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制作者:夜叉狐さん 只、彼女に消えて欲しくなかったから。 今なら…まだ変化を伴わない今なら、もしかしたら止められるかも知れなかったから。 ビルの陰を探し、公園の土管を探し、レプリロイドが集まる事がないようなところまで隅々まで探した。 今、彼女に…ナイアードと言う妖精に、消えて欲しくなかった。 ベースから10キロほど離れたスラム街の袋小路を覗いた時、オストリーグは漸く見慣れた後姿が震えながら蹲っているのを発見した。 オストリーグは彼女が見つかったことにとりあえず安堵し、そっと近付く…しかし、 「来ないで!!」 オストリーグの方を向かぬまま、ナイアードは叫んだ。 「お願い…来ないで……貴方を、みんなを殺したくないの…」 「今ならまだ間に合う!ハンターベースへ帰ろう…きっと、医療チームが何とかしてくれるから」 「…無理よ…わかるの、自分の中であらゆるものが変わっていく感覚が。どうしようもない憎悪が…あたしの中を狂わせていく…」 オストリーグは歩みを止めない。そっと、そっと近付き… 子猫のように小刻みに震えるナイアードの身体を、そっと抱きこんだ。 「大丈夫だ…俺が、俺が何とか助けて見せるから」 一瞬だけ、彼女の震えがぴたりと止まった。 ちらりと横を向き、自分の背を抱いてくれるオストリーグの姿を驚いたような…うれしさの込められた瞳が捉える。 「…うれしい…でも、だめ。」 回された腕に少しだけ触れると、彼女は自らオストリーグから離れた。 「もう、もう遅いの…お願い、離れて…」 「大丈夫だ、安心しろ! キミがどんなことになっても、俺はキミを助け出すから!!」 「ありがとう…オストリ…ひぐぅっ!!?」 ばしゃんと水をかけるような音と共に、彼女の身体が一瞬にして液体へと変わる。その色は彼女の身体の色…氷のような薄い青。 …よく見えないが、コアには何か黒いしみのような部分があった。 (…あれは!? ははん…アレがそうだってのかい) オストリーグの直感が何かを伝えてくれる。…そうと決まれば。 オストリーグは駆け出し、彼の特長とも言うべき脚力に普段は飛行用に用いるブースターで加速し、一気にナイアードだった物体へ迫る。 「食らえっ!!」 握り締めた拳に力を集中し、ストレートが当たる刹那、 「うおっっ!?」 バランスを崩したオストリーグはそのまま倒れ、地面に這い蹲る形で隙を狙う。 触手は辺りの物と言う物へへばり付き、接点からはじゅうじゅうと化学反応を起こす音が鳴り響く。 周りの物は溶け、液体となりコアの回りを二重にも三重にも囲んでいった。…そして、一つの『形』を形成する。 「…でけぇ…」 それは、大きな球体に手足が生えた姿…百年以上昔、似たような怪物がとある科学者から創造されたが、その形とほぼ一致する。 もちろん資料が残っているわけではないので、現在この姿を見てピンと来るものは居ないだろうが。 しかし、その時は卵黄のような美しい黄色だったのに対し、『彼女』の姿はあまりにも醜い。 薄い青のボディに無数で様々な色の斑点があり、その一つ一つがイカの体表にある色素胞のように脈打つたびに大きさを変えるのだ。 どくん、と一度鼓動がこだますると、その色を薄気味悪く変化させた。 「あああAアAアA嗚呼アAaAあAaあaAaアAA嗚呼ッッッ!!!」 雑音混じりの雄叫びが…否、聞き取りようによっては悲鳴のように、辺りに響く。 そして更に伸ばした触手が辺りのものを次々に溶かし、『彼女』はまた一回り、一回りと大きくなっていく。 「くそっ…」 オストリーグはぱっと飛び立つと、夢中でソニックスライサーを放つ。 だが攻撃は吸収され、『彼女』の体内に情けなくとどまり、やがて消滅した。 止む終えず体当たりを試みようと少し後ろへ下がり、ブースターを起動させて突進する。 じゅっ! 「うあっ!?」 『彼女』に触れた部分が音を立て、焦げ溶けた。 そう、今の『彼女』は身体に蓄積した化学物質を暴走させ、辺りにある鉄やセラミックを溶かしては取り込んでいるのだ。 どんな仕組みになっているのか…近付いても、化学反応で起こるはずの激しい熱気は全く伝わってこない。 『彼女』が体をぶうんと超振動させるたびに恐ろしいほど黄色がかった蒸気が舞い上がる。 振動でダメージを受けた物質は伸ばされた触手に取り込まれ、『彼女』の肉体となっていく。 「どうすれば…」 後ろの状況をちらりと確認すると、何人かの人が倒れている…『彼女』の蒸気によって、オストリーグが気付かぬ内に既に被害が出ていた。 まずは人命優先。 「本部! 現在当場所にて…イレギュラー発生! 全身からCHEMICAL-VAPORを撒き散らし、レプリロイドに異常は見られないが人間に被害が出ている模様」 『OK、先に救助部隊を向かわせる。ターゲットの特徴は?』 「でかい! 直接触れると溶けてしまうようだ…俺が処分する、その隙に人間の避難を」 『了解』 回線がぶちんと途切れた瞬間、触手が太い束となってオストリーグに襲い掛かる。 それをブースターで次々とかわすが頬をわずかにかすめ、鼻腔を硫化水素と塩素を混ぜたような臭いが駆け抜ける。 明らかに、自分を狙っている。 もう、『彼女』に心はないのか。 一度しゅるりと戻り、触手は再びオストリーグの追撃を開始した。今度は先程よりも速い。 「っっ…!」 自分の目の前に触手が迫った瞬間、飛びのいて横からソニックスライサーを束にして放つ。 ずん、と低い音がし、その触手が切れた。 切れた触手は最初魚が跳ねるように痙攣を起こしたが、やがて地面のコンクリートを溶かしながら動きをやめ、元の液体に戻っていった。 「おっ…」 初めて攻撃が効いた事に、オストリーグの顔が幾分明るくなる。 この調子で斬っていけば、やがて本体が小さくなっていくかもしれない。そう思い、目前の『彼女』を見ると… 「GAAAAAAAAAAGYAAAAAAAAAAAAAAH!!!」 ビル一つはある位にまで巨大化していた。その姿はまるでガスタンクだ。 「…あーりゃりゃ…」 援護を呼ばない限り、時間がかかりそうだ。 どうしてもナイアードの姿が見当たらず仕方なくハンターベースへ帰る途中、イーグリードはオストリーグが探しに行くと行っていた方向で黄色い霞がかかっている場所を発見した。 「あれは…」 もしかして。 腕に仕組んだ無線機でオストリーグへ通信を試みる。 「オストリーグ! 聞こえるか? 今そっちの状況はどうなっている?」 『…ガガ…ガ……救助……ガ…スタンクみた…っス…』 「…なんだって? 電波が悪い、もう一度頼む!」 『…黄色…ガ…ガッ…アードが、バケ…ン…ガガッガ、ザザー…』 「おい…おい! オストリーグ、応答しろ!!」 通信が途絶える。 『彼女』が蒸気を撒き散らし始めてから数分。オストリーグが本部に連絡したときと状況は一変していたのだ。 あの場所に違いなかった。 通信が途絶えるほどの電波障害があの場所で普段起こっている事はありえない。もしあるとすれば… 「…電磁波…放射線か?」 遠くでハンターの車が何台も見えることから、少なくとも救助隊は動いているようだ。 オストリーグが危ない。 大きく広げた翼を一度羽ばたかせると、イーグリードは黄色い霞の場所へ進路を変更した。 | ||
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