微睡の中で
耳元で小さく囁かれるこの男の声音が、ランガは好きだった。不思議な安心感を与えてくれる。
うっすらと目を開ける。ぼやけた視界に見下ろしてくる人影ををとらえた。
愛抱夢?
が、すぐに瞼を閉じる。
まだベッドから離れたくなかった。もう少しこうしてブランケットに包まれぬくぬくしていたい。
愛抱夢が声もなく笑っていることが、わかった。
彼の指が額にかかる髪に触れる。湿った吐息が頬を掠めると同時に囁かれた。
「まだ夢の中なのかな? ランガくん」
ああ駄目だ。そんな耳元で喋られたら……もう、目が覚めてしまう。少し気を利かせて欲しかった。なんか悔しい。ムカつく。
だから応えない。目は、わざと開けてやらない。
「まあ、まだ早いから寝ていてもいいけどね」
そうだよ。カーテンの隙間から早朝の光が漏れる様子はない。まだ夜明け前だ。そうに違いない。多分だけど。
愛抱夢の指が額にかかった髪をどける。
髪を梳き目尻から頬へと滑る指を感じた。触れるか触れないかギリギリで肌を撫でる指の感触はこそばゆい。
エスカレートしなければ放っておけばいい。
あたたかい手のひらが頬から顎へかけての輪郭を包み込む。やがて手のひらは首から胸へと滑っていった。
パジャマの前立てから胸へ、するりと入り込んだ指の動きに別の意図を感じ、ランガは反射的にその手を払い除け、パチっと目を開けた。
「もう」
思わず、きっと睨み付けたランガに、愛抱夢は目を丸くした。
「おやおや、その目。今、目覚めたわけではなさそうだね。いつから起きていたの?」
「少し前」不機嫌そうな声が出てしまった。
「狸寝入りとは、悪い子だ」
「狸?」
「寝たふりをするって意味」
愛抱夢はうっすらと笑んだ。
起きあがろうとするランガの背中を大きな手ひらで支え、愛抱夢は自分の胸に抱き起こした。
「大人をからかうなんて、君はスケートに限らず怖いもの知らずだ」
「からかったわけじゃない」
ランガはは不満そうに唇を尖らせた。
ただ、眠っているわけでも目覚めているわけでもない、あのふわふわとした感じが心地よくて名残惜しかった。まだ微睡の中に漂っていたかっただけなんだ。
不意に顎が掴まれ持ち上げられた。至近距離から深紅の瞳が覗き込む。
「ふーん、そうなんだ」
見透かしたような目をランガに向け、愛抱夢は目を細めた。顔が近づき唇と唇が一瞬重なる。そしてランガの頭を抱き、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「ねえ、なにするの?」
愛抱夢の胸に頭がすっぽりと収まり、身じろいで形だけ抵抗する素振りを見せるが、拘束する腕の力が強くなるだけだった。
フフフ……と小さく笑う声が聞こえる。
「起こしてしまって悪かったね。こうしていてあげるから、もう少し眠っていていいよ」
眠っていていいよって、もうすっかり目は覚めてしまったのに?
それでも男の胸で聞く静かで、それなのに決して反論を許さぬ声音は心地よい。トクントクンと規則正しく打ち付ける胸の鼓動に耳を澄ます。
全身の力がゆっくりと抜けていくのを感じ、ランガは諦め目を閉じた。
了