どっちにする?

「ハロウィンイベント?」

「ああ、商店街が主催するイベントだ。仮想パレードをやるんだ。俺の店も協力することになってな。テイクアウト用にパニーニを店頭に並べることにした」

 ジョーが説明する。

「パニーニ?」と腕組みしたシャドウが首を傾げた。

「イタリアのサンドイッチだ」

「よくそんな金にならないこと協力する気になったな」

「あー? お前みたいな守銭奴メガネと一緒にすんな!」

 チェリーにジョーが反論した。

「仮装してスケートでパレードするのは有りなのか?」と暦。

「流石にそれはダメだ。暦くらい滑れればいいが、初心者がやってみろ。怪我人が出るぞ」

「カナダでもハロウィンやっていたの?」と携帯ゲーム機から顔を上げないまま実也がランガに話を振った。

「普通に仮装して菓子をもらいに行ったよ」

「あっ、そうだ! 思い出した!!」と暦がポンと手のひらをグーで叩いた。

「なにごとだよ」とシャドウ。

「ずっと前のことだけどランガん家、遊びに行ったんだ。そのときランガのお母さんからランガの子供の頃の写真色々見せてもらったんだ」

「それがハロウィンに関係あるの?」

 実也はゲーム機から目を離さない。

「うん、そのうちの一枚がランガが小さい頃のハロウィンの仮装写真で、それがもうめっちゃ可愛かった。今のこいつからは信じられないくらいな。かぼちゃパンツ履いていた、あれはなんの格好だったんだ?」

「確かWitchだったと思う」

「魔女のこと? 女装?」と実也。

「Witchは普通女性だけど男性でもあるよ。でもなんでWitchだったのか小さかったから覚えていないけど」

「へえ、でもかわいかったなぁ。女の子みたいだったし」

「暦、女の子みたいは余計だよ」

「今でも十分可愛いと思うぜ」

 ジョーは女だろうが男だろうが、とりあえず可愛いとおだてて機嫌をとることが頭の天辺から足の爪先まで染み付いているらしい。

「性別は関係ないのか。この節操なしの軽薄ゴリラ」

 チェリーが突っ込む。確かに軽い男だ。

「ふん。カーラに頼ってばかりのAI依存症は頭がガッチガチだな。こういうのは日頃の習慣がいざというときにものをいうんだよ」

「そりゃおっさんから見れば高校生なんて可愛くて当たり前だよね。まあ僕には負けるけどね」

「可愛いなんて言われて喜ぶのは実也くらいだろう。男ならバカにするなと怒ってみやがれ!」

 シャドウが腕を組んだままぬっと実也に顔を近づけた。

 実也は動じない。

「古いおっさん世代と一緒にしないでくれない? 僕らの世代は可愛いが正義だよ。……っと、しまったーー! 間違えた!」

 実也はゲーム操作をミスったらしく頭を抱えた。


 さて、そんな賑やかなスケート仲間同士の楽しげな交流を遠目で見ていた赤いマタドール衣装に身を包んだ男がひとり。

「ふむ、いいことを聞いた」


 S終了時間になり帰宅準備を整えているとき、ランガはひとりのキャップマンから声をかけられた。

「え? 愛抱夢が?」

「そうだ。君の幼い頃のハロウィン仮装の噂を小耳に挟んだようで、その写真を所望している。もちろん、タダでとは言わない。君の希望金額を支払う用意はある」

「嫌だよ!」

「スノー、そこを何とか飲んでくれないか? 金以外の条件があれば何でも言って欲しい」

「んー、というか、写真渡すのにそんな条件なんてどうでもいい。なんでスネークが言いにくるの? 愛抱夢が直接俺に言ってくれれば写真くらいあげるよ。こんなのお金もらうようなものじゃない。デジタルデータで残っているはずだし」


 忠は、ハロウィン写真をめぐるランガとのやりとりを主人に報告した。

「以上がスノーからの条件です。愛之介様から直接頼んでくれれば写真は無条件で送ってくれるとのこと」

「なるほど。ランガくんらしい。だがあの子のそういう対応は不安が残るな」

「不安ですか?」

「そうだ。不用心過ぎる。そのような調子だと頼まれれば誰であっても写真をあっさり渡しかねない。前々から感じていたのだがランガくんはあまりにも無防備なんだ」

 それは同意する。が、その無防備さがあるからこそ、愛抱夢こと愛之介を今まで拒絶しなかったのだ。もし年相応レベルの用心深さを持っていたらとっくに愛抱夢を警戒をしているだろう。と忠は思ったのだが黙っていた。

「とりあえず、彼にメッセージを送ってみたらいかがでしょう」

「そうだな」

 愛之介はスマホを取り出しメッセージを送った。と、一分も待たずして着信音が聞こえた。

「こ、これは。忠、見てみろ!」

 スマホ画面を覗き込む。

「これでいいの?」と一言メッセージが添えられた幼いスノーの仮装写真だった。かぼちゃパンツの……魔女? というか魔女の弟子?

「……こ、これは!! なんてラブリーなんだ。今でも十分ラブリーだが成長したランガくんは可愛いというより美しいと表現すべきなのだろう。でも幼い頃のランガくんは別次元の愛くるしさだ。忠、これをすぐにパネルに……いや、その前にこの写真の使用可能範囲の取り決めが先だ。それにしても親はどういう教育をしてきたんだ。使用許諾契約前に写真を送ってしまうとは危険すぎる。彼とは一度ゆっくり話し合わないと。相手が僕だからいいようなものの今後どんな変質者が無防備な彼を陥れるかわからない。心配だ」

 主人は興奮して一方的に捲し立てている。確かに可愛いことは認めよう。それにしても幼い子供の写真にひとりでこれほど盛り上がることができるとは。忠には全く理解できなかった。そもそも第三者から見て一番の変質者は……いや、やめておこう。不敬過ぎる。

 それでも主人が幸せそうだから、まあいいか、と忠は納得することにした。

「良かったですね。愛之介様」

 忠はにこやかな笑顔で主人を祝福した。少々引き攣っていたかもしれないが、今の主人では気づくこともないだろう。


「なあ、ランガ、相談って何なんだ?」

 その日、暦はランガに自宅マンションに立ち寄って欲しいと言われた。

「ちょっと見て欲しいものがあるんだ。待っていて」

 ランガはクローゼットを漁り出した。

「わかった。そういえばさぁ、今度のSだけど、ハロウィン仮装必須だとかマジか? チェリーやジョーなんて愛抱夢壊れたんじゃないかって。その手のイベントやるやつじゃなかったのにってさ。チェリー、ジョー、実也、シャドウは普段のS衣装が仮装みたいなもんだからそのままでいいとか言っている。愛抱夢なんてむしろSじゃない表の格好で参加した方が仮装になるんじゃね?」

「ほんと、そうだね」

「で、お前どうすんの? 俺はジョーがスタッフ用に用意したやつ貸してくれるって言うんだけど、めんどくさいさよな。いっそハロウィンSはパスするか?」

「せっかくSで滑れるんだ。パスはしたくないな」

「そうか」

 ランガはクローゼットから平たい箱を持ち出してきた。それも二箱。

「その仮装に関係することなんだ。暦に選んで欲しい」

 ランガは箱の蓋を開けた。

「何これ? 仮装の衣装か?」

「うん、どっちがいいか見て欲しいんだ」

「って、こんなものどうしたんだよ?」

「愛抱夢が送ってきた」

「はい?」

 暦の声が裏返った。

「この前、暦にも見せた子供の頃のハロウィンの仮装写真を愛抱夢が見たいって言うから送ったんだ。そのお礼だってさ。気を遣わなくてもいいのにね」

「気を遣うって、これお礼としては明らかに変だろう。いや、そもそもあんな危ないやつに写真送るなよ!」

「それで今度のハロウィンSにどちらか着て来いって愛抱夢が言ってきたんだ。でも俺じゃ選べなくて。暦の意見を聞きたい」

「まさか、あいつが送り付けてきたこの衣装、着ていく気なのかよ」

「だって仮装しないとダメなんだよね?」

「そりゃそうだけどさぁ」

「それにすごいんだよ。どっちもサイズぴったりなんだ。まるでオーダーメイドみたいに。どうして俺のサイズわかったんだろう。びっくりだよね」

「いや、待て! 感心している場合じゃねーよ。気持ち悪がれよ。おっかしーだろ」

「それでだけど。衣装はこっちの黒とオレンジがWitchで、こっちの白いのがAngelなんだって。あと両方とも上を脱げは普通に動きやすいデザインになっているんだ。羽や帽子もついている」

「ランガ! 少しは人の話聞けよ」

「どっちが空気抵抗少ないのかな? 上を脱がなくても滑りやすい方着て行きたい。暦はどう思う?」

「だから、人の話を聞けーーーっ!!」

 親友同士の噛み合わない会話はオチもつかず、それから三十分ほど続いた。それでも最終結論には至らずWitchとAngel、どちらの衣装を選ぶかはハロウィンS当日のランガの気分に任されることになった。

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