■シーソー
□□ピリカ2
- …そろそろいいよね。
お風呂につかりながら結局変なこと考えちゃって一時間、
いろんな意味でのぼせたのを冷ますのに縁側で一時間。
二時間経って外がすっかり暗くなって髪も乾いて、私は蓮さんの部屋の前にいる。
でも………。
動機は不純じゃないけど、こんな時間にふたりきりって……。
せっかく外で冷ましたのに、じっとしてると性懲りもなくなる。
そのわけは、今さっきアンナさんとすれ違ったからだった。
もしかして、もう? それとも、これから? それに何か泣いた後みたいに目が赤かったし…。
私の頭が勝手にいろんなことを想像して、それを自分に当てはめる。
……って、このままだとホントに不純な動機になっちゃう。
そんなことしに来たんじゃない。
いい加減気を引き締めて、襖に向かった。
「…あの、蓮さん」
「入れ」
え。
「あ、あの、いいんですか?」
「ああ」
もしかしたら気が変わってるかもって思ってたのに、あっけなくて引き締めた気が抜けた。
でも緩むとまたアレだからまた引き締めた。
緩んだり締まったり、今の私の顔、鏡で見たらきっと変だろうなぁ。
そんなことを思いながら二回深呼吸して襖を開けた。
- 「きゃ…!」
開けた瞬間、なぜか後ろから抱き寄せられた。
「んんっ……」
蓮さんだ、と気付いたときにはキスされてた。
「はんっ……」
舌を絡められる。緊張が緩んで、これからの時間が浮かぶ。
…って、違う!
「んっ…! ちょっ…と、蓮…さんっ…違っ……」
私は唇を離して、きつく締められた腕の中で後ろ向きに言った。
「…何だ?」
蓮さんはすんなりと腕を離して向き合った。
…こんなあっさり…ってそうじゃなくて、今日ここに来たのは……。
キスの余韻が残ったまま、うまく回らない舌で答える。
「こ、これを…」
抱えていたものを差し出す。筆箱と本が何冊か。本の題名は、
『冬休みの課題』。
「これ、わからないところがあるんで、お、教えてくださいっ」
- 「違う」
さっきから何度も言われる言葉。そのたび情けなくなる。
蓮さんの部屋に来てから一時間くらいしたころだった。
今、私達は部屋の窓際にある丸いテーブルに隣り合って座っている。
「ご、ごめんなさい…」
「謝っても仕方ないだろう。ここは……」
また間違えた。教科は一番苦手な数学。
初めの方は解けたけど、だんだん難しくなって、ここだけどうしてもわからない。
蓮さんが説明してくれる。でもそのとき妙に意識しちゃって、集中できない。
「…違う」
「ご、ごめんなさい……」
また、手が触れ合った。ここ最近、忙しくてなんにもなかったから、必要以上にドキッとする。
鼓動が速くなるのがわかる。
「……違う」
「ご、ごめんなさい………」
同じ問いで三度目の間違い。さすがに呆れられたみたいで、蓮さんが考え込むようにして目を閉じた。
…どうしよう、怒ってるのかな…。
そう心配したとき、今度は思い立ったように目が開いた。
「…よし」
というと、蓮さんがだっこするみたいに回り込んできた。
背中から体温が伝わってくる。何がなんだかわからない。
「ちょ、ちょっと、蓮さん?」
「いいか、これから間違うごとに――」
「…? ぁんっ……!」
蓮さんが私の胸を浴衣越しにさすってきて、不意を衝かれて口から勝手に高い声が漏れる。
「十秒間、こうする」
「え、えぇ?」
突然で頭の中が整理できない。けど反対も何もなく、そのルールは適用されてしまった。
「言っておくが、オレは仮にも教えている身だからな」
…この言葉に釘をさされたからだった。
- 四十分後――。
「こう…ですか?」
とりあえず解いた問題を聞いてみる。けど……。
「違う」
間違い、ってことは――
蓮さんの指が浴衣の上から胸をなぞる。
「…はん、ぁ……っ」
下から指が伸びてきて、浅く埋まりながら…って埋まるほどないけど…、- 十秒かけてゆっくりと、胸の周りをくすぐる。
「ふぁ……ん」
一回りしたところで手が止まった。これでさっきから四度目、勝手に体が疼く。
「ちゃんとしろ。もう一度だ」
そんなこと言ったって……。
体が、熱い。抱きかかえられてるから背中と足が蓮さんの体に、ぴったりくっついてる。
これじゃ、余計頭に入んない……。
「…っ、はい……」
それでも頼んでるのは私だから逆らえない。でも何より………。
「違う」
罰を期待してるからかもしれない。…問題がわからないのはホントなんだけど。
「…ぁ、んんっ」
指が胸の先にゆっくり近付いてくる。でも触れる寸前で止まった。
「……ふぇ、ぇ…?」
中途半端で、つい、物足りないような声を出してしまった。
「どうした?」
…うぅ、わかってるくせに……。
けど、このまま溺れていっちゃったら、きっと…。
気持ちを改めて、また問題に取りかかった。- 「違う」
でも全然わからない。当然答えも違ってて…。
「これで…六度目か」
…蓮さんの手が動き始める。今度は手のひら全体で、さっきより速く、少し強く胸を触られる。
「あぁっ、ん、ふあぁ……っ」
最後のほんの二秒ぐらい、先っぽをこねてきた。
「ひぁっ……!」
動きが止んだ。ペンを握る手に汗が浮かんでくる。
浴衣越しなのがもどかしい、そんな物足りなさは確実にあった。
「いいか、もう一度言うぞ、ここは……」
蓮さんが教えてくれる。けどさっきと同じで、なかなか頭に入ってこない。
理由はいろいろだけど、その中でひとつ大きなことがあった。
…腰に、当たってる…………。
それを私は、欲しい、と感じてしまった。腿のあたりが、疼く。
…わざと、そうしてるのかも……。
そこまで思って自分がいやになった。蓮さんのせいにしてる。
ちゃんとしなきゃ。
そうやって気持ちを切り替えようとするけど、体は逆らおうとする。
「…違う」
何回聞いたかわからない言葉。間違えたのはホントだけど、体は喜ぶように震えた。
手はその期待に応えるみたいに、一番疼いてる部分に触れた。
「んっ…」
下着の上から焦らすように擦られる。背筋を、冷たいものが駆け上がる。
「ぁ、んっ、ゃ、はぁ……!」
手からペンを取り落としそうになるのを必死で耐えた。そして今では短い十秒が過ぎる。
「これで何度目だ」
「ごめん、なさい…」
情けなさでいっぱいだった。けど、その気持ちは次の蓮さんのセリフでほとんど吹き飛んだ。
「……オレも正直疲れた。次が最後だ、次に間違えたら――」
腰に、熱くて硬いモノが押し付けてくる。耳の後ろで、低い声が響いた。
「――わかってるな?」- その声は私の頭を揺さぶって、ぼやけさせた。焦りと、期待が交互に起こる。
そんなことしに来たんじゃないって理性と、やっとしてもらえるって欲望がゆらゆら揺れる。
「……はい」
理性か欲望か、どっちが答えたのかわからない。とにかく、最後のチャンスだった。
問題を見る。途切れ途切れに解説を聞いてたけど、さすがに何となくつかめてきた。
あやふやなところは後にして、記憶を辿って少しずつ解いていく。そして……
……わかった…!
理性が欲望を押しのけて、やっと解けた実感を頭に送り込んでくる。
念のために見直してみる。……あってる、自信はある。
よし、蓮さんに言おう。そう思ったとき、今度は欲望が理性を曇らせてきた。
…これで答えちゃったら…この後何もないかも知れない。
ここに来たのは確かに勉強のためだったけど、それ以上に、ある思いがあった。
ううん、正直に言うのが恥ずかしくて、勉強にかこつけた。
蓮さんはそんなこと、とっくに気付いてたはず。部屋の隅に敷いてある布団が目に入る。
一緒にいたい。濡れ始めたところからそんな思いが沸き起こる。
そして、ある考えを頭に貼り付けた。
…もし、わざと間違えれば。
考えは心臓が跳ねるたびに膨らんで、理性を潰して、やがて完全に追いやってしまった。
……もう、つかれた。どうでも、いいや。
欲望に溺れることより、卑怯な自分がいやだった。
自分を隠すのに、ごまかすのに、つかれた。
私は口を開いた。素直な答を言うために。