『 たった一つの言葉 』

11
「・・後宮の者が一歩たりとも私の宮殿に、姫に近づこうものならば、即刻切り捨てよ。
 これは私の勅命だ、よいな?」
「・・御意・・。」
「王子・・・。はい、仰せのままに・・。」
誰かの声がしている・・・とキャロルは目を閉じたままぼんやりと思った。
身体は泥のように重く、身体の中心がずきずきと疼くみたい・・・。
眠りと現実の半覚醒の合い間で、キャロルは雲の上にでも漂うような奇妙な居心地のよさに身を任せている。
言葉は未だ言葉でなく、ただの音としかわからない。
私、昨夜、何かを王子に頼んだわ・・・でも何をお願いしたのかしら・・・?
自分でも知らない何かを引き摺り出すような、そんな怖さがあった。
まるで奈落の底にでも落ちていくようなかんじを、幾度も味わった・・・。
メンフィスはいつも優しかった・・・。熱い身体を無理に抑えて、壊れ物で扱うように、私を優しく抱いたのを覚えてる。
時々は抑えが効かないように、荒々しいこともあったけど、私は嫌じゃなかった。
それに一緒に過ごせたのは短い時間だったわね・・・・。
私どうなっていくのかしら?これから・・・・。
不意に柔らかい何かが額に押し付けられ、唇を軽く吸われて、キャロルはゆっくりと目を開けた。
「目覚めたか?まだ随分と疲れておろう、今日は休んでおるが良い」
軽く衣装を羽織ったイズミル王子が寝台に腰を下ろし、穏やかでありながらどことなく哀しげに見える薄茶色の瞳でキャロルを見下ろしていた。
「お・・おう・・・」
声を出そうとして酷くその声が掠れており、咽喉がひりつくのを不思議そうな顔をするキャロルを見て、王子は満足そうに微笑んでいた。

12
「どれ、湯殿へ連れて参ろう」
王子がキャロルの身体に手を伸ばそうとしたとき、キャロルは慌てて半身を起こした。
「じ、自分でいきま・・・あっ!」
その刹那に身体の中心から甘い疼きが背筋を走り、下肢に力が入らないのに驚くキャロルを王子はくすりと好色そうに目を細めて笑う。
「昨夜のそなたの様子では無理だ、自分では動けまい。」
キャロルが恥かしさのあまり頬を紅く染めてるのを見ながら、王子は上掛けごと軽がると抱きあげてしまった。
「昨夜のそなたが私の腕の中で、どれほどいとおしかったか、そなたに分かるまいよ。」
王子の胸のうちにキャロルはその言葉でに呆然とした。
唇の感触も、肌の感触も、麝香のような香りのする匂いさえ、今の私は馴染んでしまったような気がする・・・。
好きで抱かれたわけじゃないのに・・それしかなかったのに・・・嫌じゃないわ、今。
私・・変わってしまったの?
王子がさっさと上掛けを剥ぎとり、キャロルの白い身体を溢れんばかりの湯にそっとつけてくれる。
「ムーラは?」お湯が疲れた肌に染み込んでくるような心地よさである。
王子も衣装を取ると、キャロルの横にその逞しい体を沈めてきて、また湯が勢いよく流れていく。
「私がそなたの世話をしたかったのだよ、その白い肌を他の誰にも見せたくはなかったのでな。」
明るい陽射しの中で、首筋や胸に色鮮やかに浮かび上がる口付けの跡はとてもエロティックだと、キャロルは自分でも感じ、そんな事を思う自分を恥じてまた頬が熱く紅潮する。
王子がその長い茶色の髪を払った時、逞しい肩に不似合いな引っかき傷をキャロルは見つけた。
「王子・・肩に怪我をしているわ・・・。」そっと手を伸ばし触れてみる、小さな傷。
「それはそなたの爪の跡だ、覚えておらぬのか?私にそなたがしがみ付いていたのをな。」
王子の唇がキャロルの何か言おうとした唇を塞いでしまった。動くたびに流れていく湯の音が響き渡る。
私、どうなってしまうの?キャロルは先の見えない不安に目を閉じた。

13
昼間の私達はどう見えてるのかしら?
王子は私を丁重に扱ってくれてるし、私はどこかぎこちないけど、王子に添うような格好はとっているのだけれど・・・。
寝台の中で湯浴みを終えたイズミル王子が腰に布を巻いただけの気楽な姿で自分に近づいてくるのを見て、キャロルは今更ながら不思議に思う。
誰が見てもその整った顔立ち、逞しく鍛え上げた体躯、纏う怜悧でありながらも王者の風格、全てが人目を惹き付ける男の人・・・。
好きでも嫌いでもない、ただ愛するメンフィスがいたために、対立する関係だった人。
でも今は私を妻にした人・・・。私がそれを望まなくても・・・。
「どうした?疲れたのか?」頤を捕らえる指先、いつも私に触れる時に、その優しい感触に驚いてしまうのだと、改めてキャロルは夫となったイズミル王子を見た。
「・・ヒッタイトへ来て以来、そなたは随分とおとなしいな、寝台の中では別だが・・・。」
王子のからかいの言葉にキャロルの頬はかっと一瞬で熱くなり紅潮する。
「ぁ・・あれは・・王子が・・・。」
薔薇色に染めた頬を見せまいと王子の顔から背ける子供っぽい仕草に、王子はますます楽しそうにキャロルの身体に腕を伸ばし、その華奢な身体をすっぽりと膝のうちに抱え込んでしまう。
「や、やめてったら!私・・」うまく言葉が出てこないもどかしさ、一体何を話そうとしているのだろう?
「さぁ、これからどうしたものか・・・。そなたはどうしたいのだ?」
指が感じやすいところに悪戯するように、軽く触れては離れて、体の線をなぞったり、柔らかな膨らみを辿る。
そうするうちにキャロルの息が乱れて、白い肌が色づいてくる様がまた美しい。
「どうしようか?・・・。のぅ・・姫・・。なんと申す?」
王子の熱く柔らかい唇が首筋を這うと、キャロルの体の中心が熱くなってきて、堪らずに言葉が零れ落ちた。
「抱いて・・抱いてください・・・お願い・・・。」
「いいこだ・・・よく申せたな・・・。」
私の身体は私のものじゃない・・・王子のものみたいだわ・・・。
どこまで私は落ちていくんだろう・・・?
それ以上はぞくぞくするような快感に邪魔をされ、キャロルは考える事を放棄した。

14
「やめ・・こんな・・・恥かしい・・・・。いや・・」
まるで幼児に用を足すように、背後からキャロルの膝裏を抱えあげた王子にキャロルは抗った。
蜜の滴る花弁に伝わる固く熱くなった王子の分身。
自分の痴態を恥かしく思う一方で、早くそれを納めたいと切望する自分。
「そなたの蜜が零れておる・・・何故に恥かしがる?私を望むそなたはこんなにも愛らしいのに・・・。」
王子の言葉と同時に胎内を深く抉り食い込む灼熱の塊に、キャロルは悲鳴をあげる。
「ゃ・・・苦しい・・・壊れる・・・・。」
自らの重みで更に深く串刺しにされる錯覚を起こすほど、それは体の奥深いところまで潜り込んでくる。
「わかるか?そなたが私をしっかりと包み込むのが・・・。」
王子の掠れた囁きが耳に届くが、身体は甘美な戦慄を求め、唇から零れるのは甘いうめき声だけ・・・。
王子の動きがさらに甘美な波を呼ぶ。白い身体はオリーブ色の肌に密着して、絶頂を極めたその小さな痙攣を余すことなく伝えてきた。
痙攣する体の中の更に奥深い部分に王子も飛沫を放つ。
汗ばんだ白い肌に金髪が張り付き、可憐な花のような顔は息も絶え絶えに目を閉じ、ぐったりと広い胸に凭れているその姿は、今まで見てきたどんな妖艶な女よりも、清廉で可憐で淫らで自分を惹き付けるのだと王子は見つめている。
身体は満足しているはずなのに、胸のどこかに何かが足りないのだと、王子は気を失ってしまった少女を見て思っていた。
私たち・・・何かおかしい・・・でもそれが何なのか、分からない・・・。
王子の手が労わるように白い肌に触れるのを心地よく思いながらも、キャロルもまた思った。
互いに感じた事を口にする事がないままに・・・。

15
「あの・・や・・やめて・・」
王子の手を唇を拒むのは難しい。
胸のうちにすっぽり抱かれて、王子の体を感じてしまうと自分の意志を保つのが困難なのだと
キャロルはここしばらくの経験で分かっている。
頬が熱い、息が乱れる、どうして私の身体はこんなにも王子の為すがままなの?
「どうして?どうして毎晩のように私を抱くの?・私・・・一人で・・休みたい・・。」
それは自分の中ではどうしようもない感情に支配された言葉だ。
これ以上自分が王子によって乱されることを懸念した言葉であり、その反面、言葉は裏腹に王子に抱かれたいのだという、
相反した願いの言葉。
だがその言葉に王子は反応した、薄茶色の瞳の中に怒りなのか哀しみなのか、荒々しい光と宿らせて。
「そんなにもこの私が厭わしいと申すか!この私を!」
寝台に押しつけられる細い肩を掴む大きな手に、キャロルは驚いて青い瞳を見開いた。
「・・どういえばいいのか分からない。でもあなたが私を妃にしたこの状況を・・許したわけじゃないわ・・・。
 でも・・・あなたが・・嫌い・・ということじゃない。あなたが私に触れたら、私・・もう・・自分では拒めない・・・。」
自分を見下ろす唇を引き締めたかすかに怒ったような表情。でも他にどういえばいいの?
「そなたの身体は正直だ、私をいつでも受けいれておろう、そなたの心も私を受け入れよ、何を躊躇する?
 そなたは媚薬だ、そなたの身体に触れて仕舞えば歯止めが効かぬわ・・。」
強引で傲慢な言葉。でもそんな言葉が欲しいわけじゃない、私は一体何を望んでいるのかしら?
「や、やめてったら!王子・・・!」耳朶を甘く噛む感触に、頬を染めて抗う仕草がまた男をそそるのだが当の本人は知る由もない。
「私・・・あの・・・。」
恥かしがって口篭もるキャロルに、なおも白い肌を滑る唇は止まらない。
顔を背ける少女が、より一層愛らしく思えて、漸く王子はその手を止め、やんわりと問うた。
「具合でも悪いのか?そうとも思えぬが・・・。」

16
どういえばいいの?
キャロルの頬は紅潮したままだ。
今までこんなにも愛された経験がなかったため、キャロルの体の奥の泉がかすかに痛み、
花唇が腫れているようだとは、流石に恥かしくて言えない。
私の体なのに、私の意志どおりにならないで、王子を受け入れてしまう。
そしてそのことを自分の体が歓んでいることも、悩みの種となってしまった。
「どれ、見せてみよ、具合が悪いなら私が見よう・・。」
「ち、違うの!・・・あの・・・」
恥かしがって背を向ける少女の白い体。首筋、胸元、わき腹、腿、果物を思わせる双丘に散らばる夜毎の名残。
「どこか痛むか?ここか?どこだ?のぅ、姫よ・・。」
腕のうちでキャロルは恥かしさのあまり涙を浮かべて白状させられた、連日の営みで体が辛いのだと・・・。
「お願いだから・・・一人で・・休みたいの・・・。」
「可愛いことを申す・・・だが一人寝は許さぬ、少々そなたに無理をさせた、今宵は我慢いたそう。」
王子は自らの招いた事をただ笑って受け止めた、キャロルが驚愕のために青い瞳を見開くほどに。
王子は心底おかしそうに声を立てて笑った。
「すまなかったな、そなたを可愛がりすぎたようだな、だが、そう私を厭うな。」
おかしな人だわ・・・王子って。
王子の息遣いを感じながら、キャロルは不思議に思う。
こんなに機嫌のよい王子なんて初めてみたわ・・・。拒んでもむしろ大笑いするなんて、私にはわからない。
一体王子が私のことをどう思ってるか想像もつかない・・・・。
王子の鼓動を耳に聞き、逞しい胸に抱かれて、何時にない安堵感がキャロルの心を満たす。
変な人だわ、王子って・・・・。
「・・王子様のくせに・・・変な・・人・・・」
キャロルの呟きを聞いてイズミル王子は呆然とした後、ひとしきり笑って、腕の中の少女を改めて抱きしめた。

17
窓辺から鮮やかに咲き誇る花々を見て、キャロルは溜め息を一つこぼした。
皇太子妃という名の囚人なのだと、自分の事を改めて思ったのだ。
ヒッタイト王夫妻に会う時も、必ず王子が付き添い短時間で終わるようにしていることも、エジプトからずっと自分に忠心を捧げて今も自分に仕えてくれるルカ、王子の身の回りに采配を振るうムーラのこと、そうやってある意味隔離された生活なのだと、漸く思いあたった。
エジプトのこともメンフィスのことも耳に入らないなんて・・・。
「姫君、お食事の用意が整いましてございます、どうぞこちらへ」
ムーラの声に我に返って振り向いた、女官達が静かに料理を運んでいる。
キャロルがムーラの方へ身体を向けようとしたとき、耳に飛び込んできた言葉に、キャロルは青い瞳を見開き窓辺へと振り向いた。
花でも摘みにきたのか、若々しい華やぎのある女官たちのおしゃべり。
「・・出入りの商人から聞いたの、エジプトのファラオがリビアのカーフラ王女を娶ったんですって!
 テーベどころか国中でお祝いだったから、忙しかったんですって」
「ファラオって女と見紛うばかりの美少年だって聞いてるけど本当かしらね?」
「そうみたいよ、それは炎のような王だって専らの噂なの・・・。」
メンフィスのが結婚した?キャロルの体は強張ったまま動けなくなった。
「誰か!あの者達を遠ざけて参れ!早く!」
キャロルの表情を見て、ムーラが急いで指示を出し、小走りな足音が遠ざかっていく。
「さあ、姫君、こちらへ・・・。空腹ではございませぬか?」
ムーラがキャロルの手を取り促そうとする。身体はムーラに操られているが、内面は様々な感情が溢れ、返って表情は凍りついたままだ。
「まもなく王子も参られましょう、さあ、姫君」
終わった・・・・もう帰る希望も何もないのだ、とキャロルの中で何か大切なものが失われたような気がした。

18
イズミル王子もまもなく姿を現し、静かなうちに食事が始まった。
流石に先ほどのことを王子に告げるわけにもいかないムーラの唇を引き締めた顔を見て、女官も事更に静かに仕えるばかり。
食事の手も進まないキャロルを見て、王子も何か悟ったらしいが何も言わない。
心のどこかで待ってた、信じていたのだ、メンフィスが私を愛してることを、私がメンフィスを愛してることを・・・。
いつかは私をエジプトへ連れて帰ってくれるかもしれないと、少女らしい真摯さで。
その一方で、こうなる事を予測してた冷静に見つめている自分がいた。
エジプトでメンフィスの側で過ごした日々はなんと遠くに行ってしまったのかしら?
でもエジプトを離れた日から、もうエジプトを想って、メンフィスを想って泣くのはやめようと決意していた。
自分にその資格がないからだと、自らに言い聞かせて・・・・。
「王子、王子の好物の果実が実りましたので、お持ちしました。」
「おお、もうそんな時期となるか、姫、そなたも食してみよ。」
王子から手渡されたのは、杏の実だった。
「王子のお好きなものは姫君にもお好きになってもらわねばなりませぬ」
ムーラの言葉にやっとキャロルも応える。
「杏は大好きよ、昔から・・・。」
そうだった、ママが作るパンケーキにたっぷりのアプリコットソースをかけて食べるのが大好きだったと
キャロルは思い出した、口の中に広がる甘酸っぱい懐かしい味。
この前食べたの何時だったかしら?古代から帰ったときの朝食?
ママがいて、ライアン兄さんはいて、ロディ兄さんがいて、ばあやが居た賑やかな食卓・・・・。
なんで急に思い出したのかしら?もう帰れないのに・・・。
「姫?・・下がれ!」
王子が大きな声で叫ぶが、女官を下がららせるよりこちらの方が手早いとばかりにキャロルを抱き上げ寝室にと大股で進んでいく。
「え?何?どうして?」
突然のことに驚いてキャロルが問い掛けた時には既に寝室の扉が閉まった後だった。

19
「王子・・どうしたの?」
寝台に幾分荒っぽい動作でキャロルは下ろされた。
怒ったような困ったような王子の顔が自分を見下ろし、どっかりと横に腰を下ろす。
「それは私が問いたい、何故そなたは泣いておるのだ?」
王子の指先が目元を拭う、頬に伝う濡れた感触は涙だったのだとやっと自分でわかった。
「あら・・変ね・・・。泣いてる・・・私・・・。」
涙を止めたいのに、どんどん溢れてくるのはどうして?泣かないって決めたのに、急に家族を思い出したら止まらなくなってしまった・・・・。
そうだわ、家ではいつも甘やかされて、困った事があっても皆が私を守ってくれるんですもの・・・。
「・・ここまで我慢するとは・・・。そなたはほんに頑固だ、全く・・・。」
顔を見ないで済むようにとの配慮なのか、王子はキャロルの顔を自分の胸に押し付けた。
手は幼子を宥めようといわんばかりに背中を優しく幾度も滑る。その手がまた安堵感を与えて、涙が止まらない。
「・・思う存分泣いてよい。落ち着くまで抱いていよう・・・。」
王子の優しい声がする、キャロルは初めて自分から王子の体に腕を廻してしがみ付いて泣いた。
もう終わってしまった・・・エジプトの日々、メンフィスのこと。
帰りたくても帰れない家族のもとのこと、メンフィスとエジプトと決別してからの緊張と不安、
先の読めない王子との関係、全ての事に対する自分ではどうにもならない憤り・・・・。
その中でしがみ付く事が出来たのがただ一つ、王子の温もりだった・・・・。

20
何かの物音がして、ふっとキャロルは我に返った。
泣いていたのか眠っていたのか、それは自分でも定かでない。
自分の手が王子の胸元の衣装を握りしめて、王子の胸に顔を埋めていると分かったのは何かを置く音がして、
静かに扉の閉まる音がした時だった。
頭の芯がぼうっとする、私は何をしていたの?自分の中が空っぽになったような奇妙な清々しさ。
「落ち着いたか?そなたにしがみ付かれるのは嫌ではないが、それでは身動きが取れぬ。」
静かな落ち着いた声音に、キャロルは顔を上げてみる。
王子は杯を唇をつけてから、今度はキャロルの唇を己のそれで塞いだ。キャロルの口の中に広がる苦味のある液体が咽喉を通る時に熱さを与えてくる。
体がじんわりと温まる様子に、その液体が酒である事がわかる。
「お酒は飲めないのに・・・。」
王子の手はなんて気持ちいいのかと、安堵の溜め息をついて、キャロルは胸に凭れたまま。
「しばらく休んでおれ、じき眠くなろう・・。」
王子の声が子守唄のようで、このまま委ねきってしまいたい心地よさに、キャロルはいつになく素直に頷く。
「いつもそのように素直だとよいのだがね・・・。」王子の声に笑いが混じる。
王子の表情はいつになく柔らかい。自分を見つめるこの人は、こんなにも穏やかな顔をしてたのかしら?
口許に浮かぶ笑みがいつもよりもずっとずっと親しみを感じさせる。どうして?
瞼が重い、引き込まれそう・・・。
「・・ありがとう・・・。」
眠りに落ちる寸前にキャロルの唇から呟きが零れ落ちた。この人は、慰めの言葉なんて言わないけど、
私を慰めてくれたのだ、とやっと分かった。手も胸も体中の全てが私に優しかった。
漸く警戒心なしに、キャロルは心地のよい眠りに引き込まれていった。

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