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制作者:シャープネスさん 「!?」 体に大きな変化が起こる。 カプセルでアーマーを装着したときと同じ感覚が全身を襲う。 心地いい変化。しかしそれは不自然な話。 何故なら、ここにはカプセルが…無い。 痛みが和らぐ。 今まで自分を苦しめていた有害物質は、その進入を『変化』に押しとどめられてゆく。 俺は状況が理解できなかった。 体の急激な変化…。心が安らぐと同時に恐怖をも感じる。 それは自分が『自己完結』した進化し続ける『化け物』へと変貌したのではないかと言う恐れ。 ただでさえ、『成長』すると言う事が顕著な自分にとって、急激な『成長』は、終焉へと向かう加速度を早めるのと同じ…。 その先に何があるというのか…? 『破滅』? それとも……。 一瞬にしてその不安を無理やり振り払う。 今は目の前の敵に集中するしかない。 俺は生き延びなければ…。必ず戻ると約束した。 幸運にも俺は生き延びるチャンスを得た。 後はこのチャンスを生かすだけだ……。 眉間にしわを寄せながら紅い影が俺を覗き込む。 風になびく金髪は、美しい光沢を放っている。 「…ゼロか…何もしていないよ。ただ空を見ていただけさ…」 まだ気の抜けたままだった頭を覚醒させるように頭を左右に振りながら答えた。 ゼロは戻ってきてくれてから、俺は灰色の空を眺める日が多くなった。 『平和』…この世界では今だ不完全な言葉だ。 地上は荒れ果てたたままで、以前のような活気を取り戻すには、まだ多くの時を必要としている。 しかし、ここ最近はイレギュラーも発生していない。 エイリアとゲイトの共同研究による『対ウィルス抗体』のおかげだろう。 たいした事故、事件も起きていない。 そう、だから不完全ながらも今は『平和』なのだ。 寝そべっていた体を起こしてゆっくりと立ち上がった。 「いくらイレギュラーが出ないからといって、最近弛んでるんじゃないか?」 ゼロが厳しい視線を向ける。 確かにそれもあるが、それだけじゃない。 「確かに…。でも、こうやってボーっとできる事ってさ、とても大切なんじゃないかな?」 ヨッと!小さな声で掛け声をかけてゼロの居る所まで跳んだ。 その感覚を反芻しながら続けて、俺は気持ちを言葉に紡いだ。 「それに、誰かさんがサボっていた間、俺は心を鬼にしてまで戦ってきたんだ」 『ぐっ…』 ゼロの額に脂汗がにじむ。 なんだかんだ言って、ゼロは相当失踪していた事を気にしている。 わざと気づかないふりをして続けた。 「これくらいのご褒美があってもいいんじゃないかな?」 これほどに無いって位の笑顔で言った。 「ぐぐぅ……それもそうだが…」 困った様に視線を地面に伏せた。 俺があの事を責める様な事を言うと、決まってこういう風に視線を逸らす。 シグナスやエイリアにどんなに責められても眉一つ動かさないというのに…。 やはり、俺に対して相当な負い目があったのだろう。 そんなゼロがとても微笑ましくて、ついからかってしまう。 「で、用件は何? 何かあったのか?」 それとなく話を元に戻す。 ゼロは一瞬安堵した様な表情がかすめたが、すぐにいつものゼロに戻った。 「ああ。シグナスとDr.ケインが呼んでいる。お前に『客人』だとさ」 珍しい組み合わせだ。 Drはコロニー落下後、その責任を感じての心労で倒れ、今は養生している筈だ。 そのDrがネオハンターベースにいらっしゃっているとは…。 そんな状態のDrが、大した用事も無しに俺を呼ぶ訳など…有り得ない。 俺の顔に緊張が走った。 それまでの緩みきった表情から一変して目つきが鋭くなってゆくのが自分でも分かった。 「分かった…」 俺は足早にベースへと戻っていった。 恐らく、俺は再び戦いの渦中へと飛び込む事になるのだろう…。 だとしても、多くの犠牲の上に得たこの『平和』を手放す気など毛頭無い。 例えこの身が砕け散ろうとも…俺は…! 「エックス!!!」 怒鳴るような大きな声でゼロが俺を呼び止めた。 驚いて足を止める。 「ゼロ?」 ゼロは一瞬表情を曇らせたが、すぐにいつもの表情でこっちを見つめた。 「いや…。なんでも無い。気をつけろよ……エックス」 搾り出すように、勤めていつも通りに振舞おうとする様な声でゼロは警告を発した。 だが、それは俺が危険な任務に向かうからと言う様な意味合いは一切無い。 ゼロが何に対して不安を感じたのかは俺には分からなかった。 「分かった。気をつけるよ」 笑顔を向けた後、俺は鋭い表情のままベースへと戻っていった。 敬礼を無駄の無い動きで行う。 「エックス、硬い事は言いっこなしじゃ! 知らぬ仲でも有るまい!? ん?」 がははと笑いながら車椅子に座った老人が楽しそうにこちらに目をやった。 長く伸びた白髭がさわさわと揺れた。 「は、はぁ…」 つい間の抜けた声で返事をしてしまった。 確かに、二度目のシグマとの戦いの時ぐらいからずいぶん親しくしていたが…。 あのユーラシアの事件の後、かなり塞ぎこんでいたと聞いていたのに、まさかこんなに明るいとは…。 予想していなかった不意打ちに、俺は目を白黒させた。 「なんじゃい!? そんな顔して……ほれ! こっちへ来んかい!!」 Dr.ケインは悪戯っぽい笑みを浮かべながら手招きしている。 「Dr.ケイン…あまり司令室で騒がれては…。お体にも触りますし…もう少し自重して下さい…」 少々困惑したような顔でシグナスが、Drをなだめようと控えめに言った。 心労が絶えない顔を元々していたが、今日は特に酷い…。 なんだか可愛そうになってくる。 「久しぶりに『親友』に会ったんじゃぞ? これが騒がずにいれるか!」 再び、がははと笑ったが、その顔は酷く寂しげだった。 「あっ…」 息を呑んだ。 そうだ…。Drは今も心を痛めているんだ…。 辛いのに、無理をして明るく振舞っているんだ。 『親友』を心配させまいと……。 「Dr、何かあったんですか?」 目頭が熱くなるのをこらえて、勤めて平静を装いながら話を本題に戻そうとした。 周囲の空気が重くなるのを感じる。 危険な任務である事を自然と理解した。 「うむ…実はお前さんに来てもらったのはな、お主に『客人』が来たからなんじゃ…」 「『客人』…ですか?」 確か、ゼロもそんな事を言っていた。 しかし、今まで『客人』と呼ばれる部類の人(レプリロイドを含む)など来た覚えが無い。 疑問に思うと同時に、多少なりとも期待してしまっている俺がそこに居た。 「そうじゃ。なんでもお主に直々に頼みたい事が有るそうな…」 一呼吸置いてDrとシグナスの影から一人の少女(もちろんレプリロイドである)が歩み出た。 線が細く、何か儚げな幼い少女…。 淡い藍色の瞳には芯の強さが宿っていて、幼さと同時に大人びた感じがする不思議な雰囲気。 肩の前でみつあみにした透き通るような亜麻色の髪が腰まで伸びている。 美しい…。 そのまま額縁に収めて美術館に陳列させても、何も打ち勝つ事は出来ないであろう美しさ。 しかし、そこには触れれば粉々に砕けてしまいそうな儚さが同時にあった。 今まで感じた事のないような感情が湧き上がる。 これが世間一般で言う一目惚れというやつだろうか…。 次第に顔が紅葉していくのが分かる。 熱に浮かされるような息苦しさが、冷静な俺を奪い取ろうとする。 眩暈にも似た感覚に戸惑っている俺を尻目に、シグナスが淡々とした口調で彼女を紹介した。 「こちらはアリシアさん。アドニック研究所の調査員だ」 「アリシアです。よろしくお願いします」 綺麗な声…。 静かで心地いい音色。 その声を聞いた時、更に俺の体が熱くなったのが分かった。 「詳しい説明はアリシアさんの方からお願いします」 「はい、それでは説明させていただきます」 ぱっとアリシア達の後ろのスクリーンが切り替わる。 「要点だけ言いますね。エックスさん、あなたにお願いしたいのは私の護衛なんです」 ドキリと俺のハートが叫んだ様な気がした。 「重度の汚染区域の奥にある旧世紀の遺跡からデータのサルベージを行いたいのです」 スクリーンに赤いカーソルが現れ、徐々にそこにズームアップしていく。 酷い汚染具合だ。まだこんな汚染地域があったとは…。 「しかし、先日先発隊が消息を絶ち、その残骸が発見された事から、 強力なイレギュラーが潜んでいると判断しました」 「!? イレギュラーだって!?」 それまでの熱を無理やり頭の奥に追いやって、俺は聞き返した。 「はい…。ですが、詳細が不明で…。相手がどんな姿なのかも分からないのです…」 そういうとアリシアの表情は曇った。 「申し訳ありません…。もっと詳細がハッキリしていればよかったのですが…」 心底申し訳無さそうにアリシアは視線を伏せた。 「いえ、いいんです。いつもと変わりありませんよ」 そういって俺は微笑んだ。 少しでも不安が和らぐように…。 「所で、この依頼を何故俺に?」 少し引っかかっていた疑問を投げかけた。 「それは……」 「それはなぁ、エックス、お主のパーツカプセルによく似た反応があったからじゃ」 アリシアが説明しようとした所で、Drが横から説明をはさんだ。 アリシアは少し不満そうな目をDrに暫く向けていた。 その視線に気づかないのか、Drは更に続けた。 「これからもし戦いが起きたとき、間に合わせのアーマーでは危険すぎるじゃろ? 少しでもお主にいいアーマーを作ってやりたいのじゃが、データがたりんくてのう」 何か、すごく重く、冷たく、鋭い殺気に近い視線がこっちに向けられているような気がする。 心当たりがあるのだが、その姿は見当たらない。 すごく嫌な汗が出る。 「お主に関わる貴重なデータかも知れぬ。故に…な。」 恐らく、そこが重要な点だろう。 俺にしか持ち帰ることが出来ない可能性のあるデータ…。 ゼロでなく、俺を選んだ理由が恐らくそこにある。 「良く分かりました。お引き受けしましょう」 俺は二つ返事で引き受けた。 イレギュラーは放っておけないし、俺に関わるデータと言うのにも興味を持った。 そして何より彼女の依頼をむげには出来ない。 「あっ、ありがとうございます!」 ぱぁあっと言うような擬音が似合うような笑顔を咲き誇らせて、彼女は笑った。 その笑顔を見て、心底俺はうれしかった。 しかし、その喜びを半減、いや、四分の一にする程の殺気が俺に突き刺さっていた。 聞きなれた声が廊下で歩いていた俺の真後ろから聞こえてきた。 さっき程ではないにせよ、かなりの『ぷれっしゃぁ』を感じた。 「エ、エイリアか…?」 振り返ると白衣を羽織った姿のエイリアが立っていた。 何か疑るような瞳で覗き込んでくる。 俺をサポートしていた頃とは大分印象が違う。理由は簡単だった。 髪を肩まで垂らしているからだ。 「さっき、何処に居たんだ?」 素直な疑問を投げかける。 しかし、こっちの疑問を無視して逆に質問された。 「何であんな得体の知れない依頼を安請け合いしたの!?」 ジト目が有無を言わさない迫力で迫る。 「それは、イレギュラーは放っておけないし、俺に関わるデータと言うのにも興味を持ったからだけど?」 嘘はついてはいない。 なのにエイリアは俺にまだ疑いの眼差しを向けている。正直やりづらい。 恐らく、エイリアがアーマの復元の事をDrに馬鹿にされた様な気になっているのだろう。 だが、それだけではない様な嫌な感じがする。 おかしいな? エイリアってこんなヤツだったか? もっと分別のあると思っていたのだが…。 「所で、ゲイトの方はどうだ? 元気にやっているか?」 もう話題を切り替えたかった。 その気持ちを察したのか、それともゲイトがきっかけになったのか急に落ち着いた。 「…ん。元気にやってるよ。相変わらずナルシストぶりだったけど、心底悔いているみたいだよ」 「そうか…」 くくくと笑いをこらえながら相槌を打った。 本当の所安心した。ゲイトは結果通り上手くやっているみたいだ。 「んっ…じゃあ私は研究所に戻るけど、任務で無茶して、怪我とかしないでね」 「…へ?」 唖然とした。 まさか、そんなセリフを聞くとは思ってなかった。 「勘違いしないでね? ゲイトが是非お礼した言ってたからよ」 「……そうか。分かった。気をつけるよ…」 納得すると同時にちょっと残念な気がした。 「必ず無事に帰って、ゲイトの『お礼』を受けるのよ。いい?」 「…ああ、約束しよう……」 言ってて恥ずかしかったのか、エイリアは顔を紅く染めながら駆け足で去っていった。 その後姿を見つめながら俺は約束を反芻していた。 (……必ず無事で帰る…か…) シャトルからゼロはそう言ってたっけ…。 帰ってこよう。ここが俺の帰る場所なのだから…。 アリシアと共に輸送船に乗り込んだ俺はぼんやりと彼女を見つめていたら次第に眠気が襲ってきた。 何か懐かしい物に引き寄せられるかの様に、静かに眠りに落ちていった…。 恐らく、目が覚めればそこには極限の任務が待っているだろう。 だが、それまではただ懐かしさに身をゆだねて、夢の中に沈んでいきたかった。 ……後編へ続く | ||
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