『 遠い約束 』


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通路の向こうから、飛行機の乗客がやって来る。アラブ風の衣装に身を包んだシークと随行する官僚達。そして・・・。
靴音は柔らかな絨毯に吸い込まれてライアン達には聞こえない。だが懐かしく愛しい姿は確実に近づいてくる。
背の高い、アラブ風の衣装に身を包んだ男性─アル・シャハルの摂政シーク・イズミル─に伴われた小柄な金髪の少女・・・。
「キャロル!」
我慢できずにライアンは叫んだ。長い間、気も狂わんばかりに心配し、恋焦がれた大切な義妹─恋人、婚約者。
その声に小さな姿はびくっと震え、肩を抱く男の手を振り解くようにして駆け寄ってきた。
「ライアン兄さん!ロディ兄さん、ママ!ママ!」
キャロルは、もしムーラが見たならば「背の君までお決まりの方がはしたない!」と嘆くような勢いでライアンに抱きついた。いや、ライアンのほうが大事な妹を抱き上げたのか。
「キャロル、キャロル!ああ・・・無事で良かった・・・」
「キャロル、皆どれほど心配したか・・・。お前の無事は結局政府筋からじゃなく、例のニュース番組で知ったんだよ・・・」
「キャロル、キャロル、私の娘!お願い、顔をよく見せて・・・」
家族の再会劇は本当に感動的で、海千山千のアメリカ、アル・シャハル両国の官僚たちも思わず貰い泣きをしたほどである。
シーク・イズミルは両手を腰のベルトにゆったりとかけ、自分のシェイハが彼以外の男と熱烈に抱き合うのを無表情に見ていた。

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やがてライアンはキャロルの額にキスして、リード夫人に託すとアル・シャハルの一行に向き直った。
「シーク・イズミル、そしてアル・シャハルの国民の皆さんに感謝の意を表します。よく妹を助けてくださった。この恩義には必ず報いましょう!」
ケマル外務大臣が歩み出して鷹揚に答えた。
「困窮する者に手を差し伸べるのは我らムスリムの義務であり喜び。
御妹君を無事に保護者たる貴殿の手に返した今となっては、我らの間に何のわだかまりもないでしょう。
我が国と貴殿の祖国アメリカ、そしてリード・コンツェルンの良好な関係が復活することを期待いたします」
アメリカ側の官僚が慇懃に外務大臣の言葉に答える。実際、キャロル・リード行方不明の煽りを受けてコンツェルンのアル・シャハル進出が無期延期になったと聞いたときは肝を冷やしたものだ。
「ライアン殿。貴殿の大切な妹御は私が大切に保護してきた。無事にリード家の宝石をお手元にお返しできて嬉しく思う」
シーク・イズミルが言った。その言葉の裏には勝者の余裕が透けて見える。
「キャロル、やっと帰ってきたのだ。せめて一日くらいは家族水入らずで過ごすのも良いだろう。家族と積もる話もあるだろうし、私もいくつか会談をこなさねばならん。
・・・良い子でいるのだぞ。またすぐに会いに行くから」
シークはこれ見よがしにキャロルの頭を撫で、頬にキスして見せた!アメリカ人の官僚はキャロル・リードにグレース・ケリーの再来を確信し、アル・シャハル側の官僚はアメリカナイズされすぎたシークの振る舞いに仰天した。
そしてライアンは・・・・。怒りのあまり身を震わせ、自分を押さえつけるロディの手にも気がつかないほどだった。
(シーク・イズミルは・・・キャロルを・・・!)

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リード一家を乗せた自動車は一直線に広大な屋敷に滑り込み、頑丈な門扉が閉ざされた。もうマスコミもうるさい世間の好奇の視線も、久しぶりの再会を果たした一家を邪魔することは出来ない・・・。

「キャロル、ああ、本当によく無事で私のところに戻ってきてくれたわ!
無事を信じて祈っていたけれど、でも、もしあなたを失っていまったらと思うと気が狂う思いだった!」
リード夫人は少しやつれたせいか大人びて見えるようになった愛娘を抱きしめて涙をこぼした。
「本当に無事で良かった!シーク・イズミルは私達一家の大恩人ですよ!」
「ママ、ライアン兄さん、ロディ兄さん、連絡できなくてごめんなさい。怪我をしてずいぶん長く臥せっていたの。
外交問題だとか色々と煩雑なことがあって・・・そのことで私が傷つかないようにってシーク・イズミルがわざと私には何も知らせないようになさったの。
でも、シークは本当に私のことを大事にしてくださったわ。あの方がいなかったら私はきっと死んでいたわ。最高の治療、優しい人達。
シーク・イズミルだけじゃないわ。アル・シャハルの人達は皆、私の恩人だわ」
キャロルの言葉を聞いて、いちいち頷くリード夫人。ロディもばあやも涙に潤む目をして母と娘を暖かく見守った。
キャロルが大切にされていたらしいことは、アル・シャハルから着て帰ってきた衣装ひとつ見ても知れることだ。
ごく薄い薔薇色に染められた絹で作られた裾の長いプリンセスラインのワンピース。イスラムの国の女性に求められる慎ましさを映したそれは首筋までぴっちり被う形で、最高の技術と材料で誂えられたものだとすぐ知れる。
裾周りに施された刺繍は薔薇。ゆったりした袖口を手首で絞るのは真珠を連ねたカフス。胸元にはシーク・イズミルから贈られた真珠の首飾りが光る。
ベールに被われていた髪の毛は真珠とサファイアをあしらった金糸のネットでまとめられてさえいた。全てはシェイハたる彼女のためにシーク・イズミルが吟味して贈った物だ。

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(キャロルは大切に守られていた。そして今も・・・守られ、想われている。
誰に・・・?・・・・・・・・・シーク・イズミルに!)
ただ一人、ライアンだけが複雑な感情を抱いていた。
最愛の義妹が自分の所に還ってくる・・・という待ちわびた知らせを受け取った至福の瞬間に覚えた疑惑。

─キャロルはシーク・イズミルのところにいた。長いこと、長いこと。
キャロルを欲しいと図々しくも口にした男の許に!
キャロルは・・・・キャロルは・・・・本当に還ってくるのか?僕のところに。僕のキャロルとして・・・?─

ライアンの物思いは不意に破られた。
「兄さん、心配かけてごめんなさい。私、どんなに兄さんに心配をかけたかと思うと、もう・・・」
キャロルが抱き着いてきて、ライアンの顔を見上げている。それは昔から見慣れた「妹」の顔だった。懐かしい愛しい妹の顔・・・。
(ばかばかしい、僕は何を考えているんだ。キャロルは僕の花嫁になる娘だ。
僕だけのキャロルだ。昔から決まっていたじゃないか)
「お前が無事に帰ってきてくれたんだ、僕はもう何も望まない・・・」
ライアンはキャロルに接吻しようと顔を近づけた。キャロルは一瞬、ばつの悪そうな顔をして、大急ぎで頬を差し出した。唇ではなかった。
(キャロル・・・?)
だがそのとき、ばあやが賑やかに夕食の支度が整ったことを告げに来た。
キャロルは母親に肩を抱かれて食堂に向かっていった・・・。

夕食後。シークから贈られた衣装を脱いでくつろいだ服に着替えたキャロルはリード夫人の部屋を訪れた。
「まぁ、キャロル!どうしたの?」
「ん・・・。何だかママのそばにいたいの。アル・シャハルにいる間ずっとママの膝が恋しかった。会いたいって・・・会ったら何を話そうかってずっとずっと考えていたわ・・・」
リード夫人は愛しげに娘の頭を膝に抱いた。そのまま様様な会話を交わす母娘。わざと核心を避けるように話す娘に、母はやがて言った。
「・・・キャロル、あなた何か心配事があるのかしら?ママには言えないこと?もし・・・もしママがあなたを昔のように・・・小さい子供だったころのように助けてあげられれば・・・?」

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「それはひょっとして、あなたを助けてくださったシークと・・・関係のあることかしら・・・?」
リード夫人の言葉にキャロルは、はっと顔をあげた。キャロルは何も言えずに母の顔を見つめるばかりだったが、それは心のうちを告白したも同然だった。
(やっぱり・・・)
リード夫人は穏やかにやさしい手つきで娘の金色の髪の毛を撫でた。
空港で娘の姿を見たときに、小柄な娘をいとおしげに見つめる砂漠の国の若者の視線にも気づいてしまった。
独占欲と愛情の混じった視線。キャロルは臆するふうもなくその視線を身体に纏わらせていた・・・。
「キャロル、あなたは・・・」
「ママ、私、私ね・・・あの方を、シーク・イズミルを愛しているの・・・」
キャロルは言葉を選んで訥々と語り始めた。時に言葉は涙声に震えたけれど、決してキャロルは取り乱したり、泣いてその場をごまかすような子供っぽいことはしなかった。
真摯に誠実にキャロルはリード夫人に話す。
望まれるままに‘大好きなライアン兄さんのお嫁さん’になることを疑いもせずにいたけれど、シークに出会って初めて自分から人を好きになることを知ったのだと。
ライアンを裏切るのが恐ろしくて必死に忘れようとしたけれど、自分を望んでくれるシークに向かう心は止めようがなかったと。
そして事故による思いもかけないアル・シャハル滞在。キャロルはシークとお互いの心を確かめ合った・・・。
「ごめんなさい、ママ。私、ライアン兄さんもママも・・・家族を、今まで私を愛してくれた人全部を裏切ってしまった。ごめんなさい。許してもらえないかもしれない、でも私は・・・」
リード夫人はそっと娘を抱き寄せた。
優しすぎて素直すぎて流されやすいところもあった娘。ライアンが与える強引な愛を受けることには母として少し疑問に思っていた。
(この子の心はやっと目覚めたんだわ。遠慮ばかりして流されやすくて自分がないのではないかしらと心配させられた子供が・・・やっと自分の心に目覚めた。
この子に生き生きとした自分の心を授けてくれたのは、では砂漠の国のシークなのね!ライアンじゃないなんて何という皮肉でしょう!)

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「キャロル。よく話してくれたわ。ママはね、あなたがそうやって話してくれたことが嬉しいの。取り乱しもせず、自分を抑えて、ただ誠実に・・・。
キャロル、あなたは大人になったのね。あなたは初めて自分の‘望み’を口にしたの。今まであなたが強く何かを望むことなんてなかったわ・・・」
「ママ・・・?!」
「よく話してくれたわ・・・」
リード夫人は思っていた。
いくら血がつながらないとはいえ、兄と妹の結婚というのは少々抵抗があった。ライアンがそれを望み、キャロルもまたライアンを慕っていたから許していたけれど・・・。
(キャロルは大人になったわ。あの無事を知らせてくれたインタビューを見たときも成長振りに目を見張ったけれど。何も知らない子供のまま、ライアンに嫁いでいくことより他にもこの子の幸せはあるはず・・・。
今となっては・・・母としてキャロルを幸せにしてやりたい。ライアンだって分かってくれるわね・・・?)
「ママ、許して・・・」
「キャロル、許すも何も私は少しも怒っていませんよ。そりゃ驚いたけれど。
キャロル、あなたはまだほんの16よ。性急に結論を出すには及びません。
この件についてはライアンともよく話し合って・・・。もちろんママが間に立ってあげます。あなたがライアンを結局、兄としてしか見られないならそれは仕方のないことだし、ある意味、当然よ。
・・・シーク・イズミルのことも・・・しばらく考えてみましょう。急いではだめ。あなたはまだママの大事な子供なんですから」
こっくり頷いたキャロルの額に優しくキスするとリード夫人は娘を寝室に連れていってやった。

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「・・・キャロル、起きているかい?」
ライアンがキャロルの寝室に入ってきたのは真夜中と夜明けの間の時間、夜が一番静かで深い時だった。
「兄さん・・・!」
浅い眠りの中を漂っていたキャロルは驚いて身体を起こした。ライアンはずかずかと入ってくると、ぎゅっとキャロルを抱きしめた。
「兄さん・・・っ!何するの?いきなり・・・!」
キャロルは驚いて暴れたが、万力のようなライアンの腕からは逃れられない。
「お前の顔が見たくなった、心行くまで。帰ってきてからは何となく忙しなくてろくにお前と話せなかった・・・」
「兄さん・・・」
キャロルはライアンの胸の中から逃れられない。以前なら素直にこの強引な腕に身を委ねて甘えることも出来ただろう。でも今は・・・。
「やっ・・・!」
キスしようとしたライアンをキャロルは思いきり押しのけた。ライアンの顔がさっと強張った。
「僕が・・・怖いのか・・・?」
ライアンはぐっとキャロルに体重をかけるようにした。弾みでキャロルはベッドに崩れ落ちるようにへたりこんだ。ライアンはのしかかるように自分の大柄な体でキャロルの動きを封じた。
「兄さん、やめて。こんなこと・・・」
手馴れた様子でキャロルの顔にうなじに唇を這わせるライアンに、キャロルは冷や汗を滲ませて抗った。もう兄としてしか見られなくなった男性の、男の動作が恐ろしくて疎ましかった。
(シーク・・・!助けて!)
ライアンは不意に動作を止めた。首筋に、今まで自分しか触れたことのないはずのキャロルの白い首筋に薔薇色の跡を見たからだ。
冥い予感と怒りがライアンの胸を苦しいほどに苛んだ。自分だけの愛しい大事な娘は・・・。
「キャロル、僕に触れられるのが嫌なのか?・・・キャロル、誰になら触れられてもいいんだ?一体、誰に許したんだっ、触れられることをっ!
・・・・・・シークか・・・・・?」
ライアンはキャロルの抗いを強引なくちづけで封じて、表情を強張らせたまま小さな身体を確かめ始めた・・・・・。

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「やっ・・・!兄さん・・・っ。嫌・・・!」
キャロルの抗いを苦もなく受け流してライアンは小柄な少女の身体を改め始める。
寝巻きの胸元をはだければ、夜目にも鮮やかな白い肌。しみ一つない青ざめて見えるほどに白い肌を見つめながら、ライアンのもう片方の手はゆったりと長い寝巻きの裾の中へ・・・。
恐怖に声も出ないキャロルの顔をまともに見ることもしないまま、ライアンの指は下着の中に入っていった。
(シーク・・・!)
キャロルは心の中で絶望的に叫んだ。
「あ・・・っ、イタっ!」
ライアンの指が脚の間の窪んだ場所に触れた瞬間、キャロルは小さく叫んだ。
ライアンは驚いたように指を目の前にかざした。指先は堅固な砦に阻まれた・・・。
(キャロルはまだ・・・!)
嬉しい驚きに一瞬、動きを止めたライアンにキャロルの刺々しい言葉が突き刺さった。
「兄さんなんて大嫌いっ!なんてひどい人なの?私を何だと思っているの?
兄さんなんて大嫌い、大嫌い・・・!」
「キャロル・・・すまない・・・」
ライアンは未だ無垢であったキャロルにこの上ない愛しさと、自分の闇雲な嫉妬に突き動かされた獣じみた行為に嫌悪を覚えながら言った。
「許してくれ・・・僕は・・・どうかしていた・・・。
妻にと思い定めて、ずっと無事を祈ってきた大事なお前にこんなことを・・・。許してくれ・・・」
その声は真摯で心からの後悔と謝罪の念に溢れ、思わずキャロルは顔をあげて無体をしかけてきた図々しい男の顔を見上げてしまった。
「お前の・・・お前のことを疑うなんて僕はどうかしている。許してくれ。
・・お前が僕を裏切るはずなどないことを一番よく知っているのは僕なのに」
ライアンは黙って義妹の着衣を整えてやり優しい手つきでベッドに寝かしつけ、振りかえらずに出ていった。

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キャロルは静かに涙を流してもはや‘兄’でしかない男を見送った。
(兄さん、ごめんなさい。私は・・・兄さんを裏切ったの)
シークを愛したがゆえにライアンを拒んだ彼女だったが、こんなにまでなっても心の底からライアンを嫌い、拒むことは出来ないのだった。
キャロルはそっと指先を秘所に触れさせた。結婚を控えた娘のためのアル・シャハルの風儀だからとムーラがきれいに刈り込んで手入れしてくれた茂みの奥が脈打つように痛んだ。
ライアンが乱暴に触れた場所。
シーク・イズミルが愛で、その色合いも形も、感触や味わいまですら確かめていった場所。
(怖い・・・怖かった・・・。シーク、早く会いたい。でなければ私・・・どこまで自分を守れるか分からない・・・)
キャロルは自分を抱きしめるように丸まって眠ろうとした。だが当然ながら眠りは訪れず、キャロルは汗ばんで寝苦しく長い夜を過ごしたのだった。
しかし。
ライアンが最後までキャロルを確かめようとしなかったのは非常に幸運だった。
キャロル自身は気づいてもいなかったが、その白い内股にはくっきりとシークの接吻の跡がつけられていた。
婚儀を終えるその時まで待ちきれずにイズミルがキャロルの身体に残した刻印・・・。

ライアンもまた自室で眠れない時を過ごしていた。
(僕はキャロルを失うのだろうか・・・。どうしてあんな真似をしたんだ。
結婚式を終えるその時まで、キャロルを守ると誓ったのに。
・・・・キャロル。あんなに僕を恐れて。キャロルに拒まれなければ僕はあそこまで見下げ果てた真似はしなかった)

じきに夜があける。
朝一番にリード邸には大統領じきじきの電話があるだろう。アル・シャハルの摂政王子が被保護者であった少女との非公式の面会を強く希望しているので丁重にもてなして欲しいと。

100
アル・シャハルの国旗を立てた豪華な公用車がリード邸の車寄せに滑り込んだ。
邸宅の玄関には当主ライアンを筆頭にリード家の人々が整列して異国からの高貴な客人であり、キャロルの命の恩人でもあるシーク・イズミルを出迎える。
やがて車の扉は開かれ、シーク・イズミルの堂々たる姿が現れた。高貴な客人に従うのは秘書官のルカのみ。シークはごくごく個人的な訪問に余計なお供は受けつけなかったのである。
「ようこそおいでくださいました。殿下」
リード夫人が恭しく挨拶した。シークは目の端に憮然たる表情のライアンと、嬉しさと不安がない交ぜになった表情を浮かべたキャロルを捉えると、口の端に薄く満足の笑みを浮かべた。
(なるほど・・・ライアンはもう何事かを察知したわけか。
男ならば誰でも欲しくなる掌中の珠を奪うのは申し訳なく思わないわけではないがこればかりは譲れない)

そして場面はリード邸の応接間に移る。
「キャロル、やはり家族の許に帰れたのはお前にとって何よりの薬となったようだな。輝くような顔色ではないか」
シーク・イズミルはライアンから少し離れた場所に座るキャロルを見て上機嫌だった。
ことさらに幼い娘らしさを強調するような服を着せられているのは自分への挑戦のように思えたが(実際それは当たっている)、頬を染めるキャロルに薄薔薇色の小花模様のワンピースはいかにも似つかわしかった。
「娘のことではいくら感謝しても感謝しきれない思いで一杯です、殿下。
私達の所に戻ってきた娘は健康で、精神的にもたいそう安定しておりました。殿下が大切にしてくださったのだと話してくれました・・・」
シーク・イズミルと主に話すのはリード夫人だった。キャロルの本当の気持ちを聞いた夫人は、ライアンを刺激しないように細心の注意を払っていた。
「キャロル嬢は我が国の滞在中に人々の心を掴んでしまったようだ。私も父も親戚達もすっかり彼女が気にいってしまってね。もちろん我が国の国民もだ。帰国の折はちょっとした愁嘆場だったくらいだ。
・・・じきに彼女を連れて帰るから・・・と私がいくら言っても聞かないのだから」

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