#6 賢者の安堵、令嬢の憤怒 2

「お待たせいたしましたかしら?」
結局、お嬢様は約束の時間ぴったりに、その場所にやって来た。
「あっ、いえ。僕も、さっき来た所ですから」
待ち合わせにおける常套句ではあるが、慣れないカイルはそう言いながらも軽く緊張してしまう。

シャロンは、いつもの制服とは違う、清潔感の感じる白いワンピースに、紺碧のような空色のブラウスを、アウターとして軽く羽織っている。
また意外にも、アクセサリの類は付けていなかった。
もしかしたら、お姫様の着るような豪華なドレスでも着てきたりして。などと考えていたカイルだったが、その予想は(幸いにも)裏切られた事になる。
しかし、よく見てみると、湖面を思わせるようなそのワンピースの生地は、常に波打つように、淡い光を発しながら、揺らめいている。
それは、彼が見たこともない素材だった。おそらく、なんらかの魔術的技巧も施されているに違いない。
「どうかなさいまして?」
ついシャロンの姿を見ながら考え込んでしまったカイルに、彼女は声を掛ける。
「え…あ、その。つい、見とれてしまいました…」
「あら、貴方もそんな軽口を言われるんですの。意外ですわね」
そう言って、軽く笑うシャロン。機嫌は悪くなさそうだ。
(結構、本心なんだけどな…)
なお、当のカイル本人の格好と言えば、なんということは無い。
トップは無地の白いシャツに黒のジャケット、ボトムはジーンズだった。
もしかしたら彼女は、元々、そういう方面にあまり頓着が無いのだと事前に言っていた自分に、合わせてくれたのかも知れない。
そう前向きに捉えると、カイルは告げる。
「それじゃ、行きましょうか」
「あら、ちょっと、待ってくださるかしら」
「どうかしたんですか?」
「えぇ、依頼してたものがまだ来てませんから。ですけど、時間は指定してありますので、ご心配なく」
「…はい?」
なんだろう、と思いながらも、なんとなく、あまり良い予感のしないカイルだった。


「うーん。あの二人、移動しないなぁ…。どうしたんだろ」
「ねぇ。ホントに、やるの?」
そんなカイル達の様子を、ゲートの角からこっそり見ている二つの影があった。
「とーぜん。こんな面白いモノ、ほっとく手なんてある?いや、無いわねっ」
「私は、そーでもないんだけど。ルキアだけでやったら?」
「そんな事言わないでさ〜、付き合ってってば。わたし達『ユリキュア』コンビじゃん」
「なにそのコンビ名…」
嬉々として覗き込んでいるのは、ルキア。そして、あまり乗り気で無い方は、ユリだった。
「ダメ? なら『ルキアンユリアン』とかでもいーよ?」
「ありえない。ってゆーか、そういう事じゃなくってねぇ」
「んー、『雪瑠璃』ってのも、和テイストが溢れてていいかもなー」
「…もー、なんだっていいわ…」
ユリは諦めて、何気なく横へと視線をずらす。
すると、そこには一人の少女が気配もなく佇んでいた。
「わっ…!…んん…っ!」
「……面白そう、ね」
「え? ああっ…!…んんー!」
「し〜〜〜」
思わず大声を上げてしまいそうになった二人の口を、その少女は素早い動きで塞ぐ。
それは、ユリよりも一つ前の学期からの転校生である、マラリヤだった。

マラリヤは、二人が沈静化するのを確認してから、ゆっくりとその手を離す。
「…落ち着いたかしら?」
「マラリヤ…なんであんたがここにいるのよ」
ルキアはまだ鼓動の激しいままの胸を押さえながら、尋ねる。
「呼ばれたのよ……不思議な、不思議な、胸騒ぎに、ね…」
「いつもながら、意味不明な事言ってるよね、この子」
そんなユリの呟きに、無表情で笑う(という表現しか出来ない)マラリヤ。
「呪うわよ」
「…ごめんなさい」
「う〜ん。そっかぁ…」
「何唸ってんのよ、ルキア?」
「んー、ユリキュアにマラリヤが加わるんでしょ?どんなトリオ名がいいのかなぁー、って」
「………」
「私は…『マルキュリヤ』が、良いと、思うわ…」
「あっ、それグッドかもっ。マラリンやるぅ〜」
「ふふ…当然でしょう?」
「……はぁ。やってらんない…」
思わず片手で顔を押さえて、途方に暮れるユリだった。


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