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制作者:アサドリさん 第二話 突入 (……マグネ・ヒャクレッガー。通称、『紅のアサッシン』。ランク、特A級。所属、第0特殊部隊。使用武器、手裏剣、各種コンピューターウイルス……) 緊急車両の中で、Xはヒャクレッガーのデータを総ざらいしていた。 今度の事件にヒャクレッガーが関わっているのは、おそらく間違いない。しかし、乗っ取り犯の中に彼がいるかは不明だった。 だが、もし彼がいるとしたら、間違いなくこちらも無事ではすまない。その冷徹かつ正確な仕事ぶりは、Xもあちこちで聞いていた。 「しかし、なぜこんな事を……」 重い気持ちでXはつぶやいた。 「……わかりません」 少し離れたアクエリアスに聞こえないよう、小声でホーネックが答える。 「確かに彼は部隊内でも『冷血漢』で通っていました。イレギュラー化した仲間を、表情一つ変えずに破壊したこともあります」 少し言葉を切り、ホーネックは続けた。 「しかしそれは、ハンターとしては当然の行動です。口さがない連中は残酷だの情がないだの言っていましたが、彼は人一倍任務に忠実な男です。ありえません、失踪も犯罪行為も。……他の隊員の手前、めったな事は言えませんが」 「…………」 Xはアクエリアスを見やった。彼女は不安げに窓の外に目をやっている。 その姿が、先ほどの少女の幻影とだぶった。 いてほしくない。いないでくれ、ヒャクレッガー。そう思った。 やがて、窓の外にセントラルコンピューターが見えてきた。 セントラルコンピューターを包囲しているハンターの報告に、Xは思わず叫んだ。 「ええ。入り口でトラップが作動しています。想像以上に手ごわいシステムで、もう六人やられています。内部もおそらく相当なものでしょう」 「解除はできないのか!?」 「今行ってはいますが、既存の解除システムではとても対応しきれません。強行突破するしか」 「くそっ……」 Xは入り口のトラップ解除を行っているモニターをにらんだ。こうしている間にも、ウイルスは着実に漏れ出ているのだ。 「あ、あの……」 その時、遠慮がちに声をあげたのはアクエリアスだった。 「その入り口のトラップ解除、私にやらせていただけないでしょうか? 前に似たような型の物を見たことがあるので……」 「え?」 不審そうに彼女を見るハンターに、Xは目配せで替わるよう促した。何であれ、今はすべての可能性を試してみたかった。 モニターの前に座ったアクエリアスは、慣れた手つきで操作卓に指を滑らせた。彼女の指がキーの上で跳ねるたびに、モニターの画像が鮮やかに変化する。 「君は、プログラム情報処理の経験があるのか?」 「はい。情報制御関係の施設で働いています。小さなところですが」 それだけ答え、彼女はなおも操作を続けていたが、 「……終わりました。二秒間だけ、トラップを騙せます」 周囲から、思わず驚きの声がもれた。 「入れるのは一人か、多くて二人だな……」 「X隊長」 ホーネックが声をかけた。 「私は、ここで包囲陣の指揮にあたります」 「しかし、君は……」 「ええ……。できることなら私が入りたい。しかし、アクエリアスさんの情報処理能力は確かなものですし、先のシグマ大戦を戦ったあなたなら、私よりよほど確実でしょう」 ここでホーネックは声のトーンを落とし、Xだけに聞こえる声で言った。 「……万一の時は……お願いします」 「ホーネック……」 「さあ、お早く! 時間がありません」 彼とアクエリアスをうながし、ホーネックはモニターの前に立って操作卓に指をおいた。 「私がこれを操作します。手を上げたら飛び込んでください」 うなずいて、Xとアクエリアスは入り口の前に立つ。 と、ホーネックの右手がさっと上がった。 「今だ!!」 二人は、全力で入り口の中に駆け込んだ。 「は、はい……きゃあっ!!」 想像以上の量のトラップに阻まれ、二人は思うように進めずにいた。 アクエリアスのトラップ解除も間に合わず、Xがバスターでそのほとんどを撃破するという完全な強行突撃を強いられていたのだ。 しかもまずいことに、建物全体に通信妨害がかかっているらしく、入った瞬間から無線連絡が完全に途絶えてしまっている。 すでに相当数、被弾していた。アクエリアスもあちらこちらに傷を作っているようだ。 救援も援護も望めそうにない。 (くそっ……もうだいぶ来たはずだが、このままもつかどうか……) と、突如、二人の前にレーザーのような光が立ち上がった。 (!?) それは空中で見る見るうちに姿を変え、一本の巨大な剣を形作った。 「ワイヤーフレーム……!?」 と、次の瞬間、それは恐ろしい勢いで二人に向かってきた。 「危ない!!」 Xはとっさにアクエリアスを突き飛ばし、身をよじって剣をかわした。 体勢を立て直す間もなく、剣は再び襲い掛かってくる。 あわててバスターを撃ったが、ばちっ、という嫌な音と共に弾は空しく弾かれていく。 (バスターは無理か……まずいぞ……) こいつを動かしている本体を、何とか止めなくてはならない。 剣のすぐ下に、投影機のようなものが見える。おそらく、あれがそうだろう。 だが、その表面は頑丈な装甲で覆われており、破壊は不可能に思われた。第一、今のままではとても近づけない。 (……どうする!? こんなレーザーもどきとやり合っている暇は……) その時、ふとひらめいた。 (……待てよ……レーザーだって!?) 「アクエリアスさん! もしかしたら、こいつを逸らせることができるかも!!」 「ええっ!?」 「うまくいったら、こいつの本体を何とか解除してください!!」 「は、はいっ!!」 Xは、傍らの窓ガラスを叩き割り、大きな破片を盾のようにかまえた。 確証はない。しかし、ほかに手はなかった。 剣が一直線に突っ込んできた。ぶつかる刹那、Xはガラスごと身をひねった。 瞬間、剣が大きく壁際に吹っ飛んだ。 ガラスが鏡の役割をし、浅い角度でぶつかった剣を全反射させて弾いたのだ。 アクエリアスが走った。本体に取り付き、非常操作パネルを引き出す。 彼女を剣が追う。その軌道にXは立ちふさがり、ガラスの盾で再び剣を弾く。 「やったぞ……うまくいきそうですか!?」 「はい! もう少しです!!」 間もなく、しゅん、という小気味よい音とともに本体の動きが止まり、剣はふっとその姿を消した。 「やった……!」 その時、ふとXは何かの視線に気づいた。 目をやると、壁に仕込まれたカメラアイがじっと自分を見つめていた。 背後で、がしゃん、と重い音。ぎょっとして振り返ると、蛇のような牙を持った大型のメカニロイドが立っていた。 「……!!」 Xはとっさにバスターを放った。が、相手は無造作にそれをかわした。 「何!?」 相手はそのまま、その巨体からは想像もできないような大ジャンプで襲いかかってきた。 「わ……!!」 あわててかわし、再びバスターを撃ったが、またもかわされる。 再び大ジャンプ。着地点を予想してそこにバスターを構えたXに、空中からレーザーが襲ってきた。 辛うじて横に飛びのき、バスターを構えなおしたときには、相手はもう次の攻撃に移っている。 先手、先手。自分の動きが読まれている。 ――なぜだ!? 自分の行動パターンがバレているとしか…… はっとした。あのカメラアイ!! さっきの俺の戦闘データが、こいつに送られていたんだ。 どうしようもない。ただ逃げ続けるしかなかった。 だがそれすらも相手に読まれ、次第に壁際に追い詰められていく。 (これまでか……!?) 思わず目を閉じた、その時。 ばちん、と大きな音がした。 (……?) 目をあけると、立ったまま動かない相手の姿があった。 その体は、先ほどの剣に深々と貫かれている。 そして、その足元、本体の投影機の所には、アクエリアスの姿があった。 彼女がとっさに剣を動かしたのだ。 おそらく、カメラアイは彼女を捉えていなかったのだろう。だから、このメカニロイドは彼女の動きを読めなかった。 「……大丈夫ですか……?」 震える声でアクエリアスが問う。 「ええ。おかげで助かりました。……しかしよく動かせましたね、こいつを」 「正規の方法ではありませんが、この剣の基礎プログラムにアクセスしたんです。……昔、兄に少しだけ教わっていたもので」 「お兄さん……ヒャクレッガーに?」 「……はい。たまに暇な時間があると、そんなような事を教えてくれました」 少し意外だった。……無慈悲、冷血漢。そういえば、そんな噂しか聞いていない。 「そういえば、彼は……彼とあなたは、どうして?」 そう尋ねたXに、アクエリアスはぽつりぽつり話し始めた。 「兄と私は、同じ施設で造られたんです。兄のほうが少し先で、私が造られたときにはもう、イレギュラーハンターに所属していました。私と一緒に造られた他の子たちもみんな、あちこちの職場に雇われていきました。けど、私だけ行く所が決まらなかったんです。……不安でした、この先どうなるか分からなくて……」 「…………」 「そんなとき、たまたまあの人が施設に顔を出したんです。……初めは無愛想で、怖い人だと思いました。冷たいって聞いてもいました。けど、二人で話す機会があって、まだ行き先がないって言ったら、『じゃあ、俺の所に来るか?』って言ってくれて……」 「……そうだったんですか」 「うれしかった……。周りが言うような人じゃない、って思いました。一緒に暮らしてるときもやっぱり無口でしたが、何かと気にかけてくれました。……だから、同じ施設で造られた人はみんなきょうだいですけど、私にとって『兄さん』はあの人だけなんです」 (……兄妹、か……) それはなぜか、狂おしいほどに懐かしい響きだった。 ――でも、どうして……? 「……あっ、す、すみません、こんな長話。行きましょう」 不意にアクエリアスが立ち上がった。感情を振り切るように、Xも動きかけた…… 途端、背後におそろしい殺気を感じた。 ぞっとして跳ね飛んだその足元に、うなりをあげて飛んできた何かが激しく突き刺さる。 床に深く食い込んだそれは、数本の手裏剣だった。 アクエリアスの顔色が変わった。 直後、ざああああ、と砂の集まるような音とともに、二人と扉の間に一人のレプリロイドが現れた。 二人とも金縛りのように動けず、その姿を見ていた。 一見して戦闘用とわかるボディ。四本の腕に、大きな尻尾。 そして、まるで感情のない、冷たい目。 アクエリアスが、かすれた声をあげる。 「兄さん……!!」 (続く) | ||
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