#6 賢者の安堵、令嬢の憤怒 1

それから、幾日かの時は流れ。
カイルの賢者昇格試験もつつがなく終了し、交際も順調に続いていた二人にとっては初とも言える、休日が訪れた。

「よぉし…」
学校と外界とを繋ぐゲート(生徒達は『校門』と呼んでいる)を抜けると、カイルは軽く伸びをする。
そして、左手に付けている腕時計に眼を移す。約束の時間には、まだ30分もの余裕があった。
(さすがに、まだ来てないですよね…)
それを確認すると、彼はゲート横にある壁に、軽く背をもたせかける。
その日は、以前から話していた、二人で遊びに出掛ける日だった。
賢明なカイルは、シャロンの性格を鑑みた上で、余裕を持って待ち合わせとなるその場所に、立つ事にしていた。
もっとも、前日になかなか寝付けられず、それでいて今朝は早くに目覚めてしまったせいでもある。

カイルは空を見上げる。天気は、快晴そのものだった。
頭上には、自分の通っているマジックアカデミーが、風と踊るようにして漂っている。
少し寝不足なせいもあり、彼は思わずぼぅ…と、学校を見ていた。
その時、その学校の一端から、軽い衝撃音と共に、電撃のような閃光が走る。
そして飛び出てくる、一粒の影。
「え…?」
そしてそれは、急激なスピードで、こちらに向かって滑降を行う。
「わ、わ…」
ばさぁっ!
地上にぶつかる。カイルがそう思う寸前、それは大きな翼を広げ豪快に羽ばたくと、ゆったりと地に降り立った。
そして、カイルの方を向くと、声を掛けてくる。
「おぅ。早いな若人よっ!!」
「ガルーダ先生…おはようございます」
「休日だというのに感心じゃないか。よし、これからジョギングでもするかっ?!」
「いえ、しません」
「はっはっはっ、朝からクールだなおい! だが賢者たるもの、そうでなくてはなっ」
そう言って快活に笑う、鳥のような身体つき、鳥のような翼、そして鳥のような顔の男(多分、ではあるが)。
それは、マジックアカデミーにおいて、スポーツ科目及び体育実技を担当しているガルーダだった。
「いえ、まだ、試験の合否は出てませんから…」
「おぅ、そうだったか。しかし、私が見た感じだと、良い線行ってるんじゃないか?」
「えっ、そうですか?」
「実技試験の時のお前の目、真剣だったからな。そういう生徒は、受かる。私の経験則だ」
「そうなんですか…ありがとうございます」
「まぁー、賢者になったらまたビシビシ鍛えてやるからな! 覚悟しとけよっ!!」
ばむっ!
カイルの肩をやや強めに叩くと、ガルーダは走り出す。ロードワークに出るのだろうか。
(…なんで、校門を使わないんだろう…)
マジックアカデミーとその寮には、空中に浮かんでいるという危険性の為、魔法結界による障壁が張られている。それも、かなり高度なものだ。
それをわざわざ部分的に解除してまで、大空を舞うガルーダ。一体何が彼をそうさせるのか。
(あるいはそれが、あの先生の鳥人としてのプライドなのかもしれないな…)
カイルはそう結論づけて、それ以上考えるのを止めた。
彼は腕時計に眼を移す。約束の時間まであと15分。お嬢様は、まだ来ない。

「まったく…あの先生にも困ったものだな」
その時、隣から囁かれる声。カイルはその声のする方を見る。
「私としては、生徒とは、もう少し優雅さを持って接してもらいたいものだけどね」
「フランシス先生…」
芸能科目を担当しているフランシスが、いつものように胸元をはだけさせた衣服で、そこに立っていた。
「ところで…カイル君。私も、この間の試験は、良い出来だったと思うぜ」
「はぁ…ありがとうございます」
「それでだ。私の部屋に、つい先日購入したばかりのベノアティーがあるんだ、前祝いで一緒に飲まないかい?」
「いえ、飲みません」
「フッ、朝から冷静じゃないか。だが賢者たるもの、そうでなくてはね」
フランシスは髪をかきあげながら笑う。
「君の姿を見かけたから降りてきたのにな…仕方ない、セリオス君でも誘うとしよう。それじゃあな」
そう言い残し、学園内に戻るフランシス。セリオスの部屋に行くのだろうか。
(…なんで、女子生徒に声を掛けないんだろう…)
フランシスは、一部の女子に人気があったが、彼が能動的に接する相手は、何故か男子生徒ばかりだった。一体何が彼をそうさせるのか。
(あるいはそれが、あの先生の人としての嗜好なのかもしれないな…)
カイルはそう結論づけて、それ以上考えるのを止めた。
彼は腕時計に眼を移す。約束の時間まであと5分。お嬢様は、まだ来ない。


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