■シーソー
□□マリ2
- 一階の居間、いつもここでマッチ達と布団を並べて寝るけど、今は誰もいない。
敷いてあるのは私のだけ。
横になってからどれだけ経ったんだろう、全然寝つけない。
眠気は確かにあるけどそれは何かの膜で包まれて、隔たれている。
布団の中で目を閉じても、膜は溶けない。頭の奥にへばりついてるみたいだった。
眠れない理由はもちろん今日のこと。あれからどうなったかよく覚えてない。
彼が部屋まで送ってくれたような気がするし、自分で来たような記憶もある。
その前にお風呂に入ったかもしれない。結局、そんなことはどうでもよかった。
あのときだけで、今は心が満たされたりしてない。
ハオ様のときと同じで、後になって沈んだ気持ちになる。
終わったあと、あることに気付いてしまう。
ハオ様…か。
――九年前の言葉、今でも覚えてる。
- ……イライラしないか? 弱い奴ばかりがのさばって。
弱い奴はいらないんだ。増えすぎたら必ず淘汰がある。
餌だったり、病気だったり、必ずあるんだ、人間にも。
でも、人間はそれをことごとく避けてきてるんだ。
克服してるわけじゃない。逃げている。
真実から逃げてる奴らが多すぎる。
そいつらはこの世には、ものも優しさも、何でも限りがないと思い込んでるんだ。
話しかければ微笑み返してくれると勘違いしてる。
曖昧な信用に甘えてる。
だから、それを犯そうとする者には徹底的に攻撃する。
マリ達もその標的になったんだ。
自分の無力さを認めたくないから、消すしかないってね。
魔女、とまるで化け物みたいに言う。
わけのわからない正義にとらわれて、強い力を悪と呼ぶ。
その正義が、弱い奴らを生き残らせてるんだ。
強い奴には盾も甘えもいらない。
ひとりで、あるいは強い奴ら同士で生きる力がある。
手を取り合って、なんて言ってる奴は甘えたいだけなんだ。
都合よく解釈してる。
そいつが弱いだけだ。気付きたくないからごまかしてるだけだ。
今はそういう人間が多すぎる。そんな奴らに構ってられない。
なのに寄り合うことだけは得意だからどんどん増えていく。
強い奴さえ寄ってたかって取り込んでしまう。そして地球を食いつぶす。
だから僕は苛立ってる。真実をはっきりさせて、そいつらを消す。
マリ、君は強い、取り込まれちゃいけないんだ。……
- 九年前のそのときは、不満を代弁されたみたいで、深く共感した。
けど今は変わってきてる。抱かれているとそのことを忘れてしまう。
戦うことから離れて、今の生活に慣れようとしてる。取り込まれようとしてる。
想っていればいつか必ず通じるんだって、彼に抱かれて、勘違いしてた。
違う。努力したって絶対に叶わないことがある。努力が足りないわけじゃない。
可能性は無限とかいうけど、そうじゃない。
私は、今日願いが叶ったって彼の部屋で思ってた。
でも違った。あの人――ピリカ――が訪ねてきて、彼が止まったときの顔を思い出してわかった。
彼の頭は完全にあの人に向かっていた。突然のことに驚いただけじゃない。
彼もあの人に気がいっていることに、そのとき初めて気付いた、そんな顔をしてたんだ。
繋がっていたのに私があの部屋から消えた。
私は熱とか気持ちよさとかが手伝って、気付けなかった。
今、気付いた。
眠気を邪魔してたのはこれだったんだ。
ハオ様のときと同じだった。終わった後にやっと気付いて、また抱かれると忘れてしまう。
そうやって繰り返されるうち、気付くことさえ忘れてしまう。
知らない間に取り込まれてしまう。
また勘違いしてた。絶対に届かないことが世界にはあって、彼がそうだったんだ。
そういうことを否定すると取り込まれてしまうんだ。
可能性を捨てることで、たったひとつの真実に辿り着く。
――気付く、か。
急に眠くなった。眠気を包んでいた膜が溶けて、頭の中に広がった。
疲れが、どっと押し寄せてきて、瞼が重くなる。ぼんやりした視界に天井が映ってる。
…この向こうはちょうど彼の部屋。きっと、今はあの人といるんだろう。
届かないところに。