「単純な男だ。貴様など俺一人でも良かったかもしれないな」
男はこちらに向かってくる赤い髪の少年を余裕の表情で迎えた。
分身の一人がレオンに向かって雷を出した。
雷は地を這い、一直線にレオンへ向かう。
レオンが飛び上がった瞬間、ペンダントの水晶の一つが青く光った。
「(飛ぶよ!)」
レオンの頭の中で響いたその声はユリの声だった。
もともと運動神経の良いレオンに、ユリの類稀なる運動神経も加わり、レオンの身体を翼が生えたかのように高く持ち上げた。
「ぬ?消えた」
雷を放った分身の一人が慌てて周囲を見渡す。
無理もない。よもや天高くジャンプしたとは思わないだろう。
「(今だ!よーし!)」
レオンの頭に今度はラスクの声が響く。
右手から放たれた「力」は矢となる。その矢を分身に向かって放つ。
矢は分身の胴体を貫いた。
あと五人だ。
「うぬ、こしゃくな!食らえ!」
次の分身がブーメラン状の刃を放つ。
レオンのすぐ横を掠めた刃は太い木々をもなぎ倒す。生身の人間に当たればひとたまりもないだろう。
「キャー!」
思わずクララは身をかがめる。
「クララ!結界だ!結界を張るんだ」
レオンの叫びにハッと気づき、クララは自分の周囲に結界を張り巡らす。これで大丈夫だ。
「(私の出番のようね)」
マラリヤだ。
空気中の元素から強酸を作り出す。レオンは人差し指を分身に向けると酸が男に向かい飛んでゆく。
「ぐああぁぁぁぁ!」
分身が溶解し、地面にもんどりうちつつ消え去った。
あと四人。
一息つく暇もなく、次の分身が焔を出す。背後を取られたレオンは逃げる時間がない。
「(お兄ちゃん危ない!)」
アロエが大気から水を呼び、焔を消した。
焔の源である「力」まで打ち消された分身は既に攻撃する術を持たない。
「(覚悟しなさい!)」
ルキアの「力」は剣となって分身を襲う。
真っ二つとなった分身はかき消すように消えてしまった。
あと三人。
その間にも他の分身は空高く舞い、上からレオンを攻撃する。
刀は大地に次々と突き刺さる。
「(そうはさせませんわ!)」
シャロンの得意技、一本鞭が刀を放った分身の右手を掴む。
「クソっ!離せ小僧!」
シャロンとレオンの「力」が合わさった鞭は簡単に切れるものではない。
「(俺にも手伝わせてくれ)」
セリオスの力を得たレオンが分身を凍らせた。
分身は大地に激突し、粉々になってしまった。
あと二人だ!
「うぬぬ…ここまでやるとは思わなかんだわ。やむをえん。あと一人が時間稼ぎをしている間に呪術を完成させるか」
男は忌々しく舌打ちし、詠唱を呟き始めた。
戦闘中のレオンが気づくわけもなく、着々と呪術を完成させる。
レオンは苦戦していた。
分身の放つ術は下等な獣人で、それ自体は強くはないわけだが、次々と何百人と襲いかかれると話は別だ。倒しても倒しても襲ってくる奴らにレオンの力が少しずつそがれて行く。
「(これ使ってや)」
タイガの声が頭に響くと同時にレオンの右手にはボール紙をアコーディオン状に畳み、片一方をガムテープでぐるぐる巻きにして取っ手のようにしたものが握られた。
「(おいタイガ、何だこれは?)」
レオンはたまらず問いかける。
「(ん?ハリセン以外の何に見えるんや?)」
タイガが答える。
「(てめぇ、こんな状態になってるってのにふざけんなよ!)」
その間にもレオンの力はそがれて行く。
「(ふざけてへんがな。とにかく使ってみ。使こうてみてほいで効き目あらへんかったら初めて文句を言えばええんちゃうか?)」
タイガはマイペースだ。
「(畜生!使うよ。使えばいいんだろ?)」
レオンは半ばやけくそになって振り下ろす。
パチーン
大きな音がしじまに響くと同時に獣人が消え去る。
獣人は分身の詠唱により生み出されたものであるが、不意に起きた音により瞬間気がそがれてしまったのだ。
レオンがその瞬間を見逃すはずもない。
「(力を貸そう)」
サンダースの強い力がレオンの中に入る。
レオンは呪文を詠唱するや否や、大地が揺れ、たちまち地割れが出来る。
一瞬の不意を突かれた分身が逃げられるべくもなく、断末魔の叫びをあげ、大地に呑み込まれた。
いよいよあと一人だ!
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