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制作者:シャープネスさん 『すまない…わしにはもうこれしか手段が残されていないのじゃ…』 (誤る事はありませんよ…。博士は正しい判断をしたと思います) 何か…酷く懐かしい……。 けど、心が痛い…。 『エックスよ…これだけは忘れないでくれ…。お前に秘められた「力」は決して意味の無い物ではないはずじゃ…。その力で平和を…守ってくれ……』 (博士……。約束します。必ず……) そうか…俺がカプセルに封印された時の記憶か…。 やはりあの人が、博士が俺を…? ぷつっ! 突然場面が切り替わる。 もっと昔の記憶だろうか? すごく懐かしい…。 『へぇ〜その子が博士の言っていた例の?』 聞きなれない女性の声…。 明るい通った声。その声はまるで新しいおもちゃを見た様に弾んでいる。 誰だろう?記憶に無い…。 『その通り。ロックマンエックスじゃ』 (初めまして) モニター越しにその女性が柔らかに笑いかける。 『エックス君、よろしくね☆ 所で博士、例のファイルの件ですけど、ついに完成しました』 急に女性の声から子供の様な雰囲気が消え去り、冷静で聡明な落ち着いた声に変わった。 『ほぉ、随分早かったのう』 ? 例のファイル? 何だろう?良く分からない。 『実物が無かったからホント苦労しましたけど。完全とはいかないけれど、その子の力になると思います』 力?どんな? 何か大切な物の様な気がする。 『本当にすまなかったのう…』 『いいえ。私達の受けた恩に比べれば、たいした事ありませんわ』 この人を俺は知っている…? もっと昔に会った事があるような気がする…。 でも、いつ…? 『それに、本当は博士の研究を手助けできれば良かったのですが…。エックス君の構造は私には難しすぎて…』 『気持ちだけで結構じゃよ。本当にありがとう』 ……何かこの記憶は重要な気がする。 とても、とても……。 『エックスさん?…エックスさん』 誰だろう?俺を呼ぶのは…? 聞きなれない声…。けど、何かドキドキする。 『エックスさん、起きて下さい。もうすぐ目的地です』 もう少し待ってくれ…もう少しで何か思い出しそうなんだ……。 しかし、もう意識がハッキリしてきた。 記憶がまるで、水彩画が水で滲む様な感じで、鮮明さを急速に失っていく。 夢はそこで途切れ、浮かび上がってきていた記憶は、再び深い意識の海へと沈んでいった。 体中の機能が一気に覚醒しようと動き出す。 「エックスさん…!?」 「ああ、すまない…。今起きるよ……」 俺はゆっくり姿勢を戻した。 目の前に透き通る様な亜麻色のみつあみにした髪の毛が揺れる。 俺が顔を上げると、美しい少女の淡い藍色の瞳が心配そうに覗き込んでいる。 彼女の名はアリシア。アドニック研究所の調査員で、今回の護衛任務の護衛対象だ。 重度の汚染区域の奥にある旧世紀の遺跡からデータのサルベージをするのだが、どうもイレギュラーが潜んでいるらしい。 任務を円滑に進める為に護衛を要請されたのだ。 しかし、それだけではない。 俺に関わるデータが存在する可能性が高いらしい。 データの回収は、俺にしか出来ない場合もあるらしく、俺が護衛にあたることになったのだ。 「? どうかしましたか?」 「いや、何でもない…。ただ……」 「ただ?」 不思議そうな顔で聞き返してきた。 「夢を見たんだ…」 「夢…ですか…?」 「ああ。凄く懐かしい事の様な気がする」 「もしかしたら、遺跡と共鳴を起こしているのかも…。そうなると、エクッスさんに関わりがある可能性が高くなりましたね」 少し思案する様な仕草をして、アリシアは言った。 そうかもしれない。 これまで俺の過去の記憶に関わるような夢は、ほとんど見た事が無い。 それに、何か懐かしい物を感じる。 「とりあえず、降下準備をしましょう。あまり時間もありませんし…」 降下時間が迫っている事に気が付いたアリシアが言った。 「そうだな。急ごう」 そう言うと、俺とアリシアはカーゴルームへと向かった。 輸送機のカーゴルームには大きくスペースを割いている。 そのため、他の通路等は非常に狭く、大型のレプリロイドの間では不評だ。 ずっと『狭い』カーゴルームに詰め込まれるのは窮屈でたまらないからだそうだ。 カーゴルームに入ってみると、大型のライドアーマーが係留されており、その巨体ゆえに圧迫感を覚えた。 力強いフォルムに、黒系統の暗いカラーリング。 シートが縦に二つ並んでいる複座式のコックピット。 コックピットは重度の汚染に対応して完全に密閉出来るようになっている。 マニュピレーターは右側が五本指の標準型、左側が掘削用のシールドドリルになっている。 外見はあたかも巨大ロボット様だった。 この特殊な大型ライドアーマーは、通称『ブラックゴング』と呼ばれている。 カタログ等では見た事があったが、実物を見るのは初めてだった。 「『ブラックゴング』!? こんな物まで用意していたのか……」 「はい。これを投入するのには反対されたのですが……。無理を言って持ってこさせてもらいました」 ブラックゴングは他のライドアーマーを軽く上回るほどのコストが掛かる程の高級品だ。 そんな物を簡単に出撃させるとは…。 どちらにせよ、使わせてもらえる物は最大限利用させて貰うとしよう。 既に俺とアリシアはブラックゴングのコックピットに座っていた。 二人とも防護スーツを着用している。 これを着用せずに汚染された場所に降り立てば、ものの数分で機能が完全に停止してしまう。 完全密閉型のコックピットとは言っても、安心は出来ない。 要は保険なのだ。 今回は先行部隊として少人数での編成になっている。 俺達の他に後四人のメンバーがいて、別の輸送機に乗り込んでいる。 四機の完全密閉型のライドアーマー、『ノーティラス』と共に。 ブラックゴングで道を切り開き、遺跡内での陣地を確保、俺が警戒しつつ内部を調査し、速やかに離脱する事になっている。 果たしてどんなイレギュラーが待ち構えているのか…。 どんなデータが遺跡に眠っているのだろうか…。 不安要素は多いが、俺は任務を全うするだけだ。 …必ずアリシアを守る。 ヴィーム!ヴィーム!ヴィーム! 警報が鳴り響き、目の前のハッチが開かれてゆく。 「ブラック1、降下開始します!」 アリシアの声が任務の開始を告げる。 『了解。固定ボルト解除』 パイロットがパネルを操作する。 伝達された指令を受け、固定ボルトが次々に解除され、次第にブラックゴングは重力に引き寄せられ始めた。 レールを伝って一気に加速してゆく。 眼下には汚染区域が広がり、歪んだ瘴気がライドアーマーにまとわり付く。 「パラシュート展開」 パネルを操作すると、すぐさまバックパックが作動を始める。 バサッ!!! 空の灰色に溶け込むような灰色のパラシュートが展開され、徐々に加速度はその勢いを失ってゆく。 何故、パラシュート方式なのか。 それは、重度の汚染物質が充満しているために、スラスター方式では熱によって化学反応の危険性がある為に使用できないからだ。 その点、パラシュート方式では何の問題も無い。 地面が見えて来た。 素早くコントロールスティックを操作して着陸態勢を取る。 刹那、ライドアーマーに衝撃が走る。 ズシャァァアアア!!! 着地した地点の地面がえぐれ、土が周囲に飛び散った。 振動は収まり、周囲からは微かにライドアーマーの駆動音のみが聞こえるだけになった。 俺は素早くパネルを操作し、パラシュートを切り離した。 すると、同時にアリシアはライドアーマーの各所のチェックを始めた。 「各部アクチュエータ異常なし…。各部、正常に作動中。着陸ポイントへの誤差±0.25メートル……」 テキパキとチェックを済ませていくアリシア。 その最中、次々と他のメンバーのライドアーマ達が降下してくる。 ノーティラスは、全身が青く塗装されたボディーに鋭い黄色のラインが入った独特のカラーリングになっている。 ライデンと同系列なので、見た目は酷似しているものの、全体的に丸みを帯びており印象はかなり異なる。 本体と一体化したシールドキャノピーも印象を変える一因になっていた。 四機のノーティラスは、それぞれ無事に着陸に成功した様だ。 「ブラック1異常無し。着陸に無事成功しました」 アリシアが正常に着陸した事を告げた。 それから程なくして次々と報告の連絡が入る。 『ディープ1異常無し』 『ディープ2異常無し』 『ディープ3異常無し』 『ディープ4異常無し』 「全機、異常無し。これより遺跡への移動を開始します」 全機が正常に作動していることを確認したアリシアが指示を出した。 『『了解!』』 アリシアの指示に調査員は声を重ねて答えた。 それと同時に各ライドアーマーが姿勢を正し、動き出した。 「これ以降は汚染物質による電波障害によって音声通信が困難になります。各機、注意してください」 『『了解!』』 アリシアが注意を促す。 目指すは遺跡の中心部。 ライドアーマーは無言でうっそうとした暗い瓦礫とスクラップの森の中へと消えていった。 とはいっても、見えた時には到着したも同然だ。 何故なら、視界が非常に悪く、前方は20メートル程度しか見えない。 各種センサーも汚染物質に邪魔されて感度が鈍っている。 ここでは、我々の持っているあらゆる『眼』が大した意味を成さない。 こんな場所で『敵(イレギュラー)』に遭遇したなら……。 恐らく、普通のハンターや調査員では反撃することなくその命を奪われるだろう。 その為に俺がここに来たのだが…。 ブラックゴングの左腕のシールドドリルが唸りを上げて障害物を蹴散らし続けている。 今の所イレギュラーらしい物も、動く物さえも見つける事は出来ない。 だが、嫌な予感がする。 不意に何者かの視線を感じた。居る!!! 敵はすぐ傍まで近づいている!!! 「!!! 全機周囲に気を配れ!! 敵がすぐ傍まで来ている!!!!」 全員に緊張が走る。 ノーティラスはリニアランチャーを構えた。 ここでは着地様のスラスター同様の理由で火薬も、ビームも使用することが出来ない。 強力な磁力で弾頭を直接打ち込むリニアランチャーは比較的安全に使用できる。 不意に凄まじい轟音が後衛の方から響いてきた。 「!? ディープ3のシグナルが途絶えた!? チャーリー!! 応答して!!! チャーリー!!!?」 『ザザザー…ザザッッザーザー…プツッ』 アリシアが必死に呼びかける。 しかし、無情にも無線からは無機質なノイズのみが帰ってくるだけで、呼びかけに答える事は二度と無かった。 『このぉ!! 化け物がぁ!!!』 ディープ4が交戦状態に入ったようだが、センサーでは捕らえることが出来ない。 リニアランチャーの咆哮が上がる。 周囲が崩れる音と激しいジェネレーター音だけは辛うじてセンサーが捕らえていたが、それも長くは続かなかった。 『うわぁぁぁ!!!!』 装甲を裂く金きり音と悲鳴だけが響き、再び周囲に沈黙が訪れる。 「そんな!!! ディープ4!!? ライシス!! 応答してぇ!!!」 ディープ3に続いてディープ4まで…。 このままでは全滅もありうる…。 俺は決断を迫られた。このまま戦闘を続けるか?それとも……。 「後退する!! このままでは全滅してしまう!!! ディープ1、ディープ2、このまま奥へ後退して体勢を立て直す!!」 『『りょっ、了解!!』』 俺は後退を余儀なくされた。 来た道から現れた『敵』…。 これによって、引き返すと言う選択肢は既に無いのだ。 「そっ、そんな!! チャーリーとライシスを見捨てると言うの!?」 アリシアは泣きそうな顔で、目に涙を浮かべながら抗議してきた。 心が痛むが、生きているか、死んでいるか分からない者のために全滅する訳にはいかない。 頭では分かっているが、体が言う事を聞かない。 俺はパネルを操作してハッチを開いた。 その途端、周りから有害物質が流れ込んでくる。 傍にあったリニアライフルを掴む。 まとわり付くような重苦しい空気を切り裂くように俺はライドアーマーから降り立つ。 「!? なっ、何を!!?」 防護スーツのフェイスマスクの奥から驚いた瞳が俺を見つめる。 「俺の任務は君達の護衛だ。生存者の救助に向かう」 「そんなむちゃな…!!!」 涙目になったアリシアに背を向けて俺は走り出した。 「いいか! すぐにハッチを閉めて奥に向かえ!! 10分待って俺が戻らないときは脱出しろ!!!」 「そんな!!! エックスさん!!! エックスさん……!!!!」 次第に聞こえなくなっていく声。 だが、立ち止まっている暇は無い! 俺に残された時間は後僅かなのだから。 ディープ4はコックピットごと引き裂かれ、ライシスの残骸が僅かに残っているだけだった。 「くっ…。なんて酷い…」 それから程なくしてディープ3を発見した。 全体的に切り刻まれているが、ハッチを無理やり剥がした跡は無かった。 ふと隅の方に目をやると、人影が見える。 淡い期待を持って、走りよった。 「!? チャーリー!!!? おい!! しっかりしろ!!!」 「う…ううう……」 微かにうめき声が無線を通してに聞こえてくる。 良かった…。生きてる! 「しっかりしろ! 立てるか?」 「いけない…。は…早く逃げ…て…」 チャーリーが息も絶え絶えに警告を発する。 その時、周囲の気体が渦を巻いた。 「!!!?」 身の危険を感じた俺は、チャーリーを抱えたまま跳びすさった。 その瞬間、俺たちが立っていた場所は、見えない刃に切り刻まれた。 「くっ…!!」 「…よくかわしたな……」 冷たく、重苦しい声が響くのを防護スーツのセンサーが捉える。 霧のように広がる汚染物質から影が滲み出す。 次第に輪郭がハッキリと見えて来た。 「なっ!?」 それは、『ただの』レプリロイドだった。 身長はクワンガー程度だろうか…。 体の線は細く、華奢な印象を受ける。 全身は砂のような色をしており、その姿はまるで古代エジプトのアビヌス神の様だった。 しかし、見た所特殊なコーティングやシールドを装備しているようには見えない。 これだけの汚染物質の充満した特殊な環境で行動出来るとは…。 このレプリロイドは一体!? そいつが無表情で静かに口を開いた。 「我が名はポイゾナ=アビヌシャス……。我が聖域を侵す者よ…。その罪…万死に値するっ!!!」 突然表情は一変し、獣のような物に豹変した。 化け物染みたスピードで迫るアビヌシャス。 素早く俺は蹴りを叩き込み、相手のバランスを崩す。 「ぬぅ!!?」 勢いあまったアビヌシャスは瓦礫の山に突っ込む。 その隙に俺は一気に間合いを取り、チャーリーをライドアーマーの影に下ろした。 さぁ、戦闘開始だ!! リニアライフルを瓦礫の山に撃ち込む。 しかし、その弾丸は瓦礫に着弾することなく空中で瓦礫ごと微塵切りにされてしまった。 「何!?」 衝撃波が俺を襲う。 ヤツは平然と立ち上がり、再び構える。 ヤバイ!!! とっさに横に跳び、回避行動を取った。 それとほぼ同時くらいに、凄まじい衝撃と共に地面を見えない刃が襲う。 地面は滅多切りにされたかの様にえぐれ、破片が飛び散った。 俺は回避しながら狙いを定めるのもそこそこにフルオートで弾を撃ち込む。 今度こそ!! しかし、予見していたかの様な二撃目に阻まれ、無残にも弾丸は全て散っていった。 そのまま二撃目は弾丸を貫通して俺を襲う。 「ぐわぁぁ!!!」 斬撃が防護スーツを引き裂く。 それと同時に到達した衝撃波によって、俺は吹き飛ばされた。 壁面に叩き付けられた衝撃で嗚咽が漏れる。 『警告! 防護スーツに深刻なダメージを受けました。これ以上の作業は…』 防護スーツのナビゲーションシステムが警告を発する。 しかし、俺は凄まじい衝撃によってそのアナウンスを聞き取る余裕が無かった。 本能のままに、気力だけで立ち上がる。 だが、相手は容赦などしてはくれない。 あっという間に間合いを詰めて来た。 「デモリション・ケイジィィ!!!」 隙だらけだった俺に攻撃を加える。 見えない刃が俺を包み込み、まるでミキサーの様に高速で回転し始めた。 「うわああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」 これまでとは比べ物にならない程の衝撃が俺を襲う。 防護スーツが切り裂かれ、持っていたリニアライフルも切り刻まれてしまう。 それと同時に、周囲の汚染物質が侵入し始めた。 『危険!防護スーツに亀裂が発生しました。これ以上の作業は危険です。直ちに作業を中断して…』 ナビゲーションが最後の警告を発した。 しかし、防護スーツはあっという間にその役目を果たす事が出来ない様に切り刻まれてゆく。 汚染物質が体に滲入(しんにゅう)して来た。 もう既に冷静に判断する事もままならない。 このままではやられてしまう。 ヤツを倒さなければ……。 だが、持っていたリニアライフルはもう無い。 こうなったら一か八か…。 力を振り絞ってチャージバスターを放った。 「むぅ!?」 驚いたのか、アビヌシャスの攻撃が途切れた。 これなら当たる!!! しかし、バスターは空中で分解された。 アビヌシャスに当たる事無く…。 「そっ、…そんな馬鹿な……!?」 「くくく…愚かな…。ここはサイドス・フォッグが充満しているのだ…バスターなど無意味だ……」 「サイドス溶液の霧だと!? そんな馬鹿な…」 サイドス溶液とは、バスターエネルギーを吸収する液体の事だ。 以前にもサイドス溶液には世話になった事があったが、まさかこんな時に…。 体が次第に言う事を聞かなくなって来た。 意識が遠のいてゆく…。 「フフフ…。私に特殊武器を『使わせる』ことさえ出来ないとは…。少々拍子抜けだ」 そんな…。 なんて事だ。コイツは今だ特殊武器を『使ってもいない』と言うのか…。 だめだ…コイツには…か…て…な…い……。 もう何も見えない。もう何も聞こえない。もう俺に戦う力は残されていない。 ごめん、ゼロ…。エイリア…シグナス…ダグラス…ゲイト…Dr.ケイン…マーティ…。 アリシア………。 死神の気配が忍び寄ってくる。 俺はここまでなのか…。 ドックン!!! 「!?」 ドックン!!! 大きな音が聞こえてくる。 これは…鼓動? 暖かな光が差し込んでくる。 暗黒に沈んで行く俺に投げかけられた波紋。 それは次第に大きな波となる。 体に大きな変化が起こる。 カプセルでアーマーを装着したときと同じ感覚が全身を襲う。 心地いい変化。しかしそれは不自然な話。 何故なら、ここにはカプセルが…無い。 痛みが和らぐ。 今まで自分を苦しめていた有害物質は、その進入を『変化』に押しとどめられてゆく。 同時にその『毒』は俺の体から少しずつ、確実に抜けていった。 立てる……。 ゆっくりと立ち上がった。 見える……。 アビヌシャスが慌てふためいているのが見えた。 聞こえる……。 周りの音やアビヌシャスの叫び声が聞こえた。 「これでも食らえ!!」 放たれた見えない刃が轟音を上げ迫ってくる。 右手をかざし、刃を受ける。 弾ける様にして刃はその力を失い、消えていった。 「くっ!!!」 アビヌシャスは大きく振りかぶり、無数の刃を俺に放った。 俺は何かを守るように屈み込む。 「きゃ!」 女性の声…。アリシア? 何故ここに? そんな事を考えている内に刃が俺を襲う。 しかし、いづれも俺にダメージを与える事は出来ない。 「何故だ!? 我が攻撃をアレだけ受けてダメージを受けない!!?」 次第に意識がハッキリとしてきた。 自らの姿の変化に気が付いた。 俺は見た事も無いアーマーを身に着けていたのだ。 顔にはフェイスマスクが覆っていて、そこにはガードポールと二つのエアダクトがついていた。 各所にはエアダクトのようなものが各所に見られ、黄色と黒のガードポールが体の各所を守っている。 一見するとアメフトの選手の様な屈強な雰囲気を持っている。 しかし、俺は状況が理解できなかった。 体の急激な変化…。心が安らぐと同時に恐怖をも感じる。 それは自分が『自己完結』した進化し続ける『化け物』へと変貌したのではないかと言う恐れ。 ただでさえ、『成長』すると言う事が顕著な自分にとって、 急激な『成長』は、終焉へと向かう加速度を早めるのと同じ…。 その先に何があるというのか…?『破滅』?それとも……。 一瞬にしてその不安を無理やり振り払う。 今は目の前の敵に集中するしかない。 俺がアリシアを守らなければならない…。 それが任務。 俺は生き延びて、無事に帰らなければならない…。 それが約束。 幸運にも俺は生き延びるチャンスを得た。 後はこのチャンスを生かすだけだ……。 「…いくぞ」 一気に俺は間合いを詰めた。 「ひぃっ!?」 アビヌシャスの表情が恐怖に歪む。 そこには、最初に俺を襲った獣の眼は無かった。 頭を鷲掴みにして、凄まじい勢いでダッシュしながら壁にたたきつける。 轟音と共に壁は崩れ落ち、粉塵が上がった。 そのまま壁を突き破るが、勢いは止まらない。 地面にアビヌシャスの頭をめり込ませながらダッシュは続く。 「!!????!!!?!?!?!?…!!」 目を白黒させながら衝撃に飲まれてゆくアビヌシャス。 不意に俺は手を離した。 その途端、アビヌシャスの頭が地面に引っかかり、勢いの止まらない下半身に引っ張られて二回三回と縦に回転し始めた。 手を離した後、そのままダッシュを続け、間合いを取った後、急に反転しアビヌシャスにバスターの狙いをつける。 ダッシュの最中に溜め続けていたエネルギーを一気に放つ。 刹那、飛び出したショットは、サイドス・フォッグに遮られる事無く、その凶牙を突き立てた。 光がアビヌシャスを飲み込んでゆき、爆風を巻き上げる。 ドゴォォオオ!!! …まだだ。 まだやつは生きている。 俺はチャージを再開させた。 再び大量のエネルギーがバスターに集まる。 「ぐおおおぉぉおおぉおっぉぉぉお!!!!」 爆風を見えない刃で切り裂き、ヤツは再び姿を現した。 その眼は、生き延びる事だけを渇望する『狩られる立場』の獣の眼をしていた。 「我が聖域をぉぉぉ汚すなぁあぁぁぁぁぁ!!!!!」 凄まじい形相で俺に迫る。 不意に、アビヌシャスの体中から瘴気が噴出し、俺の体のまとわり付いた。 「!?」 纏わり付いた瘴気が三角錐状に形を変え、凄まじい圧力が掛かる。 同時に、三角錐内で見えない刃が無数に襲ってきた。 「どうだ!! これが我が奥技!!! デルタ・ベノムだ!!!!」 勝ち誇った様な声を上げるアビヌシャス。 しかし、それも長くは続かなかった。 バシイィィ!!! 「何!?」 デルタ・ベノムは弾け飛んだ。 突然の出来事にアビヌシャスは困惑を隠せない。 「それがお前の『特殊武器』か…? …今の俺に効くわけが無いだろう? このアーマーに!!」 アビヌシャスは、ガタガタと震えながら後退りした。 自らの不運と愚かさを呪った事だろう。 あの時、素直に使用していれば、俺を倒せたかもしれなかった…と。 「このアーマーはな…そんなちんけな技が通用するほど甘くない!!」 バスターから光が溢れる。 「これで…終わりだぁあ!!!!」 せき止められていたエネルギーが一気に流れ出る。 計り知れない程の力が周辺の空気を歪めながらアビヌシャスに迫る。 ドゴシ!ドゴシ!ドゴシ!!ドゴゴォォォン!!! 大小の爆発を起こしながら、それは最後の時を迎えた。 そして、アビヌシャスはバスターの塵となったのだった。 バスターの光に飲まれながらアビヌシャスは声にならないほど小さな声で呟いた。 「…カ…ン…博士…私は…聖域を…守れ…なかっ…た…」 それが、アビヌシャスの最後の言葉となったが、その声を聞いたものは誰一人としていなかった。 「終わった…な……」 俺は力なく地面に座り込んだ。 そう…これで…全て……。 アビヌシャスの残骸に目を向けた。 コイツが恐らく調査隊を襲ったイレギュラーだろう。 ここのガーディアンだったのだろうか…? 今となっては確認する手立てはほとんど…無い。 「エックスさん!!」 アリシアが駆け寄って来た。 良かった…。アリシアは無事だったのか…。 「アリシア…無事だったか…」 「エックスさん…私…私…」 俺に抱きつきながら何かを言おうとしている。 しかし、涙にむせて、何度も痞えながら必死に何かを伝えようとしているが、声になっていない。 俺の事をそんなに心配していたのだろうか…? しかし、その淡い期待は見事に打ち砕かれた。 何故なら、彼女の走って来た方向には、ブラックゴングが見事に大破して転がっていたのだ。 左右の腕は切り落とされ、シールドドリルは再利用できないほどボロボロにされていた。 脚部もえぐられ機能していない。 ボディーも傷だらけになっている。 しかし、アイツの激しい猛攻にも耐えたブラックゴングは、伊達にコストが掛かっていない事を証明している。 恐らくこれが原因…かな……? だとしても、今は暫く彼女を抱いていたかった。 ただ一人、殉職したライシスを除いて…。 チャーリーは酷く憔悴しきってはいたものの、軽傷だったため、輸送機内の装備でも助かりそうだ。 ライドアーマーは回収したものの、結局スクラップ同然のブラック1とディープ3、4は戦闘データの回収に留まった。 遺跡中心部のデータは、奇跡的にも解析可能な媒体でデータが記録された物を回収できた為、このミッションは成功したと言える。 アーマーは、いつも通り破棄せずに、全てのデータを『発掘品』として提出し、すぐさま一次的な解析にまわされた。 『しこり』は残ったが、これで…全ては終わったのだ…。 全て…。 「エックスさん…。ここに居たんですね」 「ん…? アリシアか…」 薄らと紅く染まる灰色の雲を通路で眺めている俺を見つけたアリシアは、落ち着いた様子で声を掛けて来た。 もう、その顔に涙の跡は無かったが、その表情に普段の明るさは無かった。 やはり、ライシスの死がショックだったのだろう。 「どうしたんです? こんな所で…」 アリシアは心配そうな表情で質問を投げかけてきた。 「ああ…。チョッと考え事を…な……」 そっけなく俺は答えて、ぼーっと空を眺める。 アリシアはそんな俺の態度に腹を立てたのか、不満そうにこっちを見た。 「そっちこそ、どうかしたのかい?」 悪かったと小さな声で呟きながら、アリシアの方に向き直った。 コホンと小さく咳払いして、アリシアは手元の端末に目をやりながら答えた。 「はい。例のアーマーの調査結果の中間報告です。見ます?」 「!? ああ。是非見せてもらいたいな…」 俺は報告書に急いで目を通した。 報告書には要約すると次のような内容だった。 あのアーマーはレジストアーマーと言うらしい。 Dr.ライトに縁のあるロボット工学者、Dr.カリンカによって製作された物らしい。 詳細は不明だが、Dr.カリンカは外部の人物から依頼を受け、新たなシステムを研究していたらしい。 新たなシステムとは、『簡易アーマー転送システム』に関する研究だった。 外部からアーマープログラムを転送する事によって、アーマーを柔軟に運用して『ロボット』の能力を引き出すと言う構想だ。 エネルゲンクリスタルを利用しての転送システムは、実用的な域までいっていたらしい。 「『…いっていたらしい。…それは、今回の事件で既に証明されている』…? 証明!?」 報告書を読む手が止まり、疑問が口からついて出た。 「ええ。あなたに使用した『試作品』は正常にあなたの新しいアーマーとして機能したから…」 すると、あの時は俺だけの力での『進化』では無かった!? 単なる勘違いだったのか……。 正直な所、安心した。 俺はまだ、今まで通りの俺だったんだ。 …って待てよ…と言う事は? 「それじゃあ、あの時…君が俺を助けてくれたのか…?」 恐る恐る聞いてみる。 「そうよ…。あの時は夢中でブラック1を使って『試作品』を届けたのよ!? それを覚えていないなんて…」 当然といわんばかりに頷くアリシア。 口を尖らせ、ジト目で俺の事を責めている。 「う”っ……」 何も言えない…。 汚染物質で朦朧としてたとは言え、あの状況で彼女が助ける為にあの場に来ていた事ぐらい察するべきだったのだ。 俺は額に脂汗を浮べ、無意識にジリジリと後退りしていた。 「もう! 酷いなぁ!! あの時は私、死んじゃうかと思ったくらい『心配』(強調)したんですからね!!!」 「…えっ?」 だとすると、あの時泣いていたのは…危険な思いをしたり、ブラックゴングが大破したからじゃなく…。 俺を心配していたから…? カァァァァ! あの時の状況を察した途端、一気に顔が赤くなってゆく。 勘違いしていた事を恥じる気持ちと、アリシアの気持ちに対しての気恥ずかしさで一杯になった。 「この埋め合わせは、近いうちに取ってもらいますから!!」 こっちの表情に気がついたのか、頬を赤らめながら、すました顔でアリシアは言った。 こっちの表情を伺っているように見えるが…。 「トコトン付き合ってもらいます!! 覚悟しておいてくださいね!!!」 そのまま、詰め寄りながらアリシアは有無を言わさない迫力を込めて続けざまに言う。 「は…はい…」 その勢いと気迫に負けて、頼りないながらも俺はYESと答えてしまった。 それを聞いた途端、アリシアは花の様な笑顔になる。 心底、この時のアリシアは綺麗だと思った。 「じゃあ、日程と集合場所は近いうちに連絡しますから…よろしくね♪ エックス☆」 彼女はそう言うと、まるで悪戯に成功した子供の様な表情でウィンクした後、上機嫌で戻っていった。 俺はその後姿を見送って、暫くはその場でキョトンとしている事しかできなかった。 今のは一体…。 待てよ…?もしかして…今のはぁ!!? でっ、でっ、『でぇーと』のお誘い!!!? 何か、相手の狙いは良く分からないが…。デートである事には変わりは無い。 動揺しながらも、事の重大さに気が付いた俺は、新たな不安、『休みが取れるかどうか』について本気で悩み続けた。 ……続く☆ | ||
制作者コメント 管理人コメント |
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