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制作者:夜叉狐さん これは、Σが反乱を起こす前。 彼の飛行能力がまだ存分に発揮できた頃の出来事である。 今回任務から外れていた自分にとっては、とりあえず何も無い一日。今日は事件も無く、久々に静かな時間が過ごせそうだった。 自分の書類も総て片付けた彼は大きく伸びをすると、ふと思い立って目前の窓から飛び立ち、眼下に広がる芝生の上へ降り立った。 空は、いつものように青い絨毯を腕一杯に広げ、さわやかな風をあらゆるものに届けてくれる。 雲は殆ど無く、指令のため飛び立った戦艦・デスログマーと仲間達が鳥と共に遠く点になっていく。 オストリーグは只ぼうっと彼らの雄姿を見送り、そのまま柔らかく生えた芝生に寝転がる。 日光にずっと照らされていたのか、かすかな草いきれがオストリーグの思考をくすぐった。 たかが空輸に何故二十人も隊員が必要なのか、空輸するなら空挺部隊ではなく輸送部隊を使うのが一番ではなかろうか、と言う様々な疑問が浮かんでは消えたが、今のオストリーグには全く関係の無い事だ。 と。 「外に出るときはちゃんと出入り口から出なさいって何度言われた? オストリーグ」 目を閉じたオストリーグの日光を誰かがさえぎる。いつも聴きなれた声、物腰の柔らかい口調… 「…ざっと63回は言われたと思いますよ、イーグリード隊長」 「数えているのか」 「冗談っスよー」 ぱちりと大きな目を開くと、太陽を背負って自分の顔を覗き込む鳥型レプリロイドの姿。 オストリーグが所属する部隊の隊長、ストーム・イーグリード。 「意識があるのなら守る事だな。その内首を切られても知らんぞ」 「そうなんスか?」 「当たり前だ。人間だって同じだろう、不真面目な者は解雇。それがルールだ」 「うわ…じゃその内そうするっス」 「今直せよ…子供じゃあるまいし」 イーグリードは呆れ顔で頭を抱える。それでも、普段はあまり喋る事を好まない彼がこうして自分に気楽に話し掛けてくれると言う事は好かれている証拠だ。それに微かながらも感じているオストリーグも、こんな隊長を尊敬・信頼している。 「ところで、」 暫く遠くの鳶の声を聴いていた二人だが、イーグリードのほうから話は持ち上がった。 「今日の空輸の話…知っているか?」 「『空輸』の任務そのものは知ってますけど…何運ぶかも伝えられてないし。何だか変っスよね」 「やはりそう思うか」 先刻仲間達が消えていったほうの空を眺めながら、イーグリードは溜息混じりに言う。 「俺にもあまり内容は伝えられなんだ。だが…」 「だが?」 「恐らく俺にしか伝えられていないだろうからあまり言うなよ。…空輸するものは、レプリロイド一体のみ、だそうだ」 「ハァ? そのレプリロイド、自分からここに来れないんスか?」 「新型のレプリロイドで、脱走するような事が無いように起動は此方で行う。最初何日かは様子を見た後、ウチの部隊で実戦投入出来るかどうか実験するらしいが…どんな機能を持つのか、何故ウチなのか…全く情報が無い。 只よほど警戒しているようで、俺が直々に動くと事の重要性がばれるってんで俺は留守番さ」 「へぇ…で、そのレプリロイドは名前も聞かされてないんスか?」 「いや…名前は聞いている」 すぅ、と一呼吸置き、彼は相変わらず寝転んだままのオストリーグに顔を向けて言った。 「NYMPHEシリーズプロトタイプ、『マーキュリアル・ナイアード』」 「…にゅむぺ? 変な名前」 やがてデスログマーの護衛にまわされた幾人かの仲間も降り立ち、戦艦のハッチをドックの入り口へギリギリまで近付けられた。 あの後聴いた話だが、居残り組がいたことにも理由があり、『NYMPHE』を受け入れるための仕度をしていたのと、『NYMPHE』の世話をする役割決めを今から残りの隊員ですると言う事だ。 「『NYMPHE』の世話と言っても隊の事を教える役割だ、二人ほどでいいらしい。 一人は俺が引き受ける、もう一人をこの中から決めて欲しい。但し、あまりにも『先輩』に見えないような奴は俺の判断ではずすぞ」 イーグリードが空輸に就かなかった隊員の前で説明する。 隊長が世話するのは当たり前だろ、と呟くとイーグリードから痛い視線が返ってきた。 隊員の雰囲気は和やかで、皆まるで学校の係を決めるようなノリだ。 「なかなか決まんねーな…ジャンケンでいいか?」 「あ俺賛成」 「じゃいくぞー。最初はチョキ!!」 緊張感のかけらも無い。 やがて誰かが提案したジャンケンで最後の最後にとある隊員とオストリーグが残ったが、片方は教育指導に向かないと言う理由で勝手に隊長がオストリーグを指名してしまった。 「俺っスか!? 何で…」 イーグリードが目のみで合図する。…そう、この中でオストリーグのみが事情を人よりも詳しく知っているからだ。 「…はめられたんスか? 俺…」 「どうやってはめるって言うんだ、ジャンケンで決まったと言うのに」 イーグリードの顔がにやつく。 解散、と一言言うと、イーグリードは口元を歪ませたまま立ち尽くすオストリーグの肩を軽く叩いた。 「さ、実際に会いに行ってみようじゃないか。『ナイアード』にな」 二人は先程デスログマーを迎えた時とは違うルートを通り、屋上に近いその実験室へと急いだ。 『搬入』と言われると何だかレプリロイドの存在意義まで疑ってしまいそうな気がしてしまうが、所詮自分も目前の隊長も『生物』では無い。 …何となく気持ちが暗くなった。 何枚もの扉がひとつづつ開き、漸く湿っぽく暗い部屋へ辿り着く。 屋上に近い割に窓が無く、どこと無く薬品の苦い匂いが漂っている。 「何だ…随分暗い…?」 ふと、足元にあった視線を真正面に向けてみる。 オストリーグは言葉を失った。 「…これが、『マーキュリアル・ナイアード』…だ」 部屋の中央には、大きなカプセルがあった。天井からカプセル上部まで無数の管が張り巡らされ、心なしか脈を打っているようにも見える。 その大きな揺り籠の中に、それは…『彼女』は眠っていた。 まるで妖精のようなレプリロイド…否、『レプリロイド』と偽っているのかも知れない。 仄かに灯る明かりの下、青銀の髪のそれは体の部分部分が透け、カプセル内に満たされた液体に溶けているようにも見える。 液体ではなく、リキッドメタルでもなく…説明のしようが無い。 「水銀中毒の妖精?」 「直訳するとそうなるな」 苦笑するイーグリード。 「詳しい事を聞いてきた。従来型のリキッドメタルとは違い、水銀を含んでいるために驚異的な表面張力が働き、固体化のスピードは2倍…重量の点でも改良され、飛行可能になったとの事だ。それと…」 「?」 「コアにメモリなどの電気系統は一切使用していないそうだ」 「え」 オストリーグの目が点になる。 「じゃ何が…」 「国家機密、だと。逆を言えば、このコアが特殊なおかげで大幅性能アップが期待できるという話だ」 「ほえ〜…このムスメがねぇ」 「離れていろ、起動させる」 カプセルから少し離れたコントローラの前に立ち、イーグリードはキーボードのキーを数回叩く。 ごぼり、と嫌な音を立て、カプセル内の液体がボトルを逆さにしたように抜けていく。 徐々に液体に溶け込んでいた部分があらわになり、彼女の全貌が明らかになっていった。 「何だか氷みたいなレプリロイドだなぁ…」 「あぁ…」 透けている部分は冷たく薄く青みがかっており、彼女を包むアーマーは今にも溶けてしまいそうなその体を支えているようにも見えた。 全身に水滴がしたたり、光に反射して虹色に輝く。 しかし彼女は目を閉じたまま、今は只マリオネットのようにコードに吊るされているだけだ。 Enterキーを二度叩くイーグリード。とたんにぶちんと小気味良くコードが引き抜かれ、胴がどさりと崩れ落ちる。 一瞬の沈黙。 「……」 「起動するぞ」 人形だった彼女の体がぴくりと反応し、長い睫毛が震える。やがて、瞼の奥から水銀のような色の瞳を覗かせ、周囲を認識した。 「…隊長、」 まるで卵から無事に幼生が孵るような感覚がしたのだろう、感極まって思わず声をあげるオストリーグ。…しかし。 とたんに彼女は二人のほうを振り返り、叫んだ。 「…貴方達…なに!?」 「え? 何って…」 「誰!? 人じゃない…生き物じゃない!! なのに喋ってる…嫌!! どうなってるの!?」 「ちょっと落ち着けって、オイ…そんな古典的な」 オストリーグが心配そうに手を差し伸べるが、すぐに振り払われる。 「来ないで!! 嫌…何なのよこの体!? あたしはなに!? 嫌…嫌ああぁぁぁッ!!」 頭を抱え、蹲るナイアード。 …どうやら、実戦投入は暫く先になりそうだ。 自分でも気付かぬほど淡い思いを抱いているのか、それとも生まれたてのひよこに会いに行くような心境なのか… 実験室は相変わらず悶々とした雰囲気をたたえていたが、オストリーグが来るまでに切れた蛍光灯を交換したのか…昨日よりも幾分明るくなっている。 黴臭さもほんの少し薄れた気がしたが、それは奥に居る二人の所為か。 少し暗くなっている奥の方で跪いて何やら話しているイーグリードと、隅の方でまだ少し怯えてはいるものの普通にイーグリードの言葉を聞いているナイアードの姿を見つけ、駆け寄る。 「遅かったなオストリーグ。ほら、」 イーグリードはオストリーグの遅い出勤に怒ることも無くすとその場に立って場所を換え、ナイアードを促した。 「彼はソニック・オストリーグ。俺と同じ隊の部下だ」 「……」 何となくおぼつかない足取りで立つと、彼女は恐る恐る、しかし確実にオストリーグへと近付く。そして… 「…昨日は、ごめんなさい。…急な事で混乱してたんです」 照れくさそうに、上目遣いで少しだけ顔を赤らめ、はにかんだ。 「あたしはナイアード…まだ何にも分からないけど、よろしくです」 自分の顔が沸騰しそうになるほど熱くなるのが分かった。 「い…いやべっ別にかまわないっスよ!?」 「惚れたなオストリーグ」 「違うっス! たったっただちょっとおーヴぁーひーとして…」 イーグリードのからかいも受け流す事が出来ず、只狼狽する。 それを見て彼女も少し笑っている…とりあえずメインに支障はなく、無事に稼動しているらしい。 「でっでも…昨日のアレから大分落ち着いたんじゃないっスか?」 「あぁ、俺達の事を教えたんだ」 聞くと、どうやらイーグリードは昨日からずっと彼女の傍に居続け、少しずつ語っていったらしい。 今の世界の情勢、自分達レプリロイドの構造、この施設の事、そして自分達の仕事を…。 彼女は素直な性格らしく、イーグリードの言う事を総て聞いてくれたと言う。その結果が、今の状態だ。 「ついでに彼女の事も少しだけ教えてくれたぞ」 と、イーグリードは話そうとしたが、 「大丈夫です…あたしが話します。あたし自身の事ですから」 と、自ら語りだした。 「あたしにも自分の事はよく分からないんです。…只、あたしは初め、この体ではありませんでした。ずっと森に居たんです。 森を守る事があたしの役割でした。…でも、突然貴方達みたいな…いえ、もっと凶暴な『風』を持つ、抜け殻のような器物が来たんです。 彼らは皆魂がなければ感情もない、本当に…動く器物でした」 「…メカニロイドの事だ」 イーグリードが付け加える。 「あたしは逃げる術がなく捕まってしまい、気が付いたら目の前に貴方がたが居たもので…ごめんなさい」 「謝る事はないっスよ」 言いながらも、オストリーグは沢山の矛盾点に気付く。 彼女が元々レプリロイドだとしたら、昨日のあの言葉『生き物じゃないのに喋ってる』とは…? 何故彼女を『ナイアード』として作成した者は自分で開発せずにわざわざ捕まえて改造したのか…? 何故、彼女の体の仕組みを『国家機密』としたのか…? 本当に『国家機密』だとしたら、一連の事について国がからんでいる事になる。 どちらにしても、今悩んでも仕方のないことなのだが。 「あたしが住んでいた森を守るため、あまり詳しい事は話せないんですが…ごめんなさい」 「だから謝る事ないって」 喋りながらも、何処か嬉しそうなオストリーグ。彼女と目を合わせていることが何だか照れくさくて、ついつい下を向いてしまう。 男性型レプリロイドが多いのはイレギュラーハンターも同じで、こう言った女性型を目の当たりにするとあがってしまう隊員も少なくない。 その1つだ、と考えていたいのだが…もう無理かもしれない。オストリーグは少し開き直った。 その日、彼らは一日中ナイアードと様々な事について話し合った。 今日から暫くの間、彼女のサポートが二人の仕事だ。 この出来事から数日後、微かな幸せに終止符が打たれる事を三人は知る由もない。 | ||
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