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制作者:夜叉狐さん 地面に叩きつけられ、オストリーグはその場に悶える。 『彼女』の体は漸く二回りほど小さくはなっていたが、それでも驚異的な大きさである事に変わりはない。 しかも、小さくなった分身軽になったようで、先程の数倍のスピードであたりをかけ回っている。 『彼女』から分裂した体を元に収める機能がなくなっていたのが唯一の救いだ。 「げほぁっ、げっほ…」 口からオイルを吐き出すオストリーグ。全身所々に溶けた跡があるが、さほどのダメージではなかった。 …問題は、『彼女』のパワーだ。 触手はしつこく伸び、またもやオストリーグを狙う。辛うじてよけるも、瞬間触手がかくんと曲がり、触手を斬る間もなくオストリーグのボディを包み込んだ。 「ああああああっっ!!」 触手に触れた部分からじゅう、と嫌な音がし、狂熱が全身を駆け巡る。 あまりの熱さに意識を手放しかけたとき、 「オストリーグ!!」 小さな竜巻が高速で跳ね回り、オストリーグにまとわりついた触手を引きちぎった。 オストリーグが力なく地に落ちたと同時に、形を失った触手はそのまま液体となり、辺りにびちゃびちゃと飛び散る。 「大丈夫か? 酷い火傷だ」 「…隊長!」 目前でオストリーグを守るようにたたずむそれは、大きな翼を持つ戦士。 「お前の武器はこう言う化け物には向いていないだろう?」 「…」 言葉を飲み込む。 先程から、何とかあのコアに近付こうと試みていた。 しかし、ことごとく触手に拒まれ、大きな拳で地に叩きつけられの繰り返しで一向に進まない。 …伸びてきた触手をフルパワーのソニックスライサーで何度切り刻むもきりがなく、もうすぐエネルギーも尽きようとしていた。 好きな人一人助ける事が出来ない自分が、情けなくて。 「…いいか、よく聞けオストリーグ」 相変わらず向かってくる触手にストームトルネードを連続で撃ち込みながら、イーグリードは言った。 「あのコア…何か黒いものがついているな」 「はい…恐らくあれではないかって俺も…睨んでたんスが…」 「なら話は早いな」 ちらとオストリーグを確認する。 「俺のトルネードではあの液体を吹き飛ばせるが、コアのしみをはがす前に壊してしまうかもしれない… コアだけになったら、お前のスライサーであのしみを切り取ってしまえ」 「えっ…」 オストリーグは意外そうな顔をする。 「…てっきり隊長、『処分』とか言うのかと…」 「ナイアードはレプリロイドじゃない。…俺も後味が悪いからな」 そこまで言うと、イーグリードはブースターを発動させ、足元から火花を散らしながら『彼女』の背後へ回った。 もうエネルギーがない。 オストリーグにとっては最後の『賭け』だ。 「GUOOOOOOOOOOOOOONNN!」 声をあげ、またしても触手を広げようと体を伸ばす。 その隙を突いてイーグリードは急ブレーキで止まり、手中で溜めていたバスターを構えた。 「いけぇぇええええっ!!」 上手くいくような気がした。しかし。 それはナイアードが『彼女』へ変貌した直後に見せたあの超振動だ。 あれは単なる武者震いではなく、立派な武器だったのだ。 「っく…」 バランスを崩し、バスターの銃口がずれる。だが、そのままイーグリードはバスターを放った。 「構わん…吹き飛べ!!」 とたんに白い小さな竜巻の塊が地面にぽとりと落ち、今度は落ちた地面から巨大な竜巻が発生した。 その勢いは『彼女』の振動を止めさせ、大きな瓦礫をも吹き飛ばしてしまうほどの威力だ。 「…すげぇ…」 普段は決して見ることのない、隊長の実力。 オストリーグは吹き飛ばされまいと半壊した建物にしがみつきながら、その威力を目に焼き付けていた。 轟音と強風の奥で、またしても『彼女』の咆哮が木霊する。しかしそれはいまや咆哮にはなりえず、女性の悲鳴のように甲高いものだ。 やがて、風はふぅっと止まり、風の所為で宙に浮かされていた物達が一瞬その空間にぴたりと貼り付けられ、一斉にその場に落ちる。 あまりにも強い風に途中で目を閉じてしまったオストリーグは、空気が止まった事を感じ取って目を開けた。 同時に、自分の隣に何者か…イーグリードが降り立ち、跪く。 「…すまない、総てを吹き飛ばせなかった」 竜巻の中心と思われていた部分から少しそれた所に、『彼女』はいた。 ほぼ吹き飛んでしまった所為でその大きさは元の人並みにまで戻ったが、スライサーをコアまで通過させるにはまだ多い。 『彼女』は全身の色素胞を伸縮させながら、形を変えていく。まるで溶けかかった人のような形が、脈を打つようにぶるりと震える。 「…恐らく、アレはこれを計算して振動したのかもしれない。アレでは…俺のトルネードでコアまでも壊してしまう…」 イーグリードが頭を抱える。が、その時。 イーグリードが何かに気付いた。 「…オストリーグ、」 「…はい」 「聴こえるか?」 「…確かに」 『彼女』は動かず、ただ鼓動する。 何故今まで聴こえなかったのだろう。 瞬間、『彼女』は両腕から真横に向かいものすごい勢いで触手を伸ばした。 「させるかっ!」 すかさずトルネードを二発撃ち、触手を切り捨てる。そして、 「こうなったらヤケだ!!」 「え? え?? ちょっとたいちょ…」 動けずに跪いているオストリーグの背後に回り、イーグリードはバスターを構える。 「アイツにぶつかるギリギリでフルパワーのスライサーだ! いいな!!」 「そッそんな無茶なあああああぁぁぁ!!?」 オストリーグが悲鳴をあげるにもかかわらず、彼は容赦なくその背に大きめのトルネードを放った。 「うわわわわわああああああああああっっっ!!!」 急な加速に驚き、そのまま錐揉み状態で突進するオストリーグの体。 目が回り何が何だかわからないが、『彼女』が目前に迫ってきた事は分かった。 そして、 地に、しみの部分だけが破壊されたコアが液体と共に転がる。 そして…紅い光を放っていたそれは血の気が失せたように青く変色し、機能を停止した。 「…オストリーグ、」 「……」 そのまま建物に突っ込んでいったオストリーグに、イーグリードは息を切らしながら言う。 「…終わったぞ」 「…」 ぼこん、と壁から首を引き抜き、千鳥足の彼はふらふらと神妙な面持ちでコアへと近寄る。 黒く焦げた両手でそっとコアを手に取り、首をもたげた。 「…これで…よかったんスかね…」 「お前はナイアードを救ったんだ」 光を失ったコアをじっと見つめるオストリーグに、イーグリードは優しく呟いた。 「…どうでもいいが、首の壁取れよ」 オストリーグの首には、先程の壁の一部がドーナツ状に掛けられていた。 被害を受けた人々の殆どは水銀被曝とガンマ線による被曝で1000人以上の人間が被曝、うち現段階では急性水銀中毒で15人が死亡したらしい。 この周辺は暫く重度汚染地域として、『彼女』が撒き散らした液体とガスの処理が終わるまで立入禁止となる。 …恐らく、今回の事件は政府が隠蔽し、「事故だ」と発表するだろう。 そして、『教育開始時に彼女に関する詳しい資料を見せてもらえなかった』イーグリードとオストリーグは処分されず、むしろ『イレギュラーの暴走を止めた』という事でランクがアップするかも知れないな、と駆けつけたホーネックは言う。 イーグリードがホーネックより遅く駆けつけたエックス始め17部隊に「遅すぎる」と怒鳴る傍ら、オストリーグは応急処置を受けたのちに現場に座り込み、じっと手の中のコアを眺めていた。 …彼女は死んでしまったのだろうか? コンピュータに接続してメモリが生きているか調べようにも、彼女はレプリロイドではない。調べる事も出来ず、ただ見つめるだけだ。 はぁ、と小さく溜息をもらし、オストリーグは冷たくなったコアを手の中で弄んでいた。 と、ふとコアの破れた部分を覗き込んでみると、中が温かい光で包まれている。 目を凝らして見てみると… なんと、中で小さな少女が臍の緒のようなものに縛られ、眠っているではないか。 そっと、周りの薄い被膜を手で破り、半分ほど取り除いてやる。 それから少女の体を縛る紐を、丁寧に、彼女を締め付けないように取っていく。 コアの中は仄かに温かく、見ているだけで安らかな気持ちになれた。 やがて、彼女の頬に小指でそっとなでる。すると、ぱちくりと顔の割に大きめの目を開き、こちらを見てにこりと微笑んだ。 「…たっ…」 オストリーグの表情が一気に明るくなる。 優しくコアごと彼女を持ち、彼は揺らさないように、ゆっくりイーグリードのいる場所へ向かった。 「隊長!! 見てくださいっス、コアが…!!」 オストリーグの強い要望で、彼女を…元の姿に戻ったナイアードを、彼女の生まれ育った場所へ返す事にしたのだ。 随分遠いのか、彼女が指し示す方向からはまだ森が見えてこなかったが、コアの中で手足をばたつかせている彼女の様子を見る限りもうすぐ見えてくるのかもしれない。 「…ところで隊長、何でついて来たんスか?」 後ろを飛ぶイーグリードに問う。 「大事な部下を訳も分からない場所に一人で行かせられるか? ん?」 「…さっきストームで人をふっ飛ばしておきながらソレっスか」 「いいだろう? こうやって救う事が出来たんだから」 はぁ、と溜息をつきつつ、オストリーグはにんまりと笑った。 別れのときは近いかもしれないが、それでも自分達が住む場所で彼女は生きていけない。 彼女が幸せに暮らしていけるのなら、自分はこちらを選ぶ。 やがて、遠くに大きな森が見えてきた。 一面の森…昔、そこは『100エーカーの森』と言われていた場所だ。 「あぁ、ここだったのか」 イーグリードが頓狂な声をあげる。 「知ってるんスか? この森」 「ああ。知らないのか? 今でも時々やってるだろう、あのクマのマスコットが住む森のモデルさ」 彼女が指し示す方向に向かって、二人は森の中に敷き詰められた枯葉を踏みしめながら歩いていく。 かなり大きな森だが、やがて中央付近で森が開け、大きな湖が広がった。 月明かりに反射し漣がきらきらと輝くが、…何処か溝のような悪臭が鼻をつく。 「ナイアード…『湖の精』、だったっスよね」 手に持ったコアを、湖のほうへ掲げるオストリーグ。 「…着いたよ、ナイアード」 仄かに光を放つ彼女は湖の様子を見ると、背の羽でふわりと飛び立つ。 そのままつい、と湖面へ向かって飛ぶと、湖の中へと消えていった。 たちまち漂っていた悪臭は消えうせ、周囲のヘドロがさわさわと激しく伸び行く草木に隠れていく。 そう…彼女が留守になったことで、一つの自然が破壊されつつあったのだ。 湖は、月に照らされた二人のレプリロイドに語りかける。 <迷惑ばかりかけてごめんなさい…でも、貴方達のお陰であたしは救われました。 魂のない貴方達のことが最初は怖かったけど… あの時のあたしの声、貴方達だけには届いた。 貴方達には、もしかしたらあたし達には見えないとても強い魂を、持っているのかもね… …ありがとう> 「礼なんていいっスよ」 にっと笑いかけるオストリーグ。 これであの楽しかった日々が最後になるのかと思うと寂しいが、この時ばかりは自分がレプリロイドであったことが誇りに思えた。 …なにせ、レプリロイドであるが故に彼女を救う事が出来たのだから。 湖は、柔らかな風を二人に運び、頬をなでていく。 美しい景色を目の当たりにし、今までの出来事が総て夢か幻であったようにすら感じてくる。 「なぁ、オストリーグ」 暫く風に騒ぐ波を黙って見つめていたイーグリードは、静かに…いつもよりも低い声で呟いた。 「なんスか?」 「…人間って…何なんだろうな…」 「……」 自分が考えていた事をイーグリードに言われ、しばし考えるオストリーグ。 「…俺も分からないっスよ」 「……」 二人は何も言わなかった。 何も言わず、ただじっと湖面に浮かぶ青白い満月を眺めていた。 精霊たちの力を過信していたが故にボディそのものに酷い素材が使用されており、政府の反対派や自然保護団体から圧力がかかったらしい。 恐らく、もうあの無茶なプロジェクトが立ち上がることはないだろう、と。 気付けば、あれから半年は経つ。 もう、イーグリードは居ない。 行方不明だった第17部隊の隊長が反旗を翻し、人間に牙を向けたのだ。 イーグリードはハンターベースを去り、反乱に参加した。…そして、死亡。 あっという間だった。 何故彼が反旗を翻したのか、裏の理由はオストリーグだけが知っている。 またあの湖に行きたかったが、オストリーグにはもう翼がない。 まるで、翼そのものが人間へ対する信用の証だったとでも言うように、あの日から二日後に事故で失った。 正真正銘、あのフライトが最後の飛空旅行となった。 数ヵ月後、オストリーグもまた反乱に加わり、彼らの総てが終わる事になる。 湖は、オストリーグが命を落としたあとも、その水を美しくたたえつづけるだろう。 淡い恋心を抱きながら、永遠に。 | ||
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