■シーソー
□□マッチ
- 「あんたはホロホロの部屋をお願いね」
そう、アンナ…女将から言われたとき、違和感を覚えた。
ホロホロ。
あたしは電気の笠にハタキをかけながら心の中で呟いた。
部屋に入って彼の態度に少しなれなれしさみたいなものを感じて、戸惑った。
初めて話しかけられたはずなのに、そうじゃない気がする。どこかで、話したっけ…?
………? 今、何か聞こえた…。頭の中に直接響くように…。何かはわからないけど、強く響く…。
あたしは自分が怖くなった。
おかしくなったから、とかじゃなくて、何かいけないことを思い出そうとしてる。
でも、大事なことかもしれない。
耳鳴りとは裏腹に、ハタキでほこりが剥がれていくのにつれてそんな思いがしてくる。
また耳鳴りがした。何だろう…?
そのときだった。あたしが後ろから抱きつかれたのは。
「や…!」
同時に、何故か潮の香りがした。それも、鼻の奥から。
そして、閉ざされた記憶のフタが開きそうになった。
そこから潮の香りが漂っているのかもしれない。
耳鳴りはあたしの中で繰り返され続けている。
そのうちだんだん強くなっていって、それが声だってことに気づいた。
でも誰が、何を言ってるのかはわからない。
「…ぃやっ!」
開きかけたフタを完全に開けちゃいけない気がして、振り払いたくて、
あたしは彼の腕の中から逃げて、フタを閉じるように、襖を強く閉めた。
あの声はもう聞こえなくなっていた。
何だったんだろう。それに何だか胸が熱い。
いきなり抱きつかれたのに、最後に見た彼の顔、
あたしは何か悪いことをしたような感じがした。
けどそのことを思い出すとまた声がしてきそうで、
あたしは考えるのをやめてとりあえず階段を降りていった。
- 階段のすぐそばに、待ちかまえていたかのように一つの人影があった。
「今、なんもないか?」
彼―麻倉葉は、目が合うとすぐに聞いてきた。
ここに来てから五日間、ほとんど毎日こう聞かれ、はい、と言えば彼はすぐそこの納戸に入り、
あたしは十分おいて後に続いた。あたしは今日まですべて「はい」と答えてきた。
そして、今度も思わず「はい」と言ってしまった。
「今日、平気か?」
またあたしが同じ答を返すと、彼はそれ以上何も言わずに納戸へと入っていった。
…何で「いいえ」って言えなかったんだろう。
そうすれば何事もなくすんだのに。それに、本当のことだし。
ウソをついてまでされたいってこと? とっさに答えてしまったのはそういうこと?
待っているあいだ、自問した。でも答はわからない。
本当はわかっているけど、その答があまりにも汚いから自分で隠してしまってるのかもしれない。
二回目に呼ばれたとき、自分を先に納戸に入れさせないとそのまま逃げられてしまうんじゃないか、
と思ってたけど、結局逆らうことなんてできない。
もしかしたら彼は、こうしてあたしが葛藤の末、悟って、
諦めて納戸に入ってくることを楽しんでいるのかもしれない。
あたしは今日もまた諦めて、重い扉を開けた。
「早かったな。まだ五分かそこらだぞ。そんなにしたかったんか?」
彼はあたしに薄い笑みを浮かべる。耳が熱くなるのがわかる。
何も言い返せず入り口で棒立ちになっていると彼は近付いて、浴衣ごしに胸をさすった。
胸の先に触れるたび、硬くなり体も熱くなっていく。
お、とわざとらしい声をあげて、あたしを見てくる。あたしは俯いた。
彼が鼻で笑うのが聞こえた。
「いやらしい女だな」
そのまま手を浴衣の中に入れて、今度は直接撫でてくる。
「…っ……ぁ……」
あたしが小さく声を漏らしてしまうと、興奮したのか、
彼に肩から剥くように浴衣の胸元をずらされて、素肌が外気に晒された。
- そして体を屈めて胸を掴んで、もう痛いくらい勃っている先っぽを吸ってくる。
「ひゃぁぁっ…!」
…やだ。待っていたみたいな声をあげてしまった。
彼は、そうして恥じているあたしを楽しむかのように見上げる。
目が合って、あたしが背けると、より強く吸われた。
「んんっ…!」
ひざの力が抜けて、背にした扉にもたれかかった。
ガタン、と音を立ててしまって焦る心と裏腹に、あそこがじわりと濡れはじめた。
先っぽの周りを舐められてあたしが鼻から息を漏らすと、舌の腹で硬いところを撫でてくる。
そうやって胸をまさぐられるとあそこが滲みてくる勢いがだんだん速くなっていく。
「…ぁ…んっ……ゃ…」
彼はいつも胸をしつこく攻めてくる。あの人を見れば、わからないでもない。
そのことで少し優越感が湧く自分がいやになる。
でも体は正直で、焦らさず早くいかせて、と言ってくる。
「じらさないで、ください……」
その気持ちは口を内から押し割って出てきた。
「何をどうしてほしいんよ?」
わかってるくせに、わざと聞いてくる。けど、耐えられない。
「…葉様のを、あそこに、いれて…ください……」
耳が熱い。
「ホントにやらしい女だな」
一頻り撫でた胸から手を離し、あたしの両手を壁につかせて、腰を後ろに突き出させた。
そして汚さないよう浴衣を脱がせて、下着をおろした。
ぐちゃぐちゃに濡れた布の感触が腿を伝う。
「すげ……」
胸だけでこんな濡れてる、と人差し指を中に入れる。
「…ああぁっ!」
中で指が折り曲がる。
ポタ、と液の垂れる音が絶え間なく耳に入って、そのたび、恥ずかしさが消えていく。
「…ゃ……はやく……」
また鼻で笑うのが聞こえる。
指が抜かれて、立ち代わりに熱くて硬いモノが一気にあそこに入ってきた。
- 「あぁぁぅっ!」
その快感であたしは達してしまった。
強い衝撃が快感に伴って押し寄せてきて、
ヒザが抜けてしまうのを彼は両手で支えてすぐに腰を動かした。
敏感になっているところを攻め立てられて、次々と絶頂感に襲われる。
「あぁぁっ!…ちょっと、待って下さい…! まだ……」
「そんなこと言ったって、欲しいっつったんはお前だろ?」
懇願に近い抗議を理で返してかまわずに腰を振る。
自分で言ったことだから、その言葉には力があった。
「んあぁっ! ぁ、ぃあぁっ! んんっ…お、おかしく、なっちゃう……!!」
快楽に重ねられる快楽。あたしは獣のように喘ぎ続けて気が狂いそうになった。
「あんま声出すな。聞こえちまう」
たしなめるように耳元で囁いてきた。彼のそのセリフは、どこかで聞いた気がした。
けどそんなことを考えていられる状況じゃない。
なんとか体を片手で支えて、残った方で口を塞ぐ。
ちょっとでも気を緩めれば、叫びともとれる喘ぎが飛び出そうだった。
でも彼はあたしを追いつめるように両手で胸を鷲掴んだ。
乱暴に揉みし抱き、強く先端をつねる。背中が勝手にのけぞった。
「や、やめてください…胸を、さわらないで……ひあぁっ!」
そんなことを具体的に言うのもいやだったけど、耐えている余裕がない。
裏切るかのように彼はさっきと同じく、手も腰も休めない。それどころか、強く速くなっていった。
「でも、いいんだろ?」
「そ、そんなこと…!」
こういう反抗がさらに彼を欲情させてしまうと知っていても、認めることはできなかった。
いれてください、と口から出してしまった言葉は、焦らされ誘導されたものだとごまかしたかった。
無理矢理犯されてるんじゃなくてあたしから求めてしまってる。
そう認めてしまうのと同じ。
「あっ!」
不意に、パン、と
強く打ちつけられたかと思うと、後ろにある彼の腰が細かく震えた。
おなかの中に熱いものを感じて、自然とハオ様のことを思い出していた。
忘れたつもりでいても、この時だけ、なぜか頭に浮かんでくる。
- 事の終わったあと、来たときとは逆に今度はあたしが納戸で待った。
ここを出るのは、彼が行ってから十分後。
このほこりと情事のにおいの残る空間で背徳感に負われているあたしを、
彼はまた想像して笑っているのかもしれない。
彼のそういうところをハオ様に重ねる。…ハオ様、か。
そういえば……。
あたしは扉を開けた。
あの耳鳴りみたいな声、ハオ様の……。けど、何で…?
…………! また聞こえた。やっぱり、そうだ。
声は今まで以上に力がこもっていた。怖くなって、再び階段を昇った。
昇りきったところで、廊下沿いに三つ並んでいる中の真ん中の部屋の襖の前に、見覚えのある顔を見つけた。
考えていたことから抜け出すように、彼女の名前を呼んだ。
「マリちゃん」
ビクッと、彼女の肩が跳ねる。まずいことでも見られたみたいに、こっちを向いた。
「あ……マッチ」
そのときの顔。それがあたしをまたハオ様の記憶に引き戻した。
あのときの顔。ハオ様にマリちゃんと二人で呼ばれて……。
もしかして……。
ものすごい嫌悪感が体を襲った。
まさか、マリちゃんも、彼―麻倉葉に……。
「…どうしたの?」
聞いてどうするとか以前に、口が動いていた。
もし、そうだったら……許せない。
よくわからないある感情とともに、だんだんと気が昂る。
でも、次の言葉で一気に冷めた。
- 「…ここの、掃除」
マリちゃんは目の前の襖を指さした。
あ、そっか。何カンちがいしてたんだろう。
マリちゃんはここに立ってたんだった。ここは……。
「蓮クンのとこ?」
「うん…」
俯いて少し赤くなっていた顔を隠した。いつもよりモジモジしてる気がする。
嬉しそうな、困ったような表情。それを見て、さっきと違う思案がよぎった。
今度は嫌悪感はなく、逆に好奇心が湧いた。
もしかして……。
「…気になるの?」
あたしはその推測の裏付けをとろうと、思いのまま聞いてみた。