『 たった一つの言葉 』 1 「どうか・・・王妃キャロル・・・。ご英断を・・・。」 イムホテップの苦渋のにじむ言葉に、周りの臣下の声も幾重にも連なる。 「そんな・・・・。そんなの・・あんまりだわ・・・・。」 声が震えるのを止められない、やっと搾り出した声がこんなにも弱々しいなんて・・・。 でもどうして?私はメンフィスを愛してるのに・・・なのに何故離れなくてはいけないの? キャロルの頭の中にはその言葉しか浮かばない。 イムホテップの視線を避けるようにキャロルは顔を背けたけれども、その時に目の合ったナフテラでさえ「キャロル様・・・。」と泣きながら床に蹲っている。 ミヌーエ将軍もウナスもキャロルを直視できないというように、唇を噛み俯き、キャロルの決断の言葉が出るのを待っているのだ。 自分だって声をあげて泣き喚きたかったけれども、それでは何の解決にもつながらず、メンフィスが目覚めないことだけははっきりしていた。 昏睡状態にあるメンフィスがいる部屋の扉をちらりと視線を向けてから、 「わかりました。メンフィスが助かるのなら、ヒッタイトへ参ります・・・。」とやっとの思いでキャロルはその言葉を口に出した。 「キャロル様!キャロル様!」 「申し訳ありません!私どもが至らないばかりに・・・。」 「ファラオをお守りできず申し訳ありません!」 泣き声が響き渡る部屋で、キャロルは自分の心が半分死んでいくような錯覚を覚えている。 本当に辛い時って・・・涙は出ないのね・・・・。 目の前で泣き崩れるナフテラやウナスを、そんなことを思いながら見つめているキャロルにイムホテップは重々しく頭を下げた。 「我がエジプトのためのご英断、お承りましてございます。」 「宰相イムホテップ、早くイズミル王子に使いをだして・・・。早くメンフィスを・・・。」 自分の周りから色彩を失ったような感覚を覚えながら、キャロルはもう王妃として命令することがないであろうと思った。 もうエジプト王妃ではなくなるのだと・・・。 2 足元の覚束無い様子で、キャロルはメンフィスの眠る部屋へと入っていった。 医師ゼネクが薬草をあれこれ煎じさせては、メンフィスの口許へ運ぼうとするのをキャロルはやんわりと止めた。 「今・・・ヒッタイトの使者が薬を持って来るわ、それまでメンフィスの側にいさせてちょうだい。 人払いをし、昏昏と眠るメンフィスの顔を見、額にそっと口づける。 どうしてこんなことになったのかしら? そう・・・ネバメンがメンフィスの弟だとテーベの王宮に来てから、それまでの幸福は微塵のかけらもなくなったのだ。 メンフィスは弟がいたことを喜んでたわ、私には弟なんていないからどんな風に接すればいいのかわからなくて・・・。 でも、亡き父を弔い静かに暮らしたいと話したネバメンのどこかに、なんだか恐ろしいものを感じてた、でも弟がいたと喜ぶメンフィスには言えなかったわ。 それにいつも私を舐めるような視線で見るカプター大神官が、ネバメンの出生を確認し、このテーベまでの道中も手配したなんて聞いたらあまり良い印象を持つことができなくて・・・・。 メンフィスは私に心配させまいといろんなことを秘密にしてた・・・。 イムホテップの提案で、秘密裏にヒッタイトと連絡を連絡を取り、なんとか戦を起こさないよう話し合ってたことも、なんにも知らなかった・・・メンフィスに甘えてて知らなかった・・・。 私は甘やかされて愛されて幸せだった。 なのに急にメンフィスが倒れて眠ったまま眼を覚まさないなんて! 毒ならメンフィスには効かないのに、病気でもなさそうで、医師ゼネクにも手に負えないなんて・・・。 意志の強さを感じさせる鋭い眼は今は閉じられて、キャロルを見ることもない。 もう眠りについてから3日になるのに、だんだんと呼吸の度に生気を失いつつあるよう。 いつもなら自分を力強く抱く手も、いくら握り締めてもそのまま自分の手を握り返すこともない。 「キャロル様、使者がお着きです。」 ナフテラの声にキャロルは我に返り、扉の方へ顔を向けると、そこには顔を見られぬよう変装したイズミル王子が数名の部下と共に立っていた。そして静かに、だが威厳のある声で話した。 「医師を連れて参った、メンフィス王を助けようぞ。」 3 イズミル王子の目配せで側に控えていた者は迅速な動きで旅装束を外し、「失礼致します」とキャロルに断りを入れて後、メンフィスの周りに集まり容態を確かめる。 息を呑んで佇むキャロルの細い肩に誰かの手が触れる。 それが誰の手なのかは振り向かずともわかる。 でも今は王子に助けを求めるしかなく、そして私はメンフィスを救って貰った暁にはヒッタイトへ行かなければならない・・・・。 メンフィスが死ぬのは嫌、このまま目覚めないなんて嫌、私の命でよければいくらでもあげる。 メンフィスが生きていなければ私だって生きていたくないのに、なのにもう一緒にいられない。 肩に触れた手に軽く揺すられ、キャロルはその手の持ち主を見る、非常なまでに冷酷に映る端整な顔立ち。 「診察の邪魔になる、こちらへ参れ。」 握っていたメンフィスの手をするりと外され、キャロルはイズミル王子に抱えられるように寝台から離れたところへ誘われた。 医師団の一人がメンフィスを背後から抱き起こし、一人は口に薬湯を注ぎ込むが上手く口に流れ込まないのか、一筋のど元に伝ったのが見えた。 「メンフィス!」 キャロルはイズミル王子の手を振り解き寝台に駆け寄った。 横たわったメンフィスの顔を覗き込むと、眉間にかすかに皺が寄ったかと思うと眦に動きが見られ、 ゆっくりと眼が開いていった。 「ファラオ!ファラオがお目覚めになったぞ!」 「メンフィス様!」 「メンフィス!よかった!メンフィス!」 部屋の中は歓喜の声に包まれた。 「何・・・が・・あったのだ・・・。キャロ・・・。」 かすかに漏れでた声に答える間もなく、メンフィスは今度は先ほどとは違う、幾分か柔らかい表情で眠りに落ちた。 「メンフィス!助かったのね?本当に、助かったのね?」 キャロルはメンフィスの手を握りながら、医師に問うと、医師も安堵したように 「もう大丈夫です、今しばらくは安静になさればじき回復されましょう」と答えた。 「王妃キャロル、では書状を作成し、御身の署名を・・・。」 イムホテップの言葉が胸に突き刺さるようで、キャロルはそれが自分の死刑執行の命にすら思えた。 4 厳重に警備を配した奥向きの部屋。 重々しく響くイムホテップの声。 居並ぶのはエジプトとヒッタイトの政に携わるミヌーエ将軍やイズミル王子などの面々。 キャロルが友好の証と婚姻による同盟の為に嫁す条項を読み上げるイムホテップの声を聞きながらカプター大神官がこの場にいなくてよかったという思いと、いたら責めていたであろうという思いを抱きながら先ほど回廊に響いていた彼の得意げな声音を思い出す。 自分のファラオ快癒の為の祈祷が効いたと喜び、今は感謝の祈祷を神殿でしている野心家の神官。 もしメンフィスが目覚めなければ・・・そんなことは露ほども考えたくはないけれども・・・ネバメンがいるではないかと言った私に返ってきたのは思いもかけないものだった・・・・。 ネバメンが誠にネフェルマアト王の和子か否か、それは未確認ながらそうではないということ。 カプター大神官もそれは知らされていないらしい、と・・・・。 『王妃キャロル、あなた様がナイルの女神の娘としても、私どもはメンフィス様をお守りし、その血筋をお守りするのが大事。メンフィス様あってのエジプト王家でございますれば・・・・。』 あの時私はなんてイムホテップに言ったのだったかしら?あなたは立派な宰相だと。 頭を下げたイムホテップの口から聞いたのは「私どもはエジプト王家に仕える者でございます」だった。 だから最近医療の充実を図っているヒッタイトから救いの手が差し伸べられた時に、その代償が私を娶ることだったとしても、他に選択肢はなかった。 「・・・よってシナイ、ティムナ銅山の利権の一部をここにヒッタイトに譲渡する・・・。」 「了承した。これにて同盟は締結とする」 イズミル王子の声が締めくくった時、キャロルははっと顔を上げた。 「これで正式にそなたは私のものとなる」 低く耳元に囁く王子の声、キャロルの手をとり、優雅に自分の口許に寄せる自信に満ちた仕草。 自分を見つめる明るい薄茶色の瞳。 いやよ、私はメンフィスの妻なのに・・・。古代にいる決心をしたのはメンフィスがいたからなのに・・・・。 もう・・・あなたに会えない・・・会う資格がない・・・・。 意識を手放した脱力したキャロルの体を我が物だと言わんばかりに抱き取ったのはイズミル王子だった。 5 「どうした?静かだな」 エジプトを出発した後、自分の腕の中にいる華奢な体の重みに喜びを感じている王子の声。 「泣きもせず、何も語らず、そなたにしてはおとなしいことよ。」 徐々に離れていくエジプトの風景を心にに焼き付けるように見ていたキャロルは王子の顔を見ようとはしない。 表面上祝い事として見送った懐かしいナフテラ、ウナス、女官の顔。 メンフィスはあれからまた眠っていたけど、その顔にキスすることもなく別れてしまった後悔。 でも私、王子の妻なんてなれない・・・心はエジプトに置いてきてしまった・・・・。 「あなたはもう私を手に入れてしまったわ、満足なんでしょう?」 幾分か責めたてる口調の中に言い返す元気があるのならさほど心配はいらぬ、と王子は見たようだった。 「ふん、先に申し付けておくが、私が欲しいのはそなたの屍ではない。自らの意思を持って死を望んだ場合、 容赦なくエジプトを責め滅ぼす、心しておくが良い」 「王子!」自分の顔から血の気が引いていくのが分かるような気がする、とキャロルは感じた。 そして図星をつかれたことも。 「そなたの心根は一途だ、アルゴン王から身を守ろうと毒の花を飲むことも辞さないそなたのことゆえ、気に染まぬ相手なら同じ事を躊躇なくするであろう。だが私は許さぬ、戦を止めたくば私の側で生きよ。簡単だ、私を愛せばよい。」 王子の言葉はキャロルの気持ちを締め付ける。 死ぬこともできないなんて、どうすればいいの? 身体は王子のものとなって、心は私のものだわ! 「心は私のものです、あなたの自由にはありません・・・。」 王子が冷笑とも思える表情をしてるのをキャロルは青い瞳で臆することなどないように射た。 王子の手が金髪を弄ぶ、でもその触れ方は思ったよりも優しい感触だった。 「いつまでその元気が続くか楽しみだ。」 王子の唇が頬に触れた時にキャロルの身体がびくっと反応したのはなんだったのか。 自分でもわからないまま、王子はキャロルに無体を働くことなどせず旅は終った。 6 妙に現実感のない、足元がまるで浮遊しているような不思議な感覚。 本当に私、何をしているのかしら? たくさんの人が私の前を通り過ぎていったような気はしたわ。 黙って頭を下げてるうちに、イズミル王子に返事を促されて、「はい、と、一言申せばよいのだ」と言われてただそのとおりに一言答えた後から周りが騒がしい。 ムーラが先頭に立って私を着替えさせてる?、何?ずっしりとした煌びやかな衣装・・・・。 「この度はご成婚の義、恙無く終えられましたこと、誠にお喜び申し上げます・・・。」 ずっとエジプトのことを考えていた、あの乾いた空気、暑さ、懐かしいナフテラの顔・・・。 身につける衣装もずっと軽くて、こんなに重たくなくて・・・・。 「皆が待っておる、そなたは我が国とエジプトとの友好の証、そのような顔を見せるのはよくない。祝宴の間くらい、晴れやかな顔を見せてみよ、うん?そんな気概もないか?」 イズミル王子の声がゆっくりとキャロルの身体に染みてきて、ぼやけていた周りの様子もようやく焦点が合った。 私を愚弄してるのか?無理矢理連れてこられた哀れな生き人形だと? 目の前には自分に手を差し伸べる王子がいる、冷たく光る瞳の色はこの私を見下しているようだ。 キャロルの青い瞳にはやっと力のある色合いが戻り、口許は負けん気の証のようにきゅっと引き締まった。 「・・・わかりました、楽しくはないですけど笑うようにしますわ。」 キャロルのむっとした物言いは王子に含み笑いをさせたに過ぎなかった。 王子の大きな手はキャロルの顎を優しく捕らえ、視線は青い瞳をからかうのが楽しいと言わんばかりに注がれる。 「その可愛い膨れ面は後でじっくり見せてもらうとしよう、我らは婚儀を終えたばかりの夫婦ゆえ、初々しく俯いたままでもよいがな。」 言い終わるや否や唇が重ねられ、キャロルの身体は突然のことに硬直する。 「な、何をするの!」顔が熱く火照るキャロルに、王子は悠々と笑顔を向ける。 「それでよい、では参ろうか」 腰に廻された手は有無を言わさずキャロルの身体を自分の方に引き寄せ、広間へと向かった。 なんで、いつも王子の思うとおりなっちゃうの? やり場のない自分の感情を持て余しながら、キャロルは口許には何とか笑みを浮かべた・・・。 7 逃げ出したい!なんとかしてここから! キャロルの頭の中にあることはそれだけだった。 私はメンフィスの妻だったのに、どうしてここでこんな艶かしい衣装を着けられているの? 「おやすみなさいませ」とムーラの声とともに背後で扉の閉まる音がして、キャロルは慌てて扉を開けて逃げようと手を伸ばそうとした。 「やれやれ、やんちゃが過ぎるな、私の愛しい姫は。」 穏やかで笑いを含んだイズミル王子の声が驚く程近くで響く。キャロルの手首は扉に行き着く前にしっかりと捕まり、キャロルの背筋をぞくりと走るものを感じた。 「いや!私、別の部屋で休みます!きゃあ!」 キャロルの言葉など耳に入らないように王子は軽々と抱き上げ寝台へと連れて行く。 王子が穏やかな笑みを浮かべている、いや冷笑なのか? かえってそのほうがキャロルの恐怖心を増すのだ。メンフィス以外の人に抱かれるなんていや! 「そう恐れるな、無理強いはせぬ、約束しよう。」 この状況でそんな言葉が信じられる程キャロルも愚かではなかった、初々しい少女ではあっても、メンフィスと愛し合うことは知っているのだから・・・。 それでもその言葉にすがり付きたい気持ちもないわけではなかった。 もう一度ゆっくりとキャロルは目の前にいる男を、今日婚儀をあげたイズミル王子を見た。 ゆるく束ねられた長い茶色の髪は寝台に垂れ、胸元を寛がせた寛衣からは、逞しく鍛えられた肌が覗く。 理知的な額、通った鼻筋、薄く笑みを漂わせる口許、先ほどの祝宴でも艶やかなに着飾った女の人達が視線を離せないでいたのをキャロルは思い出した。 でも私、嫌いでメンフィスと別れたわけじゃない!、まだ愛してる! キャロルの葛藤を分かっているのか、小さな頤を大きな手が捕らえ、青い瞳は自信に満ちた明るい薄茶色の瞳とあった。 「無理強いはせぬ、そなたが請うのだよ、私に抱いてくれとな。」 「なんですって?」 私が・・・王子に・・頼むの?何を? 考えもしなかった王子の言葉にキャロルの頭の中は真っ白になったように思えた。 8 耳鳴りがする、体中の血液が逆流していそうなほど激しく脈打つ鼓動。 キャロルが無意識に自分の身体を守るように自分の肩を手を廻すと、イズミル王子はくすりと笑って楽しげな口調で続ける。 「おお、そのように恐れずともよいと申しておろう。無体はせぬ、 愛しいそなたを力づくで抱こうと無粋な真似をこの私がすると思うのか?」 何故王子はこんなにも悠々としているのか?キャロルにはわからない。ただその王子の態度がますますキャロルの恐怖心を募らせていることだけは確かである。 「ただ、そなたが名実共に我が妃にならなければ、今後の両国間の均等は計り知れぬがな。」 王子の言葉にキャロルは思わず目を瞑った。 一番触れてはほしくは綯い部分である、自分が古代に来てから、様々な影響が出ていることも、自分のために過去戦があったことも、全ては自分の罪である。 イズミル王子がヒッタイトへの道中語ったこと、もし自分が自殺でもすれば即刻エジオプトを責め滅ぼすというのは嘘ではないだろう・・・。 それだけの力があり、決して引くことなどない、大国の世継ぎの王子としての矜持をキャロルは知っている。 では・・・私ができるのは、一つしかない・・・・。 「・・王子・・・どういえばいいの?」震える体をなんとか抑えようと肩を抱く手に力を入れようとするけでれど震えは一向におさまらない。 「簡単だ、この私に、抱いてくれと一言申せばよい。」 薄茶色の瞳が自分の目論見どおりだと満足そうに細められる。 「だ・・抱いて・・下さい・・・。」搾り出した声はか細く弱々しい。 王子の唇が今は血の気を失った白い頬を滑るのをキャロルは感じる、王子の手が身体の線をなぞっていく。 「もう一度だ、姫、誰がそなたを抱くのだ、申せ・・・。」 耳元でこれ以上はないほど甘く、どんな女でも蕩けてしまいそうな王子の声音。 悪魔の誘いのようだとキャロルは思う。その先にどんな罠が待っているのか、私には分からない・・・。 「イズミル王子・・・抱いてください・・・・。」 もう引き返せない・・・・。 キャロルの身体は大きな胸の内に絡めとられた。 9 神様、これが私への罰ですか? 多くの人を死に至らしめたことのために、私に架せられた罰ですか? 愛するメンフィスと引き離され、愛してはいないイズミル王子に抱かれなければいけないのですか? メンフィスとは違う柔らかく熱い唇が、ゆっくりと白い肌に我が物であるという刻印を刻み付ける。 指が顎の線を滑り、細い首筋を滑り落ち、時々キャロルの身体がびくりと反応する個所を見つけては立ち止まる。 「そうだ、そなたが我が腕の中で戦慄く姿が見たかった・・・。」 「は、早く終らせたら・・・いいでしょう?」 身体にまき付いている薄絹を王子が取り去りながら囁くのに、キャロルは反抗的に応えた。 「褥の中でまで仏頂面はよくない、だが、それもどこまで保つかのぅ・・・。 すぐに我が名を呼び、私を欲しがるだろう、まだ夜は長いゆえ・・。」 なんという罰だろう・・・! 王子の手が触れる度、唇が触れる度、キャロルの身体の中心が熱くなって潤ってくるのが分かる。 甘美な波が体中を揺るがして、そのことしか考えられなくなる。 「良い声だ・・・。そなたのその声が聞きたかった・・・!」 さっきから耳に響くのは自分の甘え媚びた声だった、とやっと頭のどこかで分かる。 でももうそれすらもわからなくなる、もう、我慢できない! 王子の指がキャロルの泉から湧き上がる蜜にまみれた音を響かせてる最中に、一際悲鳴のような叫びをあげると王子の胸のうちでキャロルの身体はびくびくと痙攣を起こし、白い咽喉を仰け反らせたのだ。 うっすらと涙ぐむ青い瞳に口付け、涙を吸い取る王子は殊のほか満足そうに微笑んだ。 10 荒い息をつくキャロルの背中を撫でる手は優しく心地よい。 でもこれが始まりであることもよくわかっている。 いつしかキャロルの唇は開いてイズミル王子を受け入れ、王子の激しく繊細な舌の動きに翻弄されている。 助けて!いいえ、このまま続けて! 相反した願いがキャロルの中で渦巻いているのに、身体はイズミル王子の為すがままに応えてしまう。 細い足が持ち上げられ潤んだ花弁に灼熱の塊を感じた時、キャロルはそれでも肘でずり下がろうと無駄な抵抗をしようとした。 「まって・・おう・・きゃぁぁぁぁぁぁ!」 胎内に熱く屹立したものに抉られた時にでた悲鳴はなんだったのか。 歓びか哀しみか、それはキャロルにもわからなかった。 ただその一瞬に思ったのは、「メンフィス・・ごめんなさい・・・・もう・会えません・・・。」だったのだ。 深く抉られ擦り出されてはまた更に深く抉られる度、今まで知らなかったような、甘美な戦慄が体中を満たす。 まるで深い谷に落ちていきそうな、初めて知る恐さのあまり、白く細い足は王子の引き締まった腰に絡みつき、華奢な腕は太い首にしがみ付く。 「やっ・・・落ちる・・・恐い・・・。」 口付けを繰り返しながらも王子はやめない。王子には分かっていたのだ、キャロルがまだ女としての歓びに目覚めていないことに。 「いいこだ・・そのまま身を任せよ・・・。そなたに最上の歓びをやろう・・・。」 その直後声にならない悲鳴をあげてキャロルは王子の腕の中で絶頂へと達し、王子もまたきつく締め詰められる胎内に欲望を放った。 脱力し寝台に身体を預けたキャロルに汗ばんだ逞しい体が圧し掛かる重みを感じる。瞼を開けるのもおっくうだった。 腕が廻されて離すものかと言わんばかりにきつく抱き締められ、その感触にゆっくりと目を開けると満ち足りたような光のある薄茶色の瞳と目が合った。 「これで名実共に、そなたは我が妃となった・・・。飲み込みの良い生徒を私は得たようだな。」 王子の唇はまた貪欲にキャロルを求めてくる。 「私・・・死んでしまうわ・・・。」キャロルの抗いの言葉は熱い唇にとかされてしまう。 「私の腕の中なら、幾度でも死ねばよい・・・。 |