#6 賢者の安堵、令嬢の憤怒 3

景色が、静かに流れていく。
空調も程よく、背中は心地よいシートの感触。
ふと隣を見ると、そこにはシャンパン(ノンアルコール物だ)を優雅に召されているシャロンの姿。
その環境はまさに、快適そのものと言えた。
「はぁ…」
しかし、そんな中において、カイルはつい、ため息をこぼしてしまう。これで5回目だ。
「どうかされたのかしら?」
グラスをサイドにあるキャビネットに置くと、シャロンは訊いてくる。こちらは3回目だ。
「いや、なんというか…お約束ですよね…」
「なにがですの?」
「いえ、なんでもありません、はい」
「おかしな事を言われるんですのね…」

二人は、シャロンが事前にチャーターしていたリムジンの中にいた。いわゆる一つの高級車だ。
(せめて、ハイヤーだったらこんなには緊張しなかったんだけどなぁ…)
「これでも考慮して、4人乗りのものにいたしましたのよ」
「…あ、あははは…」
まるでカイルの心の中を見透かすように、シャロンは言う。それも事も無げに。
彼も、最初はもちろん、反対しようとした。
しかし、現地でのキャンセルの場合は料金がかかってしまうと言われ、それならばと、同程度の料金範囲として、行きの分だけは利用する事にしたのだ。
何事も無駄には出来ない、倹約家のカイルなのであった。
「仕方がありませんわね…もうすぐ着きますから、それまでは我慢していただかないと、いけませんわよ」
「そうですね。頑張ります」
「もう、何を頑張ると言うのよ…」
少し困ったように、シャロンは笑う。二人を包む空気は、どこまでも優しかった。


「あーーーっ、もぅ! いきなりこんな手でくるなんてっ!!」
カイルとシャロンが華麗に去っていったゲート前にて、為す術も無く留まっているマルキュリヤ(結局これに決まったらしい)一同。
「まーまー。仕方無いじゃん。やっぱ、覗き見なんてするなって事じゃない?」
ユリは、内心『あー、よかった』と思いながらも、そう言ってルキアを宥める。
「うぅ〜。でも、諦められないっ…!」
「って言ってもねぇ」
「ユリっちは、失った懐の重みが無いからそんな事が言えるのよ…。分かる? 毎日をマジアカ定食で過ごしてきたわたしの苦しみを…」

カイル達の交際が公になったその日、ルキアが真っ先に思いつき、実行に移したのが『祝! 二人がどこまで続くか杯』という、賭け事だった。
そして、彼女は自信満々と『三日以内』に小遣いのほとんどをBET。
結果、今日に至るまでの昼食を、学食にてレオンと仲良く相伴に預かる事になったのである。
ちなみに、その際『もしかしてお前、俺に気ぃでもあんの?』などとほざいてきた勘違い馬鹿に、鉄拳をお見舞いする、なんてエピソードもあったりした。

「や、分かんない。ってゆーか、それ自業じと…」
「シャラーップ! それより車よっ、車を探すのよっ」
「ムチャ言うなぁもぅ」
「ここで止めたら女がすたるっ!」
「臥薪嘗胆。そう…諦めるには、まだ早いわ…」
ずっと黙っていたマラリヤが、突然そう言い放つと、服の中から何かを取り出す。それは…
「ラッパ?」
「そんなの、なんに使うわけ?」
不思議そうに見守るルキアとユリ。
マラリヤは、すぅ…っと深く息を吸い込むと、
「サンダース、召喚」
と呟いてから、そのラッパに息を吹き込む。
ぱぱらぱ〜。
ゲート前にて、ラッパの音が高らかに響き渡る。
「………」

それから2分後。
「今の軍用ラッパの音はなんだぁ!!」
物凄い剣幕で現れた軍人のような男、彼こそがマラリヤと時同じくしてマジックアカデミーに転校(?)してきた、サンダースその人である。
マラリヤが、カイル達の去っていった方を指差しながら言う。
「先ほど、斥候員(スパイのようなもの)と思わしき兵士が、同胞であるカイルとシャロンを人質とし、10時方向へ逃亡。追跡及び救出の為、車両の使用を要請します」
「なっ…なにぃ!? おのれ…私がいるというのに、なんと大胆不敵な…」
サンダースは怒りに震えているようだ。
「よかろう。私が軍役していた時に使っていたジープがあるっ!すぐに持ってくるから待っていろっ!!」
彼は駆け出す。ルキアとユリは、そんな光景を、ただ唖然として見ていた。
「……マジで?」
「…ありえない…いろんな意味で…」
くすり、とほんの微かだけ口元を緩ませると、マラリヤは告げる。
「…追跡調査。はじまり、はじまりー」


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