋肉に覆われた肉体は美しい。
首から胸、脇腹へと手のひらを這わす。唇を重ね、そのまま唇と舌を全身に這わしていった。アダムから一度も触れられたことのないだろう性感帯を探しあて愛撫していく。リリスと寸分も違わぬはずなのに、その反応は無垢で初々しい。これが日常的にアダムと身体を重ねていたというのか。
乱れる息。抵抗は形ばかりで弱々しい。
不意に、半開きになった薄紅色の唇から甲高い声が響いた。ルシファーは動きを止める。
自分の声の大きさにショックを受けたのだろう。汚れのない純白の雪を思わせる肌が、さっと朱に染まった。
「声が出てしまったことが恥ずかしいのかい? いいねその反応。すれっからしで羞恥心と無縁のリリスには望めない。新鮮だ。ゾクゾクするよ」
「ん……ちょっとルシファー、俺の悪口、聞こえているよ」
アダムにまたがり腰を揺らしながらリリスが喘ぎ交りに文句を言った。
「別に悪口じゃないよ。新鮮だというだけだ。君だって、ほら久しぶりのアダムは新鮮だろう?」
「まあ、言われてみれば、そう……だね」
そのとき呻き声とともに、アダムは大きく喉を反らしピクピクと全身を震わせた。
「あっ!……まだダメだって。もう少し堪えてよアダム。もう……」
クスクスと笑いながらリリスは、アダムの唇にむしゃぶりついた。
ふたりからイヴに視線を戻し、指と口を使い彼の敏感な箇所を弄び、追い詰めていく。
イヴは従順だった。リリスと違い。自ら動くこともなく、されるがままに大きく身体を開かれ、惜しげもなくその姿態を晒してくれる。
うっすら開いた瞼から覗く青い瞳は虚で、思考は止まり、ただ肉体に与えられる快を追うことしかできていない。
いい……実にいい。僕が与える快感に流されていく。それでこそ僕のイヴだ。
唇から漏れる吐息の熱さが増し、苦しげな喘ぎがとめどなく漏れはじめたタイミングで、ルシファーは尻の割れ目にそって指を滑り込ませた。入口そして内側へとほぐしていく。もう片方の手は、緩慢な愛撫を続けた
その間、埋め込んだ指の本数を増やしながら自らの通り道を広げていく。時間をかけ慎重に。自分を受け入れたときに傷をつけないように。
「君は、アダムに、ここでイかせてもらったことないね。オーガズムなんて知るわけないか。まったくもって甲斐性なしの男だ。何か反論は? アダム」
アダムを嘲笑するように言い顔を上げる。アダムはリリスと抱き合い、ただこちらを見ていた。
「虐めないであげて。アダムはこれからだから」
リリスが元夫にフォローを入れる。
そして第二関節まで埋め込んだ指で腹側を押してやれば淫らな声が部屋中に響いた。おそらくこんな声をアダムは一度も聞いたことないのだろう。
「いい声だ。もっとアダムに聞かせてやるといい。そして、これから僕に犯され快楽に溺れる君の媚態を見せつけてやるんだ」
指を引き抜き膝の裏をつかみ肩にかける。そしてペニスを少しずつ押し込んでいった。
覆い被さりながら軽く唇を重ね、ゆっくりと体重をかける。異物を押し戻そうとするような抵抗に逆らいながら強く腰を埋め込んだ。深くなった結合の刺激に反らせた白い喉から苦しげな呻きが漏れる。無意識に逃れようとする身体を引き戻しルシファーは緩やかに腰を動かしはじめた。
君はこれで知るだろう。今、この瞬間が楽園だと言うことを。
了