『 遠い約束 』

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―カイロ発ニューヨーク行きの・・・航空274便がハイ・ジャックされました。犯人の要求は某テロ組織幹部の釈放と現金。
乗客の大部分はアレキサンドル空港で解放されました。しかし「人質として高価値である」と犯人達に判断された一部乗客は、そのまま空港を離陸し東方に向かった模様です。
現在、エジプト、アメリカをはじめとする空軍機が犯人の乗った飛行機を追跡中ですが犯人の指定する行き先等は不明。燃料の残量が心配されています。
人質となった方は次の通り・・・・。

「キャロル・リードがあの飛行機に乗っているのかっ!」
シーク・イズミルは執務室の壁が震えるほどの大声を出し、ルカの度肝を抜いた。
ハイ・ジャック機は地中海を東に進み、現在は紅海上空を迷走、としか言いようのない無鉄砲な飛び方をしている。
燃料切れ、犯人の精神状態と人質の安全が懸念され、いつ墜落・不時着しても不思議でない飛行機の進路に当たっているアル・シャハルを含むアラビア半島の国々は緊張している。
「は、はい。燃料残量も少なく、エジプト空軍から万一に備えて救急・消火の待機要請が来ています。
我が国の領土内に不時着する確率も高く、付近住民の避難命令が先ほど発令されました。砂漠の中に落ちる・・・いえっ、不時着の可能性も高く・・・」
その時、顔面蒼白になった高級将校がシーク・イズミルの執務室に飛び込んできた。
「つ、追跡している軍用機に逆上した犯人が人質と乗務員の一部を外に放り出した模様です!犯人グループ内でも仲間割れが生じている模様っ!
ハイ・ジャック機は我が領土内に不時着します。シーク、出動命令を!追跡機が強硬手段に出る可能性もあります。国民の安全を・・・っ!」
「くそっ・・・・! ルカ、私が出る!用意を!
卑劣な犯人に我が国を傷つけ侮辱するような真似はさせん!」
シーク・イズミルは執務室を飛び出していった。
(無事でいてくれ!私はもうお前を失いたくないっ!)

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機内には煙がもうもうと立ちこめていた。全身が浮き上がるような、胃がひっくり返るような不愉快な感覚が、疲れ切って痺れるように痛むキャロルの身体を苛んだ。
耳が痛み、喉がいがらっぽく不愉快で、目からは止めどもなく涙が流れた。
(私も・・・もう死ぬんだわ。兄さん、ライアン兄さん。ごめんなさい、大好きなライアン兄さん・・・。もうじき地面に叩きつけられて・・・)
キャロルは祈るように首筋をまさぐった。ライアンに贈られたガーネットの首飾りが指先に触れる。
(兄さん・・・私が花嫁になるのを迷ったことを神様がお怒りになったのかしら?)
追跡してきた空軍機の威嚇射撃が機体のどこかに致命的な命中をしてしまったのだろう。コントロールのきかなくなったハイ・ジャック機はゆっくりと揺れながら地上に墜ちていく。
ハイ・ジャック犯人がアラビア語で怒鳴り立てている。もう正気ではないのだろう。
「使命」を果たし得ず、不本意にもテロリストの「正義」に殉じる羽目になった男の足許には殺されてしまった元・仲間や人質の死体が転がっている。
ついさっきまでキャロルともども励まし合っていた富裕な老人だった。他の人質や乗務員はどうしただろう?
(次は私が殺される・・・。神様、どうか死が速やかに訪れてますように。私はもう耐えられません。怖い、怖いのです・・・っ!)
ひきつったようにしゃくり上げたキャロルの気配に気付いた犯人が血走った目をあげた。彼は獣じみた声をあげると、キャロルに駆け寄り、拳銃の銃座で思い切り額を殴りつけた

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うすい額の皮膚が破れ、血がキャロルの視界を奪う。男はキャロルの首から乱暴に首飾りをむしり取り、首を締め上げた。
圧倒的な悪意、絶望、暴力、狂気・・・。キャロルは自分にも死が訪れるのだと思った。
(もっと生きたかった。もっともっと・・・。兄さん、兄さん、大好きな兄さん。私、兄さんのお嫁さんになれません。私は兄さんを裏切ってシーク・イズミルとのことを秘密にしました。
大好きな兄さん、ごめんなさい。私、いつかきっと兄さんを裏切っていた。兄さん以外の人とキスして・・・ごめん・・・なさい・・・)
機体が不意にぐらりと傾いた。テロリストは驚いたようにキャロルから離れた。
(シーク・イズミル!)
キャロルの心が叫んだ。まだ始まってもいなかった恋。こんな時になってどうして全てを悟るのだろう。
自分が本当に好きだったのは・・・・・・・。
そしてキャロルを乗せた機体は大きな衝撃と共に砂漠に不時着したのだった・・・。


煙を引きながらアル・シャハルの砂漠に胴体着陸した飛行機は、柔らかな砂地に触れた途端、もう耐えきれないと言うように胴体中央あたりからまっぷたつになった。
空をも震わす大きな衝撃、救護活動のために待機していた人々をねじ伏せる大音響。巻き上がる砂。
すぐに待機していた消防隊が貴重な水を惜しみなく飛行機にかけた。火が出ぬように。誰かが・・・その生存をひたすらに祈られている誰かが閉じ込められている飛行機が炎の餌食にならぬよう。
それと同時に特殊な防護服に身を固めた一隊が無謀とも言えるスピードで危険な飛行機に向かって突入した。
先頭にいるのはこのアル・シャハルの世継ぎ、シーク・イズミルだった。

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―カイロ発ニューヨーク行きの・・・航空274便がハイ・ジャックされた事件の続報です。
当該機は事件発生・・時間後の・・日、午前・・時にアラビア半島南東部に位置するアル・シャハル王国領内に不時着しました。
待機していたアル・シャハル王国軍の働きで飛行機は炎上は免れ、機内に残されていた人々は速やかに病院に運ばれました。
ただし生存者の有無などは今のところ不明であり、各国大使館が確認を急いでいます。
飛行機墜落の直接の原因は追跡機の威嚇射撃による機体破損と考えられます。
墜落した飛行機の進路では、飛行機からの落下物、漏れた燃料による死傷者等の被害も出ており、アラブ諸国では追跡機の判断責任を問う声が早くも出ています。
アル・シャハル王国内でも救護活動に当たった人々、及び飛行機の進路上に居住していた市民に直接、間接の被害が出ている模様で、同王国の摂政、シーク・イズミルが抗議声明を発表。
外国人の受け入れに慎重な同国では、国内保守派を中心に外国人排斥の声が早くも高まり、政府は同国内に居住する外国人に対して外出を控えるよう呼びかけ警備を強めています。


「キャロル嬢っ、どこだ!」
最初に飛行機の中に飛び込んだシーク・イズミルは立ちこめる煙に顔をしかめながら暗い機内に視線を彷徨わせた。
煙の中に血の匂いと硝煙の匂いが混じる。恐怖と苦痛の匂いだ。
「シーク!ここは危険です、どうか外に!後は我々にお任せ下さい!あなたのような立場にある方のなさることではありませんぞっ」
忠実な指揮官の怒声は、シークの氷の視線に封じられた。
(キャロル、キャロル・・・! 私はまたお前を失うのか? お前はまた私の前からいなくなってしまうのか?)
慎重に足を踏み出すごとに倒れた肢体に触る。煙を透かして不自然に体を折り曲げて動かない人間の姿が見える。
そして。
シークはテロリストらしい男の死体のすぐ側で探し求めていた少女を見つける。少女は額と口と血を流し、ぴくりともせずに目を瞑っていた。

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首筋に強い衝撃と熱を感じ、そして一瞬遅れに痛みがやってくる。
目の前が真っ赤に染まり、世界がぐるりと回転する。ごろん、ごろん・・・。
後悔、後悔、押しつぶされそうな後悔の念、それだけが自分の全世界を占めていた。

―私はまだ言っていない、大切なことを。まだ言っていないのに、言わなきゃいけないのに―

―あなたに言わないままに逝かなきゃいけないのは、ひどすぎる。
私に、何も知らなかった私に初めて愛することを教えてくれたあなたに。
自分から愛することを教えてくれたあなたに、私は何も伝えていない。謝っていない―

―メンフィス、私はあなたの情熱にめくるめく恋の喜びを教わりました。あなたの激しい求愛は、ナイルの洪水のように私を流し、酔わせたわ。
私、あなたが好きだった。私を押しつぶすように愛してくれたメンフィス―

―でも私に静かで力強い愛を教えてくれたのはメンフィスじゃなかった。
私を愛し、守り、私の心を目覚めさせ、初めて私の方から誰かを愛することを教えてくれたのはイズミル王子。
罪を過ちを乗り越えてなお、愛することは出来るのだと教えてくれた―

―私は・・・言わなきゃいけない。謝らなきゃいけない。でも・・・―


キャロルはゆっくりと目を開けた。白い部屋の中。薬の匂い。ブラインド越しに明るい外の雰囲気が感じられる。
(ここ・・・どこ? 私、どうして・・・?)
つい先ほどまで見ていた夢の続きなのかと訝る彼女に白衣の看護婦が優しく声をかけた。
「もう大丈夫ですよ、お嬢様。あなたは助かったんです。もう何も心配はいりませんよ」
看護婦はキャロルに優しく微笑みかけると衝立の向こうに消えた。でもすぐ戻ってきて言った。
「あなたのことをずっと心配してくださった方が今、おいでになりますよ。主治医の先生もね。ああ、本当にあなたが気がついて良かったですよ。もう五日も眠り続けていたんですから」
その時、白い衝立の後ろからキャロルのよく知っている人間の顔が見えた。
シーク・イズミルだった。

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(シーク・イズミル!)
キャロルは驚いて目を見開いた。現れたのはシーク・イズミルその人だった。
キャロルが覚えている顔よりもさらに窶れて、顔つきが厳しく見える。
その面差しはキャロルが夢の中で呼びかけていた「あの人―イズミル王子」に似ていた。
「気がついたか・・・。やっと、やっと気がついてくれたか」
シークはキャロルのベッドの横に跪き、点滴の管に痛々しく繋がれた細い手首に口づけた。居合わせた看護婦や医師は大変驚いた。
いつも冷静で感情など無いなどと密かに揶揄されるほど、自制のきいた怜悧な若者が、かくも衝動的な行動を取るとは!
しかも相手は若い女性、今回の墜落騒動でアラブ諸国の神経を逆撫でしたアメリカ国籍の人間!テロリストはアメリカを恨み暴挙に出て、その威嚇射撃に逆上して多くの無実の人間を殺した!
だが、シーク・イズミルはそんなことなどお構いなしだ。
「私が・・・分かるか?」
はい、と声を出そうとしてキャロルは顔をしかめた。喉が痛んで声が出ない。慌てて首元に手をやれば、そこには包帯が巻かれている。
「ああ、声は出ないだろう。お前は怪我をしているのだ・・・事故に・・・巻き込まれて・・・」
(そうだわ、私、ハイ・ジャック機で・・・)
飛び起きようとして、身体の痛みに呻いたキャロルを宥めるように抱きかかえながらイズミルは言った。
「まだ起きてはならん。お前は怪我人だ。まずは身体を治してやろう。お前は何も心配せずに私の宮殿で治療に専念すればよいのだ」
シークは訳が分からず、硬直しているキャロルに優しく言い聞かせ、待ちかまえていた主治医に席を譲った。医師はイズミル王子の侍医でもある。

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初老の医師はキャロルを安心させるように穏やかに微笑むと診察をし、それから怪我の状況を分かりやすく話してくれた。
喉は煙と煤に燻されていて当分声を出してはいけないこと。額の切り傷は3針ほど縫ったこと、絞められた首は当分赤みが消えないだろうこと。それに左足首は骨折していること。
「お嬢さん、あなたは恐ろしい目にあって、ひどい怪我をしたが神のお恵みとシークの行き届いた看護のおかげで生きている。これは天恵ですぞ?
決して軽い怪我ではないが必ずいつかは綺麗に治って、あなたは元気になる。
今は何の心配もせずに治療に専念なさいますように。私がお手伝いいたしましょう」
シーク・イズミルが言葉を添えた。
「そのように心細そうな顔をしてくれるな。まるで見ず知らずの場所に一人で放り出された子供のようだ。私はずっとお前が目覚めるのを待っていたのだ。
お前は私を知っているだろう?私はお前が兄同様に甘え、頼ってよい相手だ。
さぁ、薬を飲んで。何も心配しなくてもいいのだ。お前が怪我が治るまで私が面倒を見て、きっと元気な身体にしてやろう。それが私の役目だ。
お前の仕事は早くよくなって私を喜ばせてくれることだ・・・」
シーク・イズミルの瞳が金茶色に燃えた。
(お前はやっと私の許に戻ってきてくれた。もう一度お前を失うのではないかと思ったときの恐怖はもう味わいたくない)
キャロルはこくん、と頷いた。医師の肩越しに見えるシーク・イズミルの微笑みが嬉しくて、キャロルはじきにまた眠ってしまった・・・。
(シーク・イズミル・・・。私を待っていてくれた人。私、不思議な夢を見たって・・・話さなきゃいけない気がする。
大切なこと、言わないままでいるのは嫌だって思ったこと・・・。落ちていく飛行機の中で、あんなにも生々しく感じたこと・・・)

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「それで、シーク。これからどうされるおつもりですか?シークがお助けになって宮殿にお連れになった方は・・・私の思い違いでなければキャロル・リード嬢のように思われます」
「大当たりだ、とでも言ってお前の眼力を褒めればいいのか、ルカ?
私は人道上の理由から生き残った人々の救助を行い、生存者は適切な治療が受けられるよう病院に送った。
キャロル・リードは怪我もさりながら、心的ショックも大きかろうと思って気心も知れている私の許に引き取ったのだ。私と彼女は旧知の仲なのだしね」
ルカはやれやれと吐息をついた。全くシークらしからぬ唐突な振る舞いだ。
わずかな生存者―犯人グループの生き残りも含めて4人―はアル・シャハルで無事保護された。現在は各国大使館が生存者の身元確認を急いで右往左往しているだろう。
アル・シャハルの外務省も今後の対応に追われ大忙しのはずだ。現にシーク・イズミルの執務室にも決済を仰ぐ案件が山積している。
「シーク・・・。外務省の方にキャロル・リード嬢の無事を知らせますか?」
「ルカ、僭越が過ぎる。リード嬢の扱いについては私自ら連絡を行う。
それより今は他の案件を決済していかねばな・・・。
今回の惨劇の元凶を作ってくれた空軍機の国元への抗議、怪我をしたり財産を傷つけられたり失ったりした者への補償・・・。
しかし無意味に強硬に出ては今後のことに禍根を残す。災禍は災禍としても・・・やっと開かれた外国との窓を閉ざすことは避けねばならない」
シーク・イズミルは、何ともいえない顔をしているルカを無視して窓の外、宮殿の西翼にある自分のための一角を見やった。
あそこには探し求めていた少女がいる。自分では動けない美しい人形のような少女が。
(もう二度と同じ過ちは繰り返さぬ・・・)

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アル・シャハルのシーク・イズミルは、今回のハイ・ジャック事件で生き残った人々を丁重に扱った。
自国の病院で加療し、本人の希望と体力を勘案して順次、帰国させた。生き残ったハイ・ジャック犯人については各国の圧力をはねのけて、国際的な司法の場で公開された裁きを行うよう尽力した。
情報の公開と、行動の公正さ、透明さが悲劇の繰り返しを防ぐだろう、という若いシークの声明は皆の胸に不思議な感動を呼び起こし、大国と呼ばれる国もとるに足らない砂漠の小国の前にひれ伏した。
ただ・・・・。
ただ、キャロル・リードの行方だけは、はっきりと分からないことにされていた。
シーク・イズミル自らが助け出した生存者に関する情報は徹底的にブロックされ、救助隊すらシークが助けた人間の性別、年齢も分からないほどだった。
王家への時代錯誤とも言える盲目的、絶対的な忠誠が当たり前のこの国で、キャロルの存在は夢か幻のようにかき消えてしまったのである。
犯人が腹立ち紛れに人や物品を大空に向かって放り投げるという蛮行を行った今回の事件を考えると―遺体はどれも粉々であったし、いつ何人が放り出されたかも曖昧だった―それも当然だった。
アメリカ政府内に隠然たる影響力を持つ世界企業リード・コンツェルンの総帥ライアンですら、いつものように大統領を動かして物事を解決するというわけにはいかないのだった。

50
「具合はどうだ?」
いつもの時間にキャロルの許に見舞いに訪れたイズミルは寝台の上に起きあがり、所在なげに窓の外を眺めていた少女に微笑みかけた。
キャロルがこの王宮の西翼に連れてこられてもう十日が過ぎた。キャロルは徐々に回復し―といっても、薬のせいで一日の大半はうつらうつらしている―
起きあがれるようになった。
キャロルもまたシーク・イズミルを見て嬉しそうに微笑んだ。彼の顔を見ていると不安も心細さも消えていくような気がする。
「薬は飲んでいるか?よく眠れているか?皆は親切にしてくれているか?
どこか痛んだりはせぬか?熱は出ておらぬか?」
キャロルは馴れ馴れしく額や身体に触れるイズミルの手で緊張して身構えることもなくなっていた。シークの言葉にいいえ、というふうに首を振る。
「それは良かった。医師はお前の回復ぶりは順調だと褒めていたぞ。首筋の包帯はもう取れたのだな・・・」
イズミルはまだ紅い筋の残る首筋を愛おしげに撫でた。ライアンがキャロルに贈ったガーネットの首飾りをハイ・ジャック犯が引きちぎり、首を締め上げた跡。
痛々しいその輪は、イズミルに悪夢を思い出させる。
だが同時に、忌まわしい悪夢の象徴のように思っていたガーネットの首飾りが失われ、首筋の「赤い輪」は今やただの「いつかは消える傷跡」にしかすぎなくなったのだということが彼を安心させた。
「そうだ、今日はいいものをもってきてやったぞ」
イズミルはキャロルにノートとペンを差し出した。当分声が出ないならば筆談を、という心遣いだった。期待通り、キャロルは嬉しそうに微笑んだ。
『ありがとう。シーク・イズミル』
キャロルはエジプトで習い覚えたアラビア語でそう書いた。

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