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制作者:夜叉狐さん 三日目にハンターベースの見学をしたときに初めて彼女を空挺部隊の面々に紹介したため、今ではもうすっかり部内の人気者だ。 彼女が通るたびに隊員たちは手を止め足を止め、挨拶したりモーションをかけたりと忙しい。 ナイアード本人も迷惑はしていたが楽しいらしく、日を増すごとに笑顔が太陽のように明るくなっていく。 時折自分が生まれ過ごした森が心配になるものの、今そこに帰れる訳でもない。 それに、少しずつだが…今の生活でもいいかな、と思えるようになっていた。 そんな書類整理の日々が始まったばかりの頃。 イーグリードとオストリーグは、密かに『NYMPHE』プロジェクトについての調査をしていた。 もちろん総て自分らの手という訳ではなく、調査の難しい部分は第0特殊部隊の副隊長に頼んで調べてもらった。 面識があったわけではないが彼…エクスプロ―ズ・ホーネックや姿見ぬ隊長も『NYMPHE』プロジェクトに対し興味を持っていたため、快く承諾してくれた。 その資料を受け取るために、オストリーグはホーネックとの待ち合わせ場所へと足を運ぶ。 そこはレプリロイド達の訓練を実践さながらにするためのVR訓練スペース。 この時間使われることはなく、いつもなら暗闇に包まれている場所だ。 ぶぅん、と耳障りな羽音を立てて、彼はやってきた。 先に待ち合わせ場所に到着していたオストリーグは、暇つぶしに初級VR訓練でどれだけ高得点が出るかを一人で競っていた。 …初級でもそれはハンター用の訓練。どんな上級者でも満点は難しいのだ。 「よっぽど早くここに来たと見えるが…何時頃来たんだ? お前…」 「やた! 83点〜!! えと、確か11時ぴったしっス」 「一時間も前じゃないか…楽しいか?」 「楽しいっスよ。見てくださいよ83点!! ほらほら」 「…お前本当にイーグリード氏の部下か? まあいい、持って来たぜ。何に使うか分からんが」 「サンキュっス! …あれ?ホーネック副隊長はもしかして知らないんスか?」 「何が」 「ウチの部隊に『NYMPHE』のプロトタイプが居る事」 「…… 何ィ!?」 今まで呆れ顔だったホーネックの顔が一気に引き締まる。 「あの非常識極まりない非科学の塊みたいなレプリロイドが実在すんのか!?」 どうやら、第7空挺部隊に所属している事よりも、彼女の存在そのものに驚いているようだ。 「…そんなに凄いレプリロイドなんスか? 『NYMPHE』シリーズって」 「凄いも何も…見れば分かるさ」 ディスクを受け取り、近くのパネルへセットする。 幾度かキーボードを叩きディレクトリを指定すると、やがてパスワードを希望する画面が現れた。 「貸してみろ」 とホーネックが何らかのパスを入力すると、瞬時にとあるレプリロイドの設計図のようなものと文章が2000頁に渡って表示された。 『NYMPHEプロジェクト詳細報告書』 『このプロジェクトは、現在停滞しつつあるレプリロイドの性能を引き上げるため、また過去の偉人との交流を目的として発足したものである。今回当プロジェクトは政府が管轄しており、実験は主に政府管轄であるイレギュラーハンターベースを中心として…』 「…何だか文ばっかりで読む気起きないっス」 「じゃあこの設計図を見ればそのいい加減さが分かるだろ」 と、彼が指差したのは設計図のコア部分。そこには、 『コア…対象のファントム』 『フェアリーファントムは従来CPUやエネルギーと比べ能力・性能が格段に高く、レプリロイド性能の向上に効果大。但し数値不明のため暴走の恐れあり』 『ヒューマンファントムは過去の記憶をそのまま保存しているため、歴史を知る・知恵を借りるなどの効果が期待できる。但し時間の流れによりファントム自体行方不明な場合があり、場所を特定できるフェアリーファントムよりも入手は困難なものと思われる…』 「…???」 「つまりだ、コアに人間や精霊の魂を使用しているって事だ。…俺は今でも信じられん」 信じられないのはオストリーグも同じだ。この資料に偽りがないのなら、『彼女』が実際に活動している事が幻か何かのように思えてくる。しかし…ほぼ総てのつじつまが合ってしまうのだ。 「………」 何も言わず、只モニタを眺めるオストリーグ。 「…もし、これが本当の事だとしたら…人間は死者や妖精たちまでも食い尽くしてしまうつもりだ。恐ろしい話だぜ…」 ホーネックが呟く。 総てが謎のベールに覆われていたのは、恐らく生態系の破壊を止めずここまでしようとする人間に対し、そしてそんな人間を助ける事に対し疑問を持つレプリロイドが増えないように…と言う考慮なのかもしれない。 オストリーグとホーネックは、その頁の最後まで見る気が起きないままモニタを消し、その場を別れた。最後に記述してあった『NYMPHE』が抱えるとある欠陥についての注意点を読まないまま。 『CAUTION 現段階の調査では、コンピュータウィルスそのものや過去に感染した例のあるレプリロイドに接近する事で過敏反応し、力が暴走すると言う欠陥が発見された。原因はウィルスの持つ『憎悪』に対する過剰な精神感化作用と思われる。 詳しい事に関しては現在調査中だが、これを考慮してイレギュラーに対し厳重に取り締まっているハンターベースが最も適しているのではないかと考えている…』 資料整理のついでに、ナイアードはとある資料を第17部隊へ届ける手伝いをしていた。 第17部隊のオフィスは二階下の為、すぐに届けられる。 どうせならもう少しベースのことを覚えなきゃ、とナイアードなりに考えての行動だ。 分厚い紙の束を抱え、彼女は階段を駆け下りる。と、 「きゃっ!?」 どん、と大きな振動。 どうやら誰かにぶつかったらしく、視界をふさいでいた膨大な資料があちこちに散乱したと同時に相手の顔が見えた。 「大丈夫?」 「あ…ごめんなさい!」 青いアーマーに身を包む青年…その相手は、第17部隊隊員・エックスだ。 彼は慌てふためく彼女を落ち着かせ、飛び散った紙の山を一緒に拾いにかかる。 「確かきみは…この前うちのオフィスに見学に来た、ナイアード…だよね。空挺の」 「はい! 先日はお世話になりました」 彼女がここへ来て三日目にオストリーグとハンターベースを回った時、各部隊の施設をそれぞれの隊長が案内してくれた。 しかし第17部隊のみ隊長は行方不明・副隊長は任務で不在だったため、彼…エックスが案内してくれたのだ。 「あれから慣れたかい?」 「ええ、お陰様で…隊長やオストリーグ先輩がとても優しくしてくださるので」 「よかった」 にこり、とエックスは満面の笑みを浮かべる。いつもぴりぴりした空気をためたこの施設内では、休息時間でもない限り心からの笑顔を見ることは殆どない。17部隊にもこんな人はいるもんだなぁ、とオストリーグやイーグリードと姿を重ねた。 「しかし、随分沢山の資料を運ぶんだね。何処に持っていくんだい?」 「あ…第17部隊です」 「それなら丁度よかった! 俺も手伝うよ、丁度俺も戻るところだし」 「え? エックス先輩、今…」 …逆方向へ向かう途中だったんじゃ…?? 思ったときにはもう彼はナイアードの手から資料を半分持っていた。 「さぁ、行こう」 「はっはい!」 やはり最初からオストリーグ先輩の言う事を聞いて配達用メカニロイドに任せればよかったかな、などと考える。 と、エックスが急に声を上げた。 「あ、先輩!」 「んー? どうしたんだエックス? そんな別嬪さん連れて」 「そう言えばあの日、先輩は任務で居なかったもんね」 ナイアードは初めて見る顔だ。 いかにも優しい顔のエックスとは対称的に、紅を基調にしたボディに端正な顔つき、長い金髪が美しい… しかし何処となく重いような…負の雰囲気をたたえたレプリロイド。 何と無く、嫌な予感がする。背中を何か冷たいものが走る。 「こちら、空挺のナイアード。最近配属されて、この前俺が部内を案内したんだ」 「あぁ、そう言えば…あの日どこかしこで騒いでたのは君の噂の所為だったのか。俺はゼロ、よろしく」 悪気の無い、エックスに似た笑顔で右手を差し出す。…しかし、やはり変だ。 寒気が止まらない。 「あ、よろし…」 ナイアードも右手を伸ばし、握手を交わそうとした。 …しかし。 「うわっ!」 二人の手の間に静電気のようなものが走る。それも普通の静電気ではなく、確かに見えたのは黒い稲妻。 ゼロは少し驚いたくらいで済んだが… 「痛ぇ…大丈夫か、ナイア…」 「……」 ぶんぶんと右手を振りながらナイアードを気遣うが…彼女は、後方に飛ばされたような姿勢で尻餅をついていた。 …自らの右手を見、異常に怯えている。 「…ナイアード?」 「……あ…なた…」 エックスが彼女の肩を抱くが、震えは止まらない。ゼロはその場で唖然とするばかりだ。 そのゼロに、ナイアードはかすかな声で言う。 「あなた…もしかして……? 嫌、壊したくないのに…来ないで! 壊したくないのに!!」 エックスを振り切り、彼女は背のユニットから透明な翼を広げる。 蝶の様なそれから鱗粉のようなエネルギー体の細かい結晶を撒き散らしながら、ナイアードは逃げるように飛んでいってしまった。 「…何が起こったんだ? エックス…」 「…さぁ。でも…ただ事ではない事は確かだね」 と、丁度階段からイーグリードとオストリーグが息を切らして降りてきた。 どうやら、今一度昨日の資料を見返し、ことの重大性に気付いたようだ。 唖然とする17部隊二人に対し、オストリーグは怒鳴るように叫ぶ。 「今…今、ナイアードを見かけなかったか!?」 「何が起こったんです?」 「ナイアードを見かけなかったかと訊いてるんだ!!」 「彼女なら今、逃げるようにあっちへ…」 「くそっ! 遅かったか…なら彼女、直前に誰かに触ったな? 誰に触った!?」 「俺だ」 ただならぬオストリーグの形相に、ゼロが答える。 「俺に触った途端、何かに怯えるように逃げていったぜ」 「お前が… そうか、噂に聞いてたがお前元々イレ…」 「急げオストリーグ!被害を最小限に食い止めるんだ!!」 わなわなと拳を振るわせるオストリーグを、イーグリードは急かした。 「はい!」 「ちょっと待ってください、俺も行きます!!」 エックスはついて行こうとしたが、オストリーグがそれを拒む。 「来るな。これは我々空挺部隊の…いや、俺のミスだ! 始末は俺がつける」 「でも…!」 「状況は我々が随時報告する! 第17部隊はもしもの時に備えて待機していてくれ!!」 割り込んだイーグリードがエックスに的確な指示を出す。 そのままオストリーグの肩をなだめるように軽く叩くと、二人は長い通路を走り抜けていった。 嵐が過ぎ去ったように、一瞬ふっと二人の気が抜ける。 しかし、事は急を要するようだ。 「エックス、お前は一度空挺へ行って連絡してくれ。あのレプリロイドが飛行タイプなら必要になるだろうからな。 俺は副隊長に連絡をとってくる」 「…了解」 たん、と地を蹴り、二人はそれぞれの場所へ急いだ。 | ||
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