シーソー

□□

 

「ちょっと」
いつもの無愛想な声でアンナが呼ぶ。
「葉」
けど少し様子が違う。責めるような口調だ。
やましいことは常々あるから、オイラは多少びくついた。
「何だ?」
布団を敷き終えて振り向くと、アンナが腕を組んでこっちを見ていた。そして近づいてくる。
もともとたいして離れとらんかったから、もう体が触れ合うほどにくっついた。
「何なんよ、恐ぇカオして」
別にオイラは何にもねぇぞ、という感じで言ったが、アンナは答えずに見上げてくる。
オイラよりも小さいアンナだが、ものすげぇ威圧感があった。
…こりゃ、ただごとじゃねぇな。
何だろうか、と考えていると、アンナの手がオイラの肩に伸びる。
おいおい何のことかもわからんのにぶたれんのか、と思ったが違った。
アンナの手は肩口で止まり、そのままオイラの顔の前に来る。
指に何かつまんでる。糸ほど細長くて、蛍光灯の光を受けて赤くぼやける。

…髪の毛? ………………あ。

「これ、何?」
ゆらゆらとその毛を揺らす。
「髪の毛…?」
ヘタにごまかしても逆効果だ。ここまでは正直に言う。
「…誰のかしら?」
ここからはさすがに言えない。
「お前のじゃねぇのか?」
引きつりそうな声を抑える。アンナは自分の髪にそれを近付けた。
「長さも色も違うわ」
そう言ってずい、とまた目の前に持ってくる。
「…そんなモンがどうしたんよ?」
たまたまつくことだってあんだろ、と思わせるように首をかしげた。
「…あんた、何か隠してない?」
アンナが何を言いたいのかはわかる。アンナはオイラから目を離さない。
少しでも不自然な顔をしたらそこをつっこんでやると言わんばかりだ。
お前なに誤解してんだ、と強く言ってやろうとしたが、とどまった。
アンナが、泣きそうな表情をしてたからだ。
「……ねぇ、何とか言いなさいよ」
悲痛な声が、響いた。肩が震えてる。
「………ねぇ」
泣きたいのを必死でこらえてるんだろう。下唇を噛んで、髪を摘んでる指先に力がこもってるのがわかる。
心が痛くなった。手をついて謝りたくなった。
だけど、何かがオイラの胸をくすぐってその痛みを快さに変えた。
あるものが体に入って、代わりに何かが抜けていったのを感じた。
「アンナ」
なるたけ穏やかな声を出した。よくこんな落ち着いた声でいられんな。
オイラはまるで他人ごとのように思った。
アンナは目をうるませて、なによ、と言おうとした。
言えなかったのは、唇をふさがれたからだった。
「…んんっ……!」
そのままやさしく布団に押し倒す。目の端から涙がひとすじこぼれた。
同時に手につかんでいたオレンジの髪の毛が離されて、枕に落ちた。


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