たぶんそこは聖域

 強引に押し切られての早朝デート。休むことなく水分補給のみで滑り続けて空腹のあまりぶっ倒れそうになって、やっとランチにしようという話になった。

「何を食べたい?」

 一応聞いてくるのはお約束。聞かれたところでランガはお腹が満たされればなんでも構わない。腹ペコで頭はまわらないし店も知らない。勝手に決めてくれるのならその方が楽だ。だから返事はいつも同じ。

「任せるよ」

「では、ハンバーガーはどうかな?」

 意外な提案が返ってきた。ハンバーガーは暦たち友達と食べるファストフードで食事というよりおやつだ。何より愛抱夢がハンバーガーに大口開けてかぶりつく姿は想像できない。

「どうしてハンバーガー?」

「なんとなくね」


 そして連れてこられたハンバーガーショップは、想像していたようなファストフード店ではなかった。

 そこはハンバーガー専門カフェ。暦たちとよく行く店とは随分と趣が異なる。カジュアルな店構えなのだが、知っているファストフード店より高そうに見えた。間違いなく高い。ハンバーガーといったところで愛抱夢が選ぶ店なのだから当然かもしれない。

 店内に一歩足を踏み入れ、ふっと感じたこの空気、なんとなく覚えがある。

 席に着きメニューをぼんやりと眺めてみる。どれを注文していいのかわからない。愛抱夢の顔をチラリと見ればニコッと笑った。

「君は好き嫌いはなかったよね? アボカドは好き?」

「うん。好きだよ」

 多分嫌いじゃなかったような気がしたからそう答えておく。

「では僕のおすすめでいいかな?」

「いいよ」

 選んでくれるのならその方がありがたい。

「ではアボカドB LTバーガーセットをとりあえず注文しよう。それで足りなかったら、あとでまた好きなものを追加オーダーして。それとハンバーガーには強制的にフライドポテトとスープとスティックサラダがついてくる。でも残念ながらプーティンはないんだ」

「別にいいよ。前に暦たちと行ったところのプーティン、カナダのものとなんか違っていたんだ。チーズのせいかな」

 だからといって不味いわけではなかった。けれど第一優先で食べなくても、日本には他にも美味しいものがたくさんあることを知った。たとえばラーメンとか。


 テーブルに注文した料理が運ばれてくる。大きなプレートには紙で包まれ、でもテープで止めていない分厚いハンバーガーが乗っていた。その周りに添えられているのはフライドポテトとフライドオニオン。

「ナイフとフォークもあるからね」と愛抱夢はテーブル上のカトラリーケースを指した。

「いらない」

「だろうね」

「愛抱夢は使うの?」

「まさか」

 意外だった。普段の彼は上品にナイフとフォークを使い口に運ぶ印象が強かったから。

 では、と包み紙ごとハンバーガーをひっくり返して軽くぎゅっと押した。愛抱夢も同じことをしている。お互いに顔を見合わせた。サングラスの色つきレンズ越しに愛抱夢の目が丸くなっているのがわかった。

「ふーん、君もそうやって食べるんだ」

 潰して少し薄くすれば口に入れやすいし具材とバンズが馴染んでバラバラになりにくい。やり過ぎればバンズのふわふわ感が損なわれる。加減次第だからこれは慣れだ。

「父さんから教わった」

「僕は留学中にね」

 では遠慮なく「いただきます!」気持ち良くハモってしまった。

 口を大きく開けて、あーむっとかぶりつく。チラリと目をやれば愛抱夢も一緒のタイミングでかぶりついていた。ここまでの流れは絶妙にシンクロしていて面白い。目が合えばふたり同時に吹き出しそうになっていた。一度笑いが起きると止めることは難しい。笑いを我慢しながら食べ続けようとするが、どうしても笑ってしまう。だって目を見開いて頬張る愛抱夢の顔なんて見たことなくて、ユーモラスで愉快で仕方ない。もっともそれはお互い様だ。愛抱夢もランガの顔を見て笑いを堪えようとして堪え切れず肩を震わせているのだから。

 それでも少しずつ食べることに集中していった。レタスのシャキシャキ感としっかりとしたトマトの酸味と甘み、アボカドのとろりとした濃厚さとベーコンの塩気。肉肉しいパテはもちろんビーフだけで作られているという。ソースがポタポタ垂れたりはみ出た具が落ちたとしても紙の中だしかぶりつく口元も紙に隠され見えないから少々下品な食べ方をしても気にならないこともありがたい。

 ポテトもスープもサラダも夢中で食べて、あっという間に平らげていた。

「どうだった?」

 紙ナプキンで口を拭いながら愛抱夢が訊いてきた。

「これすごく美味しい」

「それは何より」

 ランガは店内をぐるりと見回した。

「この店の雰囲気だけど、なんか懐かしい気がしたんだ」

「カナダにも似た店あるんだろう? アメリカにこういったスタイルの店は結構あって僕はよく利用したからね」

「そっか、ここ父さんと母さんと三人でよく行った店に似ているんだ。味も近いかも。俺と父さんはそのままかぶりつくけど母さんはナイフとフォークで切ってからじゃないと口に入れられないって」

「特に日本人女性の小さな口だと厳しいよね」

「今度母さんと一緒に来たいな」

「そうしたらいいよ」

「俺さ、最初ハンバーガーって聞いて暦たちといつも行っているような店なのかと思っていた」

「大手のチェーン店だね」

「そう、だからあなたからイメージできなくてすごく意外だったんだ。そんなもの愛抱夢は食べないと思い込んでいた。子供のころファストフードとかスナック菓子とか食べさせてもらえなかったって言っていたから。でもこんな店なら納得」

「僕の家はそういった家だからね」

「今度さ、俺が暦たちとよく食べている店に愛抱夢を連れて行きたいな」

「君からの誘いは嬉しいんだけど、行かない」と愛抱夢は肩をすくめた。

「そうだよね。こんな美味しいハンバーガー食べちゃったら行く気にならないか」

「そんな意味じゃないよ。実はもう何度も行っている」

「え?」

「そんな顔してどうしたの? 僕がファストフードへ行ったことがあるって驚いた?」

「うん、びっくりした」

「確かに子供のころはその手のものに縁がなかったけど、高校生にもなれば夜中抜け出してそこらじゅうの公道で滑って暴走しまくるとか、大人の目届かないところで好き勝手、迷惑行為をしていたさ。だからファストフードだって……」

 そこで愛抱夢は何か躊躇うように言葉を切った。

「ん?」とランガは首を傾げ愛抱夢の顔をじっと見た。

「まあ、友人とよく食べたんだ」

 友人……この言葉にかすかな迷いを感じた。それってチェリーやジョーのことだろうか? スネークは多分違う。

「そっか。俺てっきり……」

「それに、あそこは君たちの聖域だからね」

「せいいきって?」

 意味がわからず聞き返すランガに愛抱夢はふふっと笑う。そして「僕にとってもか……」と目を伏せた。それはとても小さな声でランガに聞かせようとしたものではない。だからこそランガはなんとなく理解してしまった。

 あそこは、ランガと暦がスケート話で盛り上がったところだ。これからも。きっと愛抱夢にとっても自分以外の誰かとの思い出をが詰まっているのだろう。

 それならばランガと愛抱夢が一緒に行く理由はきっとない。自分たちは自分たちだけの場所を新しく見つければいいのだから。

「さあ、それよりまだ食べ足りないんじゃない? チキンもおすすめだよ」

 メニューを差し出す愛抱夢に「じゃあ、それ頼む」とランガは微笑んだ。

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