『 遠い約束 』 71 「待って下さい、シーク!」 キャロルは睨み合う二人に縋り、性急に、でも苦しそうに顔を歪めるカリムへの心遣いを忘れぬ手つきで彼らを引き離した。 ようやく解放されて床に座り込み、咳をするカリムの背を撫でながらキャロルは叫ぶように問うた。 「あのっ・・・教えて下さい。あなたがおっしゃったこと。私の行方を兄が捜しているのですか?外務省が対応しているって・・・私は行方不明扱いなのですか?生死も分からないことになっているのですか? アル・シャハルとアメリカは今、国交断絶状態なのではないのですか?お願いです、大臣。教えて下さい。お願いですっ!」 涙ぐみ、切羽詰まった様子で自分に縋る娘を見つめるカリムの目に奇妙な色が萌した。 「お前は・・・何も知らないのか・・・?」(まさか・・・イズミルめ、何をしでかしたのだ?誘拐のうえに拉致監禁か・・・?) 「教えてっ!お願いです!兄に会いたいの!」 「キャロル、いい加減にしないか。お前は私の妻になる身だ。何にでも軽々しく首を突っ込むものではない!」 イズミルが暴れ回る子猫を掴むようにしてキャロルをカリムから引き離した。 そのまま、抱きあげて隣室に連れていく。泣き叫ぶキャロルの声はじきに聞こえなくなった・・・。 「あの娘は眠らせたのか」 ここはシーク・イズミルの執務室。今は室内にカリム大臣とシーク・イズミルの二人きりである。 「どういうことだ、イズミル。あの娘の取り乱しよう、お前は嘘をついてあの娘を囲っていたな?アメリカ政府から、リード・コンツェルンから繰り返し安否確認が入れられていた重要人物を。 どういうことだ?あの娘は、お前が着飾らせて婚約者とやらに仕立て上げた娘は自分が置かれている状況を全く把握していなかった。」 「・・・」 「何とか言え、甥よ!お前は未成年者を略取して監禁しているのだぞっ!」 72 「略取監禁、ね」 イズミルはぞっとするような凄絶な笑みを片頬に刻んだ。 (私はまた同じ過ちを犯しているのか。いとしい娘を手元から離したくはないゆえに。愚かだな。 だが・・・お前は私を愛していると言ってくれたではないか。その言葉に私が縋るのは当然だ) 「叔父上、カリム大臣。彼女は私の妻としてこの国にやってくる途中にあの事故に遭いました。ひどい怪我をして精神的にもひどく傷ついてです。 私は自分の妻となる女性の心身の回復を最優先にいたしました。彼女の祖国と我らアラブ諸国の難しい関係を彼女に知らせるのは酷であったがゆえに、敢えて家族との連絡も取らせぬままにしておきました」 「饒舌なことだ」 カリム大臣はあっさりと言った。そのまま甥を凝視するが摂政でもある彼の甥はまばたきもせず強い視線で射返してきた。 「・・・・お前の色恋沙汰など興味はない。 お前が囲っているキャロル・リード・・・彼女はアメリカ人でリード・コンツェルンの一人娘だ。どちらの立場の彼女をとるにしてもわが国に多大な影響を与えられる小娘だな。 いいか、甥よ!私はこの国の政治に深く関わる身として国民の利益を代表する立場からお前に言う!色恋は好きにしろ!だが国益に反することはするな。 そして・・・良きアラーの僕として恥ずべきこともしてはならぬ。お前が真実、あの小娘を妻にする気なら相応の扱いをしてやれ。妻となる女性を辱めることは人として許されぬ獣の所業だ」 「叔父上・・・」 辛らつな言葉遣いながらカリムの口調には甥を心配する真心が溢れていた。イズミルは素直に目を伏せ、謝意を表した。 「お前のすべきことは二つだ、イズミル。まず父君、シーク・ラバルナに本当のことを告白しろ。それからあの小娘を家族に会わせてやるなりして日陰の身でなくしてやれ。 ・・・いいか、イズミル。お前が誠実に振舞わないならあのリード家の娘はいつまでたっても敵性国家の小娘扱いされるぞ!」 73 「そうか・・・」 息子の告白を聞き終えたアル・シャハルのシーク・ラバルナはただ一言だけいった。 明かりを落とした病室に沈黙が満ちる。積み重ねられた枕に寄りかかる病人は厳しい顔つきで虚空を見つめていた。 リード家のキャロルを自分のそば近くに隠していることをようやく告白しにきた息子の真意が掴みきれないのだ。 (イズミルが私に何も知らせずに、ひそかにそのような真似をするとは。 リード・コンツェルンといえばわが国にとって重要な取引企業。政略的な考えでそこの一人娘が欲しいというわけでもあるまい・・・) イズミルもまた沈黙を保っていた。叔父カリムに諭されて遅らばせながら孝子の心を取り戻した彼は、昏々と眠るキャロルを確認するとそのまま父王の病室に向かった。 彼は話した。初めて出会い見初めた時のことから、ハイジャック事故で傷ついた彼女を救い、外界から隔絶して治療を受けさせたこと。すべてを淡々とまるで他人事のように。 それは理性を失うほどに愛し執着している娘のことを話す恋人のやり方ではなかった。人間味をまるで感じさせないがゆえに、語られるのは紛れもない真実だけなのだと聞く人に自ずと確信させる口調。 シーク・イズミルは張り詰めていた。少しでも自分の感情に負ければ全ては崩壊してしまうだろうと思いつめて。 沈黙・・・・・・・・・。 だがその重圧に耐えられなくなったのはイズミルのほうだった。 「父上、何か仰せられませ」 74 「何といって欲しいのだ、息子よ」 シーク・ラバルナはようやく息子のほうに目をやった。その目は深い叡智の光を宿し、生まれながらの王者であり年月とともに賢者ともなった人間が得られる威厳と慈悲の篭った色を帯びていた。 「・・・・・申し訳ございませぬ、父上・・・・・」 老いたシークの前にイズミルは自然と膝をつき、有能倣岸な支配者の仮面を脱ぎ一人の息子の貌に戻った。 「何を謝る・・・・」 どんな厳しい叱責の言葉よりも静かなその言葉は堪えた。 「・・・お前は我が国の摂政として非常に有能であり、個人的な事柄は全て後回しにして国に民に仕えてくれた。そのお前が今回しでかしたことは私にとっては驚きであり、国と民にとっては裏切りだ」 シーク・イズミルは唇を噛んだ。 「それで・・・実際のところ、お前はそのキャロル・リードという娘をどう思っているのだ?リード・コンツェルンの一人娘を娶って未来のシェイハとしてやるならば、コンツェルンに大きな恩を売ることになるな。 リード・コンツェルンとアメリカは莫大な見返りを我が国にもたらすだろう。共和制の国というのはどういうわけか過剰に王家に憧れるらしいから。 ・・・・・・政略的には実に巧妙なやり方だな」 シーク・ラバルナは挑発的に息子を見た。案の定、それまで一切の感情を押さえつけてきていた青年は爆発した。 「私は政略の手駒としてあの娘を求めるのではありません!なるほど私のしたことは良きムスリム、公明正大なる君主としては許されざることでしょう。 しかし私はキャロルを愛しています。あの娘を失わずにすむのなら何でもします。 父上、私は今回のことであなたに、そして国民に、世界の人々に謝罪もしましょう。だが彼女だけは譲れない!」 シーク・ラバルナは微笑した。 「その言葉を聞いて少し安堵したぞ」 75 「お前は獣には成り下がっていないらしい。だが真実、その娘を愛しているとして何故、今回のような性急で乱暴なやり方をした? 正式に結婚を申し込み、堂々と娶ればいいではないか?とりあえず彼女を我が国に呼び寄せてから披露するつもりであったにせよ、家族と会わせぬとは」 返ってきたのは沈黙だけだった。苦しげに眉をひそめるイズミル。 (どうして告白できよう。私は前世で卑怯者として最愛の妻を死なせ、今生ではライアンという婚約者を持つ彼女を騙すようにして妻にしようとしている。 私は神の与えた贖罪の機会を自ら踏み潰すようにしてしか彼女を愛せない) 父は無言で息子を見つめていたが、やがてはっとしたように言った。 「もしや・・・お前が長く囚われていたあの‘夢’に関係しているのか? 冷静で感情になど溺れぬお前をそこまで暴走させるのは、そのせいか?」 イズミルは一瞬縋るように父の顔を見たが、静かに目を伏せた。 「イズミル、答えよ!お前を縛る夢がただの夢などでないことは私が一番知っている。先の世の宿命に縛られて生まれてきた哀れな者よ、答えよ」 イズミルはがくりと膝をついた。 「前世などに縛られて生きるのは愚かしいことと申し上げてきて、実際そのように身を処してきたつもりでした。 しかし彼女は私の前に現れ、私に引きずられるように感応するように前世を思い出してきている・・・。私は何としても彼女を得たいのです」 そしてイズミルは生まれて初めて、他人に自分を縛る夢の内容を告白した。 すでに人妻であった女性を騙して娶り、子を生し、お互いに傷つけあうようにして生きてきた自分のことを。傲慢にも彼女の愛を勝ち得ると信じ、でも結局は死なせてしまったことを。 「しかし何故、同じ過ちを繰り返す?」 返ってきたのは沈黙だけで、今度こそ、その沈黙は破られなかった・・・。 76 キャロルは夢の中で泣いていた。シーク・イズミルに与えられた薬でもたらされた苦く悲しい眠りの中で。 彼女は一人で泣いているのではなかった。現代アラブ風の衣装を着た彼女の向かいには古代の衣装を着た彼女がいる。二人は鏡に映った像のようだった。 ─どうしてシークは私を騙したの?私は兄さんを、私を愛してくれた兄さんを悲しませて裏切ってまであの人を愛せない。あの人は嘘吐きの恥知らず。 シークを愛することは同じ罪を犯すこと。私を愛してくれた全ての人に。 ─何故、王子は私を騙したの?メンフィスを裏切って私はあの人と愛し合って妊娠までしてしまった。死んでしまいたい、王子は恥知らずの卑怯者。 愛してもいない人の子を産まなくてはいけないなんて! ─でも私はもう罪を犯している。シークを愛しているとこの口から告げてしまったわ。そうよ、心はもうあの人の許にあるのを私は知っているわ。 ライアン兄さんに許しを請うて祝福して欲しいとまで思っている私こそ恥知らず。ああ、兄さんに会いたい!私は自分の心がもうわからない! ─メンフィス、メンフィス、ごめんなさい。私は今もあなたを愛しているの。本当よ。あなたに会えないのなら死んでしまいたい! ああ、でも!今となっては生まれたスレイマンを愛し、私を大切に愛してくれる王子の心を無視し続けなくてはいけないのが苦しいのも本当。 私は・・・私は・・・イズミル王子を、私に家族というものを与えてくれたあの人を愛している・・・! 77 向かい合って泣く二人の少女はやがて互いの存在に気づき、手のひらを触れ合わせた。 ─愛しているの・・・愛しているの・・・でも素直になれない。なってはいけないの。苦しいわ、苦しいわ・・・ 古代の衣装のキャロルが言った。 ─私は愛とは何か分かろうとしないまま死んだの。お願い、あなたが私であるなら同じ過ちを繰り返さないで。私は、私を熱望してくれたメンフィスを愛したわ。 でも、自分から愛するようになったのは王子だったの。自分の心で悩んで苦しんで愛したのは・・・あの人・・・。 現代の衣装のキャロルは言い返した。 ─私は愛が分からない。分からなくしたのはシーク・イズミルだわ。 あの人に会わなければ私はライアン兄さんの妻になって静かに暮らしたでしょう。どうすればいいの? ─愚かな私。せっかくの贖罪の機会を潰すの?メンフィスの妻になって温室育ちの花として生きるの?何も知らない無垢で傲慢な子供のままの心で。 メンフィス・・ライアン兄さんよりもあの人を、イズミルを愛したのはあなたの心。全てはあなたの心が決めたこと。誰かのせいではないわ。 ─ああ・・・私は・・・。ええ、好きだということと愛するということの違いは分かるわ。シークが私を愛するがゆえに罪を犯したことも、あの人を愛することは罪を共に償うことだということも・・・分かる。 ・・・そうよ、私はシークを愛している! ─ならば・・・全てを乗り越える強さを持てるはず。許しを請うて。イズミルに。メンフィス・・・ライアン兄さんに。 見詰め合う二人の少女は手のひらを合わせたまま、近づきあい・・・やがてひとつの像となった。現代の衣装を着けたキャロル・リードに。 ─私は・・・イズミルを愛している。あの人を愛している・・・。 そのことで誰かを傷つけるのなら私こそがその償いをしなくては。 ・・・イズミル・・・!もう迷わないわ。 シーク・イズミルの宮殿内の私室で目覚めたキャロルはもう泣いてはいなかった。ようやく自分の心が、隠されていた事柄がわかった今、何を無駄に泣く必要があるだろう? 「ムーラ・・・。心配しないで、私は大丈夫よ。あの、シーク・イズミルはどちらに?お会いしてお話したいことがあるの」 「キャロル様、落ち着かれたようで安堵いたしました。あの・・・シーク・ラバルナが、シーク・イズミルのお父君がキャロル様をお召しでございます。どうかお支度あそばして・・・」 78 「シーク・ラバルナ、ご命令によりキャロル・リード様をお連れいたしました」 ムーラは清潔に居心地よさそうに整えられた病室にキャロルを押し入れるようにすると下がって行った。 (この方がシーク・ラバルナ。シーク・イズミルのお父様・・・) キャロルは伏せた睫の下からすばやく高貴な雰囲気を湛えた老いた貴人の様子を窺った。自分からは顔をあげない。それはこの国の風習に反するから。 「おお・・・お前がキャロル・リードか。こちらへ。怪我の具合はどうか? 何か辛いことはないか?ハイ・ジャック事件以来、さぞ苦労なことであったろう。 お前には一度会いたいと思い、召し出した。恐ろしがることはないぞ。さぁ」 「恐れ入ります、シーク・・・」 キャロルはこの国の王の寝台のそばの床に恭しく跪いた。自分が何故、イズミルの帰りも待たずに急に国王の許に呼ばれたのかは分かっていた。 自分の存在がばれてしまったので急遽、シーク・ラバルナによる人物査定が行われるのだろう。だが案に反して病床にある国王は慈悲深く、実の娘でもあるかのように彼女を気遣った。 「顔を見せよ・・・」 シーク・ラバルナは小さな白い顔を見つめた。強い意思と優しさ、そして知恵と思慮深さの混じった青い瞳が恐れ気もなく黒曜石の瞳を見つめ返す。 (これがイズミルの選んだ娘か。これが・・・あの可愛そうな息子が時を越えて捜し求め得たいと願った娘か。なるほど・・・これが・・・。 取り乱しもせず、わが身大事さの弁解じみた嘆訴をするわけでもなし,なかなかの器量と見える・・・) 「お前は何故、私に呼ばれたか分かるかね?」 「はい。シーク・イズミルの許に隠されるようにしておりましたアメリカ人の私ですから・・・」 それから長いこと、シーク・ラバルナとキャロルは話をした。 イズミルとキャロルを繋ぐ不思議な‘夢’のことから、現代のキャロルの身の回りの事柄など話題と質問は多岐にわたり、その一つ一つがキャロルを試すものであった。 キャロルは真実、シーク・イズミルにふさわしいのか。シーク・イズミルが万難を排してまで望むのにふさわしい相手かと。 79 やがて。 「最後に聞こう、キャロルよ。お前は真実、私の息子を愛しているのか? お前は騙されて攫われる様にしてこの国に来た。私が召し出さねば今も閉じ込められた籠の鳥だっただろう。イズミルはお前にひどいことをしたのだぞ?」 「シーク・ラバルナ。・・・私はあの方を愛しています。迷いがなかった言えば嘘になります。でも私はあの方をお慕いしています」 「ふーむ・・・・。お前は若い。というよりも幼い。やはり一国の摂政王子の妃という地位は魅力的かな? それとも健気にも、リード・コンツェルンのアル・シャハルにおける立場を磐石にするために異教徒の男に嫁ぐことにしたのかな? お前が嫁いでくれば多くの問題が発生するだろう。家族はどう思うであろう。 安穏と暮らすこともできるのだよ。‘夢’はただの夢に過ぎぬと打ち捨ててもよいのだ」 シーク・ラバルナの最後の試問にもキャロルは少しも取り乱さなかった。 「シーク・ラバルナ。私はシーク・イズミルを愛しております。 私は・・・実は兄と婚約をしておりました・・・・」 「何っ!そのようなことは聞いておらぬっ!」 起き上がった拍子に激しく咳き込んだ老人の背を優しく撫でながらキャロルは言葉を選びながら語った。 ライアンへの想い、イズミルへの愛。シーク・イズミルはキャロルがライアンの婚約者だということを知った上で彼女に求愛したこと・・・。 「私はシーク・イズミルとお会いして初めて自分から人を好きになるということを知りました。・・・あの方が愛してくださるのに相応しい人間でありたいと思います。 前世のこと・・・‘夢’のことなどなくても私はやはりあの方に惹かれたでしょう」 (良い娘だ・・・) シーク・ラバルナは思った。 (誠実で真摯な強い心の持ち主だな。この幼い娘はずいぶん苦しみ、自分と戦ったに違いない。だが・・・この娘ならばイズミルの救いとなるだろう。 私の取るべき道は・・・) 老人はキャロルの手を握った。 「お前がイズミルを選んでくれたことを嬉しく思うぞ。神はこの老人にこの上ない娘を授けたもうた。 さぁ、シェイハ・キャロルよ。イズミルの所に戻ってやってくれ。アル・シャハルはお前を歓迎する」 80 シーク・イズミルは暗い執務室で机に向かっていた。机上にあるのは一枚の命令書。彼の署名ひとつでキャロル・リードをアメリカに帰してやれる。 甥思いの大臣カリムは、お気に入りのイズミルの乱心に仰天しすぐさま他の大臣たち─皆カリムの兄弟、イズミルの叔父達だ─を集め、今回の「キャロル・リード監禁事件」のスマートな収束を図るべく、イズミルに無署名の命令書を差し出した。 「イズミル、いいか。私達はお前を、お前がいつか王として君臨するこの国を愛している。あの娘は帰国させよ。後腐れのないように処理できるうちに。 ・・・イズミル、分かってくれるな?」 イズミルは叔父達の心遣いを前にして寂しく微笑んだ。キャロルは彼の父、シーク・ラバルナに呼ばれたという。 (私はお前を得られぬ運命なのか?お前の心を手に入れたと思ったのに、お前は私ではどうにもできない流れに乗ってまた去っていってしまう。他の男のところに・・・・。 今この時代に、拉致監禁のあげく秘密結婚など、そんだ倒錯劇にしかならないということか) シーク・イズミルの脳裏に自分がキャロルにした事柄が蘇ってくる。 確かに心は通い合ったはずなのに、彼はキャロルの中に残る迷いや不安をを完全に取り除いてやることができなかった。 (私はアル・シャハルの国とその国民に責任を持つシークとして振舞わねばならない・・・。やはり私は卑怯者だな。何故、キャロルに嘘をついてしまった?何故、さっき叔父上達の前でこの忌々しい紙切れを破らなかった・・・? 何故、一国の支配者の責任などというものに逃げる?私の想いはその程度ではないはずなのに) 「・・・・許してくれ、キャロル・・・・」 シーク・イズミルは、苦しみ迷いながら結局、前世からの絡み合った糸に囚われて最悪の結末を引き寄せてしまった。 (お前の幸せを願うからこそ、私はお前を手放すのだ。お前は私を憎み、忘れ、ライアンと幸せに・・・!) その時、静かに扉が開いて明るい光が廊下から差してきた。 「・・誰だ? 人払いを命じたはずだぞ?」 「お許しあそばせ、シーク。ムーラでございます。シーク・ラバルナのご命令でシェイハ・キャロルを御許にお連れいたしました」 |